「兵士・・・?いや、何かが違う・・・」
「何かが違うと言われたら♪教えてやるのが余の情け♪ローナ?否・ピーピ?否、ミリタリ天国Vaya・vayaシェーラ(ヘブン)!」
かかとで床を踏み鳴らし、リズムを刻む男。
兵士達は唖然としている。
公国において親衛隊または王宮戦士団に所属しない兵士は、王ないし王女の前に顔を晒す事は許されない行為として兜を被らなければならない。
もし破ってしまった場合は牢屋に放り込まれ、元の顔が分からないぐらい変形するまでタコ殴りにされる。
そう決めたのは他でもない、元老院と家臣の連中。
現在、目の前に居る男は茶色に若干近い地味な鎧を着ている。
だが、手袋と髪の色はそれに真っ向から相反する真っ赤な色で、非常に派手派手しかった。
兜は普通の兵士のいずれとも若干異なる形状をしており、なおかつ傷だらけ。
おまけに格好つけているのか、3本の羽を後頭部辺りに差している。
天井に突き刺していた漆黒の爪付きガントレットは右の手だけ装備し、兜から前髪がはみ出すなど、見てくれは少々だらしがない。
「ウノ・ドス、ウノ・ドス、ウノ・ドス・トレス・クアトロ!♪・・・これ、知り合いの軍で大流行のアプティトゥード(フィットネス)の歌なんだぜ?」
しかし、ガールードが最も目を付けたのは背中に収めている緑色の刃を持つ棒。
公国のみならずピピ惑星でも滅多に見かけない、“ナギナタ”と呼ばれる柄の長い戦闘用武器。
元は異国の女性が愛用していたと聞いていただけに違和感こそ否めなかったが、男の口元からは不敵な笑みが零れている。
軽い口調に反し、相当な手馴れの者だと想像することは難くなかった。
「ちょいとアレグロ(アレンジ)しちまった・・・けど・・・・・・なぁ、俺の言っている事さっきから無視?」
「そうね。見ず知らずの敵とつまらないお喋りに興じるほど私達、軽くは無くてよ」
「・・・ちぇ。それにしてもおたくら、誰の差し金か知らないけどさ、せっかく貧民達を助ける絶好の機会だったのに・・・むざむざ潰しちまったね」
男は敵意を返すことなく、無防備に一歩ずつ距離を進めていく。
ある一人の兵士は突入直前の会話を思い出していたのだろう。
この場に居た者以外に、計画の立案者らしき仲間が一人まだ戻ってきていない、と。
彼がそうなのだと確信するや否や、取り押さえようと腕を掴みにかかる。
「所詮天の上は地の上を知らず、ってか」
「この――――――きゃっ!?」
男は易とも簡単に往なし上げると、ガントレットを装備していない手袋の人差し指で胸を突いた。
突拍子も無い行動に驚愕し、顔を赤らめる兵士達。
「よしな。そう易々と俺に近づくもんじゃあないぜ♪」
男は下品な笑みを浮かべることも無く、至って平静だった。
「・・・・・・この国の兵士では無いのは確実ね。何所から来たの?」
「・・・変な質問するねぇ。遅れた国の住人でも知っているんだろ、ディガルトスターぐらい」
「!!」
ディガルトスター。
宇宙でも有数の高度な文明を誇る惑星の一つ。
地上は二つの大国に分けられており、それぞれ独立した国家として機能している。
古くからフォトロン族と並々ならぬ因縁を持つ宿敵、ダークマター族が住まう星でもあった。
「俺は、その、何だ。ノースディガルトの方のしがないメルセナリオなんだけど」
「めるせなりおぉ?」
「傭兵、な。奴らとんでもねぇ事しでかす気だから嫌気差してさ。ちょっくら逃げてきた的な」
「・・・・・・?」
「けど、ま、身も蓋も無い言い方すれば全部おたくらが悪いんだけどな」
言い方に引っ掛かるものを覚えたガールード。
ダークマター族が恐ろしい事を企てているという事は、もしや数ヶ月前の一件が大きく絡んでいるのだろうか。
だが血の気の多いとある兵士は自分達が馬鹿にされたものと思い込み、掴み掛かろうと無謀にも距離を詰める。
「どういう事ですか!私達を侮辱するようなら――――――ひゃっ!?」
案の定だった。
軽やかに背後へと回りこみ、尻を一撫で。
思わずへたり込み、本来は一触即発といえるこの状況下で戦意を喪失してしまった。
「だから近づくなっての。イイ女は反射的に触りたくなっちまうんだよ・・・・・・おたくはそう簡単に行かなそうだけど」
ガールードの方を向き直り、未だ不敵に笑う。
「・・・何が目的で、彼らを焚きつけたの?」
「確実性のある計画を彼らに提供した、ただの協力者。まだ誰も殺しちゃいねぇ」
「・・・・・・信用できないわ」
「ひっどい事を言うねぇ。この体が何よりの証拠!」
「・・・だとしても、貴方の鎧は尋常じゃない血の臭いを放っている。どれほどの人を殺めてきたの?」
「さあ」
とぼけてみせる男。
ガールードは表情一つ変えずに睨み続けている。
「話戻すぜ、おたくら知ってるか?ダークマター族の青年があんたらン所の王女サマに粗相やらかして、公衆の面前で手打ちにされた話」
「ええ。王女の国外旅行の時の出来事だったわ・・・・・・やっぱりね」
「やっぱり?」
「貴方の国が良からぬ事を企むのは余程の事よ。だとしたら理由はそれしか無いと思っていた」
「察しが宜しい事。しかも俺と同じノースディガルト出身なんだわこれが」
「手をかけた兵士は一ヶ月前に辞めてしまったけど・・・・・・正直、あの子が粗相を働いたようには見えなかった」
「その通り、さ。立派な濡れ衣、濡れ衣。裁くべきクリミナルを間違ってんだよ、おたくら」
「ウチの軍隊、それを理由におたくらフォトロン族へ報復するつもりなんだぜ」
「!!」
報復。
ある程度予想はついていたが、やはり。
「んっとなー、あえてリークしちゃうと最初にメギロポリスが狙われるかもだぜ。この星で2番目に大きい街」
「メギロポリスが・・・・・・!?」
「王都はアレルタが厳しいからナシ」
「あれるた?」
「警戒が強いの、この街全体。まー、国の方でも結構モメててさ。マジで殺るかどうかは検討中。でも言っておいたぜ、一応。そんじゃ、ま」
「待ちなさい」
「エルモーゾ♪」
さり気なく立ち去ろうとする男。
ガールードが呼び止めると、ふざけた返事と共に振り返った。
その表情は先程までと違い、おちゃらけた雰囲気が消えている。
「テロ・・・・・・いいえ、レジスタンスの関係者という事実は、否定しないのね?」
「・・・あんた、俺が見てきた中でもとびきりの女だな。例えるならマーレ(海)、母なるマーレ」
質問に対し、真っ向より噛み合わない返答。
ガールード、一旦は鞘に収めていた剣を引き抜き、構えた。
「・・・・・・それは、肯定という風に捉えても良いのかしら?」
「んー、まあおたくらがそう思ってるんなら、正解じゃね?・・・それがベルダッドかメンティーラかは別として―――」
振り下ろされた剣。
男はナギナタを使うまでも無いと考えたのか、ガントレットだけで刀身を受け止める。
弾き返されると同時に押し返されるが、直ぐに切り払って反撃。
「おっと、イイ太刀筋じゃん」
ニヤリと微笑む男。
「捕まっちゃうのはちょっとアレだからなぁ・・・・・・悪いな、シエスタ(お眠り)してもらうぜ!」
ガントレットで握り拳を作るとそれを振り回し、扉を塞ぐように立っている兵士達を吹き飛ばした。
ある者は壁に叩きつけられ、ある者は窓ガラスを突き破って外に放り出されていく。
「大丈夫!?」
「申し訳ありません、我々がしっかりしなかったばかりに・・・」
「・・・墓の場所を決めるの、少し遅くなるわね・・・・・・追いましょう!!」
客室に留まった兵士達を起こし、後を追う。
男は目にも止まらぬ速さで逃走したにも関わらず、玄関前にてかかとで踏み鳴らし挑発。
そして彼女らが潜入時に閉ざした扉を蹴破り、今度こそ逃走した。
「馬鹿にして!」
外に吹き飛ばされた兵士と合流し、邸宅を飛び出したガールード達。
ふと一人の兵士が先程の見張りが居た方に目をやると、驚いて大声を上げた。
「戦士団長!」
「どうしたの、こんな時に!」
「さっきの、門の前に立っていたヤツの姿がありません!!」
確かに気絶して倒れていたはずだった見張りの姿が消失している。
彼がいたと思しき場所の周りには、地面の砂が中心に向かって渦巻いているように見えた。
「逃げられた・・・?」
「しかし、武器はそこに転がっています。一体何処に・・・?」
「気にしている暇は無いわ。あの赤い髪の男を追いましょう!」
「あっ、今度はあんな所に!!」
邸宅の直ぐ前に隣接する倉庫の上。
かかとでリズムを刻み、何かの歌を口ずさんでいる。
「ディテスト ラァ、バッカ♪(牛は嫌いさ)ペロ・アァ ウナ ムヘールェ、アッマ♪(でも女は大好きさ)ディテスト、ラァ・・・」
至って余裕の態度に怒りを覚える兵士達。
降りて来いと叫ぶが、無反応。
背を向けて他の建物に飛び移り、逃げていく。
「あっちよ!」
男の逃げた方へ走る。
____
とある民家。
「婆さんや、今日のおかずはこれだけかぇ?」
皿の上に乗った一本のメザシを指差し、尋ねた。
「ごめんなさいねぇ。今日も頑張って商人さん達に頼んでみたけど、この有様だよ」
「良いんじゃ、婆さんがこんなワシの為にメシを作ってくれるだけでも幸せじゃよ」
「あらやだ、じい様ったら・・・ふふふ・・・」
「ははは・・・・・・」
「・・・ああ、いけない。私ったら釜戸の火をつけるの忘れていたわ。じい様はいつもお風呂に入ったら早く寝るのに」
「良いんじゃ、どうせこんなボロ家など長くは持たん。ワシより先にポックリ逝きそうじゃ」
「あらやだ、じい様ったら・・・言っている事がちょっとトンチンカンですよ」
「うるさいわい!ふーんだ・・・・・」
釜戸に向かい、残り少ないマッチで薪に火をつけようとした時だった。
「ケ・エス(何事だ)!?」
突然屋根が崩壊。
落ちてきた鎧姿の見知らぬ男は見事、釜の中に着水。
「つっめてぇ!!体動かさないと冷めちまうぜ、エスセリオ(大変だ)!!」
慌てて飛び出した拍子に釜の縁につまずき、床の上に倒れた。
「あらららら・・・・・・神様が天の御使いを出してくれたよ・・・」
「?・・・・・・悪いな、俺はそんな大層なモンじゃねえぜ。そう呼ばれるには穢れすぎて―――」
「ありがたや、ありがたや」
「・・・あの、俺の話聞いてる?」
「ええ、聞いてますとも。一体どんな御言葉をきかせてくれるんですか?」
「はぁ・・・・・・そうだ、危なくなったら長の家の暖炉を潜りな。地下室に隠し通路あるぜ」
「隠し通路・・・・・・?それが神様のお告げですかぇ?」
「・・・駄目だ、もっとディオス(神様)らしい事言った方が良いかな?じゃあ、アメジストっていう宝石を持った男が幸せを運び、危険から遠ざけてくれる―――」
「婆さんや、客が来たぞ!それとさっき何か落ちてきた音がしたけど大丈夫かのぉ?」
老人の呼び声にドキッと反応する男。
「あら、ウチにお客様とは珍しい・・・・・・」
「ゲッ!すぐ逃げねぇと!!」
「せっかちですねぇ、もうちょっとゆっくりして頂ければ良いのに・・・」
「また今度!・・・・・・その時まで無事でいてくれたらな。エントゥセス(じゃあな)!」
天井に開いた穴から外へ飛び出し、消えていった。
入れ替わりに女の兵士達が駆けつける。
「くっ、一足遅かったわ!」
「おばあちゃん、大丈夫!?」
「あらあら、これは兵士さん達」
「・・・もぬけの殻ね。まだ遠くには行ってないはず、探すわよ!!」
「はい!!」
「・・・・・・元気でいて下さいね、お使いさん」
「婆さんや、客が来たぞ!」
「さっきの兵士さん達でしょう!?もう帰りましたよ、じい様!」
「違うんじゃ!!今度はお隣のエルゼットさんが・・・」
「え?エルゼットさんが?」
「婆さん、爺さん、こんにちは!」
「急に改まってどうしたんじゃ、エルゼットさん?」
「・・・・・・実はとうとう、兼ねてより練っていた商売を実現できるかもしれない事になって・・・」
「あらあら・・・・・・よくそんなにお金を溜めれましたねぇ・・・・・・」
「違うんですよ、違うんですよぉ!!さっきですねぇ、俺の女神様がこんなに高価な宝石を!!ほらっ!!」
「おお、これはぁ・・・・・・!!」
「アメジストです!いつもお世話になっている女神様も何という慈悲を・・・!!」
「・・・神様の使いが言ったとおり・・・・・・いや、でもどうして私たちのところに?」
「いやね、お二人だけじゃないんですよ。ご近所の人達に、一緒にトイセン村へ引っ越そうって呼びかけてるんですよ!」
「トイセン村に?」
「みんなで一緒に商売やるんですよ!今は小さくても、いつか長い時間をかけてビッグになるはずです!!!」
「商売事ねぇ・・・・・・どうします、じい様?」
「どうせワシらも老い先短い。思い切って新しいことにチャレンジするのも悪くないじゃろう!」
「まあ、素晴らしいですわ、じい様!けれど勝手に王都を抜け出して大丈夫かしら・・・?」
「そうっすねぇ。俺の知る限りじゃ上の連中は殆ど下層街を気にも留めてないから、分かりゃしませんって!」
「よし、婆さんや!そうと決まればいつでも出発できるよう引越しの準備じゃ!」
「あんな活き活きしたじい様・・・此処最近で久しぶりに見ましたわ」
「良かったですね。俺も浮き浮きしちゃってますよ!」
「本当にありがとう、神様」
______
またとある別の民家
「御免ください」
「あ・・・・・・どうも、元老院さん」
古びた玄関の前に立つ、初老の男性議員。
「親衛隊に務めているうちの主人が、お世話になっております」
「いえいえ・・・・・・彼は実によくやってくれてますよ」
「・・・その・・・・・・何故今日はうちになんか?」
「ちょっと野暮用がありましてね・・・・・・ご主人は?今日は非番でしたかな?」
「まだ、帰ってきておりませんが・・・?」
「・・・そうですか」
服の襟を正し、辺りをキョロキョロと見回す。
「ところで・・・主人の事でご相談が・・・・・・」
「何ですかな?」
「うちは見ての通り、生活が苦しいものでして・・・・・・そこで、主人を昇格させて頂けないかと」
「・・・ほう・・・・・・」
議員の口元が怪しく笑った。
「・・・確かにご主人は良い働きを見せております。しかし、それにはもう一押しが・・・・・・」
「それは一体・・・・・・きゃぁっ!?」
突然女性の首元を掴み、家に入ると玄関の扉を閉めてから床に押し倒す。
「な、何を・・・・・・!?」
「決まっているでしょう?」
「私に体を許してくれたら、隊長補佐までは考えてやっても良いんですがねぇ!!」
本性を剥き出した議員。
ポケットの中からナイフを取り出し、女性に首に突き付けた。
「や、やめて下さい!!主人に知られたら・・・!」
「どうせあれしき小物!我々に楯突いた所で、何もできやしない!!」
「・・・・・・・・・!!」
「それに貴様は前々から私の好みだったしな!使い走りの女を寝取るのも悪くなかろう、記念すべき愛人第1号にでもして――」
「ロ・シエント(ごめんよ)!!」
扉を思い切り良く蹴破り、それを飛び越して向こう側に鎧男が着地。
巻き込まれた議員は頭をぶつけたショックでそのまま気絶してしまった。
「ちょっと通るぜ!!」
男は何事も無かったかのように居間の戸を開け、そこから塀を飛び越えて姿を消した。
「・・・・・・何だったの?・・・そうだ、逃げないと!!」
議員がいつ目を覚ますか分からない。
今の内に彼女は一旦、その場から逃げることにした。
_____
「おい!!あれ見ろよ!!」
「何だぁ!?誰かがあの馬鹿でかい仕切りを越えてるぞ!!」
「オーレェ♪初めて見るぜ、中層街とやらは・・・はぁっ!!」
「すげぇ!あいつデケェ爪で壁をずり落ちてる!!」
「戦士団長!!あいつ、とうとう中層街に!」
「追い詰めるまでよ!!」
「ちょっと、うちの売り物バラバラにしないでくれよ!!」
「ロ・シエーント!!」
「あっ!!勝手にリンゴ持っていくなぁ!!」
「へい、そこの彼女!俺の情熱溢れるフラメンコを見てくれ・・・・・・」
「いました!!」
「待ちなさい!!」
「・・・ウナ・ベスティアッ(畜生)!また今度!!」
「ヘイヘイヘーイ!今日も見て楽しいマジックショーの―――」
「ロ・シエーント!!」
「うぎゃあっ!?な、何なのサ・・・・・・あいつ・・・・・・・・・」
「あいつ、逃げ足速いですよ!!」
「逃がさないわ!!」
「どこに逃げたんでしょうか、あいつ・・・・・・」
「まだ近くにいるはず―――」
「きゃああああああああああ!!?」
「あっちの方角から!」
「・・・あっち、って・・・・・・まさか・・・」
「誰か!覗きよぉ!!」
「えっ・・・俺は神聖な水浴び場をありがたく見学させて貰っているだけで・・・」
「あの助平男、あんな所にいます!!」
「しょうもない男ね!観念しなさい!!」
「フゥ、またかよ」
「誰か、俺と熱い熱いフラメンコを・・・・・・」
「いたわ!!」
「うえぇぇぇぇぇ・・・・・・そろそろもっと上に行くか・・・・・・」
_____
「何ぞや!?」
「誰ザマスか、あんな所で遊んで危ない!!子供が真似したらどうするザマス!!」
「そっちかよ。まあ良いや、うりゃぁっ!」
「とうとう上層街にまで!!」
「これ以上勝手な真似はさせませんよ!」
「ヘイ、そこのマダム!!俺と情熱のフラメンコを・・・・・・」
「何よ、この汚らしい兵士!近寄らないで!」
「・・・けっ、どの不細工が言ってるんだよ」
「何ですってぇ!!」
「鏡見ろよな、オ・バ・サ・ン!!エントゥセス!!!」
「キィーーーーーー!!!」
「なんだい、あの小汚い男は?」
「あん?何か言ったかよ、オバサン?」
「はぁ!?どのツラがガールード家の者であるあたしに口聞いているんだい!!」
「待ちなさい!!」
「わぉ、またかよ」
「大丈夫ですか、伯母様!?」
「あれはあんたの知り合いかい?んなわきゃないだろうねぇ、ちゃんと仕事してんのかい!!」
「これでも今追っているところです!!では!」
「ったく・・・・・・」
「とうとう捕まえたぞ、このガキ!」
「放せよ!!どうせお前ら食い物に困らないんだろ!?ちょっとぐらい別に良いだろ!」
「うるさい!貧民だろうと人の物とったら泥棒なんだよ!!」
「ロ・シエーント♪」
「いってぇ、何すんだ!!あっ、待てガキぃ!」
「悪い、悪い♪これで手ぇ打って♡」
「リンゴでどうにかなるかぁ!」
_____
王都を股にかけて逃げ回る男だったが、長き追走劇も終わりを告げる。
親衛隊の加勢もあって逃げ場を失い、とうとう上層街の袋小路に追い詰められてしまった。
「はぁ・・・はぁ・・・・・・」
「観念しなさい。人気は少ないけど、逃げ場は無いわ」
「・・・」
息切れを起こす兵士達とは対照的に、ガールードは顔色も変わらなければ呼吸も乱れない。
いかに日頃から鍛錬に励んでいるかを彼女らは思い知らされた。
「やれやれ・・・・・・また続きやる?」
「貴方の出方次第では・・・ね。どうするの?」
「・・・・・・しょうがねえな」
トン、トン、と足踏みをし、手招きをする。
「ベンガ、ベンガァ(来い、さあ来い)!ルエゴ、ルエゴ(来な、さあ来な)!!」
さすがのガールードでも異国の言葉には疎く、何を言っているのか分からない。
しかし、こちらの攻撃を誘っているという意図だけはどうにか読めた。
向こうから来る気配は全く無い。
「戦士団長、なにか危険な感じが・・・」
「良いわ。素敵なフラメンコでも、見せてもらおうかしら」
ならば、あえて挑発に乗るまで。
再び剣を抜き、男に斬りかかる。
予想通り華麗に避け、ガントレットで軽めのストレート。
更に回避。
続け様に攻撃を休む間も無く叩き込むが、敵に焦りの色は見えない。
「ふっ、カルメン ミア モール!」
剣の一突きをかわすと、後ろに2歩下がってガントレットを掲げた。
小刻みに震わせた次の瞬間、重量を感じさせない素早いアッパーが襲い来る。
「!!」
ガールードの前髪をかする鋼鉄の拳。
まともに喰らえば只では済まない。
「ベンガ!」
「くっ・・・・・・!」
手招きする男。
表情は相変わらず不敵に笑っている。
更に男はそんな彼女の感情を逆撫でするかの如く、地面に敷き詰められた石の道をかかとで踏み鳴らし、リズムを取る。
まるで自分の実力を試しているようにも感じられる態度。
「はぁっ!!」
「おおっと!」
やはり華麗に剣の一撃を往なしながら、反撃してくる。
「こりゃイイや。あいつにも引けを取らないね。ブ・エーノ(良いね)♪」
(こいつ・・・・・・・・・強い!!)
「胸と尻しか見て無いと思ったら大間違いなんだなぁ。これでお開きにしようか!」
次第に男も攻撃に出始めた。
ナギナタは使わず、右手のガントレットのみでガールードに立ち向かう。
軽やかな連撃に加え、巧みに織り込まれる裏拳。
援護しようと兵士達が飛び掛るも、男はノーモーションからの回転斬りで彼女らとガールードの双方を弾き飛ばし、壁に叩きつけた。
更に運悪く、壁の隅に追い詰められてしまったガールード。
「言っとくけどよ。あんたはバイラオーラ((女の)踊り手)ですらねぇ。ただの牛だ」
逃げ場の無い敵を眼前にして、だらりとガントレットを下ろす男。
「このっ!!」
「んー、同じ穴のテホン(狸)って知らない?おっと狢(むじな)か、こりゃ失礼」
怒りに任せて斬りかかるが、やはり軽く往なされてしまった。
そして彼女も僅かに冷静さを失ったことで、遂に先の犠牲者らと同じ槌を踏んでしまう。
「ひゃあっ!!」
左手が胸の上へ触れそうになり、不意に悲鳴を上げるガールード。
普段の彼女のものとは思えぬ、あまりにも女性らしい反応に兵士達は驚きの色を隠せない。
だが、男の方はと言うと。
「・・・・・・・えぇえぇぇぇぇ・・・・・・・・」
非常に白けたような表情が兜越しに伝わってくる。
むしろ自分に向けられているのは失望感といった方が良いか。
「・・・けっ、強気なのは口だけかよ。萎えるわー」
やれやれ、と肩をすくめる男。
「待ちなさい!!」
「このまま大人しく逃がしませんよ?」
「おっと、参ったぜ・・・・・・このまま逃げるのが一番だろうけど疲れたし・・・ほら」
すると驚いた事に、男は抵抗する素振りも見せず床に座り込んだ。
彼の実力なら兵士達を蹴散らして逃げる事など造作も無いはず。
一体何を考えているのか、今のガールードには想像出来なかった。
「・・・あえて、捕まってみますかっと」
「何のつもり?」
「さあ」
「・・・・・・・・・まあ良いわ、すぐに連行しましょう」
「おっと、そうだ」
「何?」
「会わせてくれよ、この国の王女サマに」
男の口から出た、あまりに突拍子も無い願い。
「!!」
「何馬鹿なこと言ってるんだ!」
「王女殿はお前みたいな助平男に会うつもりはない!!」
「いやいや、このままだと俺もあいつらも悪者扱いさ。せめて弁明だけはさせてくれよ、なー?」
「うるさい!」
「・・・・・・良いわ」
「戦士団長!?」
「ただし、条件が二つ。一つはその背中の武器を私達によこす事」
「おう」
「そして、もう一つは・・・・・・」
数分後。
「・・・・・・こりゃないぜー」
男は近くの店で売られていた救助用の縄でグルグル巻きに縛られ、何とも情けない格好となった。
「分かっているでしょうけど、絶対に手を出さないでね。・・・容赦しないわよ」
「はい、はい・・・・・・」
「ところで、貴方の名前は?」
「俺?」
「ストルトス、だ。グラシアス(よろしく)♪」