第6幕

 

 

 

 

 
 
 
 
人里より遠く離れた山の上、鬱蒼と生い茂る森。
朝は小鳥のさえずりが木々を伝い、昼は樹木の枝葉に柔らげられた日光が降り注ぎ、夜は静寂と暗闇が支配する世界。
その中に威風堂々と佇む、いかにも格式のありそうな屋敷の前に二人は立っていた。
 
 
「よくもまぁ、こんな無茶を・・・・・・」
「凄いでしょう?」
「確かに凄いが、家具もそのままか?」
「ええ、全部そのままよ。・・・さすがに水道は引き直す必要があるけれども」
「問題ない、俺が引き受ける」
「本当?」
 
実際は何も考えてないのでは、と言おうとしたが、口には出さなかった。
ガルクシアは今回の一件で色々と恩を感じ、それを返そうとしているのだ。
今は彼の意思を尊重した方が、彼の為になる。
 
「近くに川があるだろう、あそこから水を引くか井戸を掘れば良い」
「でも、さすがに生水は・・・」
「俺とて軍人の端くれ、手身近にある物で生水をろ過する方法ぐらい知っている」
「それはサバイバルの話でしょ」
「二人分の飲み水を確保するだけなら問題は無いと思うが?」
「まあ、別に良いけど・・・」
 
 
最も、常人とは思考に少々ズレが生じていたが。
長い軍人生活故の世間知らずと言ったところか、普通のやり方というものをあまり知らない様子だった。
 
 
 
この地では電気の通わない不便な生活を強いられる。
遵って生活様式も一昔前に逆行する形となるのだが、この男はそれ抜きにしても普段の生活態度すら怪しい。
室内にも関わらずハンモックで就寝、一日中あの軍服を私服代わりに過ごすなど序の口。
斧を使わず、わざわざ自分のサーベルで薪割りに励んでは刃毀れさせた事もある。
最も顕著に表れたのが数日後の事で、麓の街へ買出しに出かけた彼は何を思ったか、頼まれた品以外に牛一頭を引き連れ帰ってきたのだ。
本人曰く「牛乳と乳製品に困らないと思って、近くの牧場主に話をつけてきた結果」。
今まで自身の貧しい生活を自虐気味に語っていたガルクシアだが、どうにも行動は若干変人じみている。
彼を決して一人にさせてはいけないと心の中で誓ったのは言うまでも無い。
 
 
 
「見ろ、ガールード!これは野草の中でも飛びきりの極上品だぞ!早速今夜の晩餐に並べよう!」
 
 
それもまた、愛すべき点かも知れないが。
 
 
「もう、相変わらずね!・・・だったら菜園でも作りましょう?」
「それも良いな。では種は山奥の辺りから・・・」
「・・・・・・もういいから。私が友人に頼むわ」
 
 
 
 
 
 
 
「・・・・・・・・・滅多に取れないピューキーの種なのに・・・・・・」
「尚更ダ・メ!!!」
 
 
 
 
___________
 
 
 
 
 
 
 
「誰かと思えば貴公か、上がってくれ」
 
新しい生活にようやく慣れ始めた頃、このような辺鄙な所の屋敷に客人が訪れた。
以前ガールードと無線越しに会話していた相手、メタナイト卿。
彼女と同じく銀河戦士団の一員で、実力は自分よりも上。
戦士団の実力者が集められた「銀卓の騎士」内でも高位の騎士らしいが、それ以上詳しい事は知らなかった。
己の過去や動機も黙して語らぬ事が多く、あのヤミカゲに次いで謎めいた存在だ。
質問したところでまともに答えてくれる筈が無い。
 
 
「生憎だが、妻は留守だ。何もない所だが是非とも・・・」
「ガルクシアよ」
「?」
「相変わらず喋り方がぎこちないな」
 
 
初めて会話を交わした時からずっと気にしていた、客人向けへの堅苦しい口調。
ずけずけと指摘され不機嫌になった。
 
 
「そう機嫌を損ねるな。私とは砕けた話し言葉で構わない」
「・・・・・・そうか。では何の用件でここに?」
「万が一誰かに盗み聞きされては困る話だ。詳しい事は客室で話したい」
 
 
 
 
 
 
 
「・・・・・・・・・宝剣ギャラクシア?」
 
 
メタナイト卿が第三者に盗聴される可能性を恐れた程重大な、宇宙を揺るがす一大事。
宇宙の2分されたパワーバランスを担い、対を成す2つの剣。
 
剣の名はギャラクシアと言い、宇宙の正義と平和を司る神秘の宝剣。
剣の名はオボロヅキと言い、宇宙の悪と混沌を司る亡者の魔刀。
この2つが在るべき場所、在るべき者に所有されてこそ世界の秩序と邪悪は平衡が保たれる。
一つは秩序の星・ロウスターの神聖なる地に、一つは力を求め続ける愚かな豪傑たちの手に。
 
 
だが恐るべき事に、かのナイトメアは内の一つであるギャラクシアを魔獣に奪わせた。
「最強魔獣になり損ねた魔獣」と評される実力者、キリサキンの手によって。
その力は最強魔獣にこそ及ばないが、非戦闘員が大半を占めるロウスターにおいて十分に脅威たりえるものだった。
力任せの強引な突撃戦法の前に、聖地の守護者たちが築いた防衛ラインも成す術無く崩れ落ちていった。
 
聖地からギャラクシアが失われた事で、世界の均衡は一変。
魔獣は原生・人工を問わず大量増加、凶暴さも増した。
各国も互いに疑心暗鬼に陥り、憎み合う険悪な状況へと陥り、やがて紛争が頻繁に多発し、国土を地獄へ変えた。
秩序が崩れた事で、抑制の続いた混沌が解き放たれたのだ。
 
更に、ナイトメアはあらかじめこの事を予見していたかの如く、戦争を次第に本格化させた。
小規模の戦闘が発生する程度だったとある警戒地区は、現在では最強魔獣に次ぐ高クラスの魔獣が数体徘徊する危険地区と化した。
幸いにも戦火はまだこの星に飛び火こそしていなかったが、何しろ戦争の規模は途方も無く広い。
何処の星もまさに、「明日は我が身」と言ってもおかしくない状況に立たされているのだ。
 
 
「魔獣に関しても近々、メカ魔獣シリーズから新機種となる“H-13A”が実戦投入されるとの噂が広まっている」
 
「H-13A?」
聞き慣れぬ言葉を耳にし、首をかしげる。
 
「通称“オルトロス”と呼ばれる。両腕のシザーアームを光学式チェーンで連結し、対象に食い付かせて攻撃するタイプのヘビーロブスターだ」
 
 
今まで確認されたメカ魔獣の中では最強と謳われるそれは、ナイトメア軍の選りすぐりの技術者たちが開発した最新作。
敵に重厚さと威圧感を与える、漆黒のボディ。
メインウェポンに誘導性の高圧電流砲を備え、大抵の生物は一発で感電死する。
メタナイト卿の言うチェーン式アーム「アンカーアーム」との連携も相まって、ポテンシャルは極めて高い。
このメカ魔獣が戦線配置されれば、白兵戦に重きを置く銀河戦士団にとって最大の脅威。
 
 
「参ったものだな。この間まで“クイーンズマインド”の幻影生成ユニットに苦しめられていたばかりなのに」
ガルクシアとて何も知らない訳ではない。
半ば銀河戦士団の一員となって以来、こういった情報にも少しずつ詳しくなっていた。
殆どは以前、ガールードに聞かされた話を再確認する形ではあったが。
 
 
「全くだ。星の戦士とて今回ばかりはアレに太刀打ちできるとは思えない」
 
 
彼らは戦闘機を駆るのが苦手だ。
自分の能力よりも、機械を操作するだけの技術が真っ先に反映されるような戦いを嫌う傾向がある。
よほど生身で戦うのが好きらしいと思っていたが、実はそうでもなかった。
彼らは「質量兵器」をあまり好まない。
戦艦相手にはさすがに戦艦を以って相手せざるを得ないが、それ以外ではなるべく個人の力で戦い、無駄に被害を広めないやり方を続けてきた。
 
 
「エアライドマシンも限界だと思うぞ。この際、敵のヘビーロブスターを奪うのはどうだ?」
「駄目だ。それで戦う事は銀河戦士団のポリシーに反する」
 
 
だが、ヘビーロブスターのような機械兵器を相手にしてもなお、貫くというのか。
目には目を、歯には歯を、という言葉を知らぬ訳でもあるまい。
連中の戦い方は危なっかしいにも程がある。
古い考えに捕われていては、勝機など望めない。
 
 
 
 
 
 
「・・・・・・しかし、色々と大変だな。戦士団は現在どうしている?」
「・・・伝説のエアライドマシン探索計画を中止、急遽ギャラクシア奪還チームを発足させた」
「・・・・・・妻もそれに参加するのか?」
「詳しい事は私にも分からない。現在はまだメンバーを選考している途中だ、選ばれるかどうかも運しだい」
 
 
ガルクシアの心境は複雑だった。
愛する妻が、危険極まりない過酷な戦場へ赴く可能性。
勝てる見込みが薄いと言われるこの戦争への出征は即ち、事実上の死を意味する。
 
 
「・・・・・・万が一選ばれたとしても、せめて子供が物心つくまでは・・・・・・」
「何を言う。戦争でそんな甘え事は通用しないぞ」
「しかし、親の愛情を注ぐのは大切な事だ!」
 
子供に親がついてあげる必要性を必死に説くガルクシア。
無論、幼少の過酷な体験が大人の彼をそうさせていたのは言うまでも無い。
 
「・・・そなたのような男は戦士団にも何人かいる。だが・・・・・・ん?待て、「子供」と言ったか?」
「ん?ああ」
「何?どういう事だ?」
注がれたコーヒーに手をつけようとするメタナイト卿。
だが、手にしたマグカップは数秒後、力の入らない手から床へ抜け落ち、粉々に割れた。
 
「そう言えばまだ知らせてもいなかったな。俺の妻は・・・・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「今日で妊娠1ヶ月だ」
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・・・・・・・・・な!?」
 
メタナイト卿は驚きを隠せない。
落として割ったマグカップそっちのけで、ただ呆然とするばかりだった。
 
「そ、そうか・・・・・・腹の膨らみに気づかなかったのも当然か・・・」
「驚かせて済まない・・・他の奴らには黙ってくれよ。同僚には妻自ら話すそうだ」
申し訳なさそうな表情で謝るガルクシア。
方や開いた口が塞がらず、椅子から立ち上がったまま。
 
「・・・・・・・・・わ、分かった・・・・・・」
「俺も聞いたときは目が点になった。驚くのは無理もない」
「・・・・・・・・・・」
 
終始無言のメタナイト卿。
衝撃の事実に、彼はただ呆然と立ち尽くすのみであった。
 
 
 
 
 
「・・・という訳でして、私ガールードはこの度、銀河戦士団としての職務から一旦外れる事になります」
 
翌日、ガールードは夫婦共にギガンティックベースを再訪。
オーサー卿らと話し合いの後、妊娠の事実と一定期間の休養を全体に公表。
結婚していた事実自体を知る戦士が少ない為に、初めて知らされた彼らのショックは計り知れない。
 
彼女を尊敬していた者。
対抗心を燃やしていた者。
好意を抱いていた者。
誰も彼もがこの知らせに驚愕、愕然とする。
 
「おい」
「?」
「貴様とは金輪際口を利かんからな。覚えて置けよ」
 
一部の者はガルクシアに露骨な嫉妬の感情を抱き、彼と好意的に接してくれなくなった。
理不尽な仕打ちとも取れる反応。
 
 
「・・・・・・当分、此処には来れないな」
居心地が悪くなるのは確実。
もうここへは気軽に訪れる事もできない。
 
「良いじゃない。二人で一緒に暮らす時間が増えるんだから」
「それはそうだが・・・」
 
「二人とも、気にする必要は無い。ゆっくり休んでいい」
帰路に着こうとした二人にオーサー卿が言葉を掛ける。
 
「オーサー卿・・・・・・」
「大丈夫だ。空いた穴の埋め合わせは我々がどうにかする」
「恩に着ます、卿」
 
 
 
「君たちの幸せを、願っている」
 
 
 
 
 
 
________
 
 
 
 
 
 
 
 
 
宇宙の片隅に浮かぶ、人工の天体。
周囲には無数の円盤状の飛行兵器が飛び交い、外敵を警戒する。
ここは銀河系一帯の支配を企むナイトメア軍の本拠地、「ナイトメア要塞」。
今も大幅な増改築が進められる、惑星級宇宙基地。
強固な防衛ラインを突破した者はおらず、未だ要塞内部の全貌を目にしたものは居ない。
 
 
 
 
『失礼します、閣下』
『“TEAM H-TYPE”か。入れ』
 
 
 
円盤状の白いレドームを頭部に組み込んだ一機のヘビーロブスターが、星柄の青いマントに身を包んだ「異形」の前に立つ。
 
 
 
頭部より2本の角を生やし、奇抜な形の眼鏡とペンダントで身を着飾るその容姿。
彼こそが、宇宙の帝王を目指さんとする魔術師。
ナイトメア。
 
 
 
機体の数箇所にカメラ・マイクを取り付けた、魔獣の類としては異質な格好。
これこそが、銀河戦士団からの情報収集を目的として開発されたスパイ用機体。
H-9E。
 
 
 
 
『間接的な会話となる事をお許しください』
『構わん。そんな細かい事、私にはさりとて重要ではない』
 
 
 
 
メカ魔獣にはパイロットの気配が無く、無人機だった。
機体に備え付けられたスピーカーを通じて音声を発する。
軽く一礼すると、マイクの集音効率を引き上げた。
 
 
『・・・駒が一つ増えたようですが・・・・・・』
『気になるか?何故かは・・・言わずとも分かるはずだ』
 
 
足場となる巨大なチェス晩の上で、周囲の巨体を誇る駒にカメラを向けた。
 
彼らが今居るのは、要塞の何処かに構える謎の異空間。
要塞へ拉致された者は生命力を吸収され尽くした後、そのエネルギーは魔獣の原料に充てられる。
残された亡骸は、チェス盤の駒の一部と融合させられる。
死してなお、暇つぶしの為に弄ばれ続ける存在と化す。
 
 
ナイトメアは奇妙なこの空間を根城とし、宇宙中から「恐怖」の感情を掻き集めていた。
全ての生き物が見る「悪夢」は、彼にとって生き永らえる為の命の源であり、人工の魔獣を想像するのに欠かせない原料の一つ。
人は恐怖から逃れる事は出来ない。
故に、それらが尽きる心配は一切無い。
 
 
 
『用件を言え』
『例の新型ヘビーロブスターの調整が全て終わりました。テストの実地場所は如何なさいましょう?』
『どこでも構わん。だが、唯の民間人は殺すな。少しでも私の得るエネルギーが失われるような事は避けろ』
『百も承知です』
 
 
 
 
『では・・・銀河戦士ガールードの元へ差し向けろ』
 
 
 
 
『ガールード?』
『貴様のH-9Eが戦士団の機密情報をハッキングした結果、奴もギャラクシア奪還部隊の補充員として選考に残っているそうではないか』
『仰る通りです。しかし、何故腕のある戦士、しかも補欠同然を相手に?』
『銀河戦士団のエリートに勝てぬようでは話にならん。たかが補欠と言えども、実力は侮れない』
『御尤もで』
『しかも、あの女の夫は魔獣調教師だそうではないか』
『はい。この間侵略を終えた例の星出身だそうで』
 
 
 
 
『丁度良い。あわよくばその男も連れて来るのだ、抵抗するようであれば殺して構わん』
 
 
 
 
不敵な笑みを浮かべるナイトメア。
軍団の大部分が魔獣を占めるこの組織では、統率力を持った人材が必要不可欠。
 
 
『パイロットは”奴”を乗せろ。有人型が操縦者に与える負荷も調査するのだ』
『了解』
 
 
 
 
『全ては、我らがナイトメア閣下の遂せのままに』
 
 
 
 
 
今、銀河戦士団が恐れる脅威の一つ。
荒れ狂う双頭の魔犬が、動き出す。
 
 
 
 
 
 
 
 
______________________
 
 
 
 
 
 
 
月日が流れるにつれ、ガルクシアは落ち着きが無くなっていった。
 
待望の、第1子の誕生を待ち侘びているのだ。
あまりにも落ち着きが無いため、普段の生活に支障をきたすこともしばしば起こった。
時にはガールードに迷惑を掛けてしまう事もある。
その度、彼女はそんな彼のミスを許した。
故意ではないという事など最初から知っているのだから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ある日の夜の事。
 
 
「・・・・・ねぇ、ガルクシア」
「どうした?まさか・・・・・・」
 
緊張が走る。
 
 
馬鹿な、予定よりも一ヶ月早い。
心の準備も出来ていないのに一体どうすれば。
 
しかし、その心配は杞憂に終わった。
 
 
 
「違うわよ。子供が生まれたら、なんて名前付けようか迷っていて」
 
 
 
彼女は子供に付ける名前を決めあぐねているだけだった。
 
確かに名前は大事だ。
それ一つだけで子供の第一印象が決まると言っても過言ではない。
慎重に考えなければならない。
 
 
「・・・そうだな・・・・・・」
「一応、「これだ!」と思うものが一つあるんだけど・・・・・・」
「何だ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「“シリカ”・・・・・・って言うのは、どう?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・・・・・・シリカ?」
「特に深い意味は無いんだけど、真っ先に思い浮かんだ名前。・・・・・・・・やっぱり、思いつきじゃ駄目かしら?」
 
 
 
「・・・いや、良い名前だ。響きも良く感じる」
 
お世辞でも何でもなく、本気で言った。
 
 
「・・・・・・ありがとう。女の子らしい名前だと思っていたから、同感してくれて本当に良かった」
 
 
 
 
「・・・・・・・・・・・・・・・女の子?」
 
きょとん、とした顔で確認し直す。
 
 
「あら、話さなかったっけ?お腹の子、女の子だって」
「・・・・・・聞いてなかったぞ。そもそも、どうして腹の中なのに性別が・・・・・・」
 
「今の時代、医療技術も発達しているのよ?それぐらい簡単に調べられるわ」
 
「・・・・・・・・・知らなかった」
 
 
何時まで経っても世間の常識などには疎かった。
子供が生まれてからの先が思いやられる。
 
 
 
「ふふ、これから立派な父親になるんだから、物知りでなきゃ」
「・・・精進する」
 
 
一ヵ月後が楽しみであり、少々怖くもある。
果たして父親としての義務を全うできるのか?
不安が彼の頭から離れようとしなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「とりあえず他にも名前を考えておく」
そう彼女に告げ、ガルクシアは書斎へ足を運んだ。
 
我が子の名前として良さそうな単語を辞書からピックアップし、メモ帳に書き留める。
ついでに子育て関連の本を探し、片端から本棚を漁って回る。
いざという時の為、重要なポイントの書かれたページにしおりを挟む。
 
気が付くと、手に取った本は大量のしおりによって膨れ上がっていた。
生まれるまで余裕はまだある。
少しずつ予習を重ねれば良いだけの事と決め、本棚に戻した時。
 
 
 
 
「・・・・・・・・・・・・・胸騒ぎがする」
 
 
嫌な予感。
予定日は先だが、どうしてもガールードの事が気にかかり、いても立っても居られなくなった。
 
 
 
急いで先程の部屋へ走り、戻ってきたガルクシアの目に飛び込んだ光景。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ガールード!!!」
 
 
 
 
 
床に崩れ落ち、動けないガールード。
痛みのあまり呻き声を上げている。
 
「しっかりしろ!!どうした!?」
 
更に嫌な予感が頭を過ぎる。
まさか、と心のうちで全力否定するガルクシアに突きつけられた現実。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・・・・・・・生まれ、る・・・・・!!!」
 
 
 
 
「・・・・・・・・・・・・!!!!」
 
 
とうとう恐るべき事態が起きてしまった。
 
 
 
予定日よりも一ヶ月早い陣痛。
彼はこのような状況の時、どうすれば良いのか全く知らなかった。
 
 
だからこそ怖いのだ。
己の不手際で、生まれてきたばかりの命を絶やしてしまうという最悪の結末が。
早産だけは何としても起きて欲しくないと願い続けた努力は、水泡に帰した。
 
 
 
今から麓の病院に連絡を取っても遅い。
駆けつけてくれる間に、事が終わってしまう確率が非常に高いからだ。
よほどの事が無ければまず間に合わない。
 
「・・・仕方ない、俺が・・・・・・!」
 
覚悟を決めるガルクシア。
 
 
 
 
ところが――――――――
 
 
 
 
 
 
「!?」
 
 
 
 
突然の爆発。
屋敷玄関の方角より響く、落雷の如き轟音。
電流が絨毯や壁を焼け焦がしたような異臭。
 
いくら自然現象でも、こんな事は全く有り得ない。
玄関口のフロアに駆けつけ、ガルクシアは状況を把握した。
 
 
 
 
 
「・・・・・・ちぃっ!!」
 
 
それは客人などでは無かった。
 
 
海老の様な漆黒のフォルム。
感情を宿さぬ無機質なレンズの瞳。
高圧の電気を帯電させる右手の挟。
赤く光り輝くチェーンに繋がれた左手の挟を巻き戻し、その無慈悲な瞳をガルクシアに向ける。
 
 
 
 
 
 
「ヘビーロブスター!!!」
 

 

 
 
 
 
 
それは、決して招かれざる悪夢の訪問者。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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