ピピ惑星中枢国家、ローナ公国。
かの宝剣ギャラクシアを鍛造した祖先が住まっていた事で知られる。
住民の大多数がフォトロン族で占められているこの大国は、大陸一煌びやかな王都を構えている事で有名だ。
王都の中枢に構えるは、指導者たる王女の住まう荘厳な建物。
この王宮には家臣だけでなく、王女と彼ら、そして王都の民を護るために結成された「王宮戦士団」が警備にあたっている。
同時に身分制度の厳しい昔ながらの王政でも知られており、それはこの街の構成にも顕著に現われていると言っても過言ではない。
それぞれの区画は身分ごとに囲いで仕切られ、上から順に上層街、中層街、下層街と呼ばれている。
基本的に上層街の人々は大半が貴族などの上流階級であり、中層街は平民や商人、そして下層街は貧しい暮らしに生きる貧民。
兵士、上流階級ないし平民は下の階層に出入りできるが、逆に今より上の身分の階層へ登るときは検問にかけられてしまう。
潜り抜けるには現在住んでいる区画の長より許可を得なければならず、なかなか面倒臭いシステムとなっている。
他には上流階級に気に入られれば証明書、いわゆるフリーパスなるものを手に入れる事も可能だが、出回っている数は非常に少ない。
身分関係無く100万人の住む王都においてそれを持つ者は、たった4桁の8000人程にしか上らないのだ。
故に証明書を巡り、奪い合いに発展する事も珍しくは無い。
「おはようございます、ガールード戦士団長!!」
そういった事例に限らず、民の諍いを時には静止するのが王宮戦士団の務めでもある。
王宮戦士団長ガールードの率いる兵士達は全て、彼女が選んだ女戦士。
現在は病で亡くなったが、7,8年前までは王が床に伏せていた事で、一切の権限は彼の娘である王女に委ねられていた。
それに伴い、王宮戦士団を志願する兵士の条件項目には「女性である事」が新たに加わったのだと言われている。
「おはよう、皆。鍛錬は怠っていない?」
ただガールードだけは、戦士団に配属された経緯が少々特殊であった。
あまり周囲には明かさないが、彼女はピピ惑星で非常に名の知れた名門「ガールード家」の次期候補者でもある。
候補者とは、フォトロン族の祖先が鍛造した宝剣ギャラクシアを解放出来る可能性を秘めた素質の者を指す。
見事解放出来た暁には、宇宙に平和が戻ってくるとも言われている。
元より腕に覚えのあった彼女は5年前、王宮に一般兵として志願するにあたって、伯母が王家に口利きした事で戦士団に直接入れさせられたのだ。
当然ガールード自身は不本意であったが、何しろ無理は無い。
王宮戦士団の偉い階級となれば、民の注目の的である王女に近づく事が出来る、皆の憧れ。
親衛隊にも同じ事が当てはまるのだが、こちらは主に男性のみで構成されているため王宮戦士団は言い換えれば「女版親衛隊」だ。
渋々ながらも伯母の意向を受け入れるまで、それ程時間はかからなかった。
「勿論です!我等の剣は、王女殿を護る為にあるのですから!」
「どんな輩が襲おうと、指一本触れさせません!」
とは言え、正当な段取りを踏まずに今の地位まで上り詰めた事に彼女は後ろめたいものも感じていた。
だから彼女を慕う新米の女戦士らにも、自身の入団経緯は決して話そうとしない。
「ふふ、それなら良かったわ」
部下の精進を感心し、見回りへ赴こうとしたガールードを兵士の一人が引き止める。
「・・・・・・戦士団長」
「何かしら?」
「・・・大変おこがましいお願いですが、剣のご指南を頂けないでしょうか?」
彼女は戦士団の中でも最近入ったばかりの新米兵士だった。
当然ながら、一度も王女の顔を見た経験は無い。
「良いわよ。実力を鍛えるのは悪い事じゃない」
「あ、ありがとうございます!!」
王宮の庭へ移動した二人はその場で剣術指南を開始。
先ずは素振り。
新米兵士の太刀筋を観察するガールードは、如何に些細な癖も決して見逃さなかった。
「振りかぶりが甘い。それじゃ振り下ろした時に力が入らないわ」
「え?じゃあ、こうですか?」
思い切り振りかぶり過ぎてバランスを崩し、後ろに倒れてしまう。
「・・・やり過ぎ。柄が頭の真上に来るぐらいが丁度良いはずなんだけど。次は・・・突きをやってみて」
「はい!」
「・・・肘が曲がってる。それだと柄が自分のお腹にめり込むし、敵を貫く事も出来ないわよ」
「そ、そうですか・・・気をつけます・・・」
「そろそろ本格的に稽古ね。私が相手するわ」
「え!?そんな・・・・・・もし戦士団長に万が一の事があったら・・・」
「大丈夫、怖がらないで。よほどの事が無い限り死にはしないわ、絶対に」
「はい・・・うう、緊張するなぁ・・・・・・・・・では行きます!」
「相手が戦士団長だからって、手加減は無用よ!」
______
「・・・どうでしたか、戦士団長?」
「・・・稽古中に何度か注意したけど、相手を視界から外すのは絶対にやってはいけない事。敵が複数だったら尚更」
「すいません・・・」
「でも悪くは無かったわ。その調子なら、いつか私を越す日が来るんじゃないかしら?」
「そんなぁ~!私みたいな人が戦士団長になるなんて想像できませんよ!あははは・・・」
「フフフ・・・・・・・・・」
休憩の間、噴水の縁に座って二人はお喋りを始めた。
緊張の解れない新米兵士だったが、次第に話は盛り上がりを見せる。
「・・・で、母ったらいつも私に対して過保護なんですよ~。兵士を志願した時なんて二度と会えないと思い込んで大泣きされて・・・」
「それは大変だったわね。私の家はむしろ兄の方に愛情が注がれていたわ。兄も兄ですっかり母親にデレデレ」
「あ~、それってマザコンですよ!マザコン!たまにいるんですよ、いい年してお母さん大好き~とかのたまったり!あぁ、気持ち悪い!」
「全くね。しかも今、25・・・」
「え・・・・・・ええええええええ!!?もっと有り得ない!!」
「私が戦士団に入ったのは14、5歳ぐらいの時だったと思うわ。いや、もう少し前?本当はただの兵士になりたかっただけなのに、気がつけばこんな所まで・・・」
「凄いですね・・・・・・兵士から一気にすっ飛ばして・・・・・・」
「・・・ホント、皮肉じゃないけどコツコツ努力を積み重ねてきた人達に申し訳が立たない・・・」
「――――――オッホン!」
「「??」」
「お取り込み中の所失礼、戦士団長サンよ」
「・・・あら。どうしたの、親衛隊長?」
「どうせ俺は愚直な努力家だよ。しかし、相変わらず呼び捨てなんだな同じ立場なのに」
「親衛隊長?」
「王宮戦士団とは別の組織で「親衛隊」と言って、私と同じぐらい偉い人よ。その割にはここ数年、一度も王女様と話した事が無いそうだけど」
「それを言うなって・・・・・・元老院の奴らから伝言だ、「王女殿がお呼びである、直ちに玉座の間へ赴くように」と」
親衛隊長は元老院の名を口にした途端、若干機嫌を損ねたようにも見える。
あの保身第一の年寄り達を好いているのは王女の家臣ぐらいだ。
「・・・・・・王女様が?」
「何の事かは知らん。ところで剣の指導ぐらい俺にも出来るぜ、ジイサン共は短気だから怒られる前に行った方が良い」
「ありがとう・・・じゃあ、後は彼の指導に従ってね。人に剣術ぐらい教えられる実力は私が保証するわ」
「おいおい・・・・・・」
「お待ちしておりました、戦士団長殿」
「話は隊長殿より伺っていると思いますが、王女殿がお待ちです」
「ええ」
「生真面目な隊長殿のせいで、マニュアル通りにせざるを得ない事を先に詫びますが・・・・・・“くれぐれも王女殿に失礼の無いようお願いします”」
「もう飽きるほど聞いたわ」
「同感です。我々も通算1030回ぐらい言った気がします」
「いや、1032回目のはずだ」
「馬鹿な、1030回目だ」
「いいや、1032回目」
「1030回目」
「1032回目」
「何だと!!」
「何を!!」
「・・・・・・1031回目よ。そのうち30回前後ごとにこういう言い争いが起きる」
「「!・・・・・・感服しました。どうぞ扉を」」
ゆっくりと手で押して開け、閉めてから一礼。
目の前の段差よりやや離れた所で更に一礼、片膝を付きそのまま頭を下げた。
「王女様。王宮戦士団長ガールード、只今参上致しました」
天井のステンドグラスが一際輝く、広大な玉座の間の壁際には元老院らの卓と席が設けられている。
段差の先には5,6段程度の扇状に広がる階段が3,4度続き、その先に据えられた玉座に座るのは他でもない主、王女。
「日々の務め御苦労です、ガールード戦士団長。面を上げて、こちらへ」
「御意」
静かに立ち上がり、上品でおしとやかな足取りで進むガールード。
幼少の頃、両親に連れられて何度か社交パーティーに出席した事もあり、上流階級の礼儀や作法は完璧だった。
王女に近づき過ぎず、かつ離れずの距離を保ち、再び片膝をついて面を上げる。
視線の先には、哀しい表情をした王女の顔。
「・・・・・・この頃、国の治安は乱れていく一方で、以前から心を痛めております」
喋るのも辛そうな、暗い声で話し始める王女。
王女の言う通り、近頃はローナ公国の平和も綻びが生じつつあった。
今までは生活水準の低い下層街で犯罪が起きていたのだが、やがて貧民達の怒りの矛先は上の身分へと向けられる。
あらゆる手段で囲いを越えての物盗りや強盗が後を絶たず、王宮戦士団のみならず親衛隊も手を焼かされていた。
「・・・王女様。私めへの命とは、国の治安維持でしょうか?」
犯罪を起こすのは当然、貧民だけとは限らない。
悪徳商人は貴族を内心では「頭の悪い白鳥」と蔑み、彼らを相手に詐欺まがいの商売を繰り広げ、金品を荒稼ぎ。
手口が暴露されると、怒り狂った被害者の貴族は決まって「公開処刑に値する」などと騒ぎ立てるが、商人達は悪びれる様子も無い。
理由は簡単だ。
彼らにとって貴族は「極上の金ヅル」以外の何者でもないのだから。
「そうです。最近、王政を転覆させようと目論んでいる不届き者達が、事もあろうにこの王都に潜んでいるという不穏な噂を耳にしました。大臣」
ところが今回、事はそう単純なもので無いらしい。
白髪の老人が一枚の紙切れを持ち、ガールードに手渡すとそのまま後ろを向いて下がって行った。
紙に書かれていたのは、下層街のとある一角を表した地図。
その中の一箇所には赤インクで丸印がつけられている。
「貴女への命とは、彼らがアジトを構える下層街に赴き、必要とあらばその場で断罪する事です・・・」
重い口調で任務の詳細を伝える王女。
本当はこのような血生臭い命令を下したくは無かったのだろう。
「・・・しかし、我々宮廷戦士団の使命は王族、ならびに王女様を御守りすることであり―――」
言葉を紡ぐ途中、元老院の一人がそれを遮るように怒鳴った。
「戦士団長!!王女様の命令に異議があるとでも?」
見れば眉間にしわを寄せ、相当苛立った表情を見せている。
最も、今に始まったことではなかった。
「・・・・・・いえ・・・そうでは・・・・・・」
「良いか?国の治安を守るという事は、ひいては王女殿の御命を守る事にも繋がるのだ!」
「・・・はい」
「まったく、相変わらず一言多い奴よのう・・・」
「・・・それに貴様、下層街の話になると表情が険しくなるな。我等の施策に不満があるとでも?」
「とんでもありません」
本心とは真逆の返答でやり過ごした。
政治を彼らに任せたことで、貧民達の暮らしは悪化を増す一方。
「ならば良いのだがな。卑しい身分の者共に同情など禁物であるぞ」
「胡麻と貧民は搾れば搾るほど取れるのだ。心配する必要はどこにも無い」
ふん、と一瞥した後、椅子に背をもたれかける議員。
「申し訳ありません。貴女にこのような願いを押し付けてしまい―――」
「ヴォッホン!!・・・・・・王女様。あくまでそやつは、あなたにとって只の“部下”に過ぎませぬ。決して情が移らぬよう・・・」
「・・・それぐらい、分かっております・・・・・・さて、お願いできますね、ガールード?」
果たしてこれが元老院の陰謀によるものかなど、今はどうだって良い。
彼女の問いに返す言葉は、ただ一つ。
「・・・・・・・・・・・・了解しました。全ては王女様の仰せのままに」
去り際に一礼し、玉座の間を出ると其処には親衛隊長の姿。
謁見が終わるのを待ち伏せていたようである。
「どうだった?」
「テロリストを排除しろ、との事よ」
「王女様も随分物騒な事を仰るな・・・・・・ま、どうせ元老院が言わせているんだろうけど」
「どうして貴方に頼まなかったんでしょうね」
「悔しいけど、俺よりお前の方が強いからな。俺がお前に戦いを挑んでも良くて引き分け、悪くてボロ負けだ」
「それにしても・・・色々と心配だわ。今まで以上に良からぬ事でも起きそう・・・」
「ジイサン共の僻(ひが)みは今に始まった事じゃない。いちいち気にしたら身が持たないぜ」
「分かっているわよ。そっちこそ、誠心誠意働いて王女様に近づく努力でもしたら?」
「・・・お前に言われたかねぇよ!」
親衛隊長と別れ、兵士詰め所に戻る。
先程の新米を含めた多数の部下達が待っていた。
「・・・・・・どうでしたか、戦士団長?」
「・・・ごめんなさい。私達、王女護衛の任を解かれる事になったわ」
「えっ!?」
驚いた様子の兵士達。
時折、護衛以外の役目を与えられる事もさりとて珍しいものではなかったが、本格的な戦闘の可能性がある任務を与えられるのはこれが初めてだった。
「代わりに潜伏しているテロリストの排除に努めるようにと」
「一体なぜです!?」
「王女様がそんな事を仰ったというのですか・・・・・・?」
勿論、彼女らは王女の命令だとは信じていない。
元老院の老いぼれ共が遠まわしに嫌な役回りを押し付けているのだと言い出し、段々と険悪な雰囲気が包み込む。
「またあいつらの仕業か!」
「戦士団長の苦労も知らないクセに・・・・・・!」
「皆で抗議してやりましょう!!」
「落ち着いて皆。大丈夫よ、あくまで一時的。そのうち皆きっと元の仕事に戻れるわ」
「はぁ・・・・・・」
「だと良いんですけどね・・・・・・」
兵士達の不安は、消えない。
「ところで戦士団長。先程の親衛隊長の指南でしたが・・・・・・」
「何?どうかしたの?」
「・・・戦士団長より、ちょっとヘタクソでした・・・・・・」
「・・・・・・彼の前で言っちゃ駄目よ。ああ見えてセンチメンタルだから」