「何!日傘型ビットが壊れた!?」
バームは驚きを隠せない。
娘たちに託したビットは頑丈な作りのはず、それが人為的な原因で壊れようとは予想もしなかった。
「それで君たちは遥々こんな星まで・・・」
「そうなんスよ。ま、元はと言えば俺が原因みたいなもんで・・・」
深々と頭を下げ、謝罪するリムロ。
彼の言うとおり、一見すると事の発端はリムロにあるようなものだった。
「マジすんません、お宅の双子の体質に気づいていればヘマしなかったんですけど・・・」
「いや、問題はそこじゃない」
「「「???」」」
しかし、バームは別の事に注目していた。
人為的に圧力をかけても簡単に壊れるはずの無いビット。
日常の生活用品でこれを破壊する事はまず不可能。
よほど強い武器を用いなければ無理な話だった。
つまり、ビットの故障はリムロのミスが引き起こしたのではない。
「これは一般人に容易く壊されるような作りじゃない。明らかに何者かが、故意に狙ってやった痕がある」
「マジ・・・・・・・・・?」
驚愕するリムロ。
これは誰かが、意図的に仕組んでいたのだ。
確かに故障したビットをよくよく観察すれば、人の手でつけられるとは到底思えない不可解な傷がつけられていた。
よほど鋭利な刃物で切りつけたのだろうか、内側の回路まで深い傷が残っている。
「実は、犯人は目星がついている」
「「は!??」」」
「奴らだ、秘密結社BBBの者がやったんだ!!」
BBB。
反フォトロンを掲げる危険思想の地下組織。
長い間ディガルト帝国軍を悩ませてきた恐ろしい秘密結社。
「出張に出かける数週間前、私のもとにBBBの幹部らしき人物が尋ねてきた。
要求は私の発明品と、持ちうる知識と技術を全てよこせというものだった。
それで何を造るのかと聞いて愕然としたよ。強力な紫外線照射兵器に搭載する増幅装置を作るのだ、と。
世間には人工太陽の強化ツールとして発表するが、実際は人工太陽そのものが今言った兵器に過ぎない。
奴らは秘密裏にフォトロン族へ向けて使うことで皮膚ガン患者を増加させ、最悪死に至らしめようとしている!」
「・・・・・・ひでぇな」
「ああ、相変わらずBBBらしい残忍なやり方だ」
「直接手を下さなきゃ罪に問われないと思ってんのかねぇ」
「そう。ある意味、明確な殺意を持って殺されるよりも惨い事だと思った。
だから私は奴らの要求を拒否したのだ。
自分の発明は、人を苦しめるためにあるのでは無いと!!」
興奮するあまりテーブルに拳を叩きつけ、トリオや周囲を驚かせる。
冷静さを取り戻したバームは話を続けた。
「・・・それからだ、奴らの嫌がらせが始まったのは。
近所に根も葉も無い悪評を流されたのはまだ序の口。
会社には怪文書がばら撒かれ、「二度と表舞台に立てなくしてやる」と書かれていた。
他にも、奴らが雇った殺し屋に命を狙われたこともあった。その時はこちらも腕利きのスナイパーを雇ったので事なきを得たが・・・」
バームが頼んだスナイパーは彼がイメージしていたものと少々変わっていたらしい。
とても隠密行動にそぐわないように見える、真紅の長髪。
だが腕は確かのようで、襲い来る刺客を次々と始末。
報酬は高くついたが、己と家族の安全を考えれば安いものだろう。
「BBBめ!最近やけに大人しいと思えば、今度は娘たちまで巻き込むつもりか!!」
「そうみたいだな、バームのおっさんよ」
握り拳が怒りで震える。
今の彼は、自分の家族まで巻き込もうとするBBBの報復に強い憤りを感じていた。
「でも安心しな、今お宅の双子の娘さんがいるプププランドは頼れるヒーローがいるんだぜ?」
「ヒーロー?・・・噂には聞いているが、まさか星のカービィ?」
「イエス。あのカービィがいる限り、リーロちゃんとシックちゃんは大丈夫だぜ!」
「と言う訳でおっさんは安心してビットの修理を・・・」
「・・・・・・無理だ」
「こうなるとは思わず、専用の工具は全てアイスバーグに置いて来てしまったんだ!」
バームの誤算。
あろう事か、日傘型ビットの作成・修理に使用する道具を実家に置き去りにしてしまった。
という事は、次に取るべき行動は一つしかない。
「よっし、じゃあアイスバーグに戻るぞ!!」
「え!?戻るって、まだ仕事が・・・・・・」
「うるせぇ!!!」
「そうやって仕事仕事ってよぉ!テメェが家族と過ごす時間を省みないからさぁ、娘さんグレちまったんだぜ!?」
「リムラ・・・・・・」
「うちの娘が・・・・・・?」
「そうだ!!話はIBデパートの店長から全部聞いたぜ。家庭じゃ良い旦那だったのに、発明の成功に気を良くした途端に研究に没頭か」
「う・・・・・・」
「なぁ、考えた事あんのか!?ガキ共がどんだけ寂しい思いをして帰りを待っていたか!!
たまには一緒に遊べよ!親子でキャッチボールしたり雪だるま作ったりも出来ねぇってか!?
奥さんが身を持ち崩したのも全部テメェのせいなんだよ!!育児も何もかも押し付けやがって!!」
「・・・・・・・・・!」
「挙句の果てには家庭を捨てて星の外へ進出!!!もうね、アホかとバカかと」
「・・・・・・違う!」
「何が違うってんだよ!!じゃあ自分のガキの趣味何なのかここで今すぐ言えるか?好物を今すぐ言えるか?」
「肉料理・・・」
「肉料理で何が一番好きなんだ!」
「・・・・・・・・・・・・分からない・・・」
「ほら見ろ、やっぱりテメェはその程度の父親なんだよ!ガキの事全然分かってもいない癖に父親だぁ?
世紀の発明家気取りは結構だがな、失った物の方が大きいんじゃねえのか、あぁ!?」
「・・・・・・・・・!!」
「テメェは父親失格だ。そんなに自分の仕事大好きだったら、ビット直したら後で離婚届に判押せ」
「子供の世話も出来ねぇ糞親父は二度と家族の前にその汚いツラを見せるな!!!!」
怒号がテント中に響き渡る。
周りの社員からひんしゅくを買ったが、尋常ならざる怒りの気に押され、誰も注意できなかった。
バームは沈黙し、何も言い返せなかった。
「・・・・・・リムラ、さすがに言いすぎじゃ・・・・・・」
「良いんだよ、あの店長の話聞いた時点でロクな奴じゃねえって分かってたから」
「それでもビットはしっかり修理して貰うんだな」
「まあな。どうせ才能しかない奴だから」
リムラの辛辣な評価がバームの胸に突き刺さる。
父親としても人としても、完全な敗北。
言い負かされ悔しい思いに捕われつつも、反論する事は出来なかった。
何もかも彼の言う通りだった。
自分に子供の事を語る資格など、無い。
「そんな奴から技術と知識を取れば、何が残ると思う?」
テント入り口付近から発せられた声。
目を見やれば、青い軍服を着た見覚えのある男が立っていた。
今度は“以前とは”佇まいが違う。
両手には身の丈以上もある、2本の大きなサーベルが握られているのだ。
見た目からして切れ味は若干鈍そうだが、武器としては問題ない。
「正解は「何も残らない。ただの粗大ゴミになる」、だ」
「・・・・・・あんた、シャトルで俺の隣に座っていた・・・・・・」
「・・・あん時はよくも俺をさんざコケにしてくれたなぁ?」
「ああ、俺の足元で跪いていた奴か。とても同族とは思えぬ滑稽ぶりには笑わせられた」
「何だと!!!」
柄にも合わず腹を抱えて笑う男。
リムルの内心は屈辱で一杯だったが、それよりも気になるのは男がここへ来た目的だ。
「・・・まさか、ここを嗅ぎつかれてしまうとはな」
バームには面識があった。
軍服を着た男の顔を、彼は忘れていなかった。
あの交渉の場で、持ちうる全てを搾取させるよう要求してきたBBB幹部。
女性を「メスブタ」と蔑んでいる事を恥じらいも無く公言した変人。
「・・・・・部下にビットを壊すよう、俺が命令した」
「お前の仕業だったのか・・・!」
「フォトロン根絶に力を貸さなかった貴様が悪い。願わくば貴様の娘らも、俺好みの従順で可愛いメスブタに“調教”してやりたかったのだがなぁ?」
「やめろ!!娘には手を・・・・・・」
手を出すな、と言い掛けたところで口をつぐんだ。
今の自分に、父親を名乗れるほどの誇りも威厳も無ければ、この男の下劣な言葉を撤回させる程の力も無い。
「リーロにシックと言ったか?どちらも非常に怖がりなのだろう?なかなか良い声で泣いてくれそうじゃないか、ハハハ・・・」
「・・・・・・・・・!!」
サーベルを一旦地面に突き刺し、どこからか取り出した鞭で革の音を勢いよく響かせ、不敵な笑みを浮かべた。
バームとしては人様の娘を汚すような発言に強い遺憾の意を示したかったが、やはり自分にその資格は無いと思い留まってしまう。
男は言葉を続ける。
「だが生憎な事に、俺が手を出すまでも無くなった。ふとしたアクシデントで、謎の魔獣2体が例のデスダンデリオンを乗っ取った」
「何!?」
「デスダンデリオン・・・・・・?そいつが例の紫外線兵器ってか」
「太陽と月の形をした魔獣共の狙いは知らんが、操作室をジャックした際「あのお方の為にポップスターを作り変える」などと言っていた」
「ポップスター・・・・・・」
嫌な予感がする。
こちらも願わくば、真っ先にプププランドへは向かっていない事を祈るしかない。
「大方ホーリーナイトメア社の残党だろう。どっちにせよ奴らはカービィを倒すという目的を持っている以上、BBBとしては邪魔をする道理も無い」
「!!」
祈りはあっけなく砕かれた。
図らずとも魔獣は、デスダンデリオンを用いてカービィを倒しに掛かろうとしている。
となれば最もとばっちりを受けるのは誰か、容易に想像できた。
「そうそう。肌と言えば貴様の娘たちはアルビノだろう?例え今すぐアイスバーグに戻りビットを直しても、プププランドへ着いた頃には既に照射兵器は到着している」
「・・・・・・・・・!!」
「家庭より仕事を優先するとは、業深き父親だ。俺にも娘が一人いたんだがな、亡き妻の遺産相続でひと悶着あってそれきりだ。全く会っていない」
呑気に世間話などしている場合ではない。
急がねば。
この際親子という関係を無しにしても、アルビノで苦しむ人として放っておく訳にはいかない。
そうだ、自分の技術は人を助けるためにある。
だから本当は―――――――――
「そう急ぐな、あの世でゆっくりしていると良い」
男はバームの決断を許さなかった。
いきなり急接近し、改めて構えた2本のサーベルを振るう。
間合いの詰めが早すぎる。
見てからの反応ではまず避けきれない。
「娘たちも俺が引き取ってやろうか?勿論可愛いメスブタとして―――!?」
バームを咄嗟にリムラが突き飛ばす。
攻撃が空振りして一瞬戸惑った隙にリムルが体当たりをかます。
恐怖と屈辱を味わされた分の復讐。
「急ぐぞ、おっさん!!」
「テント出るまで背中持ってやる!後はエアポートまで自分の足で走りな!!」
「あいつはめっちゃ強いぞー。多分まともにやり合って勝てるとは到底思えないな」
一目散に出入り口へ駆け出し、テントから脱出。
3人とも逃げ足は速く、見る見るうちにエアポートへ距離を詰めて行く。
バームはついていくのがやっとだったが、追っ手に追いつかれるといった事もなく逃走に成功した。
「・・・・・・・・・チッ!」
うつ伏せに倒れた状態からゆっくり起き上がる。
取り逃したか、と軽く舌打ち。
次に鞭で地面を叩き、号令らしきものを出す。
「な、なんだ!?」
どこからともなく男の周りに魔獣の群れが出現。
律儀に入り口から入る者がいれば、テントの壁を突き破って突入する豪快な者もいた。
「どうして魔獣がここに・・・・・・!!」
逃げる社員たちの行く手を阻むように取り囲む魔獣たち。
男が下した、一つの命令。
「口封じだ、殺れ」
鞭を振るい、同時に魔獣たちは“餌”に喰らいついた。
悲鳴と血しぶきがテントに惨劇の跡を刻んでいく。
生き残りは、誰もいない。
「・・・・・・さて、俺はどうしたものか・・・・・・・・・」
誰に向けて放った訳でもない独り言。
男は何事も無かったかのようにサーベルを鞘に仕舞い、惨劇の過ぎ去りしテントを後にした。
誰も事件の真相を知るものはいない。
全て死の淵に沈んでしまったのだから。