その3

 

 

 
 
 
デデデ城に警戒宣言が発令されてから数時間後。
来るべき「侵入者」の襲撃に備えるため、デデデは城中の兵士を総動員させようとした。
しかし、連日の捜索活動によってワドルディ達は既に疲労困憊。
実戦力になりうる兵士の数などたかが知れていた。
 
 
 
 
 
 
「警備がザルだな・・・・・・」
この好機を逃すまいと、ヤミカゲは城への潜入を決行。
しかし、戦力を削がれていると言えども、堂々と表から突撃するのは人数的に分が悪く、愚策に他ならない。
 
そこで彼は周囲の堀に目をつけた。
以前こちらへ呼び寄せられた際、城内のありとあらゆる場所に張り巡らされた隠し通路の存在に気づいていたのだ。
そのうち1つは、廊下と堀の外を繋いでいた。
 
己の記憶力を頼りに城の周囲を探索。
やがて見つけたのは、木製の小型ボート一隻が停泊する波止場らしき足場。
岸から大きく跳躍し、足場へ飛び移る。
足場と接した壁を手当たり次第調べ、ある部分で他とは異なる違和感。
手に力を入れて押し続けると、予想通りの隠し扉が正体を現した。
 
「やはりな・・・」
 
城内潜入、成功。
兵士の動向に注意を利かせつつ、ターゲットの潜んでいると思われる部屋を徹底的に洗い出す。
それから数十分後。
 
「いたぞい!!あの男を捕まえろ!!」
「でゲス!!!」
「ちっ・・・・・・!!」
 
探索も長くは続かなかった。
僅かな油断が原因で、新たな目撃者が生まれてしまった。
これが戦場なら即死に繋がりかねない。
 
だが、その目撃者はあの無能な独裁者。
はっきり言って雑魚同然だが、これ以上騒がれると都合が悪い。
すぐさま跳び蹴りを食らわせ昏倒させるも、手遅れだった。
 
「いたぞ!!」
「ヤミカゲ、覚悟!!」
 
主君を見捨て逃げ出す蝸牛と入れ違いに、戦う余力を残していた連中が現れた。
それぞれ青緑、黄緑に近い甲冑を身にまとった剣士の2人組。
どちらも大した実力は無さそうであったが、ここは出来れば無駄な体力の消耗を避けたい。
 
「生憎だが、ザコの相手をする暇は無い!!」
 
そして余計な時間を食いたくも無い。
煙玉を床に叩きつけ、一旦その場を退いた。
 
「くそっ、逃げられたか!!」
「ブレイド、卿にこの事を早く!」
「分かっている!!!」
 
 
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フームの私室
 
 
「何ですってぇ!!自分の武器を失くした!?」
 
愕然とするフーム。
ヤミカゲから逃走する途中、あろうことか改造銃を紛失してしまった。
 
「私がうかつだった・・・・・・少しでも生き延びようと必死だったから、全然気づかなくて・・・」
 
これは不味いことになった。
改造銃の秘める高火力・高性能は、以前彼女と対峙した誰もが知るところだった。
それは彼女にとって最大の主力であると同時に、敵の手に渡ればこの上なく恐ろしい悪魔と化す。
 
「あまりアテには出来ないけど、一応・・・」
 
シリカは自分の髪をまさぐり、刃渡り数センチ程度の本当に短いナイフを取り出す。
もちろん瞬時に取り出せるよう、鞘袋は固定式だ。
 
「なんだ、案外しっかりしてんじゃん」
「どういう意味?」
 
キッと睨み付けられ、萎縮するブン。
 
万が一の事態に備え、彼女は髪の中に短剣を隠し持っていた。
エミジの一件で己の無力さを痛感した挙句、ナックルジョーには「一つの武器に頼りっぱなしは危険」だと指摘されたためだ。
当人が言えた口ではないのは分かっていたが、後に彼の指摘は的確だった事を思い知らされた。
 
それは別件で、ナックルジョーと共に魔獣の討伐へ向かった時の事だった。
 
 
 
 
 
 
敵は茶色の皮膚を有し、風の刃を巻き起こす能力を持つ巨大な竜の魔獣「グランドドラゴン」。
異名「大地の守護者」。
もう一体はその竜を使役し、甲冑だけで生きるアンデッドタイプ?の魔獣「イビルナイト」。
異名「悪魔の騎士」。
 
正直、後者に関しては明確な情報が無く、暫定的にアンデッドと決められているだけだった。
両者とも魔獣ハンター協会の定めた分類上は最強魔獣。
だが、いかに最強魔獣といえども寝込みを襲われてはたまったものではない。
彼女の一案した奇襲作戦は見事に成功し、本気を出される前にかなり疲弊させることが出来た。
そして何時ものように体よく、順調に追い詰めたまでは良かった。
 
 
しかし、僅かな油断が敵につけ入る隙を与えた。
ドラゴンの振り回した尻尾を避けたとき、騎士が不意打ちに投げたナイフが改造銃を弾き飛ばした。
たったそれだけで、戦況は一気に逆転。
戦う力を失った少女など、赤子の手を捻るようなもの。
そう言わんばかりに次々と畳み掛けるように繰り出される、ドラゴンの猛攻。
 
 
深手を負った彼女を見かね、ナックルジョーは討伐を断念。
シリカを抱え、敵の追撃を受けるハイリスク承知で逃走を実行。
 
この時ばかりは、死を覚悟していた。
もう助からないと思っていた。
果たして、敵前逃亡の自分らを前に、敵はどんな行動に出るのか。
決して望まぬ期待に押され、後ろを振り向いた。
 
 
 
「つまらん、行くぞ」
 
 
 
イビルナイトが失望の念を込めて放った言葉。
見れば、追い討ちをかけることもなく背を向けていた。
一方のドラゴンもこちらを深追いすること無く、二人の少年少女の離脱を黙って見守るのみだった。
両者の視線は殺意を宿さぬ、しかし同じ失望に満ちた瞳。
 
言い換えれば、自分らは倒す価値も無いと判断されたのだ。
最大の判断材料は、武器を失ったシリカの著しい戦力低下。
連中にしてみれば、あまりにも無力すぎて倒す気が失せたらしい。
 
 
そもそも最強魔獣を二体も相手取ること自体常軌を逸しているのだから、命があるだけでも感謝すべきだ。
協会の治療施設「ハンターベース」に帰還した際、主治医が真っ先にかけた言葉。
その後、戦闘結果を協会に報告すると、重役たちからは意外な答えが帰ってきた。
 
 
 
「そんな馬鹿な。その程度が連中の実力であるわけ無いだろう」
「大方あいつらは手を抜いたのだろう。端から本気で戦っていなかった」
「数値で言えば全力の60%ぐらいだ。お前たちも甘く見られたものだな」
 
 
 
二人に衝撃が走った。
冷静の当時の戦況を思い返せば、イビルナイトの攻撃は積極的なものではなかった。
シリカの戦力低下以降は尚更で、グランドドラゴンの猛進に苦戦する様をただ傍観。
時折合図を出しては、こちらを巧みに追い詰める程度。
 
 
 
よく考えてみれば、寝込みを襲った際の反応にも違和感があった。
わざとらしいと言えばわざとらしい、あまりにも古典的過ぎる反応。
あたかも奇襲を知っていたかの如く。
 
 
 
 
 
作戦は、最初から失敗していたも同然だった。
 
 
 
 
 
事実上の敗北。
二人にとって屈辱以外の何者でもない。
戦場は互いの命を賭した戦い。
一度本気で戦う以上、死力を尽くしてでも相手を打ちのめすべきだ。
 
 
 
 
それを、あの魔獣どもは。
戦いを楽しみの一つとしか思っていないあの魔獣どもは、何の面白みも無いと戦闘を放棄した。
情けをかけた訳でも無く、つまらないという理由で。
奴らは戦士の誇りを汚した。
奴らは戦場を馬鹿にしている。
誰よりも戦いに憧れる、酔狂な戦士たちが求めるであろう不可欠の要素を。
 
 
 
 
いつ命を落とすかも分からないスリル。
無限に生み出される生と死のドラマ。
戦いの果てに待ち受ける結末。
それらに、あの魔獣どもはそれに何の魅力も抱かなかった。
スリルにもドラマにも一切合財興味を持たず、ただ強者と戦うことだけを望むモラル無き戦士。
いや、自分たちも本当に正しいことなど分からない。
彼らの判断は妥当だと主張する者もいるだろう。
 
 
 
だが、奴らだけは絶対に許せない。
圧倒的実力差を把握していながら、余興のつもりで自分たちを弄んだ魔獣どもを。
戦士の誇りを軽視する、礼儀無き魔獣どもを。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「それにしても、さっきから騒がしいわね・・・・・・・・・」
 
フームの何気ない一言が意識を引き戻す。
部屋の外には慌ただしく走り回る、尋常ではない足音の量。
もしや。
予想されるであろう事態に、部屋内は緊張した空気が張り詰める。
 
「!・・・誰かが部屋に入ってくる・・・・・・!」
 
ドアノブを捻る音。
敵か。
一瞬身構えたが、相手がソードとブレイドだと分かりほっと胸を撫で下ろす。
 
「どうした」
「大変です、ヤミカゲが!!」
 
やはりか、と呟くメタナイト。
もはや戦いは避けられない、来るべき時が其処まで来ているのだ。
 
「奴は今も城のどこかに潜んでいます。下手にここを動くのは危険です!」
 
ならば、やるべき事はただ一つ。
私は逃げない。
手負いの身であろうと、死の淵より転げ落ちるその時まであがき続けてやる。
 
「ヤミカゲ、お前は逃げないんだな?」
 
シリカが思わず漏らした、問いかけるような独り言。
 
答えは否。
裏切り者の分際でのうのうと生き続けた彼の事だ、今回もしくじれば真っ先に逃げ出すだろう。
しかし、奴はあの最強魔獣たちとは違う。
腐っても戦士だ、己の負けを認めるまで戦うことを止めないだろう。
 
 
守り抜こうと手を尽くしてくれる親友たち。
 
 
だが、少女の決意は固い。
 
 

 

 

 
 
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地下も、地上も、探せる所はほとんど探した。
にも拘らず、“標的”の姿はどこにも見つからない。
それどころか追っ手の数は、数十人単位で徐々に増加。
この状況で探せというほうが無茶としか言いようがなかった。
 
「・・・・・・?」
 
ふと、一つのある部屋の前で歩みを止める。
何処も同じような形状の扉ばかりで紛らわしいものがあったが、この扉を前にヤミカゲは違和感を覚えた。
 
「・・・ここはまだ、だったか・・・?」
 
ドアノブに手をかけようとするヤミカゲ。
だが、寸前のところで部屋の中から話し声が聞こえ、反射的に後退。
会話の内容を探らんと扉に張り付いた。
 
(・・・・・・城中がこの騒ぎでは、さすがのヤミカゲもここまで無事にたどり着けまい)
 
落ち着いた男性の声。
ヤミカゲには聞き覚えがあった。
誰であろう、銀河戦士団の戦線で共に戦ったことのある、あのメタナイト卿だ。
 
(つまり、現状維持ってことでOKなんだな?)
 
少年の声。
記憶は不鮮明だが、おそらく巻物の一件でカービィと一緒にいた緑髪の子供だろう。
 
(ああ)
(でも、この守りの中でも襲ってこない保証は無いわ)
 
今度は少女の声。
これもカービィと一緒にいた金髪の子供だと分かった。
なるほど子供にしては賢明な判断だ、と思わず感心した。
そして、一連の会話から判明した事実。
 
“標的”こと、シリカはこの部屋にいるという事。
 
ヤミカゲは懐から数本のクナイを取り出し、奇襲の準備に取りかかる。
 
(私もフーム殿に賛成です)
(卿!ここは更に、何か手を打つべきでは・・・)
 
鮮明な記憶が二人の声を特定するのは容易だった。
間違いなく、先程の剣士たち。
メタナイトはいつの間に従者など作ったのか。
 
(心配はいらん。この賢い私がいるからには、安全といっていい)
 
「・・・・・・・・・馬鹿め!」
 
賢い私?
どれだけ自分を買い被っているのだ、この老いぼれは。
俺も年で戦闘能力が衰えたとでも思っているのか、だとすれば非常に不愉快だ。
 
ヤミカゲには絶対的な自信があった。
あの時“標的”は、確かに追跡経路を絶ったつもりでいた。
それは単なる時間稼ぎでしかないが、少しでも傷を癒すには致し方なかったのだろう。
 
しかし、我が身大事であれば最も大事なものを、彼女は失うべきではなかった。
憎むべきであるはずの敵から何も知らずに譲り受けた、一つの力。
銃器とも刃物ともつかない変幻自在の違法改造物。
 
 
 
「・・・・・・お前の武器が、俺の手元にある事など・・・!!」
 
 
改造銃。
今やシリカの相棒とも言えるその武器は、主の手を離れヤミカゲの物となっていた。
敵としての彼女と相対したはずの彼らだからこそ、分かっていたはずの脅威。
あと数十秒後、あの時の恐怖を彼らは再び身をもって知ることとなる。
 
 
改造銃から放たれた一発のミサイルが、扉を壁ごと爆破、粉砕した。
 
 
 

 

 

 

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