第3幕

 

 

 

 

 

その夜。
悲しみの冷めぬままガルクシアは例の独房へ向かった。
 
 
「・・・全部、お前の言う通りだったな。よもや銀河大戦に備え、世界中の国を一つにまとめようと画策していたとは」
 
 
「これで信じてくれた?」
 
 
「勿論だ。前々から感づいてはいたが、この国は腐っている」
 
 
 
 
 
 
 
 
「そう。そして貴方も」
 
 
 
「・・・・・・何?」 
「・・・全部調べ上げたわ。貴方の過去から何まで全て」
「・・・・・・・・・!?」
 
 
 
 
 
 
「本名、ダクマール・L・ガルクシア。
ヨコート共和国マネリ州の病院にて誕生。
平凡な家庭もあって、何不自由の無い生活を送る。
 
少年時代、4歳の誕生日前日に母親が病死。
10歳、父親が再婚相手。
その女性から妹ともども虐待を受け続け、精神的トラウマが芽生える。
18歳、再婚相手が蒸発。
同時期、政府の定めた徴兵令に従い軍へ。
目ざましい活躍を遂げ、若くして最終的には大佐まで昇進。
19歳、妹の死をきっかけに豹変。
狙いをつけた女性に近寄っては金品を貢がせ、性格的に気に食わなければ”調教”する手口を繰り返した。
ちなみに上層部は貴方に脅しをかけられた事により、一連の犯行を事実上の黙認」
 
 
次に語られたのは、普通なら聞くに堪えないおぞましい調教の内容。
免疫の無い民間人の女性なら耳を塞ぎたくなる、下劣な単語。
それを、目の前の女戦士は平然と喋り続ける。
 
 
 
 
「”調教”の際、いつもこの言葉を使っていたようね。「メスブタ」って」
 
 
 
馬鹿な。
こんな可笑しな事が有り得るはず無い。
自分が聞いているのは幻聴だ。
 
 
 
 
「遂には再婚相手と遭遇し、街中で殺害沙汰。チャンスと思った上層部はこれをネタに異動勧告。そうしてここに飛ばされた・・・って所ね」
 
 
 
 
 
 
何故だ。
自分しか知りえない情報を、何故この女が知っている?
宇宙から来た者に、どうしてそんな事が分かる?
 
一度もこの星を訪れたことが無いであろう、この女戦士が? 
 
 
 
 
 
「・・・どうしてだ。どうして、そんな情報まで知っているんだ!?」
 
 
 
 
「簡単な事よ。この星は既に、戦士団が忍び込ませた何百人もの諜報員が潜んでいる」
 
 
 
「なっ!?」
 
 
 
「言っておくけど、惑星全体での話」
 
 
 
 
 
今の話が本当なら、ガルクシアは既に諜報員と接触した可能性がある。
彼にも分からぬ、ごく自然な手段で。
 
 
 
「転属前、貴方と親しくしていた友人の中も2、3人・・・・・・彼らは非常に優れた才能の持ち主だった」
「・・・そん、な・・・・・・・・・!!」
 
「・・・・・・随分と、壮絶な過去を歩んできたみたいね」 
 
 
 
自分の忌々しき過去を知り、果たして彼女は何を言うのか。
心の奥底から恐怖が湧き上がり、吐き気と軽い目眩に襲われた。
 
 
 
女を虐げてきた自分を侮蔑するのか。
それとも哀れむような目で見るのか。
とてもじゃないが、自分には到底堪えられない。
生涯今まで、女を下劣な生き物だと見下してきた自分には。
 
 
 
もう見下されるのは嫌だ。
 
 
傷つけられるのは、嫌だ。
 
 
 
 
 
「・・・何が言いたいんだ?俺を侮蔑するのか、それとも哀れみたいのか?」
「・・・違う」
「じゃあ何だと言うんだ!!人のプライバシーにまで踏み込んで、何が正義の・・・・・・」
 
何が正義の戦士団だ。
そう言いかけた所で彼女の放った言葉が、ガルクシアに最後まで言い切らせる事は無かった。
 
 
 
 
「・・・私の気持ちを聞いて欲しい」
「?」
「確かに私は貴方の過去を知った。けれども、こうして会話を重ねていくうちに気づいてしまった事がある」
「・・・何だと?」
 
彼にも思い当たる節々が有った。
時折自分の顔を見つめたり、恋愛をした事あるのかと問われたり。
極めつけは幾度も続けたやり取りのうちに変化していく、自分と彼女の態度。
 
「貴方の本質に」
「・・・・・・え?」
 
 
まさか、本当に?
彼が否定し続けたそれは今夜、とうとう覆される事となる。
 
 
 
 
「・・・回りくどいな。さっさと言え!!」
 
 
 
 
次に飛び出したのは、自分の穢れた醜い過去を知る者が言うとは到底思えない、衝撃的な言葉。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「そんな貴方が好き」
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・・・・・・・・・・はぁ?」
 
 
 
聞き違いかと思い、もう一度繰り返すよう促すガルクシア。
 
 
 
「貴方が好き、愛してる」
 
 
 
愛してる。
好き。
どんな非難が飛び出すかと思えば、言うに事欠いて愛してる?好き?
ふざけている、この女は絶対にふざけている。
 
 
 
「・・・馬鹿だろ、お前」
「貴方に言われるほど頭は悪くないわ。むしろ前の所ではダントツに良かったほう」
「前の・・・?ともかく、俺が今までどんな事をやって来たのか知っているんだろ?」
「そう。だからこそ、よ」
「いい加減にしろ!!」
 
 
 
段々と怒りが込み上げてきた。
一体何を言いたいのか全く理解できない。
おまけに俺を前にして当人は平然と微笑んでいる。
 
 
 
「俺のどこに、好きになれる要素があるんだ!?女をメスブタを見下すような、こんな奴を!!!・・・・・・狂ってる」
「いいえ、狂ってなんかいない」
「じゃあ教えろ!!お前が、俺を好きになった一番の理由を!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・・・・貴方は、心のどこかで温もりを欲しているように見えたから」
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・・・・?」
 
 
 
「貴方が女性そのものを憎むのは、母親の愛情が足りないから」
 
「それがどう関係あると?」
 
「大有りよ。母親は子供にとって一番身近で親しい女性で、一番愛情を注いでくれる存在。
これは私の見解だけど、ある意味母親の性格が、子供の女性に対する印象へ少なからず影響を与えると思ってる。
なのに、不幸にも貴方の物心がつく前に亡くなった。
満足に我が子を愛する事も出来ないまま、不本意な形で。
そこへ例の性悪女でしょう?温もりを求めたら暴力で返されるなんて、酷い話だわ。
あれが実質的に初めての母親だと思うと、本当に可哀想。
彼女は貴方に、女性の悪い印象を植え付けてしまった。・・・最悪の形で」
 
 
 
 
ガルクシアに言わせれば、モノ言う時の言葉が長い。
それでも不思議と、納得できる気がした。
記憶に薄い、本当の母親との思い出。
気持ち悪いほど鮮明に残る、あの女の邪悪な微笑み、そして尽くされた暴虐の限り。
どちらが印象深いと言われれば答えは言うまでも無い。
そういう意味では、彼女の言い分は正しかった。
 
 
 
 
「・・・・・・ちょっと回りくどい言い方だったかしら」
「・・・う」
 
先程「回りくどい」と言われた事を引きずっていたらしい。
何だか申し訳無いと思った。
 
 
「いや、そんな事は無い」
「ありがとう」
「・・・俺はあの女の腐り切った顔を、女性そのものと思い込み、繋げていたのか・・・」
「そう。けど無理も無いわ。貴方の父親も本当は子供たちを思い、良かれと決断した事なのだから。・・・結果はどうあれ」
 
 
 
しばらく何も言わず、黙ってうつむくガルクシア。
 
 
 
「もう良いのよ。貴方は自分が思うほど酷い男じゃない。本当は心優しいはずなのに、過去がそれを歪めた」
「・・・・・・・・・・・・」
「“調教”と称して暴力を加えたのも、自分に牙を向かれるのを恐れての事でしょう?」
「・・・・・・そう言われれば、そんな気もあった・・・・・・かも知れない」
 
 
 
 
 
 
「・・・ここを開けて。私の前に来て」
 
 
 
 
 
看守室へ向かい、牢屋の鍵を取りに行った。
 
 
 
 
折しもこの晩は、彼が当直を勤めていた。
この建物に同僚は不在。
むしろ今は深夜の時間帯、村の年寄りに至っては当のとっくに就寝している。
鍵を手に提げ、女戦士のいた牢屋へ戻る。
 
 
 
牢屋の前に立ち、鍵穴に挿そうとしたところで一瞬躊躇う。
この女戦士を本当に信じて良いのか?
実は言葉巧みに騙されただけではないのか?
 
様々な不安と想定される状況とが錯綜した末、開錠と同時に抜いたのは一本のサーベル。
 
 
「・・・・・・最後の確認だ。お前が嘘をついていたら、容赦なく陵辱して切り殺す」
 
 
この期に及んで彼女の言葉を疑うガルクシア。
今だ女性を信じ切れていない。
 
 
 
 
「・・・良いわ」
 
 
扉を開け、彼女と同じ空間に入る。
 
 
 
一歩ずつ近づき、慎重に歩みを進めると――――――
 
 
 
 
突然、不意に抱きしめられた。
 
 
 
 
 
「今夜限定で、貴方の母親になる」
 
 
 
 
「・・・・・・・・・・・・・・・?」
 
 
 
 
「だから今だけ、私に思う存分甘えて。・・・・・・あの頃欲しかった分だけ、めいっぱい」
 
 
 
 
 
目頭が、熱い。
 
 
 
 
手が緩み、床に転がされたサーベル。
 
薄れ行く警戒心と殺意。
 
体が燃え上がるような気持ちが体の中を駆け巡り――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
塞き止められた感情が一気に溢れ出し、ガルクシアは泣き崩れた。
 
 
 
 
 
 
 
限りなく注がれる愛が満たす、心の大空洞。
真の母性に触れ、初めて感じた己の罪悪感。
止め処なく溢れ出る涙。
 
 
少しの間だけ、彼の気持ちは子供の頃に戻っていた。
存分に甘えることが許された時代。
古きよ良き、懐かしいあの頃を。
 
 
 
 
 
限られた時の中、涙が枯れそうになるまでガルクシアは泣き続けた。
甘えん坊の子供のように、赤子のように。
 
 
 
ガールードは何も言わず、彼を暖かな抱擁で包み込み続けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・本当に、俺が好きなのか?」
 
 
 
 
「・・・ええ。貴方は、貴方が思っているほど悪い人ではないから」
 
 
 
 
「・・・俺にとっては理由になってない。俺は、最低だ」
 
 
 
 
「そんな事は無い。過去の悲劇が貴方の心を歪めてしまっただけ。私は貴方の本質を見抜いたからこそ、尚更好きになれた。・・・また回りくどい言い方だった?」
 
 
 
 
 
「・・・・・・いや・・・・・・ありがとう」
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・俺も本当は、ずっとお前の事が好きだったのかも知れない。頼む、先に言われてしまったが、これだけはどうしても言わせて欲しい」
「・・・何を?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・愛してる。だから、ずっと一緒にいてくれ」
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・私も、愛してる」
 
 
 
 
ガルクシア、20歳の誕生日。
 
 
これが人生初のプロポーズだった。
 
 
 
 
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夜が、明ける。
 
 
 
 
気がつけば、時刻は既に5時を迎えていた。
村の年寄りにしてみれば当たり前の起床時間。
 
 
 
 
 
 
「ところで、今まで俺は一番肝心な質問をし忘れていた。本当に済まないと思う」
「・・・何?」
「・・・・・・あの時、誰もお前の名前を聞こうとしなかった。本当は何て言うんだ?」
 
 
 
 
 
 
「・・・私の名は、ガールード」
 
 
 
 
「・・・良い名前だな」
 「ありがとう」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「私は名門ガールード家の当主として、亡き母から授けられたこの名前を誇りに思っている」
 
 
 
 
 
 
 
――――――これが、女戦士ガールードとの出会いだった。
 
 
 
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抱きしめられた後~夜が明けるまでの、もう一つの話
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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