村の上空を謎の流星が通過、山奥へ落下した。
数時間後、野菜畑の近くに魔獣が出没したとの知らせを受け、ガルクシアは渋々現場へ急行。
恐らくは流星の中から現れた、未知の生物。
現場で見たのは、如何にも凶暴な風貌の魔獣が暴れている所だった。
村の年寄りだけではとても太刀打ち出来ないとの事で、数少ない調教師たる自分が呼ばれた訳だ。
元より腕に自信があった事から、意気揚々と魔獣に立ち向かう。
何時もののように容易く捻じ伏せ、村人たちの歓声を浴びるはずだった。
どこからともなく魔獣に切りかかった、麗しい女戦士の登場が無ければ。
何が起きたか分からぬうちに激しい戦いが繰り広げられる。
そこへ他の同僚や、ガルクシアが入り込む余地は無い。
魔獣は数秒もしないうちに、あっさり切り伏せられてしまったのだから。
村人たちが女戦士の勇姿を称えたのも束の間。
自分はこの星の外からやって来た、銀河戦士団所属の戦士だと名乗った途端、周囲の顔色が一変した。
銀河戦士団。
平和をこよなく愛する勇士によって結成された正義の集団。
宇宙規模で活動を展開し、保たれるべき秩序を守らんとする組織。
しかし、銀河戦士団という単語に示す反応は皆薄かった。
否、誰も「知らない」のだ。
不幸にもこの星は宇宙へ飛び出せるほどの科学技術まで達しておらず、行けて衛星の月がせいぜい。
そんな惑星の住民が他惑星の住人、増してや銀河戦士団という組織の存在など知る由も無い
同僚のヴェルモンドやアスパラードは口を揃えて「ほら吹き」「頭のおかしい女」と馬鹿にした。
彼らは称えられるはずの彼女を「不法入国罪」の名目で捕らえ、名前を名乗る暇も与えず牢屋へ放り込んだ。
取調べなど一切行われなかった。
惑星外の知識が皆無である以上、彼女の証言を信じなかったのは当然と言うべきか。
ただ、ガルクシアの見る目は違った。
今まで蔑んできた女たちとは明らかに異なる、恐らく彼女らには無かったであろう“何か”。
ザードには「馬鹿が移るぞ」とからかわれたが、気になる思いを胸に仕舞い込み、取調べの名目で彼女のもとを訪れた。
「・・・・・・おい、まだ起きているのか?」
真夜中、牢屋の柵越しに話しかける。
背を向けたまま横になっており、反応は無い。
「・・・俺は訳あって女は嫌いだ。しかし、お前の言葉はどうにも引っかかる節がある」
言葉を更に紡ぐ。
「お前の言っている事が本当なら、今この星がどのような状況に置かれているか、言ってみろ」
「ナイトメア」
「?」
唐突に女戦士が口を開いた。
「石の賢者カブー、銀卓の騎士」
聞き覚えの無い言葉が次々と流される。
「フォトロン族、ダークマター族、ギャラクシア、大彗星ノヴァ、銀河大戦、光闇戦争、悪夢の逆鱗」
「待て、何の事だ?」
フォトロン族。
ダークマター族。
銀河大戦。
どれも馴染みの無い言葉。
「・・・この中で、貴方が知っている言葉は?」
「無い」
「そう、期待した私が馬鹿だったわ」
「何だと!!!」
無知は恥だと言わんばかりに鼻で軽く笑われ、怒りを隠せないガルクシア。
「さすがに魔獣ぐらいは知っている!!凶暴な野生動物の事だろう?」
「やはりね。根本的なことは何一つ知らない」
「何!?貴様、さっきから鼻につく事ばかり言うな・・・・・・?」
「違うわ。知らないほうがこの星の住民としては当たり前の事」
「だったら何故笑った!!」
「いえ、やはり貴方たちには何も知らされてなかったんだと思って」
「・・・・・・・・・・・・?」
女戦士はようやく起き上がり、しかし厳しい表情でガルクシアと面を向かい、話を続けた。
「そもそも貴方が所属する軍は既に一度、私たち銀河戦士団がコンタクトを試みた」
「なっ?!」
「結果は、交渉決裂。彼らは異星人が国の土を踏む事すら拒んだ」
「・・・・・・何故、軍は俺たちに何も?」
「とある方法により、私たちは政府の暗部を全て知っていた。銀河戦士団は強制執行でそれらの情報を公開する権限がある」
如何な手段を以って情報を集めたのか。
そう質問しようとしたとき、彼女の目を見て理解した。
この女はどれだけ壮絶な拷問にかけようと、梃子でも動かない意志を持っている。
不必要に痛めつけるだけ無駄というもの。
「・・・そうか、都合の悪いことばかり知っているから・・・・・・」
「如何にも。もし全てが暴露されれば、彼らの権威は地に落ちる。それを防ぐため、必死で隠し通そうとしている」
翌日。
ガルクシアは女戦士の言葉の真偽を確かめるべく、元いた都会のかつての盟友へ調査を依頼。
辺境の土地から都会までは情報の伝達が異常に遅く、調査にかかる日数を考えれば最低1ヶ月はかかるだろうと見込んだ。
その間、毎晩のように牢屋へ赴いては、女戦士と様々な会話を繰り広げていた。
話の中身は他愛の無い世間話から、現在この宇宙が置かれている危機的状況まで。
決して親密では無いが、互いに持ちうる情報を交換していくうちに会話は自然と弾みをつける。
とりわけ彼女の、ナイトメア関連の話については全く無視できなかった。
「銀河大戦はナイトメアが宇宙を我が物にせんと仕掛けた戦争。今でこそ範囲は小さいけど、敵の戦力的規模は不明。いつ戦火が拡大するかも分からない」
宇宙の星々を巻き込む大戦争を仕掛けた、悪夢の魔術師。
何とその男は軍部のみならず、大統領とも繋がりがあった。
ナイトメアは彼らの味方を装い、極秘裏に魔獣を提供。
今回のような野良魔獣も、本来は軍に飼われていたものが脱走したとの事。
政府と軍は魔獣の高い戦闘能力を利用し、他国へ攻め入る計画を密かに進めていた。
最終目標は、全ての国を一つに纏め上げる一大国家を築く事。
しかし、魔獣提供は始めからナイトメアの罠に過ぎず、頃合を見計らった所で魔獣たちに反乱を起こさせ、内側から崩壊させるのが真の狙い。
後は国が手に入れた領土もろとも横取り、まんまと手中に収める寸法。
「・・・・・・・・・スケールが大き過ぎる、ついていけない」
にわかに信じがたい話であったが、嫌に満ち溢れた抽象的な信憑性に些細な恐怖を抱いた。
と言うのも彼女、この国の歴史や風土まで知り尽くしていたからだ。
中には驚くべき事実も含まれていた。
「馬鹿な!ジェネレウス暦1420年に起きたクーデターは民間人の発起がきっかけのはず・・・」
「いいえ、正確には他所の国が乗っ取りを企み、国民を言葉巧みに扇動した。後にその国と新政権は同盟を結んだけど、実質的に支配されたも同然。これが真実」
高校時代、歴史学に熱心だった彼も思わず興味を引かれてしまう、歴史のダークサイド。
ガルクシアの脳には未知の領域に関する知識が少しずつ蓄積されていった。
「そう言えば、フォトロン族とは?ダークマター族とは何なんだ?」
「定義ではフォトロンは光の種族、ダークマターは闇の種族などと言われてるけど本質的な所は同じ。元は実体の無い、精霊のようなもの」
「・・・実体の無い・・・・・・」
「私も実はフォトロン族だけど、現代では大半が完全な人の姿をとっている。肉体も、ヒューマノイドと何ら変わりない」
「ダークマター族もか?」
彼の問いに、こくりと頷く。
「後者に限っては見分ける方法がある。貴方が今まで見た夢の中で、奇妙なものは?」
「・・・たまに、変な夢を見る」
「沢山の黒い雲が一つの塊に寄せ集まり、永い時をかけて巨大な惑星に姿を変える。そんな可笑しくて、どこか哀しい夢を」
「・・・・・・なるほど。貴方、ダークマター族ね」
「なっ!何を根拠に!?」
「貴方の見た夢はダークマター族の歴史の一部。実体無き頃の彼らは体そのものに知識と記憶を刻み込んだ」
「体・・・そのもの・・・・・・・・・?では何だ、そいつらの子孫全てに同じ記憶が眠っていると?」
「その通り。信じがたいでしょうけど、既に宇宙の学会ではこの事実が認められている。つまり・・・」
「・・・・・・俺もダークマター族なのか」
素直に喜んで良い事なのか、彼には分からなかった。
聞けば太古の昔、ダークマター族はフォトロン族に虐げられる屈辱の歴史を歩んできたと言う。
その差別意識は、現在も変わっていない。
「でも安心して。私はその中では少数派、貴方の事を悪く思っていない」
「黙れ。・・・俺はあくまでお前の事など信用しないからな」
1ヵ月後。
彼女の自分へ対する態度が日ごとに少しずつ変化していた。
相変わらず愛想の無い表情ではあるが。
「私の顔に何かついてる?」
「いや、普通だ。・・・・・・と言うより、人の顔をじろじろ見るな!」
まじまじと顔を見つめられていた事に気づき、慌ててそっぽを向くガルクシア。
「変な人」
「うるさい!!」
自分とした事が、この様は何だ。
心から女性を蔑んでいた彼にとって恥であった。
我ながら捻くれたこの性格を考えると、とても自分に気があるとは思えない。
全ては気のせいだろうと、特に意識する事も無かった。
2ヵ月後、同僚から女戦士と毎晩話を交わしていることを茶化された。
周囲には女嫌いと話していただけに格好の話題。
特に悪乗りしたのが”下ネタリスト”のアダ名を持つメルードで、落とすつもりが無いなら先に孕ませてやろうか、と悪い冗談を言ってしまったために、ガルクシアに大人の対応で一蹴された。
「何が孕ませたいだ、このド腐れ軍人!破廉恥!!恥知らず!!!部長権限、書き取り1000枚!!!!」
以後、彼と彼女を悪く言う者はいなかった。
勿論、メルードも。
「聞いたわよ。貴方の同僚、私を犯すなんて馬鹿な冗談を言ったんですって?」
「言っておくが、俺じゃないからな!」
「分かっているわ。最も、襲われたところで返り討ちにするけど」
「ふん、生意気な女だ・・・・・・」
「お互い様」
「違う!」
ムキになって否定すると、彼女はクスっと笑った。
監禁されて以来、初めて見せた笑顔。
「・・・・・・馬鹿にしやがって!もう帰る!!」
「おやすみなさい」
おやすみなさい。
これも今までの中で、彼女に初めて言われた言葉。
自分のことをどのような目で見ているのか、理解しがたい。
それにしても一体、どのようにして情報を仕入れたのか。
まあ、今回の場合は村に噂好きの主婦など何人でも居る。
誰が彼女に言いふらしたのかは皆目見当がついたつもりでいた。
床に就いたとき、ガルクシアも彼女への自分の態度に違和感を覚えた。
同じ女性であるはずなのに、怒りや不信感が全く込み上げて来ない。
むしろ逆。
不思議な事に、彼女と話すだけで僅かながら心が安らぐ気がした。
そして彼女を想った時、微かに思い浮かんだ言葉。
好意。
「そんなはず有るまい、本当にただの気のせいだ」と言い聞かせ、振り切ったが。
3ヵ月後。
この日も相変わらず、何気ない会話を交わす。
「ところでお前は処女か?」
「・・・デリカシーの無い男ね。嫌われるわよ」
「気になるから質問しただけだが、何か?」
「・・・未婚」
「・・・職業上、相手取る敵は魔獣だけでは無かろう?敵に捕まって辱めを受けた事も、少なからずあるんじゃないのか?」
「・・・・・・無いと言えば嘘になる。でも一線は越えさせない。その前に殴り飛ばすから」
「・・・恐ろしい女だ」
「貴方もね」
一瞬ドキリと驚いたが、ただの偶然だと自己解決する。
自分の忌々しい過去をこの女が知るはずも無い。
でなけれな、こうも会話が弾む事も無い。
友人から返事が来る様子もなく、半年が経過。
この頃には既に同僚とも親しくなっており、たまに村へ出ることが許されてから事実上の半軟禁状態に軟化。
すっかり周囲とも打ち解けていたが、どうにも自分への態度だけは妙に違和感が拭えない。
確かに初対面時と比べれば微妙に親密な方ではあるが、何故か納得がいかない。
「なぁ、ガルクシア。何時になったらお前のお友達から手紙届くんだよ?」
「俺も気になって仕方が無い。いかんせん中身が重大なだけに、返信が来るか不安だ」
「へーぇ、何の話?」
「お前たちには関係ない、メルード」
「あれだな。さしずめSMプレイのAVだr」
鉄拳制裁。
一握りの拳が一瞬、メルードを宙に舞わせる。
「うひゃあ・・・・・・」
「えっ?違った!?じゃあもっとハードn」
「いい加減そっちから離れろぉ!!」
メルード、診療所送り。
全治1週間。
「いつもお勤めご苦労さん。そんああんたに手紙が来てるよ」
「本当か!?」
更に2ヶ月が経過したある日、遂に友人からの手紙が届いた。
その内容は、実に衝撃的なものだった。
軍部・政治の腐敗。
ナイトメアという男の素性。
政府主導の、魔獣による世界征服計画。
世界規模の一大国家建国の陰謀。
最後に綴られた、別れの言葉。
「残念だが、私は知るところまで知ってしまったようだ。この手紙が君へ届く頃には、もうこの世に居ないだろう」
親愛なるガルクシア元大佐へ
国家組織の腐敗。
魔獣。
そして、ナイトメア。
何もかも、彼女の話と見事に一致した。
「・・・・・・何も知らなかったのは、俺の方だった・・・・・・!!!」
生まれて初めて、己の敗北を認めた瞬間。
そして、友の死を知った日。
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