少なくとも自分は、人生において今の立場を「勝ち組」だと思っている。
例えば金銭面。
国民より徴収した税金は自由に使い放題だし、貴族連中は誰も咎めようとしない。
食いはぐれるような事は絶対に有り得ないのだ。
生活面でも同じ事。
どれだけ水を無駄遣いしようと自分達の勝手。
豪華な食事を料理人に作らせるのも自由に決定できる。
人脈にも事欠かない。
一部の大物商人とは太いパイプを持っており、税金の未納を見逃す代わりに海外の高価な輸入品などをせしめたりしている。
下層街には顔の効くものもおり、テロリストらの居場所もそうやって発見した。
これらと関連して、いかなる問題が発生しようと問題は無かった。
権力でもみ消せば良いだけの話だし、賄賂を持って来てくれるようであれば真面目に考えてやっても良い。
金銭、生活、人脈、そして権力と、あらゆる面において不自由の無い人生。
それが確実に約束されているのが元老院というもの。
此処に入ってからの人生は正にバラ色。
平民以下の連中の生活など、おぞまし過ぎて想像を拒否したくなる。
今更この地位と甘い汁を捨てるなど、とてもではないが考えられなかった。
だからこそ元老院は、ガールードの行動は何としても阻止したかった。
彼女は今回の一件の真実を見つけ、間違いなく我々を潰す気だ。
そうなれば王女命令で議員の資格剥奪も有り得るし、下手をすれば追放も一つの結果として考えられる。
しかしガールードを止めるにしても、相手は腕の立つ女戦士。
役立たずの親衛隊長でも太刀打ち出来ない彼女を倒せるのは隊長補佐しかいないと踏み、暗殺に向かわせた。
ところが、待てど待てどもガールードの首を持ってくる気配が無い。
議員らは帰還を待ち侘びているうちに完全な徹夜となり、気がつけば夜が更けてしまった。
そんな朝方早々、元老院の議員達に目が覚める一報が飛び込んできた。
テロリストの生き残りが牢から脱走。
本来これから直ぐに処刑の準備が進められている筈だったが、直ぐにそれどころでは無くなってしまう。
「何だと!昨日の男が!?」
「はい!今朝牢屋に向かったところ、既にもぬけの殻でして・・・」
「馬鹿者!!すぐに探し出すのだ!!」
「ハッ!」
予期せぬ事態に、議員らは頭を抱える。
あれは生きた証拠そのものであり、早めの始末を済ませなければ自分達の裏が露呈してしまう。
何故ガールードは拿捕時に殺さなかったのか未だに疑問であったが、そんな事を言っている場合では無い。
「全く、何という事だ!!」
「謁見もさせず、牢屋に放り込めと言ったのは誰だ?」
「我々」
自分達で自分達の首を絞める、滑稽な結果。
「・・・何という事だ。もし王女に何か起きれば、責任を取らされる事になるぞ!!」
「うぐぐぐ・・・・・・!」
今までは金と権力で上手い事渡ってきた。
連中はこうも心配しているが、何、いつものように責任逃れすれば良いだけだ。
不安要素など有る筈も無い。
「失礼します」
其処へ現れたガールードと親衛隊長。
隊長補佐め、いつまで経っても帰ってこないと思えば暗殺に失敗していたか。
「ガールード戦士団長か。こんな時に話とは何だ?」
「それに親衛隊長まで・・・・・・」
普段あまり協調関係を持たない二人が揃っているのも不思議な光景だが、一体どうした事か。
テロリスト脱走の知らせなら既に伝わって来ている。
「まずは私から話させて頂きます。昨日掃討したテロリスト達についてですが、貴方がたは彼らが貧民だと知った上で我々に処分を任せましたね?」
全ての議員に緊張が走る。
冒頭からストレートな質問。
「んん?何を根拠に・・・・・・」
「これが動かぬ証拠です」
親衛隊長のポケットから出てきたのは、一枚の土に汚れた紙切れ。
「その汚い紙は何なんだ?」
「テロリストらの一人が書き残した訴えの手紙。恐れ多くもこの場で読ませて頂きます」
紙切れの正体を知り、緊張が戦慄に変わった。
馬鹿な。
誰が何時の間にしたためていた?
こんな動かぬ証拠が残されていたとは、予想外すぎる。
『拝啓 ガールード戦士団長殿
高貴な身分にも関わらず、幾度と無く下層街に通いつめておられる貴女は既にわかっておられる事でしょう。
私達は元老院からの不当な扱いで、貧困の生活を強いられています。
絞りに搾り取られた結果、パンを買うお金も残されていません。
水周りが改善されたのは実に有り難いのですが、残念な事に奴らは我々にだけ「水道代」というものを設けて更に金を巻き上げるようになりました。
お金が払えないと、私達は水を飲んだり料理に使う事も出来なくなってしまいます。
結局、何も変わらなかったのです。
娘は先日、野蛮な山賊どもに寄って集って乱暴されてしまいました。
私は強い憤りを覚えましたが、更に腹立たしい事実が私の耳に飛び込んできました。
「暴れ種馬」として悪名高い、親衛隊の隊長補佐が関わっていたという事を。
人民の命を護るべきでもある者が下劣な行為に及んだ事を、私は決して許しません。
どうか力なき私に代わって、断罪をお願いします。
王女様を御守りするというご立派な使命に生きておられる、貴女への失礼を承知の上で書かせて下さい。
私達は今の苦しい生活から抜け出す為に、ストルトスという協力者と共にクーデターを決行します。
もしかしたら元老院だけでなく、王女様の御命を殺めてしまうかも知れません。
いずれにせよ貴女がこの手紙を読んでいるという事は、既に私はこの世を去っている事でしょう。
薄々危惧してはいるのです、元老院に利用されて私達を断罪しに来るのではないかと。
そうなれば私は貴女と一戦を交えなければならなくなるでしょう。
その時は貴女へ八つ当たりの如く憎しみをぶつけ、傷つけてしまうかも知れません。
ですから最後に、気が変わらないうちに謝罪の言葉と私達の願いを此処に書き記しておきます。
どうかご無礼をお許し下さい、そして王女様に私達の事を全て話してください。
そうして初めて、私達は報われるのかも知れません』
「・・・・・・・・・・・・!!」
読み上げられた全文。
不都合な真実のオンパレードに、議員達は尋常じゃない量の汗を垂らし続ける。
「どうでしょう。以上の事から、元老院の腐敗した実態の一部と、テロリストもといレジスタンスに関する真実が明らかとなりました」
他の議員らは誰もがこう思った事だろう。
まずい、あの手紙の内容に書かれた事はみな真実だ。
これが王女の耳に入った日には、我々の保身は音を立てて崩れ落ちる。
何だって良い、とにかく否定しなければ。
「でたらめだ!!我等を快く思わない者が仕組んだ陰謀に違いない!!」
「所詮は妄言を書き散らした紙くずだ!!」
「その手紙の内容は真実だと、貴様に証明できるのか!?」
「ええ。・・・・・・親衛隊長」
ガールードは僅かに目をやり、親衛隊長は指を鳴らした。
何の合図だ?
「ああ。元老院の皆様、あなたがたがこの手紙を紙くずだと切り捨てるおつもりなら・・・・・・」
扉が開き、親衛隊と王宮戦士団の兵士らが縄を引き摺って現れた。
その先に簀巻きで縛られていたのは、実に無様な姿の隊長補佐と部下達。
失敗どころか逆に拿捕されていたとは!
「何故、うちの部下を取り入れてまで探させたのでしょうねぇ?」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる親衛隊長。
屈辱の2文字が自分達の脳裏に浮かんだ。
「お、お前達!?」
「しかも白状させたところ、事もあろうに戦士団長の命とカラダを狙っていたとか・・・・・・」
「ち、違う!!我々ではない、そいつの暴走だ、きっと!!」
「それに、だ!王女の居ない時にこんな事をして何になる!?今に見ていろ、力ずくでもみ消してやる―――」
「レプグナンテ(醜い)ジジイ共、いい加減にしやがれってんだ」
聞いただけで腹立たしさを覚える口調が、兵士達の後ろから聞こえた。
声の主は見知らぬ鎧姿の男。
しかし有ろう事か、奴の横にいるのは王女!
「お手柄だぜ、親衛隊長ドノ?」
「よく言うぜ。全部お前がやったくせによ」
「ようやくお出ましね、ストルトス。そして王女様」
「まさか、貴様が!?」
「そ、それに王女殿まで!!?」
噴出す汗の量が更に増す。
馬鹿な、そんな馬鹿な。
よもや今の話を全て聞かれてしまったというのか?
「話は一部始終、聞かせてもらいました」
「改めて名乗ろうか。ノースディガルト軍、ストルトス・イディオータ。ま、おたくらの悪行もここまでって事さ。お縄に頂戴されな」
「な、な、な、何だとぉ!?」
王女の姿を見ただけで、半分ほどの議員が力なく跪いた。
終わった。
何もかも、終わった。
そう思っているのだろうが、まだ弁明するチャンスは残されていた。
どうにか独り立ち尽くす議員は、悪あがきと言わんばかりに次々怒号を飛ばす。
「貴様、我々を高貴なる元老院と知っての狼藉か!!」
「うーん、そんなトコだね」
「おのれ、蛮族ダークマターの分際で!!」
「おい、おい、おい。宇宙船ロクに作れないおたくらの言える立場じゃないよっと、おい」
「ぐぬぬぬぬぬぬ!!!どこまで我等高潔なるフォトロン族を侮辱すれば気が済むのだぁ!!?」
「シェンでもミルでも」
「・・・王女殿!!こやつらの言葉に耳を貸してはなりませぬ、腐りますぞ!!」
「おっとぉ、まだしらばっくれる?」
自分の隣で、最後の砦として真っ向から立ち向かうたった一人の議員。
微かにストルトスとやらのガントレットが動いたのを自分は見逃さなかった。
見た目と裏腹に、内心では相当な怒りを覚えているのだろう。
いざとなればこの老いぼれ達をぶん殴る気だ。
「無礼千万、不届き者の声に耳を貸す必要など―――」
「いい加減にしなさい」
言葉を遮り、ガールードが一喝。
格下が発言したと言うだけで他の議員も威勢を取り戻した。
調子の良い奴らである。
「な?!」
「一介の兵士如きが生意気な!!」
「身の程知らずめ!!」
「生意気、身の程知らずなのはそちらの方ではなくて?」
「何だと!!」
未だ怒号を飛ばす議員。
格下に言われっぱなしで悔しいのは当然。
しかし、王女とガールードの交わした会話の内容に自分達のみならず、彼もまた愕然とした。
「王女様、失礼ながらこの事は既に知っておいでですよね?」
「はい、勿論です」
「!!!!」
表情が一斉に青褪めていく。
「実は今朝方、二人から全てを聞かせてもらいました。今まで貴方がたは自分の利益欲しさに私の権力を押さえ込もうとしていたようですね」
「・・・・・・・・・・・・・・・!!」
つまりどういう事か。
王宮内の誰にも知られず王女の部屋に侵入したという事の証明だ。
それでは防ぎようが無い。
どれだけ工作を仕込んでも、絶対に止め様が無い。
始めから全て、無意味な事だった?
おしまいだ。
今度こそ、完全に我々は終わった。
私利私欲にまみれてきた自分達の栄華は、此処で燃え尽きたのだ。
「元老院の者達」
「はいっっ!?」
王女の一声に戦々恐々とする議員達。
そして彼女の口から発された、冷酷な通告。
「王女権限を行使し、今日付けで貴方がたを王宮から追放します」
「な!!!!」
「王女殿!?」
皆が恐れていた展開に流れ、絶望の色が顔に浮かぶ。
辞職という予想を一つ超えて、追放と来た。
親衛隊は唖然とするその様子を陰で嘲笑する。
「幾らなんでも、それはあんまりです!!どうか御慈悲を!!」
「知らないとでも思いましたか?とうにガールードより聞いております、貴方がたは私への陳情を意図的に選別していた事も・・・」
「ななな、何を仰られますか!!あくまで厳正な基準の下に・・・・・・」
「黙りなさい」
「王女殿!!少しでも我等の声に耳を―――」
「私に2度言わせるつもりですか?」
「っ―――――――!!!」
初めて見せた冷酷な眼差しと怒りの篭った声に、議員だけで無くストルトスやガールード、兵士達の表情が凍りついた。
王女の怒りを買ったのは、これが最初で最後だった。
「民の悲痛な訴えに基準も何もありますか。もう良いです。ガールード、親衛隊」
「はい」
「ハッ」
「彼らを下層街に追放しなさい。下々の苦しみを思い知らせてやるのです」
「御意」
「了解しました!」
親衛隊、ガールード達は一斉に議員らへ近づき、取り押さえる。
自分の頭の中では、今まで歩んだ人生が走馬灯のように蘇ってきた。
若い頃、上流階級の生活に憧れて田舎を旅立つ。
言い換えれば貧乏で藁臭い暮らしより脱出したかったのである。
しかし道中で金も食料も失い、行き倒れた所を幸運にも貴族に拾われた。
馬車に乗せられていたので、当時の下層街が如何に悲惨な状況であるかを知る術は無かった。
初めて王都へ上都した、あの日の衝撃的な光景は今も忘れられない。
装飾に宝石を用いた、貴族達の格好。
涎が止まらない豪華な料理。
自分の村の藁葺(わらぶき)小屋よりも数段大きな屋敷。
何もかもが自分にとって新鮮で、目新しかった。
あの頃は真っ直ぐな希望を抱き、王都で生活を始めた。
しかし残酷な現実を知り、築かれた理想は崩れ落ちる。
結局は金だ。
能力があっても、先立つものがなければどうにもならない。
掲げていた夢は単なる理想論に過ぎなかったのだ。
貴族への下らぬ反発から恩を仇で返す事となり、職を失う。
王都を彷徨っていたある日の事。
元老院が当初から腐りきっていた事に目をつけた自分は、どうにか金を掻き集めて媚を売った。
時には反逆者の情報をリークする等して、彼らの役にも立とうとした。
そんな事を繰り返すうちに、気がつけば議員のイスを獲得したのである。
其処は血税で幾らでも無駄遣いし放題のパラダイス。
甘い汁に浸る事に抵抗を覚えていた自分だったが、すぐに堕落しきった。
やがて年老いたある日、思わぬイレギュラーがこの王宮にやって来た。
ガールードだ。
名門の母と同じ名前を受け継いだ彼女は自分と違い、現実に直面しても決して挫けることは無かった。
例え元老院の圧力が掛かろうと、それに屈する事も無い。
下層街の貧民達を救いたいという気持ちが強かったガールードの信念は、親衛隊からも尊敬されて何ら不自然ではなかった。
誰よりも人が出来ているのだから当然である。
それに比べて自分の何と愚かな事だろう。
とうに天国へ旅立った両親もこんなに落ちぶれた自分を見て、すすり泣いている事だろう。
もう今更足掻いても仕様が無い。
最後の最後で罪悪感に駆られた自分は潔く、彼らに大人しく連行される事を選んだ。
別に罪滅ぼしとも何とも思っていない。
自分は負けた、ただそれだけなのだ。
人生でも、今この時でも、様々な意味で「負け組」となったのだ。
「くそっ、放せ貴様ら!!」
「我々を誰だと思っている!」
他の者達は現実を受け入れようとしない。
か細い腕で椅子にしがみ付き、必死に抵抗を試みるが直ぐに締め上げられる。
「悪あがきは止すんだな、“元”―――」
「“元”元老院、っすよねぇ?ク・ソ・ジ・ジ・イ☆」
親衛隊長が言おうとした台詞を横取りし、本音をぶちまけてご満悦といった様子のストルトス。
「甘い汁は良いもんだ♪一度舐めれば忘れない♪でもでも心は忘れちゃう♪おしおき天国GOGOシェーラ!!ウノ・ドス、ウノ・ドス・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・!!」
「・・・さ、行きましょうか。“元”元老院の方々」
返す言葉も無い、老いぼれ達。
むしろストルトスの突拍子も無いふざけ加減に絶句気味である。
彼らもそれ以上抵抗する事を止め、親衛隊らに力なく連行されていった。
玉座の間を出る前、自分は心の中で彼女に賞賛の言葉を送った。
(お前こそ真の勝ち組だ、ガールード)
________________
数年に渡り、睨み合った宿敵はもう玉座の間に居ない。
清々しい気分のガールードに王女が話し掛けた。
「私の愚かな間違いで殺めてしまった者達は、今後貴女の言う通り、テロリストと呼ばずレジスタンスと改めます。元老院の陰謀に殺された、哀しい民達・・・」
「・・・王女様。昨日より言い忘れた事があり真に失礼ですが・・・今回の戦いで新入りが一人、亡くなりました」
「・・・・・・そうですか・・・・・・本当に、ごめんなさい・・・・・・・・・」
「貴女が謝る必要はありません、全て私の責任です。どうか彼女を安らかに眠らせて頂ければ、私はそれで構いません」
「・・・分かりました。彼女の墓は、王宮の庭の一角に設けておきます」
「ありがとうございます・・・」
この時、ガールードは度々思っていた。
もしこの男が居なかったら、今頃どうなっていたのだろう。
自分の事だから、貧民を手に掛けるのは不本意だとして訴えていたかも知れない。
元老院はそれを忠誠心が足りない等と悪態を突き、戦士団長の座を剥奪する処分を下していただろう。
今となってはそれが如何に恐ろしい事であるかをよく分かっている。
「ヒュウ。ブ・エーノだぜ、王女サマ♪」
それだけではない。
ストルトスから聞いたのだ。
家臣の中に紛れ、ダークマター族を滅ぼそうと暗躍する過激派の存在を。
彼らは一部の議員と密接な関係を保ち、実権を王女から取り上げて良からぬ企てを孕んでいたらしい。
ところが、途中でガールードの存在が邪魔になって来た。
排除すべき王女と親密な関係にあるためだ。
そこで今回の命令を下し、反感を誘ったところで一見正当な理由をつけ辞めさせるつもりだったようだが、あえなく失敗。
予想外のイレギュラー、ストルトスの登場により彼らの思惑が狂い出したのである。
後の展開は言うまでも無い。
「ところで王女様、もう一つ。今朝執り行うはずだった処刑は如何致しましょうか」
「隊長補佐らを代わりにします。彼の罪は大変許しがたいものです、打ち首にしようと異存はありませんね?」
「はい」
「・・・・・・・・・!!」
「それで、ストルトスの処分は・・・・・・?」
「撤回します。彼は自由の身ですが、色々と考えねばならない事もあります。王都からは出しません」
「うっへ」
驚くべき事に、ストルトスは罪を咎められなかった。
本当に王都で誰も殺していないのか否かが気になる所だが、やはり国の実態を暴いてくれたお陰などもあるのだろう。
彼はくだけた性格とは裏腹に、かなり優れた人物なのかも知れない。
「さーて、女の子の選別でもしちゃおっかなー♪」
最も、この言葉で前言撤回せざるを得ない事になったが。
________
午前の下層街。
人の気配は連行された元老院の面々と親衛隊以外、無きに等しい。
「うぐぁっ!!」
乱暴に突き飛ばされ、転ぶ“元”議員達。
「ざまあ見やがれ、ジジイ共」
「今まで俺らの事を小間使いみてぇにコキ使いやがって!」
「レジスタンスとテロリストは大違いなんだよ、おらぁっ!!」
「ぎゃああああああっっ!!痛い、痛い!!」
「よさんかぁ、無礼者ども!!」
「俺の家内に手ぇ出した恨み、一生忘れないからな」
「お前らの命令聞くぐらいだったら、ガールード戦士団長に仕えたほうがずっとマシさ!」
「黙れぇ!!その忌々しい名を口にするなぁ!!」
「ガールード家め、話が違うではないか・・・・・・!」
「これで貴族も家臣の連中もおしまいだな」
「まさに栄枯盛衰」
「散々暴利を貪った報いだ。精々お前らが搾取してきた貧民のように這いつくばってろ、バーカ!」
「はやいとこ、野垂れ死んでしまえ!!」
「ハッハッハッハッハ・・・・・・」
思い思いの本音を吐き、去っていく親衛隊の兵士達。
言いたい事を言ってすっきりしたのか、随分と爽やかな表情だった。
「おのれぇ、おのれガールード!!」
「更にあんな何所の馬の骨とも知れん、軟派な男にしてやられるとは・・・」
「安泰が約束されていたはずなのに、もう御終いだ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ただ一人、自分だけは其処から逃げ出した。
裏でダークマター族殲滅を唱える過激派の彼らには正直嫌気が差していた。
話のスケールが大き過ぎて、とてもでは無いがついて行けない。
自分は其処まで求めてはいないし、裕福な暮らしが出来ればそれだけで満足だ。
何も大規模に人の命を奪いたくは無い。
だが、この場から遠ざかった理由は他にもある。
何か不穏な空気を感じたからだ。
「ん?一人足りぬ気が・・・・・・」
「どうでも良いわ・・・・・・・・・まだ一人、“奴”が居る。上手い具合にガールードの奴を陥れてくれるだろう」
「おお・・・そうだったな」
「その隙に我等が復権し、国も我等のものに」
「そして憎きダークマター族へ制裁を!!」
「まずは“奴”に会いに行こう。ゲートの門番など知るか、顔を利かせて強引に―――ぎゃあっ!!」
物影で彼らの様子を見ていた時、一人が後頭部を強打されて石面の床に倒れた。
彼の背後に立っていたのは、檜の棒を持った貧民の男。
「うわっ!?」
「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃ!!!」
恐怖に怯える老いぼれ達。
周りを見れば、いつの間にか多数の貧民達に取り囲まれていた。
そのうちの一人、手にアメジストを握った乞食の男が一歩前へ踏み出し、呟いた。
「上層街だ・・・・・・」
群集も口々に呟き、追い詰める。
「貴族の仲間だ・・・・・・」
「俺達の敵・・・・・・」
「ま、待て!!我等はお前ら貧民の味方、元老院・・・・・・」
何とか彼らを宥めようとするが、逆効果だった。
「・・・元老院の奴らは、殺せぇッッ!!!」
一人の少年が叫んだのを皮切りに、人々が一斉に掴みかかる。
「うわああああああ!!?」
「放せ、下衆どもが!!」
「汚らわしい、寄るな!!触るな!!」
「汚いのはお前らの方だ!!今までよくも!!」
死に物狂いで逃げようとするが、体力の無い彼らにそんな力など残っていない。
自分はその凄惨な光景をただただ眺める事しか出来なかった。
そして汚い曇り空の下層街に響いた、断末魔の悲鳴。
「こんな、こんな筈ではああああああああああ・・・・・・・・・・・」
翌日、下層街中央の絞首台で数人ほどの老人の遺体が発見された。
いずれも身包みを全て剥がされた状態で、身体中に外傷の痕が生々しく残されていたという。
一兵士ではなく、民衆の意思によって断罪されたのである。
貧民達を散々虐げてきたのだから当然の報いと言うべきか。
本来は自分も罰を受けて然るべきなのだが、臆病者の己にはその覚悟が無かった。
せめて生きて償わせて欲しいと、心の何処かで悪あがきが働いたのかも知れない。
先程までは罪滅ぼしのつもりなど無いとつぶやいていたかも知れないが、本音を言えば本当にそうだ。
誰だってこんな事で死にたく無い。
生きている限り出来ることは無限に存在するのだから、無闇に命を奪わないで欲しかった。
最も、貧民を見殺しにしてきた自分が言えたことではないが。
この思想を若き頃に導き出す事が出来れば、己の人生は大きく変わっていた事だろう。
ガールードのような折れぬ信念が、自分にも欲しかった。
過激派に属する議員はこれで全員亡くなった。
しかし王宮には過激派に属する家臣達が、まだ何人も潜伏している。
議員が一人生き残っている事を彼らが知った日には、野望達成のために引き入れようと近づいてくるはずだ。
もう水面下の争いに関わるのは御免だ。
これ以上巻き添えになる事を恐れ、自分は王都を去った。
負け組は、敗者は、只去るのみ。