首筋の生々しい噛み痕から滴る血。
ジョーに助けを求めるシリカの瞳は虚ろだった。
「来て・・・くれたんだ、ジョー・・・・・・助・・・け・・・・・・・・・て・・・」
声も擦れ、何を言っているのか聞き取れない。
流れる涙とその表情から、どれほどの恐怖を味わったのか想像に難くない。
「てめぇが腐れストーカー野郎か・・・」
予想と全く違うその姿をまじまじと見つめ、吐き捨てる。
「まさかドラキュラとは予想だにしなかったけどな!!」
「ドラキュラぁ!?何て響きの悪いこと!せめて『ヴァンパイア』って言ってくれなきゃっ☆」
口調や言葉の調子がまるっきり安定していない。
物凄く頭に来る喋り方だ。
なるほど、頭の中まで腐っているってか。
「じゃあヴァンパイアのストーカー!!俺の友達に手を出したことを後悔させてやる!!!」
「え!?聞こえなーい♪」
こいつは本気ふざけてんのか。
馬鹿真面目に会話するだけで腸が煮えくり返りそうだ。
「俺の友達に手を出した奴はぶっ飛ばすって言ったんだよ!!」
「は!?『友達』!?」
「友達」という単語を聞き、過剰な反応を見せるエミジ。
「ヒャハ!やっぱ、お前はその程度の男だったんだな!!」
冷めた目でジョーを見下す。
その程度、とはどういう事なのか。
言葉の真意を問いただそうとした時―――
「ぐあっ!?」
顔面に一発、ぶち込まれた。
スマッシュパンチだ。
しかし、受けた感覚が何か違う。
「お前に答える義務なんてありませ~ん♪そうやってお前はな、いつまでもお友達ごっこしてりゃいいんだよ!!」
間髪いれず、もう一発喰らわされる。
同じ技なのに拭えない違和感。
だが、それ以上に狂気を孕んだ言葉の重圧に押しつぶされそうになる。
「ギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!」
向こうは完全にやる気だ。
「くそっ、なめんなぁっ!!!」
エミジは攻撃行動を取るために、シリカを手放す。
チャンスだ。
勢いをつけて掴みかかり、エミジもろとも部屋の窓を突き破って中庭へ落下する。
「おおっ!?」
さすがに少し驚いたらしい。
それでもすぐにあの悪意に満ちた笑みを取り戻す。
「いいねぇ、やり甲斐あるねぇ!!ますますお前の心、踏みにじりたくなったぜ!!!」
邪魔者を振りほどくと、自慢の翼を誇らしげに広げ、宙を舞う。
「何だと!!」
ジョーも何とか無事に着地し、次の攻撃に備え体勢を整える。
「誰よりもシリカが好きな俺にとって、お前は邪魔なの!!消えて♪消えて♪♪消えて♪♪♪消えろおぉっ!!!!」
エミジがいきり立った直後、無数の気弾が放たれジョーを狙う。
全力で走ってこれを避けたが、ある気持ちだけはどうしても消えない。
「やっぱり変だ・・・・・・!!」
さっきのスマッシュパンチといい、今のバルカンジャブといい、おかしい。
喰らった感覚は俺の技と何ら変わらないように思えたが、違和感が拭えない。
よく思い出せ。
俺が最初に喰らった技はどんな構えから撃ち出されたんだ。
「何ぼけっとしてんのかなぁ!!かなぁっ!!!」
再び大きな気弾が飛来する。
今度はジョーの頬をかすめた程度で済んだが、よほど力を込めたのか着弾直後に大きな爆風が巻き起こった。
これだ。
両腕で構えを取って、クロスさせるように―――
「何だと!?」
クロス?
両腕?
あいつは普通にスマッシュパンチを撃ってないのか?
片腕だけでなく、両腕で撃つことによって破壊力を単純に高めているのか?
滅茶苦茶だ。
「二ついっぺんに撃てば威力も二倍」なんて理屈が実戦で通じるはずが無い。
だが、スマッシュパンチの違和感だけは分かった。
単純に「2発分のダメージを食らった」だけの話。
そうなればさっきのバルカンジャブも説明がつく。
「よく見たらあいつ、片腕だけで撃ってやがる!」
エミジなりのアレンジか、連射力を犠牲にした分だけ精一杯の力を込め、一発の破壊力を上げている。
馬鹿なやつだ。
バルカンジャブは数秒間の連射力が命だというのに。
いや、待て。
「それ以前にどうして、あいつは俺の技が使えるんだ?」
只のいかれたヴァンパイアなのに、どうして血を吸う以外に別の能力が―――
「よそ見しちゃ、やーよ♪」
目の前に突然現れ、右腕を伸ばしてラリアットをぶちかます。
直に顔面に喰らい、吹き飛ばされた。
これ以上、考える暇は無かった。
空を自在に飛べるエミジは自分以上に自由な立ち回りを魅せ、次から次へと様々な技を繰り出す。
だが、どれもこれもが自分の持っている技を独自にアレンジしたものばかりだった。
何なんだ、こいつは。
気味が悪い。
いや、今はこの下卑た吸血鬼に鉄拳を喰らわせる事に集中すべきだ。
余計な詮索をするぐらいなら、シリカを汚された事に対する怒りをぶつけるべきだろう。
絶対に、許してはならない。
「俺の真似をすんなぁ!!スマッシュパンチ!!!」
本家たるスマッシュパンチを、エミジの顔面に直撃させた。
「どうだ、これが本当のスマッシュパンチだ!!」
「真似するな?それはこっちの台詞だと言いたいね!!」
邪悪な笑みが視界に入る。
効いてない。
クリーンヒットにも関わらず、エミジは何食わぬ顔で直立不動を貫いていた。
「この世にファイター族はお前一人だけじゃないってのは当たり前だろ?つまりそういう事だ!!」
エミジが自分に似た技を使う理由。
それは思いのほか至極単純。
断固として認めたくは無かったが、彼もまた同族。
「お前も同じ種族なのか!?でもどうして―――」
それでも、ヴァンパイア化した現在に至る経緯が読めない。
「ほら、はぐれ者の魔獣ハンターなら知ってるっしょ?吸血魔獣バブットの王様『バブットキング』のコト」
バブットキング。
今や一流の魔獣ハンターたるナックルジョーの知らない名前ではなかった。
ホーリーナイトメア社の誇る最強魔獣の一体。
人の生き血を吸うバブット達を従える「貪欲王」。
一夜にして1つの街を滅ぼす事など、彼にとって朝飯前も同然。
敵対者には精神を狂わせる超音波を浴びせ、仲間割れしている間に片端から集団で襲い掛かり一滴残らず吸い尽くす。
たった一体で銀河戦士団の一個師団を全滅させた最強魔獣マッシャーに並んで、忌み嫌われる存在だった。
しかし、数百年前から行方が知れなくなった。
目撃情報も皆無。
以来、魔獣ハンター協会はこの魔獣に1000万、プププランドで言えば「100億デデン」の賞金をかけた。
この達しを聞いた全宇宙の魔獣ハンターは血眼になって探し回るようになった。
ナックルジョーも暇さえあれば、バブットキングの行方を追っていた。
中には全く見つけられない自分の未熟さに落胆し、ハンターを引退した者もいる。
可哀想な話だ。
あまりにも見つからない時期が長すぎて、ハンター達の間では様々な憶測が飛び交った。
一つは、バブットキングが寿命を迎えたという説。
しかし彼は、生き血を喰らって生き永らえる魔獣。
いわば不老不死に近い。
貪欲王に寿命の概念は無きに等しい。
もう一つは太陽の光を浴びて消滅したという説。
これもすぐさま否定された。
バブットキングの体は4時間ぐらいなら日光の下に曝されても平気だ。
大体4時間も猶予があれば、その間にどこかの日陰にでも避難しているだろう。
それでもこの仮説が支持されている理由の一つに、本当に死骸がどこにも見当たらない事実が背景にある。
キングと言えども所詮蝙蝠のバブット。
死ぬときは死ぬし、太陽光に曝されれば黒い塵になって消滅する。
結局、バブットキングについての有力な手がかりが見つからないまま、今日に至る。
ナイトメア社の脅威が取り除かれた現代においても、重役達はキングの首が協会に差し出される日を待ち侘びる。
「・・・・・・ていう説明が聞きたかったんだろ?コウモリ野郎」
「いえ~す!!でもその話には、知られざる結末があったのさ」
「知られざる?」
不本意にも興味を抱き、エミジの話に聞き入った。
その口から明かされたのは、ハンター達の努力を踏みにじる衝撃的な事実。
「バブットキングは当のとっくに、このエミジ様によって倒されたんだよ!!」
「!!!!」
何だと。
今コイツ、何て言いやがった。
かの貪欲王、バブットキングを倒した?
そんな馬鹿な。
今まで幾多ものハンターが奴の前に散ったと聞かされた。
マッシャーに並んで難攻不落の魔獣と言われた、奴を?
天地がひっくり返っても、あり得ない。
「ヒャヒャヒャヒャ!!シンジラレナーイ、って顔すんなよ」
エミジは翼を大きく広げ、自慢の鋭く尖った歯を見せびらかす。
「だって今の俺そのものが証拠なんだからな!!」
歯の形状はヴァンパイアと呼ぶに相応しく、いとも簡単に肌を貫けそうな鋭い印象がある。
「まさか・・・・・・キングを喰らったのか!?」
宇宙は広い。
数ある実力者の中には魔獣の肉を喰らうことで、その魔獣の能力を身につける者も存在する。
エミジはその類の男なのだろうと思っていたが、事実は更に教学的なものだった。
「残念だけど、その逆。精神汚染?マインドコントロール?んなもの俺の頭に効くかっつーの!!
うざいからボコボコに叩きのめして、日光の下に曝して苦しむ姿を見てやろうとでも思ったら、最後の最後で俺に噛み付いてきやがった!」
白衣を肩口まで脱ぎ、噛み痕をジョーに分かりやすいように見せた。
「あっはん☆」
余計な色気まで加味して。
「ほーら、これがそん時の。見えるぅ?」
「ああ、吐き気がするぐらいな」
杭で穿たれたような大き目の痣。
同じ体格の吸血鬼が存在したとしても、ここまで大きな牙を持つ者はそうそう居たものではない。
「奴は光に焼かれ消えた。かろうじて死なずに済んだけど、その際にバブットキングの能力が俺に引き継がれた。
何の因果か知らないけど!それからの俺の人生は更なる飛躍を遂げたね!
鼻につく生意気な女に襲い掛かり、血を喰らって服従させる!
これほど俺の欲求を満たせる快楽は今まで存在しなかった!
力を手に入れる前でも、心の汚い女は山ほど「お仕置き」してきたけどな!
そうやって本能のままに様々な悪事をやってのけた!
もちろん合法的に済ませたいから、社会の掃き溜めみてーな悪人相手に大暴れ!!
いつしか俺は世紀の大悪党などともてはやされ、最終的に警察の連盟みたいな?所の偉い奴がコレくれた」
白衣のポケットから一枚のカードを取り出す。
禍々しい紫が特徴の気色悪い配色。
「それは・・・何だ?」
「『ダークライセンス』。これを授けられた奴はな、どんなに悪いことをしても罪に問われないんだ!そう、他人の女を横取りしても・・・」
舌を出し、品の無いにやけた顔を見せる。
「よって、俺は罪に問われましぇーん!誰も俺とシリカの愛の逃避行は邪魔できないのさっ!!」
「それで、こんな大それた事を!!」
「いいじゃん。どーせっさっ、お前はあの娘と本格的に付き合う気なんて無いんだろ!?」
エミジの右手に光が蓄積する。
必殺技、ライジンブレイクの前触れ。
「この鈍感クソガキィッッ!!!!」
眩く光る拳を構え、突進。
自分で言うのも何だが、ライジンブレイクは普通の格闘技におけるアッパーの発展系でしかない。
だからこんな技、よほど無防備でなければ簡単によけられるはずだった。
「うわああああああっ!!?」
エミジは違った。
ライジンブレイクと見せかけ、先に左手でジョーの胸倉を掴みあげた。
ジョーが一番驚いたのは、そこから直にライジンブレイクへ持ち込んだ事。
掴んだ後は投げ技、というジョーの既成概念を根底から覆すには十分だった。
体は宙を大きく舞い、近くの噴水に着水。
「俺さあ、お前を見てるとムカついてくるんだよね!!何?友達以上恋人未満ってか?俺はそういう中途半端な関係が嫌いなんだよ!特にシリカと付き合ってるお前が!!」
「・・・・・・なんだと!!」
「いつになったらキスすんのー?いつになったら結婚すんのー?俺が見る限りじゃ、そんな兆し全然見えませーん。こんなの、俺とシリカにとって時間のむーだー、むーだー!!!」
今度は青い光が右手に集中。
さすがの戦闘経験深きジョーでも、この系統の技は見たことが無い。
「そろそろ俺のシリカともう一度イチャイチャしたいからさぁ、お持ち帰りしたいからさぁ、お前はそこで水遊びでもしてなっ!!」
拳を固め、地面に叩きつけた。
「スイジンフィストォッ!!!」
直後、青白い光が一閃。
ジョーが浸かっている噴水の水が一気に打ち上げられ、巨大な水柱と化す。
「な、なんだコレは!?」
「お前の知らない未知の技さ!!」
今度はライジンブレイクの稲妻の光を溜め込み、スイジンフィストと同じ要領で再び地面へ。
四方に電撃が走り、水柱に打ち上げられ続けるジョーに感電。
「わあああああああああああっ!!?」
身動きがとれず、成す術も無く電撃を浴びるジョー。
エミジは恍惚の表情で、地上から鑑賞。
どこまでも趣味の悪い男だった。
「イヒッヒ!!いい声で泣くじゃん♪お前が女だったら、シリカと一緒に貪り尽していたのに!!!」
エミジの目がギラついている。
冗談に見えて、実は本気だったらしい。
言われた当人は痛みよりも、言い知れぬ悪寒に苦しんでいた。
「じゃ、シリカは頂いていきますね~♪」
翼を羽ばたかせ、さっきの部屋へ向かおうとする。
途中、振り向きざまに人差し指を突き立て、叫ぶ。
「シリカは俺の嫁!!!!」
ジョーを蔑む様な白い目で一瞥し、その場を去る。
「くそっ・・・・・・!!!早くシリカを助けに行きたいけど、この水柱をどうにかしねぇと降りられない!!」
「ジョー!!そんな所で何やってんだよ!?」
「その声は、ブン!!」
入れ替わりにフーム、ブンが駆けつけた。
「何やってんだはこっちの台詞だ!ストーカー野郎が今シリカの所へ向かっていったのに!!」
身動きが取れないと分かりつつも、二人の下へ降りようと必死にもがく。
「大丈夫、彼女には今カービィがついているわ!」
「ストーカーぐらいなら何てことねぇよ!!」
カービィが?
それならば、少しは安心できるだろう。
ただ。
「あいつは、本当に強い・・・・・・!!」
魔獣並の化け物じみた強さのヴァンパイアに、新世代の星の戦士が太刀打ちできるのだろうか。
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