クロストルの朝は何時になく早い。
起床するなり直ぐに寝巻きから着替え、自慢の黒スーツを着用。
昨日の(半ば無理矢理)引き受けさせられた依頼に応えるべく、“荷物”を簡単にトランクケースへ纏めて自宅を発つ。
期日まで圧倒的に余裕はあるが、早めに準備をしておくに越した事は無い。
時刻は午前5時。
まだ一般の起床時間には早い。
だからこそ、殺し屋を生業とする彼にとって動きやすい時間帯だった。
(早朝は冷えるな・・・)
濃い朝霧の立ち込める、少々肌寒い気温に僅かながら体を震わせ、ガレージの車庫を開放。
姿を現したのは、実に厳つい様相の大型一輪バイク、レックスウィリー。
かの有名なクロストルコンツェルン製の一つで、本来の設計よりも小回りを重視した軽量化が成されているのが特徴だ。
口に出す事は全く無いが、この男はそのクロストルコンツェルンを取り仕切る社長でもあった。
そもそもの出自も裕福な家庭に生まれ、前社長が実の父親という御曹司。
しかし殺し屋を本業に置いた今となっては両立が難しくなり、自立したい一心もあって全権限を執事に丸投げ。
大企業ならではの支援を受ける事をも拒み、自分の力のみで路を切り開く事を望んだ。
このレックスウィリーも実の所、素性を隠してまで購入したものである。
流石に他社製のマシンを買うのは、曲がりなりにも社長としてのプライドが許さなかったのだろう。
(行くか)
適当に点検を済ませてからエンジンキーをかけると、車体が低い唸り声のような重音を響かせる。
慣らす為に暫く吹かした後、アクセルを踏み抜いて発進。
久々の運転でハンドルの切り返しが無意識に甘くなっていたようで、危うく電柱に激突しかけるがこれを何とか回避。
気を取り直し、今度こそ朝霧の立ち込める街中を駆け抜けて行った。
自宅から車で30分程度走れば、目の前には果てしない海が広がる。
ここはポップスター屈指の島国「オレンジオーシャン諸島」。
その中で一際大きな島であり、首都でもある港町「トレーディ」は、大陸最大の貿易都市。
四六時中、時期目的を問わず多くの船が集い、行き交う。
時にはビッグドリーム、要はビジネス・人生の大成功を求めて大陸間を渡る者の中継点としても、この港町は全てを平等に受け入れる。
例えその者が善であろうと、悪であっても。
そうでなければ自分とマリアは、決してトレーディに受け入れられる事は無かっただろう。
無論の事ながら、密入国や不正輸送目的で立ち寄る連中も後を絶たない。
オレンジオーシャン諸島の警察機構は実によく出来ていて、給与待遇の良さもあってか仕事熱心な警官が多かった。
おかげで年間の検挙率もポップスターNo.1だが、それでも法の目を掻い潜ろうと試みる犯罪者も少なくない。
とりわけ、凶悪犯罪組織などについては一層顕著だ。
上層部ないし政府は、警察だけの手に負えない事態に直面した場合、極秘でクロストルに協力を依頼する。
あくまで本業は殺し屋だが、その本業に関して器用な彼は決して断らない。
依頼は生計を立てるための生命線だ。
それに標的を殺さず致命傷に留めておく、集団なら撹乱させて警察突入までの時間を稼ぐ、等の技術は若くしてプロフェッショナルな彼には造作も無い事だった。
≪トレーディ港よりお知らせです。プププランド発の不定期便が、まもなく到着いたします≫
発着場に近づきつつある中、船の到着を知らせるアナウンスが辺り一帯に響く。
住宅地は港から大分離れており、騒音による公害等を気にする必要は無い。
段々とレックスウィリーのスピードを落とし、律儀に駐車場の白線内で停車。
目的地のプププランドだが、困った事に海の彼方。
太古の昔は陸続きだったようで、向こうの大陸にあるヨーグルトヤード共和国もかつては此方と繋がっていたらしいが、この際関係ない。
兎に角、靄の晴れようとしている目先の大海原を越えない限り、依頼を果たす事も出来ないのだ。
その前に一つ、避けて通れない関門がある。
荷物検査。
トレーディは空港並にチェックが厳しく、とりわけ金属類に対する目の光らせぶりは尋常でない。
クロストルは仕事の際、普段は巧妙に分解・カモフラージュしたスナイパーライフル一丁と、花火用に見せかけた弾薬のみを持ち込んでいく。
そのおかげもあってか、今まで絶対バレずに此処まで来た。
しかし今回は訳が違う。
相手があのカービィだ、生半可な武装では傷をつけるどころか返り討ちにされかねない。
そこでクロストルが持ち出したレックスウィリーだが、いざという時に変形、隠し持った兵装で攻撃するという大胆な改造が施されていた。
見てくれは非の打ち所無し、重量級の一輪バイク。
検査の結果、不審に思われること無く素通りに成功。
後は船の到着を待つだけだった。
「・・・・・・・・・何だ?」
建物内のロビーで待ちぼうけしていると、何やら外が騒がしい。
発着場の方に人だかりが出来ているようで、待機中の他の客も気になって外へ誘われて行った。
並々ならぬ事件でも起きたのだろうか。
クロストルも数分後、重い腰を上げて野次馬の群集に加わろうと外に出た。
「!!」
人々が恐怖と不安の眼差しで見つめているものを確認し、息を呑んだ。
あらゆる箇所に亀裂が入り、見るも無残な姿の大型客船。
未だ火事の続いた状態で入港し、生き残りと思しき二人の人影が降りた途端に崩壊。
人々を騒然とさせる。
側面には異常なまでの深い陥没が起きており、何か凄まじい力が鉄の塊を変形させたであろう事は明白だった。
「一体どうなっているんだ!?」
「もしかして、魔獣・・・?」
こんな所業が出来るのは、魔獣以外に在りえるものか。
クロストルは内心そう呟いていた。
それから数時間後、トレーディ港は一時的に封鎖。
あの客船の生き残りである二人の騎士達から、恐ろしい事実を聞かされた為だ。
海の底より現れたという、巨大なイカの化物。
傍らで彼らの話を聞く限りでは、それは正しくオレンジオーシャンで古くから言い伝えられている海獣、「クラーケン」だった。
縄張りに入った船を無数の足で悉く沈め、数多の船乗り達の人命を奪った恐ろしい力の持ち主。
正体は諸説あり、一匹のイカがナイトメアの魔力で凶暴化したとも、突然変異とも言われている。
中でも特に興味深い説が、大海原を駆ける伝説のエアライドマシンの化身だというものだ。
奇しくもマシンの名もまた「クラーケン」であり、文献にある機体の形状も海獣に酷似したものだった。
真偽の程はさておき、時は現代。
最早過去の記憶でしかなくなったクラーケンの存在は、いつしか人々から忘れられていくはずだった。
しかし、目撃情報が失せてから1000年目となる今年、海獣は再び人類の前に姿を現した。
騎士達が異変に気付いたのは、いつになく海が荒れている様子を目の当りにした時。
続けて天候も悪化し、二人が警戒していると、突然巨大な一本の触手が海面を突き抜けて登場。
触手は大きく振りかぶり、思い切り船体に叩きつけた。
その際の衝撃で、船内の乗客の大半が死亡。
海獣の本格的な攻撃はそこから始まった。
今度は同じ生物のものと思しき触手が無数に現れ、船体を沈めようと容赦なく締め付けてきたのである。
更に生き残った乗客は次々と触手に捕われ、海中に引きずり込まれてしまったという。
騎士達が生き残ったのは、在ろう事かその海獣に毅然と立ち向かったからだ。
細めの触手を狙って切り落とし、掴まれても剣を突き刺すなどして必死に抵抗したらしい。
その甲斐あってか、やがて海獣は諦めて退散。
命辛々このトレーディに辿り着き、九死に一生を得たのだと言う。
この騎士達の身も凍る体験談は、瞬く間に街中へ広がっていった。
「あの」クラーケンが?
もはや「伝説」に過ぎなくなったクラーケンが再び現れた?
海獣と言えど、寿命で死んだはずじゃ無かったのか?
そんな、どうして?
また悲劇は繰り返されるのか?
自分達の暮らしは一体どうなってしまうんだ?
人々の不安な声が次々と噴出し、かつての脅威に対する恐怖は拡大していった。
やがて1,2時間もすると、トレーディどころかオレンジオーシャン諸島全体が大騒ぎになった。
どのテレビ局も報道内容は海獣一色で、一連の出来事はあっという間に海外へと知れ渡る。
程無くして政府による緊急事態が宣言され、種別問わず今後一切の航海を禁ずると発表。
事態が解決するまで現状を保つそうだ。
ちょっと待て、一切の航海を禁ずるぅ?
何という事だ!
俺は一刻も早く海を渡って、向こうに行きたいというのに!
こんな時に限ってツキが回らない。
期日は今日から数えて15日後。
船でプププランドまで移動すると、丸一週間費やす。
海上貿易に拘ってきたこの国に、空港なぞ一つも無い。
加えて今回の事態を重く見るに、どう考えてもクラーケン討伐が2日3日でカタがつくものとは思えなかった。
つまりこのままでは期日に間に合わず、マリアの命も保障されたものじゃない。
「まずい事になった・・・・・・!!」
勿論、他国が黙っているはずも無い。
世界的に重要な貿易都市の機能が麻痺すれば、経済的損失は計り知れないものになる。
このまま放っておけば被害は拡大し、やがて取り返しのつかない事態へと発展しかねない。
世界恐慌だ。
この国ならず、周りもクラーケンの悪行を傍観している訳にいかないのは明白である。
誰が、どの国が海の脅威を取り払ってくれようか。
_________________________
足止めを喰らい、5日経った日の事。
結局、海獣を討ち取れる者は誰も出なかった。
「海水浴はもう飽きたんだがな・・・」
悩んでも仕方ないと開き直ったのか、港近くの浜辺ではアロハシャツ、サングラス、麦藁帽子を着用し、完全南国仕様でベンチに座るクロストルの姿が在った。
一筋の望みを託していた空の路も、周辺海域の天候悪化で一切の飛行機が航空できなくなったらしい。
こうなった以上、あんな暑苦しい格好で過ごす訳にもいかないというのが彼の考えだ。
街や海岸は、観光目的で訪れた旅行客、あるいは足止めを喰らい、予定以上の滞在を余儀なくされた家族連れで一杯の状況。
親しい者以外と馴れ馴れしくすることを拒むクロストルは、敢えてこの格好で他人を遠ざけようとしていた。
さて、この数日の間、世界各地から数多の挑戦者が集結。
周辺海域全てがクラーケンの支配下に置かれている訳ではないので、天候の悪さを差し引けば何とか此方に辿り着く事も出来る。
帰路は保障できないが。
その道で有名な戦士から、一旗上げようと思い立った無名の駆け出しまで、多様なバックボーンを抱える者達がクラーケンに立ち向かっていった。
結果は、悉く全滅。
そもそも巨大な客船を崩壊寸前まで追い込む化物相手に、個人の力が敵うはず無いのだ。
見かねた内外の国家は、遂に破壊兵器の使用を宣言。
最新技術の隋を尽くし、今度こそクラーケンは海の藻屑となるはずだったが・・・
「『重火器、一切効果なく』・・・『切り落とされた跡、もう見当たらず』・・・」
新聞の朝刊を広げ、関連する記事に目を通す。
明らかとなった事実の一つが、クラーケンに生半可な攻撃は通用しない事だった。
記事の内容はこうだ。
討伐のために集結した、複数の国の混成艦隊が深夜未明、砲撃を開始。
姿を現したクラーケンに全弾命中するが、爆発は起きない。
それもそのはず、無数の触手を持つ相手は見事な捌きっぷりで、一切の砲弾を弾き飛ばしていたのだ。
勿論、返された弾の一部は艦隊に直撃。
困惑したところをクラーケンが片端から締め上げ、各国の誇る戦艦は逆に海の藻屑と化した。
身動きの取れない船で挑もうなど、愚かしいにも程がある。
そしてもう一つ恐るべきは、海獣の驚異的な自己再生能力だ。
勇敢な騎士達が切り落とした触手の先端だが、翌日にとある船が観測した際には、既に新しく生えようとしていたらしい。
つまり、休息を求めて一旦離脱してしまえば、それまでの苦労が水の泡になる。
かと言って集団で挑もうものなら、其処は狭い船の上。
たちまち一網打尽にされてしまうのが落ちだろう。
成程、これはとても相手にならない。
近代兵器ですらまともに通用しないのだから、自分などが戦いを挑んでも無駄だ。
大人しく、転機が訪れるのを待つとするか。
果報は寝て待て、だ。
「・・・?」
太陽の照りつける雑踏の中、何やら揉め事らしき様子が目に入る。
気に掛かったクロストルは腰を上げ、サンダルに乗っかった砂を払いながら騒ぎの元へ近づいて行った。
「しつこい奴らだな。お前らなんかで釣り合うと思ったら大間違いだぞ」
「おうおう、つれねーなぁネエチャンよぉ」
何事かと覗いてみれば、赤い長髪の女に対して柄の悪い男3人。
連中の顔を見たクロストルは頭を抱えた。
あれは大分前に懲らしめたゴロツキ達だ。
伸されて参ったのか、自分を慕ってくれるのは人脈が広がるから別として、旦那呼ばわりされるのは少々身に合わない。
反省したのかと思えばこの様とは。
「一人じゃ寂しそうだから声かけてやったのに、ノリ悪いぜ」
「別にナンパされる筋合いは無い。痛い目に遭いたくなければ私の視界から失せろ」
「あぁ!?何だとゴルァ!!」
「うちの兄貴バカにしとんのかい!!」
相手も相手だ。
赤毛の凛々しい顔つきをした女の格好は、上が黒と赤の水着で下はダメージ系のホットパンツ。
見た目こそ何所にでもいそうな若い女性だが、眼をよく見る限り普通ではない。
何か、幾多もの死地を潜り抜けてきたような、大袈裟だがそういった表現が妙に相応しかった。
などと思考している場合ではない。
さっさと仲裁に入らなければ流血沙汰だ。
「おどれぇ、ワシらを怒らせおったら―――」
「どうなるって?」
真ん中の男の肩に手を置き、凄みを効かせた声で訊ねた。
男は一瞬すくみ上がるも直ぐに威勢よく振り返るが、相手の顔を見るなり態度が豹変する。
「アァン?!そりゃ・・・・・・って、こいつぁ旦那じゃありませんか!!」
「「うええっ!?」」
全く何をやっているんだ、この阿呆共は!
「全然変わっていないな、貴様ら!」
「ひぃぃぃぃぃ・・・・・・あ、兄貴も花咲かせたい年頃でして・・・」
「は?」
「要はカノジョが欲しいそうなんですよ」
「はぁ??」
「でもクラーケンの一件で船が出せなくて、やけになって・・・」
「・・・・・・貴様いくつだ?」
「こ・・・今年で39・・・・・・です」
男と女の顔を交互に見やり、胸倉を掴み上げる。
「ふざけるなよ、下種が!!今度ロクでもない事やったらブタ箱にぶち込んでやる!!!」
「ひぎゃあああ!!す、すいませんでしたぁ~~~~!!!」
すっかり怯えた男は脱げた靴にも気を掛けず、一目散に逃走。
子分ら二人も一礼し、慌てて後を追う。
「こ、この度はまた迷惑かけちまいやした・・・・・・」
「構わん。早く行け。俺が貴様らと同類だと思われる」
「クラーケン討伐できたら、兄貴もモテますかねぇ?」
「その前に餌にされるのが落ちだろうな」
体よく舎弟共(だと向こうが勝手に思っている)を追い払い、女の方に向き直った。
マリア以外の女性と接するのは好きじゃないし、一定のプライドが許さない。
それに下手な失言でもすれば、本来あのゴロツキに向けられていた敵意が自分にも飛び火しかねなかった。
「怪我は無いか?」
「・・・・・・心配しなくても結構だ。その気になれば捻じ伏せる事も出来た」
「・・・そうか。気をつけろよ」
こちらの顔を見た後、返答に含みを持たせたのが気に掛かるが、向こうも馴れ合うのは柄で無さそうに見える。
その場であっさり会話を切り上げ、別れた。
あの女が歴戦の強者だとすれば、自分の本性を見抜かれてしまう危険性が高い。
其処からどう自身の不利益に繋がるのかまだ分からないが、とにかく長く一緒に居るのは避けたかった。
浜辺を出、海岸沿いの道路を充ても無く彷徨い歩く。
「あの、すいません」
後ろから声をかけられ、思わず立ち止まる。
「何だ。道案内ならタクシーにでも聞け」
「この辺りで俺のツレを見なかったでしょうか?ブレイドという・・・」
「ブレイド?」
顔を確認しようと、サングラスを外しその場でゆっくりと振り返った。
其処に立っていたのは緑色の短髪で、頬辺りに部族のような小さい四角の緑色のペイントを施した青年。
すると向こうは突然、何故かぎょっとした表情で驚き始めた。
「!!」
「知らんな」
「そ・・・そ、そうですか、すいません!!」
都合の悪いものを見たかのように、そそくさと去ってしまう青年。
自分の顔に、何かついていたか?
先程の女といい、今の挙動不審な男といい、声質に妙な聞き覚えがあってならない。
あれは確か、誰だったか。
声の主の姿を懸命に思い出そうとしていた時、腹の情けなく鳴る音で思考は一気に崩れた。
「・・・・・・昼飯時か」
仕方なく、浜辺に下りて海の家を訪れる。
しかし満員。
行列の規模も凄まじい。
待っていられん。
島の反対側にある、滝の傍の茶屋でも行くか。
空腹を満たしたいだけで、あそこまでわざわざ足を運ぶような奴も居まい。
そう考えて、近場のローカルバス停に向かったまでは良かった。
が、やはり世の中甘くない。
周りも考える事は一緒のようで、先程の海の家と変わらぬ行列が待ち受ける。
更に困った事に、道路は混雑した港町からの脱却を求める連中で犇いており、自動車の通行が困難となってしまっていた。
溜め息をつき、肩を落とすクロストル。
素直に自宅で済ませるべきだと目的地を改め、遠巻きに見えるタクシーを呼び止め乗り込んだ。
「お客さん、どちらまで?」
「モートゥス街11丁目-1番地」
「どこも混雑しているでしょうから、少し回り道になりますよ」
「構わん。出してくれ」
街へと続く坂道を駆け上るタクシー。
揺れる車内で、クロストルは一つの重大な懸念事項を抱いていた。
このままでは不味くないか?
もう5日も経っているのに、安全な航路を確保する目処がまるで立っていない。
いい加減自分も行動を起こすべきだろう。
理解しているのか、自分?
約束の期日に要求された事が出来なければ、マリアの命は保障されかねないんだぞ?
分かっている。
頭で分かってはいても、存在自体が大自然の驚異そのもののような、しかも自分の圧倒的不利な海上の化物相手に、一人では太刀打ちできない。
心強い味方か、この島から抜け出す秘密の路でも在れば良いのだが、後者に関しては些か非現実的。
そんなRPGゲームのように都合の良い展開など在ってたまるか。
その辺りを考慮すると、前者の方が幾分か望みは在りそうだった。
一緒に組むのはクラーケン討伐が目的の猛者、最悪あの騎士二人でも事足りる。
だが、問題は自分の素性を簡単に明かせない事だった。
職業上、殺し屋である事が周囲に知れたら裏社会からも追われる身となってしまう。
それが裏社会の暗黙のルールらしいが、それ以上詳しい事はよく分からない。
兎に角、組むのであれば本当に信頼できそうな、いや同じ世界に住む者でなければ絶対に無理だ。
「あっちゃあ、こりゃ駄目だ。完全に塞がれてら」
運転手の言葉で思考から引き戻され、目の前の状況に目を見張った。
野次馬の如き群集が道を塞いでおり、先に進む事が出来なくなっているのだ。
「降りる。後は自力で帰る」
「そうですか。じゃあお代の方を・・・」
「・・・・・・ちゃんと払う。じゃあな」
渋々財布から料金分の紙幣を取り出し、出し惜しみ気味の表情で運転手に渡す。
料金で差し引いたお釣りを返すと、何事も無かったかのように港町の方へ引き返して行った。
途中、強かにも客を上手く拾いながら。
「・・・・・・まったく、何が起きたんだ?」
植え込みの杭の部分に乗り、高い位置から野次馬の向こう側を見通す。
完全にボンネットが拉げた軽自動車が2、3台横転、それらに衝突したと思しき大型トラック1台がビルに突っ込んだ状態。
それが交差点の中で起きていたのだ。
杭から降りるなり、傍にいた野次馬の一人に話を聞いた。
「これは一体?」
「ああ、ついさっきの事だよ。女の人がトラックに轢かれそうになった所を、変な甲冑の男が助けたんだ」
「甲冑・・・・・・」
即座に思い出されたのが、あの兜騎士二人組。
ただ、この男性は甲冑と言った。
もしや別人?
「そいつは顔を全部、兜で覆っていたか?」
「いや、下半分だけ見えていたなぁ」
自分が知っているのとは違う。
「他に特徴は?」
「んー・・・右手だけやけにゴツくて、背中に何か武器しょってた気が・・・」
いずれも騎士二人とは合致しない特徴。
一体誰だ?
どんな人物が女を助けたというのか?
「またまたぁ、幻覚でしょうそれは」
「ホントだって、お巡りさんよぉ!俺は見たんだ!デカイ右手の奴が俺のトラックにワンパンチしてきたのを!!」
引っ掛かる言葉も聞こえたが、とりあえず腹が減った。
考えるのは昼食を済ませてからでも遅くは無いだろう。
事故現場を通過して20分後、ようやく自宅の屋根が視界に入ってくるようになった。
大きな公園を通り、林道に差し掛かった時。
「・・・・・・・・・!?」
林の中で蠢く人影を見つけ、木陰からその様子を観察。
何が起きているかを把握した途端、クロストルの眉が大いに引き攣る。
「味わい深いぜ、おたくのラビオス(唇)・・・」
「やっ・・・ん・・・・・・」
抱き合い、互いに唇を強く重ね合わせる男女の姿。
(真っ昼間から盛んな奴らめ!!)
呆れ、思わず溜め息。
近頃の男女の無節操ぶりを腹立たしく思ったが、男の姿をよく見るとそれどころでは無かったことに気付く。
「素敵な髪だ・・・俺のラソン(理性)がはち切れそうだぜ」
まず、格好が普通では無い。
上半身は茶色の鎧と、顔の上半分ほどを隠している兜を着用。
衣服の上にそれらを着込んでいるようで、ディガルト帝国兵の一般兵と似た格好だった。
その割には、全体的に茶色の目立つ地味な印象で、おおよそ彼らと同じ年代の者とは思えない。
兜は余程使い込まれたのだろう、無数の傷の中に一際大きな傷がある種のトレードマークとなっている。
女を優しく包み込む姿勢とは真逆の、物々しい金色の爪と、冷酷さも感じられた黒金の対比が栄えるガントレット。
そして背中に収めているのは、刃がエメラルドに光り輝く柄の長い武器。
「んっ・・・・・・もう、離して・・・」
甲冑。
顔を上半分隠した兜。
厳つい右手。
背中の武器。
事故現場で聞いた特徴に、見事に当てはまる。
相手の女も、男が先程助けたのと同一人物という事か。
「嫌だ、ね」
しかし、とんでもない男だ。
人命を助けた見返りにこのような情事を要求するとは、余程の女たらし、節操無し。
密かに帳簿付けしている、“マリアに近づけさせたくない男ベスト3”に食い込む事は確実である。
「おたく、自分から死のうとしていただろ」
「!!」
(!!)
甲冑男の言葉を聞き、事情が変わってきた。
一体どういう事だ。
トラック側の操作ミスに巻き込まれそうだったのではないのか?
「たまたまあの辺を歩いていたら、おたくの悲しそうな顔が見えた。で、いきなり交差点のド真ん中に飛び出すもんだからびっくりしたね」
「・・・・・・・・・」
「・・・頬、痣(あざ)になっているぜ」
「!」
「俺はあくまで紳士だから、傷口広げるようなこと言いたく無いけど、きっと振られたんだろ?」
「・・・・・・」
「自殺しかける辺り、相当なショック受けたんだな」
「・・・今朝になって、彼が突然別れ話を切り出して、私は必死に引きとめようとして・・・」
これは驚いた。
恐らくあの男が干渉していなければ、ただの人身事故で終わっていたかもしれない。
「・・・そんなおたくの心の傷、少しでも癒してあげようと思ったんだけどな」
「こんなので?馬鹿にしないで・・・」
「ありゃ、お節介だった?」
「あなたが思っているほど、女は安い生き物じゃないのよ!!」
「んぎゅ」
(うーわ)
強烈な平手打ちを喰らい、仰向けに倒れる甲冑男。
ざまあ見ろ。
一瞬そんな事を心の中で呟いた間に、女は彼方へと走り去っていた。
駄目だ、あれじゃ。
余程の強者と買っていたが、一気に幻滅した。
実力もたかが知れているだろう。
(・・・つい見入ってしまうとは、俺も堕ちたな。行くか)
空きっ腹を擦り、林道へ戻る。
が、あの男が変に気になり、先程の現場を見やった。
「ん?」
首を傾げるクロストル。
さっきの男の姿が無い。
木の後ろに隠れているだけだろうと考え、男が平手打ちされた現場に立つ。
しかし、何所にも姿は見えなかった。
「!!」
途端、背後に殺気を感じて帽子に手をかけたが、僅かに遅かった。
「盗み聞きとは趣味が悪いね、おたく」
エメラルドの刃を首筋に突きつけられた事で、必然的にそれ以上の動作を止めた。
この帽子は麦わら帽子に見せかけた暗器であり、フリスビーの要領で投げれば刃が突き出し、自動で飛び回り相手を切り刻む。
だが、この状態では投げた瞬間に首を掻っ切られるのが落ちだ。
「・・・気付いていたのか」
「もちろん。俺の事、だらしねぇ男とでも思っていたろ?」
「当然だ」
己の置かれた立場を省みることなく、正直に答えた。
「・・・威勢いいねぇ。ま、女はあれくらい威勢よくないと、な」
「・・・じゃあ、アレはわざと?」
「そ。ある意味捨て身だったけどな」
「・・・お前に関してはただの失言としか思えないがな」
「辛辣だねぇ。しかし流石は殺し屋、その帽子飛ばされたら正直やばかったぜ」
「!!」
待て、どういう事だ?
なぜ見ず知らずの男が、自分を裏社会の住人であると、この帽子が暗器だと見抜いた?
「・・・・・・違うと言ったら?」
「違わないさ。結構長い事やっているんだろ、硝煙の匂いが身体に染み付いている。服じゃなくて身体に、だ」
「・・・帽子は」
「自分の命が危ない時に、わざわざ無意味な行動とる奴いるか?近接戦しか出来ない俺にはちょっと分が悪い」
「・・・お前も、こっち側のか?」
「まあ、場合によっては、な」
「・・・とりあえず、いい加減武器を退いてくれないか?俺も敵意を向けるつもりは無い」
「そうだな。今ここで殺り合っても互いに利益が無い」
クロストルは帽子から手を離し、甲冑男も武器を再び背中に収める。
内心思った。
強い、この男は。
あのふざけた態度は見せかけに過ぎないようであった。
こんな恐ろしい実力を持ちながら、あたかも不真面目なフリをしている。
能ある鷹は爪を隠す、とは正に此の事だろう。
「・・・同じ世界に身を置いているなら、打ち明けても問題は無さそうだな」
「・・・そうかい。どっちから名乗ろうか?」
「俺は後でいい」
「謙虚だねぇ。じゃ、名乗りますか。俺は―――」
そよ風で互いの髪がなびく中、互いの名は良く澄んで聞こえた。
「ストルトス。ストルトス・イディオータ。昔はデカい国の大将だったが、今は・・・・・・流れ者の傭兵さ」
「ほう・・・変わった名前だ。俺はクロストル。今はこんな格好だが、これでもスナイパーだ」
「クロストル、ねぇ。語感が俺と一緒だな」
「ただの偶然だろう」
「・・・ところで、今この国、いや世界中を騒がせているバケモノについてだが・・・おたくはどう考える?」
「まともに敵う相手とは思えないな」
「そ、だから俺の見つけた隠し通路から外に脱出するのさ」
「ほお、それは凄―――――」
「はいィ?」
唐突に告げられた事実は、クロストルに間抜けな反応をさせるに十分なものだった。
※補足になってない補足
ポップスターの国々
・“自称”デデデ帝国or王国(プププランド)
・ベジタブルバレー
・プリズムプレインズ共和国
・アイスクリームアイランド共和国
・バタービルディング中立主義国
・グレープガーデン連邦
・ヨーグルトヤード共和国
・オレンジオーシャン諸島
・レインボーリゾート大陸(国ではない未開の土地)
・シークレットシー諸島
・グラスランド国 (虹の連合)
・リップルフィールド共和国 (虹の連合)
・ビッグフォレスト連邦 (虹の連合)
・サンドキャニオン旧レッドキャニオン独立国 (虹の連合)
・アイスバーグ国 (虹の連合)
・クラウディパーク中立国 (虹の連合)
・グリーングリーンズ合衆国
・フロートアイランズ諸島
・バブリークラウズ中立国