第1幕

 

 

 
 
ガルクシア。
かつては辺境の軍人、後にホーリーナイトメア社の社員、そして現在は秘密結社BBB幹部という数奇な人生を辿ってきた、ダークマターの男。
誰よりも女性を嫌い、“メスブタ”と罵り蔑む女性差別主義者、サディスト。
それは自身の趣向にも顕著に現れており、軍役時代は気に食わない女性を手玉に取って弄び、金品を貢がせた上で“調教”し、捨てる事を繰り返していた。
 
 
 
そもそも彼の性格をここまで歪めた原因の一つは、彼の幼少期にあった。
幼きガルクシアは平凡な家庭に生まれ、父と母と、2つ年下の妹との4人で暮らしていた。
家族との間には何の抉れも無く、全てが良好。
将来の夢を叶えるため、いつも全力で学業に取り組む熱心な少年だった。
 
 
 
ある日、母親が突然思い病気を患う。
一ヶ月の闘病生活の後に帰らぬ人となった。
短命種で言う4歳の誕生日を、ガルクシアが迎える前日の事だった。
 
 
 
 
母親の死から6年後、父親は別の女性と再婚。
我が子らが抱える寂しさの空白を埋めるため、良かれと思ってやったのだと父は後に語る。
後に判明したことだが、彼女が根っからの悪女だとは誰も知るよしも無かった。
 
 
 
父親は彼女に言われるがまま高級品を貢ぐようになり、生活は次第に破綻。
当の彼女も母親らしい事など一切せず、逆に自分ら子供たちへ虐待を繰り返した。
特に最も狙われていたのが妹で、まるでストレス発散の道具としか見なしていなかった。
 
彼女が家に居る時はガルクシアたちにとって地獄の時間。
顔色を伺って行動しなければ直ぐにでも平手が飛ぶ。
それでも事あるごとに理不尽な理由を付けられ、「しつけ」の名目で暴力を振るわれる。
父親に事が露見しないよう、厳重に口止めされた上で。
 
子供ではなく、薄汚くて臭いゴミを見るような目。
愛情も何も無い、暴力と罵詈雑言の数々。
例え逆鱗に触れていなかろうと、彼女から送られる視線は苦痛そのものだった。
 
 
 
用意周到な証拠隠滅もあってか、父親は彼女に一点の疑いようを持たなかった。
ガルクシア18歳の誕生日、彼女が莫大な借金を押し付け、蒸発するまでは。
 
 
 
その日を境に父親は豹変。
毎日酒浸りの生活が続き、ただでさえ貧しい暮らしに追い討ちをかけた。
父親もまた酔っ払っては子供たちに暴力を振るう。
 
しかし、彼女の“それ”とは根本的に違った。
明確な悪意ではなく、生きる希望を無くした事による自暴自棄。
だからこそ、ガルクシアは父親を見損なっても、報復するという考えにまで至らなかった。
憎しみをもってやり返すには、父親としてあまりにも哀れで、悲惨な末路だったから。
 
 
 
やがて父親は重度のアルコール中毒で入院。
あまりにも容態が酷すぎるため、もはや通常生活への復帰は困難と宣告された。
兄妹は路頭に立たされ、事実上の一家離散となった。
 
 
 
既に18歳を迎えたガルクシアは国の定めた法律に従い、大統領直属防衛軍へ入隊。
元々父親が軍役時代に重役を勤めていたこともあり、上層部からは手厚くもてなされ、同じ新人たちの間では人気者となった。
絶望と苦痛の時期を過ごした経験のあるガルクシアにとって、入隊当初の厳しい訓練などぬるま湯に等しい。
以降の躍進は凄まじく、軍部では最年少のうちに大佐まで上り詰めた。
やがて手に入れた「魔獣調教師」という資格。
友人関係も任務も良好、何不自由の無い充実した人生。
 
 
 
一方の妹の人生は悲惨だった。
当時はまだ男女差別の意識が根強い傾向もあり、思うように希望通りの職を見つけることは叶わない。
そこへ現れたのが、またしても父親の再婚相手だったあの女。
彼女は妹にある儲け話を持ちかけ、それで父親の入院費と治療費を稼ぐことを勧めたのだ。
話の内容を聞いた妹は躊躇い、兄へ相談することも考えた。
女性として、自ら尊厳を捨てるような商売。
売春。
 
 
 
妹は確かに金を稼ぐことは出来た。
だが、自分の肉体が隅々まで汚されていく事に生理的嫌悪を覚え、安易にこの家業に手を出した己の浅はかさを恨んだ。
そして、妹は自ら命を絶った。
自分の選択に後悔しながら。
最後まで、兄に事情を話すことも無く。
 
 
 
ガルクシアの精神的ショックは多大なものだった。
後に調査した結果、妹が彼女に預けた金は全て豪遊に使われ、一銭も残らなかったという。
畳み掛けるように耳へと入った、父の悲報。
 
 
 
ガルクシアもまた豹変した。
 
 
父と妹がこんな目に遭ったのも、全てはあの女のせいだ。
俺の父を金づる、俺たちをサンドバッグとしか見なさない悪女。
 
そうだ、もう女など信用できない。
 
女など自分の事しか考えないエゴの塊で、男を愚かな生き物と見下す。
 
 
 
上等だ。
貴様らなど女ではない、ただの汚れたメスブタだ。
金のために弄ばれるぐらいなら、こっちから弄んでやる。
 
そして二度と同じ悲劇が起きぬよう、この俺が徹底的に“調教”してやる。
 
 
 
 
図らずも、ガルクシアに裏の顔が生まれた瞬間であった。
 
 
素性を隠し、身分を偽装しては女性に声を掛け、金目のものを貢がせては失踪。
いわゆる「ヒモ男」の手口を繰り返した。
あまりにも鼻につく女性であれば、付き合ってある程度経ったところで相手の本性を探る。
言葉巧みに引きずり出したところで彼もまた本性を現し、恐怖と男性の尊厳を完全に刻み込むまで徹底的に“調教”。
時には相手が開き直り逆上することもあったが、実力行使で半殺しに処した。
被害に遭った女性の数は計り知れない。
 
 
 
彼が反省する事は無かったが、この行いも長くは続かなかった。
ある日見つけた女性が父親の再婚相手だったことから、感極まり街中でサーベルを振るい切り付けた。
直ぐには殺さず、耳元で罵倒を浴びせ続け、今まで味わった苦痛と絶望をぶつけ、いたぶり殺したのだ。
 
 
この一件が原因でガルクシアは失墜。
上から責任を取らされ、辺境の地への異動を命ぜられた。
 
 
 
 
 
 
自分を含め、僅か5人程度が配属された小規模の基地。
彼らは言われ無き理由で地方へ飛ばされた者ばかり。
この基地も、役割や大きさとしてはむしろ、駐在所と言った方が適切だった。
罪人を放り込んでおく独房も、よりによって基地から遠く離れていた。
おまけにこの基地、便所が臭い。
夜も悪臭に悩まされることが少なくなかった。
 
 
 
 
ただただ広大な大自然が広がる、人口の少ない過疎地域、高齢社会。
言い方を変えれば田舎。
以前より、女と軍部の腐り加減に疲れ果てていた彼には別荘住まいのようなものだった。
 
「俺は悪くないし、不自由の無い生活を送れるだけでも感謝するべきだ」と、彼は己の心に言い聞かせた。
ここでも彼は他の軍人と意気投合。
村人たちの温厚で親切な人柄にも恵まれ、彼らと新たな関係も築いた。
 
 
 
 
 
 
ガルクシアの人生に2度目の転機が訪れたのは、異動から3ヶ月後の事。
 
 
 
 
 

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