魔獣。
それは人類の知る「動物」とはかけ離れた、異形の生命体。
一口に魔獣と言えど、それは大きく分けて2つの種類に区分される。
一つは、元々動物だったものが何らかの原因で突然変異を遂げた「原生魔獣」。
元の面影を残しつつも内面は凶暴性が増し、他の動物や人に見境無く襲い掛かる。
俗に言う「猛獣」とは定義の境界線が曖昧である事が多く、地域によってまちまちである。
もう一つは、かの悪名高きナイトメアによって創造されたモンスター「人工魔獣」。
腕の先が刃物のゴリラ、鼻先をドリルに改造されたモグラと、いわゆるキマイラ的な造形の動物が多い。
能力も現実的な動物とは大きくかけ離れており、ムカデ型の魔獣が口から怪光線を吐くといった事など昔は日常茶飯事であった。
「異形」という言葉は原生魔獣よりも、こちらの方が相応しいだろう。
ホーリーナイトメア社の設立以降、このようなキマイラ的造形は更に増加。
仕舞いには植物、機動兵器、果ては霊体も魔獣として呼称されるなど、魔獣とそれ以外の境界は一層曖昧なものとなった。
人工的に創り出された魔獣は根本から凶暴という訳ではない。
メカではあるが、キッタリハッタリやハーデー等は人語を解する事が出来る。
当然、十三魔獣騎士も例外ではない。
魔獣達のカリスマとも称えられた「魔獣王」に至っては、知能も思考も魔獣としての範疇を超えている。
全魔獣の攻撃本能は基本的に、ナイトメア自身が全てコントロールしていた。
過去に「魔獣王」が起こしたクーデターから得た教訓だった。
勿論、親玉が消滅すれば彼らはナイトメアの魔獣としての統率を失う。
これはナイトメア社の壊滅後に判明した事実で、人工とみられる魔獣の殆どは穏やかな性格に変わったとされている。
だが、如何な形でも元が動物である事に変わりは無い。
調教師の類が存在する限り、悪夢の統率が解けた彼らも再び、人類に牙を剥く危険性は残されているのだ。
今回、自分達の前に現れた2体の獣はまさにそれだった。
『グルルルルルルゥ・・・・・・』
― ヴ ヴ ヴ ヴ ヴ ヴ ヴ ヴ
「大方、郵便局襲撃に加担していたのはこいつらだろう」
「さて、どうしたものかしらね」
虎の姿をした「ガルベル」。
大量の羽虫が群れを成した、漆黒の生きる霧「ウジャ」。
どちらも今に襲い掛からんとにじり寄る。
「この程度なら相手に不足は無い。だが、下手に暴れると我々が生き埋めになりかねん・・・」
「ごちゃごちゃ言っているんじゃないわよ。・・・ほら来たわ、嫌になっちゃう」
先手を切ったのはウジャ。
サーベルに姿を変形させ、1~2回ほど素振りした後にボクシィめがけて飛び掛った。
「むんっ!!」
彼女を守るべく水晶の手を振り上げ、掌でウジャを圧殺しようと叩きつける。
―ヴヴンッ!!
しかし、相手は虫の群れ。
瞬く間に霧散し、やや拳から離れた場所で大群が再び集合。
ダメージを受けた様子は見られない。
「ハエを手で払うのと同じ事。そう簡単に潰されてはくれないみたいね」
「!」
そこから間髪いれず、ワムバムジュエルの顔に飛び掛るガルベル。
横殴りに拳を叩きつけ吹き飛ばすが、相手は猫のような身のこなしで軽やかに着地。
肉体も相当鍛えられているような感触はしたが、ウジャに比べれば与えたダメージは多い方だ。
強い打撃を受け、ガルベルはキッと睨みつける。
『グルルルルル・・・・・・・・!!』
「馬鹿。怒らせてどうすんのよ」
「面目ない。だが、我の拳を受けても生き残っているという事は相当強いぞ」
「そのようね」
ガルベルの傍らでウジャが巨大な鎌に変形。
直ぐにでもお前達の首を刈り取るぞ、と言わんばかりの素振りで威圧感を与える。
動じないボクシィ。
この程度の魔獣など、十三魔獣騎士たる彼女には雑魚同然であった。
ただし、仮の姿では互角に太刀打ちできるかどうかも妖しい、いや、怪しい。
「あんた達なんか月とスッポンよ。・・・けど、ラクシーアのままじゃ力を十分に引き出せない」
自分も戦わなければならないか。
しかし、あの姿は自分にとって生き恥そのもの。
例え同胞であろうと、本当の自分は誰の前にも見せたくない。
「あまり晒したくはなかったけど、ここは昔の姿に戻るしか・・・」
今は愚痴を零している場合ではなかった。
既に黒き鎌は自分の眼前まで迫り、大きく振りかぶっている。
仮の姿を解こうと、渋々変身を試みた時。
「ぺろーーーーーーーーーーーん♪」
巨大鎌「だったもの」は、目の前で空しく霧散していた。
『グォォッ!!』
鞭の様なものに叩かれ、怯むガルベル。
攻撃を加えたのは自分達の誰でもない。
「・・・・・・今のふざけた声、もしかして」
聞き覚えのある、特徴的な声。
声の主は他人に成りすます能力を持つなど、狡賢い癖に頭は悪く、逆に騙され利用されやすい性質。
ボクシィに構って欲しいのか、一緒にいるときは自分にまとわりつく甘えん坊。
それでいて、どこか憎めない。
「ボクシィ~~~~~♪」
嬉しそうに手を振る、舌の長い者が一名。
古代の壁画のような刺繍が施された、緑色の服。
頭に巻いているのは同じ刺繍の七色バンダナ。
髪とも鶏冠ともつかない後頭部の突起。
彼の姿は周りに言わせてみれば、奇天烈そのものだった。
「が、ガメレオアーム!!!?どうして此処に?!私の代わりに働かせていたはずなのに!!」
まだ信じられないといった様子のボクシィ。
上手いこと口車に乗せ、しっかり代役を任せたはずなのに、何故。
「ガメレオに黙ってどっか行っちゃうなんて酷いよぉ!ボクシィの嘘つきぃ!一緒にいないとやだぁ!!」
ひょうきんな見た目に反し、子供っぽい内面を曝け出す。
見た目と口調のギャップの激しさに、ワムバムジュエルはただ唖然とするしかなかった。
「何なのだ、この男は・・・・・・まるで幼子だ」
「私だってねぇ、たまには一人で休みたかった・・・・・・・・・って、まさか・・・・・・!!」
脳裏を過ぎる、自称正義のジャーナリストの姿。
思えば郵便局で見かけたあの時点で、違和感に気づくべきだったのかもしれない。
ガメレオアームの変身能力は絶賛に値するもので、暴露しない限り偽者だとは誰も気づかない。
しかし、あの天敵レイチェルはどうだ。
狙い済ましたかのようにケビオスを訪れていた事に関しては、単なる偶然で片付けられるものではない。
増してや、「勘」だけで目的に近づこうとする真似などするはず無いという事は、ボクシィが一番よく知っている。
つまり。
「変だと思ったわ!!レイチェルがこの星に来たのは、あんたが仕事から抜け出してきたせいだったのね!!」
頭の中で様々な事柄が繋がった瞬間、全てを理解した。
レイチェルは「ラクシーアの姿をしたガメレオアーム」を追って、このケビオスまで尾行してきたのだ。
「うん♪ボクシィの姿で動いていたから、「かおパス」のおかげでラクに来れたんだ~♪」
「場所は?どうやって探し当てたの!?」
「テーブルの上に旅行のパンフレット置いてあったよ?すごく大事なものだったみたい」
「・・・・・・ああ~~~、ガメレオだからって油断するんじゃ無かったわ・・・・・・」
頭を抱え、溜め息をつくボクシィ。
思えば、賢くも無い者に身代わりを任せる事それ自体が間違っているとしか、他に言いようが無かった。
「それでね、それでね、郵便局に人が集まっていたから何だろうなって思って、そしたらボクシィとワムバムジュエルが!」
「・・・コイツはあんたの知っているジュエルじゃないわ。正確にはその息子よ」
「どこの誰かは知らぬが、助太刀を頼む!あの猛虎は我々が思っている以上に手ごわい!」
数匹の虫だけとなって無力化したウジャは最早、敵の内に入らない。
残すは怒れる虎、ガルベルのみ。
だが、ワムバムジュエルの強力な硬度を誇るパンチでも沈まない強敵だ。
十三魔獣騎士と言えど、その全てが抜きん出て強いという訳でもない。
果たして、3人がかりでも勝てるのだろうか?
ワムバムジュエルはその事を強く危惧していた。
最も、数分後には杞憂に終わることなど微塵も思っていなかったが。
「ガメレオ」
「まっかせて~~~♪」
ボクシィに促されるまま、珍妙不可思議な舞を踊り始めたガメレオアーム。
最後に両手を掲げて決めポーズを取った瞬間、七色の煙に包まれ姿が見えなくなった。
訳が分からず呆気にとられるガルベル。
その間抜けな表情も、視界が晴れると一気に凍りついた。
『グルルゥゥゥゥゥ・・・・・・・!!!』
ガルベルと全く瓜二つの生き物が、ガメレオアームに代わって其処にいた。
『グォッ!?』
「そりゃ驚くわよね。自分がもう一匹いるんだから」
困惑するガルベルを意地の悪そうに眺めるボクシィ。
その虎の魔獣にとって、たった今目の前で起きた出来事は理解の範疇を超えていた。
「あいつが直に触れたものなら100%再現できる。さっき怯んでいたのはガメレオが攻撃したからだったのね」
猛虎に化けたガメレオアーム、もとい偽ガルベルが相手の油断を突いて飛び掛った。
本物はそんな敵を「同じ雄」と見なす事で闘争心に火をつけ、再び戦闘開始。
互いに激しくもみ合い、鋭い爪を振り回す。
爪を打ち下ろせば偽者も打ち下ろす。
咆哮で威嚇すれば相手も同じ咆哮で威嚇。
しばらくは互角の戦いが続いた。
『グルゥオオオオオ!!!!』
いたちごっこに痺れを切らしたのか、怒り狂う猛虎は助走をつけ突進。
偽ガルベルも呼応して雄叫びを発し、凄まじき勢いで猛ダッシュ。
どちらも同じ能力に、同じ力。
このまま衝突すれば同士討ちは避けられない。
「ま、見てなさいって」
不安を隠しきれないワムバムジュエルをよそに、ボクシィは余裕の表情。
その理由は直ぐに明らかとなった。
『グァッ!?』
偽ガルベル、突然の大ジャンプ。
ただ突撃する事しか考えていなかった本物のガルベルは、相手の些細な策略に気づく事が出来なかった。
嵌められたと気づいた頃には全力で壁に叩きつけられ、横たわるように倒れて気絶。
当分は起き上がれない。
「はいっ、お~しまい!!」
勝敗はあっさり決した。
元の姿に戻り、誇らしげにVサインを決めるガメレオアーム。
「み、見事だ・・・・・・」
「おんなじ奴同士で戦ったら、最後は頭の良い奴が勝つんだもんねぇ~♪」
「あんたが言えることじゃないでしょうに・・・って、ちょっと何所に・・・?」
ボクシィの突っ込みを無視し、何故か遠くの壁に向かって走り出す。
「ねぇねぇ、ここだけヘンなのが出っ張ってない?」
ただでさえ此処まで歩くだけで疲れていたが、あまりに屈託の無い笑顔で手招きされたので仕方なく駆け寄る。
見れば確かに、壁から小さな四角の突起が突き出していた。
「何かしら、これ?」
突起を手で掴み、手前に引っ張った。
中より現れたのは、岩で作られた長方形の箱。
「ふむ、これは・・・・・・」
「まるでタンスね」
「手紙が入っているよ」
一通だけ寂しく置かれた封筒。
ボクシィはそれを手に取り、隅々まで見渡す。
宛先の住所や差出人の名前が黒く塗り潰されていたが、驚くべき事に封は切られて間もない様子だった。
「犯人が探していたものは、多分コレの事ね」
「しかし、何故に持ち去らなかったのだろうか?そもそも此処に隠されていた理由とは?」
「この切手・・・どこの国だったかしら、確か今はもうナイトメアに滅ぼされて・・・」
「待て、勝手に読んでは・・・」
ワムバムジュエルの静止も聞かず、中身の便箋を全部取り出す。
枚数の多さに比例して、文章量も多めだ。
一行ずつ、丁寧に目を通していく。
「・・・・・・・・・・・・・・」
手紙を読む彼女の目つきは至って真剣だった。
表情一つ変えずに内容に目を凝らし、ただ黙々と読み続ける。
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・ねーぇ、ボクシィ・・・・・・」
「お黙り」
やがて読み終え、封筒に全て戻してから一言。
「ワムバムジュエル」
「何だ、いきなり」
「これ、あんたが預かってくれない?」
「・・・どういう事だ?」
「さぁ?」
「さぁ、って・・・」
「私なんかが持っていたら、つい捨てちゃいそうで怖いの。それにこの手紙は、ちゃんと宛先の奴に渡されて然るべき」
「では何だ?我がその者と出会う時まで大事に持っていろ、と?」
「そう」
「だが、そんな確率は実に天文学的な・・・」
「だったらケビオスのカブーにでも聞けば良いじゃない。あのモアイ野郎、答えるものはちゃんと答えるわよ」
「ま、待て!道は・・・」
「大女優の実力を侮っちゃ困るわね。台本一冊丸暗記できるほど記憶力良いから、じゃあね」
「バイバ~~イ♪」
強引に封筒を押し付け、ガメレオアームと共にその場を後にした。
「言っておくけど、このボクシィ様の命令を無視した罪は重いわ」
「え~~!」
「今夜は朝まで“相手”しなさい。私より先に寝たら、その奇天烈な服ひん剥いてやるわよ」
「そんなぁ・・・・・・」
「・・・・・・何なんだ、奴らは・・・・・・」
図らずもこの時、ワムバムジュエルの十三魔獣騎士に対する先入観が生まれた。
変わり者の集団、だと。
「・・・父上も相当苦労なされたのだろうな」
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結局、保管庫荒らしの犯人は分からず仕舞いだった。
あの手紙を何故手に入れずに放置したかも謎のまま。
だが、結果的に死傷者が一人も出なかった事は大変喜ばしいものである。
ガルベルは外国の動物園が引き取り手となってくれたので、駆除せずに済んだ。
「我が動物園には宇宙で有名なアニマルセラピストが控えております。どんな猛獣も数週間後には大人しくなるでしょう」
「いや、正確には魔獣なのだが・・・・・・」
例の自称ジャーナリストは、後に正規の入国手続きを取っていなかった事実が判明。
それを理由に上手く強制送還させ、体よく追い払った。
元々ラクシーアの行方を追うのが目的であった事を考えれば、ケビオスを訪れる機会は二度と来ないだろう。
「どうするんスか、レイチェルさぁん?」
「ふふふ、落ち込む暇は無いわ!つい先程、ディガルト帝国軍の「あの」3役がポップスターに向かっているとの情報をキャッチしたの!!」
「ええーーー!?まだやるんですかぁ!」
「当然よ!!私達がいち早く駆けつければ宇宙一早い特ダネよ!?」
「けど社長が怒りますよ~」
「大丈夫。ムカつく面の上司達の弱みは全部握ってるから、クビになりゃしないわ♪」
「・・・・・・・・・帰りたい・・・・・・」
当のボクシィはあの後、所属事務所の社長が大層お冠だったらしく厳重注意を喰らわされた。
更に凄腕のボディーガードを雇わされ、窮屈な暮らしを強いられているらしい。
「はぁ!?このラクシーア様が何をしようと勝手じゃない!!社長だからって偉そうに物言ってんじゃないわよ!!」
「そうじゃない、スキャンダルされる可能性を考えろ!!」
「臆せず私に密着するのはあの年増女ぐらいよ!で、結局何が言いたいの?」
「これ以上派手に動かれるのは面倒だ。君のために一流のボディーガードを雇った」
「余計な真似を!」
「本職はスナイパーだが、十分だろ」
「へ?」
「入って来たまえ」
「・・・・・・今日から俺が、お前の護衛に就かせてもらう事になった」
「・・・・・・誰、コイツ?黒スーツに派手な赤い髪・・・」
「裏社会では結構名の知れている男だ。名前は・・・」
「クロストルだ。よろしく」
「先に言っておくぞ、ラクシーア。この男は女性こそ苦手だが、己が愛する女以外の誘惑は一切受け付けないそうだ」
「と言うわけだ。依頼された仕事は真摯に務めさせてもらおう」
「・・・・・・ハン、青二才が一丁前に口利いてんじゃないわよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「もう仕事モードだな。こうなると必要な要件以外は一切聞き入れないぞ」
「あーもう!!腹立つぅぅぅぅぅぅ!!!」
そして、ワムバムジュエルは。
「・・・・・・カブー殿よ。貴方にお聞きしたい事がある」
王宮の真下に存在する地下渓谷。
深き谷が口を開く此処には、石の賢者「カブー」の石像がそびえ立つ。
他の星の例に漏れず、このケビオスでも預言者の一種として祀られていた。
『・・・・・・・・・・・・』
必要以上に喋らないのも、他のカブーと同様。
「今回は国の行く末ではなく、この手紙について、だ」
『・・・・・・・・・・・・』
「・・・馬鹿な事を聞いているのは百も承知だ。だが、どうしても気になってしまうのだ」
『・・・・・・長生きカブー 答える』
「!」
『そう遠くない未来 血の繋がった二人の幼い少女と彷徨える人形が その手紙を受け取りにケビオスの地へ降り立つだろう』
「・・・・・・・・・直接的な関係は?」
『無い』
「では何故!」
『運命だ。その者達がいずれ 今亡き手紙の主の願いを叶えてくれる』
「・・・・・・・・・其の御言葉、有り難く頂戴した。さらば・・・」
『・・・最後に ひとつ』
「?」
『引き裂かれたものは いずれ一つ集う』