局長の案内の下、ワムバムジュエルらは薄暗い保管庫へたどり着く。
床には地元のワムバム住民、観光客のものを問わず大量の手紙が散乱し、封筒に至っては殆どが中身を取り出され捨てられていた。
まともな状態で残されている可能性は、とても期待できない。
「酷い有様だな・・・」
「全くです。何で私の郵便局だけ・・・」
「兵士、状況説明を頼む」
「了解しました」
「まず、犯人は大型の生物を利用して裏口を破壊し、こじ開けたものと見られます」
「大型の?重機ではなく?」
「扉周りには多数の爪痕が生々しく残っておりました。監視カメラにも男が一人、動物らしきもの2匹が映っています」
「となると、犯人の職業は調教師の類か・・・」
「その後犯人は、金庫室への道を行くこと無く、一直線にこの保管庫へ向かいました」
「それが腑に落ちぬ。金が狙いではなかったのか?」
「だと思われます。肝心の郵便物保管庫ですが、以外にも封筒の郵送物が多く被害に遭っています。片端から中身を確認しては床に捨てて回ったようです」
「むぅ・・・・・・」
「そして犯人は、同じ裏口から逃走に成功した模様です。我々と異なる繊細な手口や男の大きさから見て、ヒューマノイドの仕業だと・・・」
「金目当てではない、手紙荒らしの調教師・・・・・・」
聞いた説明を頭の中でまとめ、思考を働かせるワムバムジュエル。
犯人の目的の物が封筒の中にあった事はまず間違いないだろう。
しかし、動機は一体何なのか?
そこが不可解だった。
確かに状況をよく見ると、中身の分からぬ封筒よりも官製葉書の方が被害は少ない。
どうやら無計画に荒らしたという訳でも無さそうだ。
「それとですが、こちらの郵便物リストにも手をつけた後が見受けられました」
辞書ほどの厚さを誇る台帳を何冊も抱え、兵士がテーブルの上に置いた。
台帳は宇宙一巨大なワムバム規格のA14サイズを誇り、一般的なヒューマノイド規格の一つであるA4とは重量、大きさ総ての面において比べ物にならない。
在っても精々、ヘビーナイト規格のA9ぐらいだ。
宇宙最大のA14で刷られた書物は、ワムバム族以外の者が読書をするには一苦労である。
大抵はヒューマノイド規格で再版される場合が殆どであり、そのままの大きさで書店、図書館の棚に陳列される事はまず無い。
そもそも本を開くという行為だけでも相当な労力を使うため、数人がかりで開けるか下手すれば重機を用いなければならない。
こういった数々の難点が災いして、他の種族からは「宇宙最強の機密文書」などと長きに渡って揶揄されていた。
これを受けて現在、ケビオス以外の図書館ではワムバム族の図書館員が代理で読み上げるサービスを行い、出来うる限りの改善に努めている。
「こんなバカみたいに大きな物を?よくもまぁ根性ありまっせ」
一冊を手に取り、パラパラと軽く読み流すワムバムロック。
「・・・・・・中はワムバム文字で書かれているぞ。犯人の読解力は相当なものと推察できるが・・・全て読破したと言うのか?」
「どうなんでしょう。・・・・・・せいぜい数字ぐらいしか理解できなかったのでは・・・」
何だ、只の頭の悪い奴か。
それなら早く読み終えて当然だろう、一瞬でも驚嘆した自分が馬鹿だった。
呆れ気味のワムバムジュエルも台帳の一冊を手に取り、一枚一枚捲っていく。
だが、今まで気にも留めなかった表紙に注意深く注目した事で、一つの疑問が生まれた。
「・・・待て」
「どうしましたか?」
「どういう事だ?犯人は何故、今よりずっと古びたこの台帳にも手を出した?」
「・・・・・・え?」
ワムバムジュエルが疑問を呈した一つ謎が、彼らを一層悩ませる事になった。
「例えば、これを見ろ」
本の表紙を従者や兵士、局長に見える位置まで掲げた。
見れば、ボロボロの表紙に新しく刻まれていた数字は「ジュエル旧暦2000年~2999年」。
今から8000年前、保管した郵便物の記録を開始した事を意味する。
「当時の物が此処に未だ残っていると思うか?わざわざ手をつける必要性が感じられない」
「8000年前と言えば、反逆者の魔獣が皆殺しにされた事で有名な、『悪夢の逆鱗』が起きて間もない頃でしょうか・・・?」
「うむ。だが、それとの関連性は薄いだろう。知能を持った反逆者同士のやり取りが行われていたとすれば無くは無かろうが・・・」
「・・・うーん・・・・・・」
「どうした、局長?」
思い耽る局長にワムバムジュエルが声をかける。
「いえ・・・私の父が勤めていた頃を思い出しまして・・・」
「それが何ですたい?」
「いつだったか、家に帰るなり「保管庫から封筒が消えていた」と喚いて・・・」
「封筒?」
ワムバムロックは反射的に、床に散乱した空の封筒を見やる。
「・・・・・・それは最終的に見つかったのか?」
「それが、現在でも全く見つかっていないのです。父は今わの際まで、その事が唯一心残りだったそうです」
「局外に捨てられた、ゴミと間違えた、という考えは無かったのか?」
「父は非常にチェックが厳しい人でして、あの一通以外に物を紛失した事は死ぬまで一度もありませんでした」
「・・・何時の出来事だ?」
「正確な年は覚えていませんが、封筒の紛失騒ぎはジュエル旧暦7000年頃の出来事だったと思います」
確認のため、その暦に対応した台帳を探し出す。
本の山から取り出したのは「ジュエル旧暦6000年~6999年」と書かれたもの。
該当する記録があるかどうかを入念にチェックするが、見つからない。
次に「ジュエル旧暦7000年~7999年」の台帳を引っ張り出した。
最初の辺りを捲ったところで「状態:紛失」と書かれた記述を目にする。
「これか」
「今から5000年前でもあるべさ。確かそん時は、かの銀河戦士団が当時のナイトメア軍に総力戦を挑んで無様に負けとったはずやで」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
片端から漁られた封筒。
犯人が呼んだと思しき、遥か昔の保管記録がつけられた台帳。
局長の父親唯一の心残りであった、封筒紛失事件。
「・・・・・・まさか!いや、馬鹿な・・・・・・」
「どうしました?」
ワムバムジュエルにとっては、実に信じがたいものであった。
「今回の保管庫荒らしの犯人は、その封筒を狙っていた可能性が高い」
何の関連も無かった幾つもの要素が、恐ろしいほど不気味に繋がった事が。
「ええっ!?」
「な?!」
「うーん・・・確かにそう考えると辻褄が合いますねん。封筒ばかり狙われたのも納得が行くっちゃ」
「しかし、“犯人=宛先の人”だと仮定してもこのやり方は酷いですね。よほど人目につくのがイヤだったのか、探すのに必死だったか」
「・・・ワムバムロック、その頃は他に大きな出来事は在ったか?」
「王宮の記録では確か、例の――――――」
「ちょっといいかしら」
女性の声。
突然の乱入者に驚き、振り向く一同。
それは先程のレイチェルではなく、紫色を帯びたスリット入りの黒いドレスを身に纏ったグラマーの女性。
ピンク色の長い髪を結わえている赤いリボンは、普通のものよりも明らかに大きい。
「兵士どもは何やってるがっちゃ!!ここは現在立ち入り禁止・・・」
「まあ待て。・・・貴様は何者だ?」
女性は呆れたように肩を竦め、やれやれといった表情を作る。
「フン、つれないわねぇ。このボクシィ様の顔も忘れたと言うの?」
彼女の名前を聞き、ワムバムジュエルの眉間にしわが寄る。
傍らで見ていた兵士にはまるで、その名に聞き覚えがあるかのような反応に見えていた。
「・・・・・・済まないが、全く存じない」
一瞬間を置き、言葉を紡ぎ出す。
「それにしてもアンタ、ラクシーアって女優さんにそっくりじゃけん」
「存じない、という言葉に偽りは無い。本当だ」
「・・・・・・仕方ないわね。じゃあ、こう言えば嫌でも思い出すに決まっているわ」
「何だ」
「十三魔獣騎士」
「!!!!」
ボクシィの口から発せられた意外な言葉を聞き、顔が強張る。
「どうしました、王・・・?」
「・・・・・・悪いが、兵士、局長。一旦この部屋を出て行って貰えぬか」
「「え!?」」
驚きを隠せない二人。
「不躾で淫らな格好の女への説教に、ギャラリーなど要らん。兵士は保管庫以外を更に詳しく調査せよ」
「は、はあ・・・・・・」
「分かったらさっさと出て行け!」
王の不可解な命令に戸惑いつつも、二人は渋々部屋を後にする。
扉の鍵を閉めた後、ワムバムジュエルは改めて女の方に向き直った。
「やっと、思い出してくれたみたいね」
テーブルの上に腰を下ろし、随分とリラックスした面持ちのボクシィ。
佇まいこそ美しいのだろうが、口調はいちいち高飛車な一面が強く滲み出ていた。
「部外者の前であの言葉を口にするだけでも嫌なのに、それでも思い出さなかったら蹴っ飛ばそうかと思ったわ」
「・・・本当はそなたの名を聞いた時点で薄々感づいていた。今亡き先代の話は本当だったのか・・・」
「・・・は?先代?」
「そうだ」
「我はワムバムジュエル6世。そなたと同胞であったワムバムジュエルは我が先代にして父上だ」
「・・・・・・そういう事ね。道理で私の顔見てもピンと来なかったのね」
それにしても驚くべき事である。
このボクシィという魔獣らしき女性、先代とは若かりし頃から面識があるのは確かだ。
にも関わらず、外見は数千年以上生きているとは思えないほど老いが感じられない。
「・・・何よ、私の顔に何かついてる?」
「いや・・・何でもない」
魔獣と言えども、普通の動物と同じように年を取り、老いて行く。
一体どのようにして若さを保っているのか。
そう質問してみたかったのだが、何か恐ろしい反応が返ってきそうな気がしたので止めた。
「・・・先程の十三魔獣騎士についてだが、先代より話は聞いていた。まさかそなたがその一人であったとは思わなんだ」
「まあ、魔獣ってぐらいだし、仮の姿じゃ分からなくて当然よね」
「おいどんも分からなかったでぇ~」
「は?」
「アンタはバカだから分かんないだけでしょ。脳味噌まで石ころの分際で、引っ込んでなさい」
「・・・・・・・・・」
オブラートに一切包まぬ毒舌を吐かれ、閉口気味のワムバムロック。
彼の父親もまた先代に仕えていた従者であり、何度かボクシィの悪評を聞かされた事がある。
先代も父も相当手を焼かされたのだろうか。
(お嫁さんにしたくない候補、ブッチギリの1位は間違いないでやんす・・・)
「何か言った?」
「イヤイヤイヤ!!ワテは何も言っとらんゴワス!!!」
「・・・さて、我に一体何用だ?先代はナイトメア軍から足を洗っていた。今更戻れと言われようが・・・」
「違うわよ。気まぐれに立ち寄っただけ、魔獣王サマも居ないのに悪いコトする気になれないわ」
厚さの薄い小さなカメラを徐に取り出し、自分の姿を撮り始める。
「第一まだその時じゃないし。で、今日偶然にも会ったから挨拶ぐらいしておこうと思って」
「そうか。我は今、保管庫荒らしの犯人を突き止めようと動いている。捜査の邪魔だ、済まないが出て行って貰えないか」
そう言いつつ、彼女の持つカメラに注目するワムバムジュエル。
現場の証拠を押さえておくには丁度うってつけの物だった。
「・・・それを置いて、な。出来れば、証拠になりそうなものをあらかた収めて欲しいのだ」
「この事件には端から興味ないし、そもそもプライベート用だから無理」
カメラを胸の谷間に挟み込み、取れるものなら取ってみろと言わんばかりに舌を出して挑発。
全く動じないワムバムジュエル。
違う意味で色気に引っかからない事に腹が立ち、ボクシィ軽く舌打ち。
「チィッ!!・・・・・・・・・それと、今ここを出たら天敵に捕まる」
「天敵・・・先代の話では、イビルナイトとやらがそなたに付きまとっていると・・・」
「はぁ?あんな鉄屑と同列に考えたら痛い目に遭うわよ?違うベクトルで一番いやらしい、私の大嫌いな年増女」
ボクシィの話からして、大方あのレイチェルという自称ジャーナリストの事だろう。
確かに彼女は敵に回したくないと思うが、それほど恐ろしい人物なのか。
願わくば二度と出会いたくない。
「ま、あいつは騒ぎ立てたりするのが大好きなオバさんだから気にする必要無いんだけどね」
「・・・では、何故彼女を恐れるのだ?」
「決まっているでしょ。私は攻められるのが大嫌いなの。イジワルに攻め倒すのが私の趣味なんだから、アーッハッハッハッハ・・・・・・」
「「・・・・・・・・・・・・」」
高笑いを上げるボクシィを前に、こればかりはワムバムジュエルも閉口せざるを得なかった。
「王様!王様!!」
そこへ不意打ちの如く、兵士が扉をノックする音が鳴り響く。
扉自体が巨大のため音のボリュームも半端ではなく、ボクシィは耳を塞いだ。
「うっさいわね!!脳天かち割られたいかぁ!?」
「どうした?今は取り込み中だと・・・・・・」
「それが大変なのです、王様!!先程王宮より連絡があったのですが・・・」
「闇の洞窟の扉を何者かが打ち破り、侵入したようです!!」
「何だと!?」
泥棒騒ぎの次は不法侵入。
立て続けに事件が起きるのは何かの偶然だろうと思いたいが、これもまた妙な繋がりを感じるような気がしてきた。
やはり、これも自分の目で確かめねば。
「入り口の見張り兵は襲撃を受け、現在最寄りの病院に運ばれ手当てを受けています!」
「分かった。ワムバムロック、ここはお前に任せるぞ!我は闇の洞窟へと向かう!!」
「了解ですたい!!」
「丁度良かったわ。私も観光がてらに行こうと思っていた所だから」
どこまで勝手な事を言うつもりなのか。
もうそろそろいい加減にして欲しい。
今まで平静を装ってきたワムバムジュエルだが、とうとう彼女の前で初めて言葉を荒げた。
「これは遊びではない!さっさとお引取り願いたい!」
「何よ、このボクシィ様に向かって生意気な口利いてんじゃないわよ。指図して良いのは魔獣王サマただ一人・・・☆」
「・・・・・・困った」
頭を抱えるワムバムジュエル。
目の届かぬ所で良からぬ事を働かれては迷惑である。
となれば、自分に突きつけられた選択肢は一つ以外に有り得ないことになる。
「ならば仕方が無い、我の王冠の上に乗れ。勝手な事を起こされても面倒だ」
「はん、最初っからそうすれば良いのよ」
水晶の手に乗り、王冠の縁へ。
人を見下すのが堪らないボクシィには絶好のポジションだった。
「じゃ、行きましょうか」
「振り落とされても知らんぞ」
「言われなくたって」
扉を開けると同時に、王冠の彼女の存在に気づかれぬよう猛スピードで廊下を駆け抜ける。
突き飛ばされ、壁に頭をぶつけて目を回す兵士。
直ぐ後に先程のレイチェル達が駆けつけて来た。
「待てぇ、貴様ら!!」
「待つものですか・・・ぜぇ・・・私達には・・・ぜぇ・・・真実を知る権利があるわ!!」
だが、既に息切れを起こすほど走った彼女には、ワムバムジュエルに追いつくだけのスタミナが残っていなかった。
逆に彼女を追いかける兵士達に取り押さえられ、負け犬の遠吠え。
「ざまぁないわね」
「行くぞ!!!」
崩壊した裏口から一気に飛び出し、2人は目的地へと向かった。
_____________
闇の洞窟への移動開始から3時間後。
岩山、クレーター、洞穴と似たような景色ばかりが続き、ボクシィは段々退屈になっていた。
「あんたの星、ド田舎にも程があるわよ。大都会で生き抜いてきた私には刺激が無さ過ぎるわ」
「仕方なかろう。近年まで近隣惑星との交流を控えておったのだから」
「だからってコレは無さ過ぎ。昨日だって泊まった先のホテルが寝心地最悪ったらありゃしない!!」
「それは済まなかった」
「あ、そこは謝るんだ」
「国営だからな」
「国営だったらもっと気配りしなさいよ」
他愛無い会話を繰り広げる間に、2人は絶壁に穿たれた大穴の前に到着した。
ボクシィは慎重に王冠を降り、地面に着地。
「ここ?闇の洞窟っていうのは」
「うむ。元より危険な場所なので出入りを禁じていたが、最近愚かな魔獣ハンター共と最強魔獣2体が暴れまわったとの通告を受け・・・」
兵士の連絡にあった通り、出入り口を塞いでいた鉄の扉は切り刻まれ散乱していた。
周りの土や壁の色は紫色を帯びており、底知れぬ邪悪さを醸し出す。
「二度と立ち入られる事の無い様、厳重に閉ざしたはずがこのザマって訳ね」
「しかも、だ。この扉はゴルドライトに次いで2番目に硬い鉱石で作られたにも関わらず、壊された。何か強大な力を以って」
「そんな芸当が出来る奴、少なくとも魔獣以外には有り得ないわね。・・・ま、6代目のお手並み拝見させてもらうわよ」
「・・・邪魔はするなよ」
先陣を切り、洞穴の奥深くへと潜って行く。
ボクシィもその後に続く。
(それにしても、切り口が汚いわね。よほど爪か武器の手入れもして無さそう)
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冷たい空気の漂う、闇の洞窟。
果たして何時の時代の戦いによるものか、時々壁や床に血の痕がこびり付いている。
完全に閉鎖されていた事で松明などの灯りは消えており、ワムバムジュエル自身が発光していなければ進む事すらままならない。
「コレだけ眩しけりゃ蝙蝠なんて近寄れないわね」
「我の目はどんなに掠れた足跡をも見逃さぬ。ゆえに我から決して離れるな」
「はいはい」
しばらく歩くと、壁に何か地図が提げられているのを確認できた。
この洞窟の全体図だ。
「うっわ」
洞窟はボクシィが目を背けたくなるほど、広大かつ複雑極まりない構造だった。
これでは暗記したり、メモを取るのに一苦労どころの話ではない。
それ以前に、この地図を書き上げることに成功した功労者を称えたいぐらいだ。
「・・・・・・前と変わらぬな。よし」
ところが、一方のワムバムジュエルは一目見ただけで記憶したのか、そのまま通り過ぎる。
「ちょ、ちょっと。大丈夫?」
「心配は要らぬ。以前、王位継承の儀が行われた際にここを訪れた事がある」
「王位継承の?」
「うむ・・・・・・話せば長くなるぞ」
「良いわ、また退屈しかけていた所だし」
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「我らは宝石の種類によって呼び名が異なる。我と先代の家系の場合は名も無き只のジュエルだが、他はアメジスト、エメラルド、サファイア、ラピスラズリ・・・」
ワムバム族の王家では必ず、宝石の身体を持つ成人の者を「後継者」として試練を与える。
洞窟の奥深くに隠したダイヤモンドを取りに行き、無事に戻ってこられるかどうかを試すというもの。
「そして、我らが祖先たる初代はダイヤモンドだった」
後継者はあらかじめ何人か定められ、目的を果たして帰還したものが王位継承の権利を与えられる。
どの場所の洞窟で行われるかは毎回異なる。
内部も王家の者によって多数の罠や関門が仕掛けられ、容易には突破できない。
「我の時は、闇の洞窟で試練が行われた。後にも先にも今回だけと評されたほど、今までの試練の中でも極めて過酷だった」
また、
「一度入ったが最後、目的を果たすまで絶対に外へ出てはならない」
という厳しい掟が定められている。
これを逆手に取り、王の従者が「試練の中止が決まった」などと嘘をつき、それに騙された後継者が洞窟の外に出て失格となった例もある。
「あまりにも複雑すぎる構造に加え、過去にナイトメアの放った魔獣の群れ。最終的に我一人だけが生き残る結果となってしまった」
更に、あまりに複雑な構造の洞窟では永遠に彷徨い続け、発見された時には瓦礫の山となり息絶えていた者も後を絶たない。
それ程試練は厳しく、巧妙で、過酷なのである。
そして肝心のダイヤモンドは、初代ワムバムジュエルが造り出した古代兵器「カイザーゴーレム」によって守護されており、戦いは避けて通れない。
ゴルドライトで固められたボディは全ての攻撃を弾き、拳はどんなに硬い鉱物をも無慈悲に粉砕する。
多くの後継者が生きたまま帰ってこない、最大の原因。
だが、単なる力押しではカイザーゴーレムには勝てない。
恐るべき猛攻を掻い潜り、体の何所かに仕組まれたスイッチを押し、活動を停止させてようやく勝利を掴む事が出来る。
力と勇気、そして知恵を併せ持ってこそ真の王であるという祖先の教えを、古代兵器は身をもって表しているのだ。
ワムバムジュエルは度重なるトラップと襲撃の連続で、カイザーゴーレムを対峙した時には満身創痍と言っても差し支えない状態だった。
「しかし、王家や父上の為にも、血筋をここで絶やす訳にはいかなかった」
カイザーゴーレムの弱点およびその場所は当代のトップシークレットであり、父親でもある先代も決して教えなかった。
それにも関わらず、ワムバムジュエルは果敢に戦い抜き、見事弱点を捜し当てることに成功。
父親に続き、同じ宝石の者が王座に就くのは極めて異例。
ワムバムジュエルはたちどころに国中で大きな話題の的となったのである。
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「・・・結構凄いのね、あんた。見下して悪かったわ」
「構わん。さて、我の身の上話が済んだところで話を闇の洞窟に戻そう」
スペースレコードにも記録された、最長・最深・最悪の三拍子揃った宇宙最大のダンジョン。
他の洞穴には無い、紫の色味を帯びた岩肌が最深部まで続く。
一歩正規の道を踏み外せば、酸の湖、溶岩の煮えたぎる広場、毒ガスの充満する坑道と、多様な地獄が待ち受ける。
かつては宝剣を巡る血の争いが繰り広げられた舞台でもあり、随所に生々しき戦いの傷跡が残された。
「宝剣、ねぇ。それって『悪夢の逆鱗』より後の出来事なんでしょ?あんた達はどうして関与しなかったのよ」
「先代は国民の命に重きを置く御方。例え銀河戦士団であっても、協力する気は皆無だった」
「勿体無い事したものね、あいつも。ギャラクシアを持っているというだけでも大きなステータスなのに」
「我も同感だ。しかし、先代は己の地位や実力を奢らぬ御方でもある。元から興味など無かったのであろう」
「そう言えばそうだったわ。ま、私からしてみればいちいち鼻につく奴だったけど」
昔話に花を咲かせ、気づけば洞窟の深層まで辿り着いていた。
不思議な事に、奥からは微かに光が見える。
ここまで来ると分岐も大分少なくなり、殆ど一直線に進むのみである。
「不気味ね。・・・洞窟に入ってから何にも出てこない」
彼女らしからぬ事に、顔が得体の知れない恐怖に若干引きつる。
「道さえ間違えねば魔獣が出てくる事は無いからな。そなたの前で勇姿を見せられなかったのは残念だ」
「別に良いわよ。武勇伝聞いただけで満足したし。それより本当にこの道で合っているの?」
「うむ。この様子では、足跡の主は最深部へと向かっている」
更に道を進むと、暗闇から一転して一気に明るくなった。
通路全体も一気に広くなり、横に並んで歩いても窮屈な感じはしない。
突き当たりは大きな広場となっており、天井の穴からは一筋の光が差し込む。
「足跡がここで消えている。まさか、あの穴を登って・・・?」
「どうでしょうね。御覧なさい」
ボクシィは自分達の後方に注目するよう、ワムバムジュエルに促す。
「!!」
見ればそこには、2体の謎の生物。
『グルルルルルルルル・・・・・・・・・』
――ヴ ヴ ヴ ヴ ヴ ヴ
一体は巨大な虎の姿、片方は手の形をした黒い霧の塊。
どちらも敵意を顕わにし、いつでも戦闘できる態勢を整えている。
「嵌められたみたいね。恐らく何処かで当人と入れ違った上に、罠として魔獣を差し向けられた。屈辱」
まさに、飛んで火に入る夏の虫か。