翌日 ププビレッジ
新型の傘ビットを買ってくるよう頼んだはずなのに、ダークトリオが帰ってこない。
「全くもう!たかだかお使いでこんなに遅いなんて!」
手際の悪さに怒りを募らせるフーム。
しかもこの頃太陽光の照りつけが一段と厳しさを増し、リーロとシックは外出すらままならない。
ただでさえ普段から役に立たないのだから、こういう時ぐらい活躍して欲しいものだ。
外に出れない双子に頼まれ、玩具屋に向かった先での事。
ショーケースの前でブンと一緒に決めあぐねているとき、郵便局長のモソが手紙を渡しに来た。
切手はディガルト帝国のシンボルマーク入り。
差出人は見当がついていた。
「フーム様、だーくとりおからお手紙ですじゃ」
「あいつが私に・・・?」
「開けてみようぜ!」
「ええっと、何々?『結局あいつらの父ちゃんに会って直してもらう事に決めた。何日か延びるかも知れないから何とか上手くやってくれや』ぁ!?」
「冗談じゃねぇよ!!だいたいバーム叔父さんはアイスバーグに住んでいたはず・・・あっ!」
「・・・パパが言ってたじゃない。バーム叔父様、出張でしばらく家を空けるって」
「それでか・・・!でも、どうしてわざわざ?」
「・・・・・・分からない。恐らく、叔父様でなければ解決できない事態に陥っているんだわ・・・!!」
「それにしても日差し強すぎるよな。室内に居ても紫外線は完全に防げないし、一体どうなっちまうんだろう・・・」
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一方のダークトリオもまた、約一名が窮地に立たされていた。
(あんな可哀想なリムロ、見た事無いよ・・・)
(あれはひどい)
ホロビタスター行きのスペースシャトルに乗り込んで数分後の事だった。
耳に入る事を恐れ、極小さな声で会話するリムラとリムル。
右側の窓際に座る彼らの左前方にはリムロ、彼も同じく窓際。
ただし、彼だけ他の二人とは違い、ある意味悲惨な状況だった。
(あいつ、見るからに只者じゃねーよ・・・・・・)
右隣には青い軍服を身にまとい、室内にも関わらず軍帽を被り続ける中年の男。
一見滑稽に見えるその様子とは裏腹に、明らかに素人とは思えない雰囲気を醸し出す。
注意せずにはいられない要注意人物であることは疑いようも無かった。
(リムル、あいつの顔を覚えておけ!後で役に立つかも・・・)
(ばっ!気づかれて因縁つけられたらどうすんだよ!ここ宇宙だぜ?)
(大丈夫、大丈夫!あんな目深く帽子被っているんだから見えないって!)
(ホントかぁ?)
幸いにも男は一度も後ろを振り返っていない。
そうでなくともリムラたちの座席は男にとって死角の位置。
安全性を確認したリムルは音を立てずにシートベルトを外し、床の“中”から恐る恐る男の足元に近づく。
リアルダークマター系の彼らだからこそ出来る芸当。
そのまま顔を覗き込み、元の座席に帰還するはずだった。
(ちょいとお顔を拝見・・・・・・あれ?)
リムルは動けない。
怯えて眠ることも出来ないリムロを哀れんでいるのではない。
これ以上、男の顔を観察し続ける理由も無い。
しかし、リムルはその床の中から一歩も動けなかった。
(ひ・・・・・・・・・ひぃぃ・・・・・・!!!)
男は“見ていた”のだ。
床の中に隠れ、誰にも気づかれる事が無かったはずのリムルを。
気配も消し、完璧に隠れ切ったはずの彼を。
怒りも無ければ驚きも無い無表情、静かな殺気を湛える冷めたい瞳が、彼の姿を捉えていた。
「う、嘘だろ・・・・・?もしかしたら単なる偶然かも・・・」
目の前の現実を受け入れたくないが為、体を左右に揺さぶり目の動きを確かめる。
そして更なる恐怖に体をすくませた。
男は自分の動きを正確に目で追っていた。
馬鹿な、こんな事があるはずない。
しかし眼前の男は確かに自分の存在に気づいていた。
普通ではない、何か特殊な力を持っているのか。
硬直状態は数時間続き、既にリムラ、リムロは眠りについていた。
当然リムルは一睡も出来ない。
ここまでの間、男は気を逸らしたかのように見せかけては、元の場所へ逃げ帰ろうとするリムルをキッと睨み付ける事を数回繰り返していた。
時折見せる、不敵な笑みを交えて。
(馬鹿にしやがって・・・・・・しかし逆らえばタダじゃ済まなそうだし・・・)
数十分後、スペースシャトルは目的地のホロビタスターに到着。
男は特に急いでいたわけでもなく、他の乗客の移動を見計らい座席を立った。
ようやく目に見えぬ拘束から開放され、ほっと一息つくリムル。
早速リムラの元へ急ぎ、事の顛末を報告した。
「は?あいつに気づかれていた?んな訳ねーだろ!!」
「けどあの男、明らかに俺の事をずっと見ていたんだぞ!?」
「馬鹿も休み休み言え!一般人が俺たちの潜行を見破る事なんざ不可能だぞ!!」
「本当なんだってば!!」
結局、信じてもらえないままシャトルを降りる。
リムルは未だに納得が行かない。
常人に気づかれないというのであれば、あの男はなぜ。
「しかし、あっっっっっついなぁ!!!!」
見渡す限り一面に広がる、広大な砂漠。
容赦なく照りつける太陽が3人の黒い体に熱を溜め込ませる。
「んがあああああ!!やってらんねぇぇぇぇ!!!!」
地表の95%が砂に覆われた、異常な乾燥惑星。
とうの昔に滅び去ったのだから当然とも言うべきか、草木が一本も生えなければ日陰も無い。
店長の話が正しければ、バームはこの地で緑化活動に協力しているはずだ。
早いところ彼を見つけ、こんな酷暑から逃げ出したい。
「あっちに大きなテントあるから、話聞いてみようぜ」
先ずは避暑を求め、大型のドームテントを訪問した。
内部では白いワイシャツ姿の人々が話し合っている様子だった。
元からここには現地の住民など存在しない。
となれば、この男たちが誰なのか容易に答えが導き出せた。
「ん?君たちは本社から派遣されてきたのかい?」
そのうちの一人が声を掛けてきた。
自分たちの事をエヌゼット大財閥の社員だと思っているらしい。
「いや違う。あんたらさ、バームっつう人知らないか?」
「バームさん?ああ、あの人なら丁度奥のテーブルで考え事しているよ」
「サンキュ」
「それより君たちは社員で無いとすれば、部外者?悪いけど休息とるなら他のテントに・・・って、ちょっと!」
社員の制止を振り切り、テント奥へ向かう。
テーブルに両肘を着き、頭を抱えて唸る男性に尋ねる。
「あんたがバームさん?」
「ん?そうとも、私がバームだが何か?」
思いのほかすぐに見つかった。
後は事情を話して速やかに解決へ導くだけだ。
元がただのお使いだけに、あまり時間を喰いたくない。
「私は仕事で忙しいんだ。悪いが、要件なら後で・・・」
「・・・・・・実は、あんたの娘さんと知り合いなんだが、この傘の事で相談が・・・・・・」
一方その頃、彼らの居るテントにある男が近づいていた。
「確か、ここのはずだな・・・・・・?」
リムルを蔑み、笑った、あの男が。