「逃げたと思わせといて正解だったぜ、ヒャ!」
シリカは両手を強く掴まれ、咄嗟に構えようとした武器は部屋の隅に投げ捨てられていた。
「揃いも揃って騙されてやんのぉ♪」
何本か纏まった金髪に、白いヘアバンド、黒いインナーの上に羽織った白衣。
そんなストーカー男の風貌は、とても一般人の服装には見えない。
「つか羽をどうにかすべきだったなー、狭いなー」
それどころか背中には、蝙蝠のような大きな翼。
違う。
自分が思い描いていたストーカー像と、あまりにも違いすぎる。
これが「ストーカー」か?
冗談だろう、化け物の間違いじゃないのか。
「ま、今のキミは俺の特殊な技喰らってぇ、身体マヒっちゃってるしぃ」
シリカの体は怪しげな技を腹部に一発打ち込まれており、思うように動かない。
逃げようとしても足に力が全く入らず、逃げる事は不可能。
「ほらぁ、俺とイチャイチャしようよぉぉ!!?」
「ひっ・・・!!」
乱暴にベッドの下から引きずり出され、無抵抗のまま毛布の上に押し倒された。
「忌々しい金髪のクソガキが消えて、やっと2人だけになれた・・・」
効き目が切れても逃げ出せないよう、上から圧し掛かられた。
髪を両手でくしゃくしゃに掻き回され、益々恐怖に震え上がる。
乱暴に貪られる中、何故か丁寧に解かれたバンダナ。
トレードマークだけあって大事にしているのだろう。
ふと、男の手に着けられた手袋に目をやる。
驚くべき事に、自分がいつも着けている手袋と全く同じ形。
靴も、自分のそれと同じ形状だった。
なるほど、自分のストーカーなのだからこれぐらい当然といったところか。
気持ちが悪い。
自分の全てが知られていそうで、怖い。
「この髪も、瞳も、そして血も、全部俺のもの・・・・・・」
血。
この背中の翼を見たときからある程度は確信していた。まさか。
「ああああ・・・・・この髪、綺麗で匂いも最高・・・あいつは今までこれをずっと独り占めしてたのかぁ・・・・・・!」
悲しげに呟くと、髪を掻き回す男の手の動きが更に乱暴になる。
「許せない、許せないぃぃ・・・・・・!!」
時には勢い余って髪の毛を思い切り引っ張ることさえあった。
「痛っ・・・・・・!」
男の情緒不安定ぶりを表す息遣いも、一層激しくなる。
彼女の恐怖を煽るには十分すぎる材料の充実。
「でも、もう誰にも渡さない」
にやりと不敵に笑った男の口から覗かせたのは、実に鋭く尖った数本の歯。
やはり。
シリカの予感は的中した。
こいつは、人の生き血を吸うヴァンパイアだ。
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「今日から俺の玩具だ、奴隷だ!ずっと、この、狂血院エミジ様に吸われ、永遠に愛され続けていればいいんだ・・・・・・!!」
男が、狂血院エミジの感情が高ぶる。
首元の肩当てを力任せに無理矢理引き裂くと、噛み付く準備をするかのように肩の辺りを這いずるようにねっとり舐め回す。
「や・・・・・・放して、この変態っ・・・・・・・・・!!」
憧れの対象を目の前に、精神が非常に安定していない様子だった。
突きつけられた拒絶の言葉に対し、激昂と哀しみの表情が浮かぶ。
「変態?変態だと!?俺の、俺のシリカはそんな事言わないッ!!!」
拒絶を拒絶で返し、錯乱したまま彼女の頬を引っ叩くエミジ。
仕舞いには衝動的に、首を力強く締め上げる。
「何で分かんないんだよぉ!あんなザコより俺の方が全てにおいて優れてんのに、なんで、なんで・・・・・・・!!」
お仕置き、とばかりに唇を奪ってしまおうとも考えたが、それはフェアなやり方ではない。
どうせならいっそ、憎きナックルジョーを完膚なきまで叩きのめし、目の前で彼女の望まぬ口づけを一方的に交わす。
そうやって強い精神的ダメージを与え、奴を二度と立ち直らせないようにする。
実に、完璧なプラン。
「ナックルジョーばっかり、あいつばっかり、あ、頭に来る、頭にクル、ヒヒヒ、ヒャーーーッハッハッハァ!!」
自ら完璧と自負する計画性が、彼女に悟られる事は無い。
狂ったように高笑いを上げ、狂気を発する。
よほど頭に来ているのか、既に気が触れているのか。
相手にはそういった様子にしか受け止められない。
だから誰にもエミジの心の内は分からない。
狂気の皮を被った、吸血鬼の心理など。
「お前がどう思っていようが何だっていいもん。今はこの感触をずっと味わっていたい、出来ることなら永遠にこうしていたい」
甘えるかのように、シリカの体を両腕で精一杯抱きしめる。
「髪から肌まで何でも好き。お前の何もかもが好き。俺はお前をこの宇宙で一番好き、好き!好き!!好き!!!!あんな奴よりも、せいぜい友達止まりでしかないあいつよりも!!!」
「私は、お前なんか大嫌いだ!!!今に見てろ、きっとジョーが助けに―――!!?」
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「んあ!?いま誰かの悲鳴が聞こえたぞい!!」
「へ?どこどこ?」
他人事の二人。
「もしかして・・・・・・罠!?」
「ぽよ!?」
罠だという事に気づいた二人。
「畜生!!俺らまんまとハメられちまったのか!!」
「シリカ・・・・・・・・・!!!」
彼女の身を案じる二人。
『侵入者だ!!持ち場についている者以外は全力で捜索にあたれ!』
ワドルドゥ隊長の館内アナウンスが城中に響く。ワドルディ達は不審者を突き止めようと慌てふためく。
群集の中をカービィ達、特にジョーは必死に掻き分けて進んでいく。
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「カービィ達はまだ来ていないか・・・」
ようやく、元の部屋の前にたどり着いた。
「頼む!無事でいてくれ!!」
最悪の事態はできれば想像したくねえ。
シリカの安否を確かめるべく、力強い蹴りで扉を蹴破る。
「!!」
なんてこった、畜生。
ジョーは眼前に広がる光景を前に、己の愚かさを恨んだ。
「遅かった~じゃなーいーのぉ~、ナッ・ク・ル・ジョー!!!!」
哀れにも彼女は、残酷で狂った吸血鬼の餌食となっていた。
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