「なんだぁ!!?」
静寂を打ち破る爆発。
まだ煙が晴れぬうちに何者かが部屋に突入した。
「久しぶりだな、貴様ら」
「ヤミカゲ・・・・・・!!!」
「その武器はっ!?」
恐れていた事が現実になった。
既に改造銃はヤミカゲの手に渡っていたのだ。
「先程のは挨拶代わりだ、そぉれ!!」
足元にマシンガン乱射。
無数の弾丸が絨毯を無残に切り裂き、ボロ雑巾同然にまで追い込む。
「うわあああっ!!?」
「どっかの間抜けな女のおかげだ。俺は最大の強みを手に入れた!!」
続いて火炎放射。
壁に、カーテンに炎が燃え移る。
「やべぇ、このままじゃ黒焦げになっちまうぜ!!」
逃げ惑う一同。続々と部屋の廊下側へ逃げおおせる。
しかしただ一人、彼女にはただの威嚇射撃にしか見えなかった。
「ほう・・・自分の命が危ういというのに、逃げる気は無いのか?」
シリカ。
裏切り者の暗殺者が狙っている抹殺対象。
あろうことか、彼女は身の危険を顧みるどころか逃げる素振りも見せない。
「何してるの、シリカ!?」
「早く逃げろよぉっ!!!」
彼女は何を考えているのだ。
自分が命を狙われている立場だということを一番理解しているはずではなかったのか。
逃げて、早く。
「逃げるのはフームたちの方よ。私は、コイツから逃げない!!!」
逃げない?
まだ完治にも至らぬ体で何を言うのか。
「愚かな!!手負いの分際で何をぬかす?」
フームは彼女の意見を尊重する気にはなれなかった。
自分の生死がかかっているこの戦い、ヤミカゲの言うとおり手負いの状態では明らかに不利だと分かりきっていたからだ。
早く逃げるように必死に説得するが、シリカは聞く耳持たず。
「ヤミカゲ、お前は逃げないんだな?」
ナイフを構え、戦闘体勢に入る。
「逃げる?馬鹿を言え。獲物を前にして逃げる獣など・・・・・・」
改造銃がバズーカに変形。
次の攻撃は火を見るよりも明らか。
「いないっっ!!!!」
1発のミサイルが放たれる。
これが射的であれば、着弾までの距離は異常ともいえる短さだった。
至近距離で爆発すれば致命傷。
増してや手負いの彼女には即死級のダメージに他ならない。
並の一般人の動体視力では回避不可能の弾速で迫り来る。
そして、シリカが取った行動は――――――
「なっ!!?」
目の前で起きた想定外の出来事に驚愕するヤミカゲ。
ミサイルは確かに爆発し、巻き起こされた爆風でフームたちは吹き飛ばされた。
部屋は煙と、火薬の焦げたような臭いで充満。
しかし、彼女に命中したかどうかは分からない。
唯一つだけ言えるのは、明らかにヤミカゲの眼前で爆発したと言う事だけ。
「たぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
猛々しい雄叫びと共に、煙の中からシリカが飛び出す。
一瞬の隙を突かれ、体当たりを食らうヤミカゲ。
なす術も無く廊下へ突き飛ばされ、仰向けに倒された。
彼が気を取られるのも無理はなかった。
しくじれば即死を免れない大博打、それを彼女は果敢にも仕掛けてきたのだ。
逃げない。
先刻の言葉の意味を最も体現した瞬間と言っても差し支えない、賞賛に値する行動。
手持ちのナイフをバズーカの発射口に撃ち込み、詰まらせることで暴発させたのだ。
「ぐぅ・・・・・・馬鹿、な・・・・・・・・・!?」
見方によっては、勇敢と言えるほどの行動ではないかもしれない。
だが、もしも投げたナイフが見当違いの方向に飛んでいたら?
あるいは発射口から僅かにずれてしまっていたら?
万が一失敗したとすれば、今頃シリカは亡き者と化していたに違いない。
無残にも爆炎に焼かれ、四方に飛び散る死体を想像しただけで吐き気がする。
それほど危険極まりない賭けに、彼女は勝った。
「たかがこの・・・このサイズの口径で、これほどの・・・爆発力は、一体・・・・・・?」
これは後に彼女から聞いた話だが、バズーカ機構に変形した改造銃は出力調整に伴う爆発力の増減が可能だった。
向こう側のデリバリーシステムを破壊する際、最大出力まで上げたまま放置された改造銃。
最大出力でミサイルを発射した場合、その火力は致命傷に至らしめるほどの恐ろしい攻撃力を有する。
彼女がそれを把握した上での行動かは知らないが、結果としてヤミカゲへの効果的な先制攻撃という形で成功した。
「くそぉ・・・・・・・・・!!!」
ヤミカゲがゆっくり立ち上がる。
コケにされたと感じたのか、相当立腹の様子だった。
完全に彼を怒らせたのだ。
「ふざけるなぁっ!!!!」
改造銃はもはや使い物にならない。
いや、彼女本来の攻撃手段を絶ったと思えば彼にとって安いものか。
「シリカッ!!!」
今度こそ彼女が危ない。
ヤミカゲは鞘を捨て、刀を振りかざし一直線に駆け出す。
振りかぶり、一閃。
だが、鋭い斬撃はシリカの体を捉えることはなかった。
「真剣白刃取り・・・・・・だとっ!!?」
真剣白刃取り。
“ブシドー”を重んじる異国の剣士が編み出した、刀剣を両手で受け止める技。
失敗すればもちろん受け手は深い傷を負いかねないハイリスクな防衛手段。
最もそれは素手の話であって、シリカのように手袋を装着していれば多少は危険性が減る。
しかし、肝心なのは刀剣を受け止めるだけの力。
増してや手負いの彼女に白刃取りを維持できる力はあるのだろうか。
フームのそんな心配は、すぐに杞憂と終わった。
「はぁぁぁっっ!!!!」
無理して体勢を維持することは無い。
必要ならば、剣を曲げ折ってしまえば良いのだから。
「馬鹿な・・・・・・ここまで・・・・・・!?」
自慢の刀は、無残にも頭からへし折られた。
「私を甘く見ないで。もう、昔とは違う!!!!」
主軸とする攻撃手段を失ったヤミカゲ。
それでもまだ諦めないとばかりに、懐からクナイを数本取り出す。
「・・・・・・まだだ!!この狭い空間で、精密な投擲を避けられるはずがない!!!」
「来るなら、来い・・・!!!」
いつまで彼女は無理するのか。
放たれる何本ものクナイを華麗に避けるその姿は実に華麗であったが、怪我人のする事では無い。
傷だらけの体でヤミカゲを相手にするのもそろそろ限界ではないのか?
今度と言う今度こそ、本当に命が危ないかもしれない。
逃げて。
心の中でそう願うフームたちには、目の前で繰り広げられる戦いをただ傍観するしかなかった。
なぜなら、敵対するヤミカゲに真っ向から歯向かえるだけの実力が無い。
ある一人の男を除いて。
「手負いの少女相手に大人気ないな?貴様も格が落ちたな、ヤミカゲ!!!!」
背を向けていたヤミカゲに斬りかかるメタナイト。
向こうも殺気を感じ、振り下ろされるギャラクシアを最後のクナイで咄嗟に防御。
メタナイト、構わずひたすら斬り続けガードを崩そうと試みる。
ミジンソード。
闇雲に、しかし力強く振り回される剣の重みがクナイを揺るがし、弾き飛ばす。
「相変わらずだ・・・しかし、老いは確実に貴様の体を蝕んでいるようだな!」
「ふっ、貴様に言われる筋合いは無い!」
ヤミカゲめがけ、剣を前方へ突き出す。
くしざしソード。
辛うじてギリギリの所で避けるも、腕に掠り傷を負った。
今の攻撃は明らかに足を狙っていた。
誰でも足を負傷すれば、普段の生活には支障をきたす。
戦いに生きる者には尚更の事で、最悪二度と戦えない事もある。
「貴様ぁっ!!」
メタナイトの行為に益々激高。
シリカには目もくれず、散らばったクナイを拾い集めては投擲する。
「・・・・・・ヤミカゲ」
「何だ!!」
「我ら古き世代の戦士は、一旦休むべきだ!これからは新世代の星の戦士が時代を紡いでいく!貴様にその邪魔をしないで貰おう!!!」
メタナイトが彼女の意志を無視してでも庇った、最大の理由。
先の戦いで多くの仲間を失った彼は、これ以上の犠牲が増える事を望まなかったのだ。
数少ない星の戦士が消えていく事への怒りと悲しみ。
「メタナイト・・・・・・あっ!」
思わず敬称を付け忘れるフーム。
奇しくも彼を呼び捨てたのは、シリカが復讐者としてプププランドを襲った時以来。
あれは確か、二人がギャラクシアを巡って決闘を始めようとした時だったか。
「老いぼれが舐めるなァ!!!」
回想は直ぐに断ち切られた。
あろう事か相手は、屋内で風神の術を発動。
ヤミカゲは既に平常心を失い、怒りに身を任せ暴走。
「どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがってぇぇぇぇぇぇっっ!!!!」
猛烈に吹き荒れる嵐。
炎は燃え広がる前に風の勢いが強すぎるため、瞬く間に消火。
風速が以前より増しているのは明らかで、今にも足元を掬われかねない。
もう、来ても良い頃のはず。
“彼”はまだ来ないのか。
既にワープスターも呼んだ。
きっと来るはずだ。
いつでも絶体絶命のピンチを切り抜けてくれる、皆の頼れるヒーロー。
「ぽっよぉぉーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
窓の外より豪快に突入し、ヤミカゲの後頭部に激突した黄色の飛行物体。
桃色球体の生き物は颯爽と飛び降り、飛行物体はヤミカゲもろとも壁にめり込んだ。
やはり彼は来てくれた。
彼こそが、メタナイトら旧世代の戦士たちが最も期待する新世代の星の戦士。
カービィ。
「ははっ、来るのが遅ぇよカービィ!」
「あなたが来なかったらどうしようかと思ったわ!」
「ぽよ!」
ヒーローは遅れてやって来るもの、とはナックルジョーの弁。
まさにその言葉通り、彼は遅れながらも最高のタイミングで駆けつけてくれた。
「また助けられたみたいね、シリカ」
「有り難う、カービィ。でも出来ることなら、私一人でケリをつけてみたかった・・・!」
「何言ってるのよ!!怪我人が偉そうにしないで頂戴!」
「うっ・・・・・・それ、ジョーもおんなじ事言われたんだっけ・・・」
どっと笑いが起こり、フームたちに笑顔が戻った。
しかし、安心するにはまだ早い。
ヤミカゲに本当に止めを刺したとは思えないのだ、彼の実力を考えると。
最もな話、仮に彼がまだ戦えたとしても、この状況をひっくり返す事など不可能。
もう不安要素は無い。
「さ、カービィ!今度こそヤミカゲと決着を・・・・・・って、あれ?」
いない。
肝心のヤミカゲの姿が、どこにも見えない。
少なくとも、この部屋にいる気配は皆無。
「姉ちゃん、ヤミカゲの奴どこに行ったんだ・・・・・・・・・?」
彼女の記憶が正しければ
「確かワープスターに巻き込まれて、廊下へ・・・・・・」
彼女の証言通り、彼は廊下まで突き飛ばされていた。
廊下で彼らが見たものは、何とも言えぬ珍妙な光景。
「・・・・・・ワープスター諸共、壁に刺さっています」
「先程からピクリとも動きません」
「まさか・・・」
頭からめり込むヤミカゲの足を引っ張り、壁の中から引きずり出した。
「敵ながら情けない姿だ」
「卿、いかが致しましょう?」
「仕方ない。目が覚めたところで体よく出ていって貰おう・・・・・・ん?」
呻き声を上げ、ゆっくり立ち上がる。
その様子はどこか違和感を覚えた。
ヤミカゲらしからぬ動き、仕草。
もしや。
「・・・・・・俺は誰だ?どうしてここにいるんだ?」
記憶喪失。
図らずも、カービィは彼の記憶を失わせてしまったのだ。
意外な形を迎えた結末に、彼らはただ驚愕するしかなかった。
原因は一目瞭然。
常軌を逸したスピードで突っ込み、後頭部を打ちのめしたワープスター。
何もワープスターが悪いとは言わない。
ただ、こんな事を一体誰が予想できたというのか。
いや、誰にもこんな未来を当てることなど出来ない。
あまりにも意外すぎる、予想を超えた展開。
「・・・・・・そこの仮面の剣士よ、俺は何者なんだ?俺は何をしていたんだ?」
さすがにメタナイトも戸惑っている。
彼にも予測不可能だった、この結果。
しかしこれをチャンスと思った彼は、ヤミカゲの問いに口を開いた。
「そなたは高みを求めて修行を積み重ねる、ただの忍者。人里へ迷い込み、勝手に暴れていただけだ」
もちろん、真っ赤な嘘。
「メタナイト卿!?」
「これで良い。もう、彼女が狙われることも無いだろう・・・」
「けどさぁ、本当にあいつが信じると思うか?」
「・・・そうだったのか・・・・・・それは大変済まなかった」
顔を見合わせ、驚愕する姉弟。
「ええ~~~~~っっ!?!?」
_________________
ヤミカゲ、否。
「ただの忍者」はメタナイトの言葉を信じ、終わり無き修行の旅へ出ることを決意。
しかし、見送りを求めるとは厚かましい男だ。
「俺のせいで迷惑をかけてしまい、本当に済まない」
(本当に信じ込んでるよ・・・姉ちゃん)
(シッ!!あいつが本当の記憶を思い出したらどうすんのよ!?)
「では、また、あおーぞ!!」
カービィ達にとって決して望まぬ再会を約束し、煙と共に姿を消した。
「・・・・・・行きましたね・・・・・・・・・」
「こんな終わり方で本当に良いのか・・・?」
「・・・正直、私にも分からん。よもや記憶喪失を引き起こそうとは・・・・・・」
彼らも人生で初めてだったろう。
因縁の男が迎えた、奇妙で意外すぎる結末を目の当りにした事を。
「えっ?あいつ、記憶喪失になっちゃったんでゲスかぁ!?」
「なーんぞ、ソレ!!!」
彼らも呆れて何も言えなかった。
お粗末なB級アニメぞい、と喚くデデデ。
エスカルゴンも便乗し、シナリオライターの責任だと騒ぎ立てる。
「・・・・・・ま、シリカが助かっただけでも良しとしましょう!ね、カービィ?」
「ぽよ♪」
「・・・・・・けど、ヤミカゲが何のために私を殺そうとしたのか、結局分からず仕舞いに・・・」
「いや、仮に記憶を失っていなくとも、聞き出すのは無理だった可能性が高い」
「メタナイト」
「彼も忍者の端くれ。秘密を守るためなら例え、舌を噛み切ってでも黙秘するだろう」
「・・・・・・そう・・・」
「何もかも、当事者のみぞ知るって訳か」と、ブン。
ヤミカゲが何のために彼女を狙ったのか。
それは彼の意思か、誰かの差し金か。
全ては地平線に沈む夕日のように、「ただの忍者」に眠る記憶の深淵に沈んでいった。
今日もププビレッジは日が暮れる。