「あの日から暫くの間は実に耳障りだった。どいつもこいつも口を開けばカービィカービィ」
当時の状況をさも忌々しい出来事のように語るのが、赤い長髪がトレードマークの黒スーツ男。
彼の話し相手、BAR「KURENAI」のマスターは仕事柄ゆえか、嫌な顔ひとつせずに耳を傾けている。
「・・・・・・・・・・・・」
「前にも話したよな、マスター?俺の彼女は、マリアは、間違いなく奴の戦いの巻き添えを喰って意識不明になった」
俯き加減の男は只の水割りグラスを飲むわけでもなく、無意識にストローでかき混ぜ続ける。
一方で空きグラスを一つ一つ入念に手入れし、順繰りに棚へ戻していくマスターは静かに口を開く。
「・・・・・・とんだとばっちりですね」
「ああ。だから奴は絶対に許せない。今もマリアが目覚めないのは奴のせいだ。絶対に責任を取らす」
「・・・・・・殺し屋らしい、やり方で?」
客に背を一時的に向け、男に訊いた。
「そうだ。俺の大事な人を奪った罪を償わせてやりたい。が・・・・・・」
「が?」
「俺はあくまで殺し屋だ。他人の依頼以外で殺生を働くなと、マリアに約束したんだ。だから俺は非常にもどかしい思いをしている」
「・・・・・・はぁ」
「笑えば笑え。どっちを優先するかと訊かれれば俺は当然マリアを取る」
不愉快そうに席を立ち上がる男。
「今夜はもう帰る。携帯を無くして今日はついてない」
「帰るって、家にですか」
「看病、だ。仕事の無い時はあいつの傍にいてやりたい」
「・・・・・・御代は」
「ハーデーにツケておけ」
「先週も先々週も同じこと言っていましたね。・・・仕事は?」
「・・・・・・・・・・・・」
「マリアさんの身を案じる気持ちも分からなくはありません。しかし、金銭面を彼に任せっぱなしで、あなたはそれで良いんですか」
「・・・分かっている」
男はそれきり一言も発さず、店の外に出て行った。
__
「・・・マスター、何だいあの赤毛のあんちゃん?」
「・・・あの人には参ったよ。彼女が事故で昏睡してからというもの、ロクに仕事も引き受けようとしない。このままじゃ裏社会から弾かれるのも時間の問題だ」
「おっと、そんな事を客の前でうかつに話しちまって、いいのかい?」
「何を言いますか。あなただって彼と“同業者”でしょうに」
「ははは、バレちまったか。前と違う扮装したつもりだったが、あの青二才を騙せてもマスターには敵わないな」
「私も伊達にこの世界を生き抜いた訳じゃないんですよ。しかし、彼は本気でどうしましょうかね」
「あの女が唯一の拠り所みたいな部分もあったし、本調子でないまま仕事に戻られても迷惑だろうが」
「うーん・・・・・・・・・おや、ちょっと失礼・・・・・・」
(マスターが携帯電話使ってんの初めて見たな・・・今までずっと黒電話にこだわっていたクセに)
「・・・はい?誰ですかあなた・・・・・・え?・・・・・・え!?」
「?ど、どうした?」
「・・・・・・分かりました。では・・・・・・・・・お客さん、どうやら面白い事になりましたよ」
「おいおい、一体なんだってんだよ。もったいぶらずに教えてくれやマスター」
「実は・・・・・・」
____
店を後にした男は、夜の繁華街を充ても無く彷徨っていた。
無気力にも感じられる重い足取りに、自然と避ける周囲の人々。
「分かっている、俺がこんなままじゃマリアに悲しまれるって・・・・・・しかし・・・」
仇を取りにこの街を旅立つべきか、最近は特に葛藤が多くなった。
真に優先すべきは復讐心か、或いは彼女と交した約束か。
どちらも選ぶことは容易く、捨てる事は難しい。
世間ではこれを優柔不断と言うが、いざその立場になってみると驚くほど彼らの気持ちが分かる。
嗚呼、自分に与えられた選択肢は本当にこれだけなのか?
もっと良い方法は無いものか?
自分が他の殺し屋に暗殺を依頼する?
それは駄目だ、あくまで自分の引き金で息の根を止めたい。
他人任せなど以ての外だ。
しかし考えられる選択肢を片端から否定しては、何時まで経っても行くべき道が照らせない。
「ちょっとー、何なのあれ?」
「超ウケるぅー」
「写メ取っとこ、写メ!」
ふと我に返ってみると、大通りの方で沢山の人だかりが出来ていた。
何やら騒然としているが、自分には関係の無い事だと決めつけ足早に立ち去ろうとした時。
「ねぇ、あそこってモートゥス病院でしょ?」
「ホントだ。空に浮いているあの馬鹿でかい物体は何だ?」
モートゥス病院、と聞いた男の足が止まった。
どうせ酔っ払い同士の喧嘩だろうと思っていたが、あの施設が絡んでいるとなれば話は別だ。
何故なら単純に、マリアの入院している場所だからである。
男は群集の視線の先を見た。
そして現状を把握し、驚愕。
「飛行船?・・・・・・それに、あの病院は!!!」
夜中と言えど、見間違うはずが無い。
遠方に見える純白の大型建築物は正しく、モートゥス病院そのものだった。
更に上空では、漆黒の船体に街のネオンライトが照りつける巨大飛行船。
一体、何の目的で変哲も無い病院に?
「くっ!!」
考える暇は無かった。
マリアが居る以上、何らかの危険に巻き込まれてもおかしくない。
人混みを懸命に掻き分け、警官の制止を振り切り、モートゥス病院へ急いだ。
いざ到着すると、現場は騒然となっていた。
夜勤の職員や、パトカーで駆けつけた警察らが集まり緊迫した状況。
物々しい雰囲気が漂う。
屋上を見上げている最中、男の姿を見つけた看護師が駆け寄ってきた。
「あなた、マリアさんの・・・!」
「これは一体どうなっているんだ!?」
「それが、突然ロボットの大群が押し寄せて・・・」
「大体の奴らが追い出された訳か!」
病院の正面口へ駆け出し、再び警官の制止を振り切って突入。
建物内には先程の話通り、彼方此方に大量のロボット達が配置されていた。
どれも大半が、メックアイで汎用される小型から中型までの土木作業用マシン。
本来制御装置で人に害を及ぼす事は無いはずだが、状況を省みるにそんなもの外されている事だろう。
現に、ドリルアームの回転する一機が此方めがけて襲い掛かってきたのだから。
「くっ!!」
とっさに避け、振り返るとドリルは壁を容易く粉砕していた。
此方を振り向き、無機質な紅いレンズの眼が不気味に発光。
背筋を走った悪寒。
“仕事”用の武装も準備していない状態で、このおっかない連中をいちいち相手取るわけにはいかない。
男は立ちはだかるロボット群を悉く無視し、マリアの病室へと向かった。
「こんな所を占拠して、何のつもりだ!」
次から次へと湧き出すロボット群。
敵の硬度も考えず、闇雲に蹴り飛ばし、殴り飛ばす。
が、やはり拳の痛みに耐えかねたようで、時にはロボット同士の同士討ちを誘った。
その繰り返しで路を切り開き、ようやく病室に辿り着いたが、肝心のマリアの姿はベッドの上に無い。
まさか。
「・・・・・・!!屋上か!」
未だ目覚めない彼女が独りでに逃げられるはずが無い。
予想できるのは、屋上まで連れ去られた可能性ただ一つ。
病室を出ると再びロボット群を滅茶苦茶に掻き分け、死に物狂いの表情で非常階段を駆け上がる。
「遅かったじゃないか」
やっとの思いで屋上に到着した男を出迎えたのは、車椅子に座り背を向けた灰色ローブの人物。
フードを深く被っているので顔が見えない。
屋上の中央で一人待つのも退屈だった、と言わんばかりの溜め息をつくと、男の方に向き直った。
「君が来る事はちゃんと分かっていたよ」
非常に野太く、ゾッとするような気持ち悪い声。
恐らくボイスチェンジャーを使い、身元を特定されないようにしているのだろう。
男は呼吸を整え、眼前の人物に向かって叫んだ。
「誰だ、貴様はっ!!!」
「君の質問に答える義務は無い。そうだな、アイラムとでも名乗ろうか」
「アイ・・・ラム・・・・・・?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる男。
アイラムと名乗る、灰ローブの人物が更に紡いだ言葉は、男の予想したくなかった結果を裏付けるものだった。
「突然だが、君のマリアは此方で預かった」
「!!・・・・・・だったら見せてみろ」
人質に取られた判断するのは総計だろうと考え、まずは証拠を要求。
「では見せてあげよう。ほら」
アイラムが指をパチンと鳴らすと、飛行船からボールの形をした中型の機械が降下。
メックアイで警備・哨戒用として配置されている飛行ユニット。
紅い眼が夜空に映えるそれが吊り下げていた、猛獣捕獲用合金製ケージの内側には、紫がかったロングヘアーの女性が倒れている。
見間違いない、マリアだ。
「・・・何が狙いだ!」
「こうでもしないと取引に応じてくれなさそうだからね。彼女の命を報酬として、君に依頼があるんだ」
「依頼?こんな回りくどいやり方をしてまで?」
「そうだ。で、依頼についてなんだが・・・・・・あのカービィを倒して欲しい」
カービィ。
そう聞いた途端、男は目の色を変えてアイラムの話に食い入った。
「単純に存在自体が不都合とか、いろいろ理由があるのさ」
「貴様の身の上など知るか!・・・カービィだと?それは嘘じゃないんだな!?」
「勿論さ。手段は問わないが一つだけ気をつけて欲しい。最初のうちは殺さず、じわじわと狡猾に攻めてくれ」
「何故だ・・・?」
「私は彼の死をこの目で見届けたいからね。今から私の言う日にちに作戦を決行し、指定時刻までに何とか屋外に誘導して欲しい」
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「・・・ふん、おかしな依頼だが構わん。奴さえ始末できれば、そしてマリアが無事に戻ってくれば全く文句は無い!」
「・・・・・・ところで」
「何だ」
「この日にち、用事など入っていないだろうね?」
「用事・・・?例え入っていたとしても、カービィの始末が最優先だ!!」
「・・・・・・ふぅーん。とにかく、これで取引成立だ」
アイラムが片手を挙げると、今度はクレーンアーム付きの大型飛行ユニットが登場。
車椅子に乗ったままのアイラムを引き揚げ、飛行船に向かい飛び去っていった。
「じゃあよろしく頼んだよ、クロストル君」
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How clumsy the avenger is.
序曲
-- 復讐者はかくも不器用なりき --