1:Uno

 

 

 

 

 
 
 
 
 
 
「ちくしょう、オネスの奴・・・・・・」
「俺らより下の学年のクセに出しゃばりやがって、生意気だよな!」
「おい、今度からアイツもいじめてやろうぜ!気に入らないし」
「賛成、賛成!!」
「でもさ、どうやって?」
「決まってんだろ。アイツの上履き隠したり、教科書ビリビリに破いたり・・・」
「うわー、ひでぇなお前!」
「は?これぐらい普通だし」
「だいたい6年生に逆らうのが悪いんだよ。年上を敬わない奴は痛い目にあわせないとな!」
 
 
 
 
 
「ちょいと、そこの御方達・・・・・・・・・」
 
 
 
 
 
「うわっ、何だコイツら!?」
「耳の尖がってる奴、初めて見たぜ!」
「後ろの奴なんて昼間から真っ黒いローブ被って、気持ち悪りー」
「なにやら、憎くてたまらない人がいるようでごザんすねぇ・・・・・・どうしましたか?」
「え?お前なんなの?もしかして呪い屋とか?」
「いえいえ、そんなみみっちいもんジゃないですよ。・・・・・・ひぃ・・・ふぅ・・・みぃ・・・」
「?」
 
 
 
「・・・5人か。これだけいりゃあ十分だな。やっちまえ、ヴァース!!!!
 
 
 
 
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
「良い子だゼ、ヴァース。そぉら!」
 
「ひぃっ!?・・・・・・・・・・・・」
 
「えっ!?」
「人差し指をおでこに当てただけで・・・眠った・・・・・・?」
「よっしゃ、まズは一人だな。他の奴も片っ端から捕まえろ!!」
「に、逃げろぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
「誰が他人のしょうもねえいジめなんかに協力すっかよ、バーカ!!逃げても無駄だゼ!」
 
 
 
 
 
「あの生きたオーパーツを捕まえるためにも、このドゥーラス様の忠実な僕になってもらうゼぇ!にっひひひひひひひ!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――『シャルフリヒター・ドール』――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
発明家の父を持つ事で有名なバーム一家の住まう、とある街。
此処アイスバーグの一角にて、双子姉妹は早々と歩みを進める。
 
 
「早くお父様のところに戻りましょう。下手に外を歩くのは危険よ」
 
 
理由は勿論、先程の一件が大きく関係していた。
吸血鬼まがいの変質者に襲われた挙句、プププランドに存在しないはずの魔獣が襲来。
今まで、アイスバーグでこんな出来事が起きた事など無かった。
事の異常さを把握した二人は、これ以上恐ろしい事に巻き込まれたくないとばかりに帰路へ急いでいた。
 
 
「怖いなぁ~。あの金髪の兄ちゃんにまた絡まれたらって思うと、ゾクって来るね」
「でも、お兄ちゃんがいればあんな奴ケチョンケチョンよ!」
「いや、それは買い被りすぎじゃ・・・・・・・・・あれ?」
 
 
ふと、何かを見つけたシックの視線は釘付けになった。
リーロにも呼びかけ、発見したモノを指差す。
 
 
「姉さま、見てよ・・・・・・!」
「何・・・・・・あっ!!?」
 
 
たまたま通りかかった、街外れに広がるゴミの山。
無造作に詰まれた大量のガラクタの頂上に、見慣れぬ人の姿がはっきりと確認できた。
 
力なく膝をつき、俯いているそれは端から見ても異質なものだった。
光の消えた無機質な瞳。
これでもかと言うほど無表情の顔。
髪は銀色のショートヘアで、一部分だけ何故か黒い。
服装も白と黒を貴重とした空想的デザインの中、首元辺りには同じ白黒に淡い点滅を繰り返す宝石。
外国でもまず見ない格好だった。
 
よく見ると、肩の付け根は1,2枚の歯車で構成されていた。
両手も指先が鋭く、緑の色が異質さを一層引き立てる。
 
そして何よりも、体全体の大きさ。
横たわっているので分かりにくいが、身長は自分達の3倍を軽く超えている。
この時点で、最早まともな“人”では無い。
人形の類。
いや、外見的にはロボットに近い構造をしている。
胸の膨らみを見るに、女性型の線が強い。
 
 
「ロボット?・・・にしても、おっかない奴」
 
 
戦闘用。
両手の爪を見た後では、他に用途を考える事は出来なかった。
仮にこの人形が家事手伝いロボットだとしても、一目見ただけでそうであるとは非常に分かりにくい。
 
 
「・・・近づいてみる?」
 
得体の知れない謎の異形を前に、意外な提案をするリーロ。
人形は先程からピクリとも動かず、沈黙を貫く。
 
 
「何バカなこと言うんだよ、姉さま!!俺たちをダマして襲い掛かるかも知れない―――」
 
うかつに接近するなど無謀な行為だと、シックは止める。
姉は聞かない。
華奢な腕つきながらも精一杯の力でゴミ山をよじ登り、人形の宝石に手を伸ばす。
 
「わっ・・・・・・!」
 
指先が触れた瞬間、思わず手で顔を覆うシック。
アレが装飾品と見せかけて起動スイッチだとしたら?
本当に襲われてしまっては取り返しがつかない事になる。
果たして、どうなるのか。
 
 
 
 
 
 
 
『システム 起動開始』
 
 
 
 
無機質な音声を発し、瞳に光が戻る。
肩関節の歯車は回転を始めるが、油が足りないのか動きは非常にぎこちない。
 
「「・・・・・・・・・?」」
『セーフティ・シグナル オールグリーン。 敵生体探知機構 異常無し。 各種殲滅迎撃用ウェポン 異常無し』
 
次から次へ矢継ぎ早に飛び出す、謎の言葉。
全く理解できず、双子はただ戸惑うばかり。
 
『ライトアーム オイルエンプティによりギア稼動不可。 レフトアーム 物理的内部凍結によりウェポン使用不可。 反重力機構 異常無し』
「ど、どれぐらい前に作られたんだろう、こいつ・・・」
「服も結構ボロボロだし、相当古いのかしら・・・」
『アイカメラ 視力レベル最大出力。 発音機構 会話プログラム 共に異常無し』
 
 
ゆっくり首を上げると、双子の方に向いて言った。
 
 
『・・・緊急事態発生 マスターエントリー 読み込み障害 原因不明。・・・只今より修復を開始』
 
 
 
突如飛び上がり、一番近い所に立っていたリーロの前に着地。
 
「わぁっ!?」
「だから言ったのにぃ!!」
 
だが、人形には下半身らしきものが見当たらず、上半身だけが宙に浮いているような格好だった。
表情一つ変えることなく、リーロの顔をじっと見つめ続ける。
攻撃を仕掛けて来る気配は無かった。
しかし、恐怖で足がすくみ動けない。
 
 
 
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」
 
 
無機質な瞳で捉えて放さない人形。
怖い気持ちを抑えつつ、相手の出方を伺うリーロ。
物音を立てぬようにゴミ山を登り、姉を連れて逃げるチャンスを狙っているシック。
こう着状態は沈黙の中、しばらく続いた。
 
そして、人形が再び口を開いた時。
 
 
 
 
『・・・・・・・・・修復完了。 読み込み開始――――――』
「今だぁっ!!!!」
 
 
登り切って早々、リーロの手を引くシック。
持ち前の逃げ足の速さでその場を脱し、勢いよくゴミ山を駆け下りていく。
 
 
「シック!」
「早く逃げよう、姉さま!あんな得体の知れない奴と関わったら、絶対ロクなことにならない!!」
 
 
足場のガラス片を踏んづけた事にも気づかず、ただひたすら逃げる双子。
父親手製の頑丈なブーツのおかげで、多少の破片など気にならなかった。
あの人形が追いかけて来るかどうかを確認する余裕は無い。
帰路に向かって、一心不乱に走り続ける。
 
『・・・・・・・・・・・・・・・』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
数分後、息切れを起こした双子の目に見慣れた建物が映る。
自分達の家だ。
 
 
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・こんなに走ったの、今日で、2度目だ・・・・・・」
「ど・・・・・・どう・・・・・・?あの人形、追って来てないよね・・・・・・?」
「分かんない・・・けど、どこにも姿が見えないから、大丈夫だと思うよ、姉さま・・・」
 
 
その言葉に安心し、胸を撫で下ろすリーロ。
気がつけばすっかり陽が暮れている。
激しい運動で二人の体は十分熱くなっていたが、このまま外にいれば体が冷えて風邪を引きかねない。
玄関のドアを開け、家の中へ。
 
 
 
 
「ただいまー・・・」
 
 
リビングの明かりを点け、テレビの上に置かれた時計を見やった。
時刻は午後6時。
父親は仕事中、母親は病院で入院生活。
従って現在、この家にはリーロとシックの二人だけしか居ない事になる。
 
 
「どうする、姉さま?」
「うーん・・・・・・とりあえず、汗かいたからお風呂に入りましょう」
「さんせぇーい」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
数分後。
 
 
洗面所に隣した風呂場は決して広くないものの、家族4人が全員揃っても余裕はあった。
バームの発明品である傘ビットが飛ぶように売れた名残として、内装は有名な画家に描かせた絵が塗られている。
元々は金箔を塗る予定だったが、悪趣味だと双子らに反発されて現在の形に至った。
 
汗で汚れた身体を互いに仲良く洗い流し、入浴を楽しむ二人。
今日起きた出来事も、綺麗さっぱり洗い流して忘れそうなほどであった。
 
 
 
だが、平穏な一時は突然破られた。
 
 
 
「!・・・・・・誰かが、玄関の扉を開けたような・・・・・・」
「どーせ父さまじゃないの?」
 
「違う・・・・・・だって、いつも帰ってくるのは7時きっかりで、今はまだ6時半ですら・・・」
 
「えぇっ!も、もしかしてドロボー・・・・?」
「分からない。とにかく、一旦出ましょう!」
 
 
 
風呂から上がり、タオルで拭いてすぐ着替えに移った。
万が一襲われた時の護身用として、洗面所の隅に立て掛けられたデッキブラシを二人で手に取る。
ドアを開け、廊下に出てみるが怪しい物影は見当たらない。
見えない恐怖に怯えつつ、慎重に足取りを進めていく。
 
 
「怖いなぁ・・・・・・」
「足音っぽいものも聞こえないし・・・まさか、幽霊・・・」
「バカ言うなよ、姉さま!そんな訳ないじゃん、そんな――――」
 
 
幽霊、と聞いてシックが思い出したのは、先日プププランドに行った時の出来事。
秘薬を手にするべく向かった墓場で遭遇した、一つ目の不気味な黒い生き物。
ネクロスマターと名乗ったその男は、今思うと足らしきものが全く無かった。
まさか、同一人物か。
物体をも溶かす謎の攻撃の様子がフラッシュバックし、益々恐ろしくなる。
 
 
「・・・・・・もし出会っちゃったら、どうするんだよ?」
「何とか追い出すしかないわ。お父様が戻ってくるまで、どうにか持ちこたえないと・・・」
 
 
デッキブラシを構え、手始めにリビングを探してみる。
荒らされた形跡は特に無い。
2階へ向かう途中、二人は恐ろしいものを目にした。
 
「・・・玄関のドアが、こじ開けられている・・・・・・!?」
「だ、誰がこんな・・・・・・」
 
握りつぶされたドアノブ。
根元から引き剥がされた金具。
そして、ドアの中心に穿たれた大きな爪の跡。
 
「どどど、どうしよう・・・・・・こっから逃げた方が良いんじゃ・・・・・・」
 
明らかに人の手によるものではない。
どうやら相手はただの泥棒ではなかったようだ。
家を捨てて一旦逃げようと提案するシックだが、またもリーロの固い意思に阻まれる。
 
「ダメよ、2階はお父様の私室があったはず。何か盗まれたら大変!」
「私室?研究室がそうじゃなかったっけ?」
「あれとは別にあるの!とにかく、い、行きましょう・・・・・・」
「・・・怖いなら無理しなくても良いと思うんだけどなぁ・・・」
「ヤダ!!」
 
 
恐る恐る階段を登り、2階へ。
 
 
「・・・・・・?あれ、何か――――――」
 
 
階段を登り切ったところでリーロが足を止め、体を震わせる。
視線の先は身長よりもずっと高い位置。
一体どうしたというのか。
宙に浮かんだ物影を見上げ、シックの背筋が凍った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
 
 
 
 
 
 
2階は電気を点けておらず、時間帯のせいもあって薄暗い。
それでも、目の前にいるものが何なのかハッキリと認識できた。
 
「うそ・・・・・・だろ・・・・・・?」
「ああ・・・そんな・・・追いかけて来たなんて・・・!!」
 
あの人形だ。
ゴミ山で発見した、あの無機質でボロボロな機械のロボット。
狭い廊下を塞ぐように佇み、リーロに視線を据える。
 
『・・・・・・・・・・・・』
「あわわわわ・・・・・・ど、どうしよう、シック・・・・・・!!」
「も、元はと言えば姉さまが変なコトしたから・・・・・・!」
「そ、そんなコト今更言われたって・・・!」
 
言い争う双子。
その隙を狙ってか、人形の左手がゆっくりと迫る。
気づくリーロ。
 
「ひぃっ!」
「く、くっそぉーーー!!!」
 
いきり立ったシックはデッキブラシを振りかぶり、精一杯のジャンプ。
人形の顔面を目がけ、先端を力強く打ち付ける。
やったか。
しかし思惑に反して、人形は全く動じなかった。
それどころかデッキブラシを取り上げ、柄の部分を握り潰す。
いとも容易く、攻撃手段を失ってしまった。
 
 
『・・・・・・は・・・言って・・・た・・・と・・・』
 
 
仕返しに出るかと思いきや、何かを呟いた。
 
 
「え?」
「い、今・・・何て、言ったの・・・?」
 
再び、同じ言葉を呟く人形。
 
 
 
 
 
『・・・“彼女”は言っていた。「子供は可愛がってあげなさい」、と』
 
 
 
 
 
今度は明瞭に聞き取れた。
彼女?
それがこの人形の主なのだろうか。
よく考えてみると、まともに言葉を話したのはこれが始めてだった。
 
 
「彼女?それがあなたのご主人様か何か?」
 
問いかけるリーロ。
人形は無表情のまま答えた。
 
『“彼女”は、私の一番大切な人。それ以外の、何者でもない』
 
 
 
その後も、双子姉妹と人形の一問一答は続いた。
 
「あなたって一体、どんな目的で作られたの?」
『戦争のため。銀河大戦ではなく、途方も無く昔の時代』
「昔?それよりあの時、どうして姉さまに近づいたんだよ!そこんとこ、すっげー気になる!!」
『・・・・・・“彼女”に、面影が似ていたから。お前、違う』
 
平然と言ってのけた顔は、やはり無表情。
徹底的なポーカーフェイスぶりにシックは呆れ気味だった。
 
「ねえ、その“彼女”って一体どういう人なの?」
『・・・・・・絵を、描く人』
「じゃあ、きっと画家ね。悪いけどボクたち、ただの子供なの。お母様は今フツーの主婦で、絵を描いて仕事していたなんて話は聞いたこともない」
『・・・・・・・・・・・・・・・』
 
ショックを受けたのか、目が少し悲しげに見える。
人形だけに心の無いものと思っていたが、ある程度の感情は有しているらしい。
最も、表情の僅かな変化を読み取れたのはリーロ一人だけであったが。
 
「・・・そう言えば、あなたの名前は?」
 
 
 
『・・・・・・“彼女”は、モノクリアという名前をつけてくれた。いつも、その名前で呼んでくれた』
 
 
 
「ふーん、モノクリアって言うんだ、お前。・・・さっきからよく喋るよなぁ」
『・・・・・・“彼女”の方が、いっぱい喋る。楽しい話から、悲しい話、面白い話まで、色んな事を聞かせてくれた』
 
事あるごとに“彼女”という言葉を引き合いに出すモノクリア。
恐らくこの人形には、親しく接してくれる相手が殆ど居なかったのだろう。
 
「それほどあなたにとって、本当に大切な人なのね・・・・・・」
『そう。そして、“彼女”によく似た、この・・・・・・』
 
「リーロ。それがボクの名前」
 
『・・・リーロ?リーロ・・・・・素敵な名前・・・・・・』
「なんだ、ロボットのクセにお世辞上手いじゃん」
 
“彼女”と違う、などとキッパリ言われた事を根に持っていたのか、やや皮肉げに返すシック。
 
「結局さ、要は人違いって事なんだろ?早く俺たちの家から出て行ってもら――――」
「・・・・・・・・・ねぇ、シック」
「?」
 
 
 
 
 
「モノクリアの事、家で面倒見てあげましょう」
 
 
 
 
「・・・・・・・・・・・へ?」
思いも寄らぬ、意外な言葉。
 
「だって、平気でペラペラ喋っているけど見た目はすごくボロボロよ?ここはお父様に直してもらわないと」
 
リーロの言い分は最もであった。
服は細かい傷が多く、相変わらず肩の歯車も動きが硬い。
双子と出会うことなく放置され続けていたら、確実に完全なスクラップとなっていただろう。
 
「な、何言ってるんだよ!?だいたい、俺たちに危害を加えないって保障は―――――」
『ある。“彼女”は私の唯一の「マスター」。初めて出会って間もない頃、「むやみに人の命を奪わないで」と、“彼女”の最初で最後の命令を与えられた』
「じゃあ、今もそれをずっと?」
『そう。だから、誰も殺さない。絶対に』
「・・・言っとくけど、姉さまが認めても俺は認めないからな!!」
「これから宜しくね、モノクリア!」
『ありがとう、リーロ』
「・・・ひ・・・・・・」
 
 
 
 
人の話を聞けーーーーーーっ!!!
 
 
 
 
 
 
ひょんな事からリーロに温かく迎えられたモノクリア。
後にバームまで認めたことで、正式に家族の一員となったのは言うまでも無い。
 
 
 
 
 
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