「・・・可愛い寝顔だ・・・・・・」
窓ガラス越しにすやすやと眠る赤子の顔を眺め、一人心を休めるガルクシア。
釣られて眠ってしまいそうな、不思議な感覚に浸っていた。
「ガルクシアさん!そちらは別のお子さんですよ!!」
「なっ!?」
言われて見れば、確かに自分の愛娘とは微妙に違う。
恥ずかしさに顔を赤らめつつ、場所を変える。
「済まない、生まれたての赤子はどれも似たようなもので・・・・・・」
「オホン!!!」
「・・・・・・・・・申し訳ない」
「・・・・・・と言う訳で、俺とした事が自分の娘の顔すら分からなかった」
病室にて彼は、先程の赤恥の失敗談をガールードに話していた。
「正直、物凄く不安だ」
「大丈夫よ、初めのうちは皆同じ顔なんだから」
「そうだろうが、これは父親としての自覚が足りないだけだと・・・・・・」
よほど真剣に悩んでいるらしく、頭を抱えてウンウンと唸る。
自分の子供の顔を間違えたのが余程ショックだったのだろう。
「・・・・・・はあ、少しナーバス過ぎじゃない?」
「マリッジブルーならぬ、ベビーブルーとでも言ってくれ」
「・・・・・・・・・・・・」
「今からこんな話をするのも気が早いが、将来はどうあって欲しいんだ?」
「・・・・・・そうね、出来れば同じ戦いの道へ歩んで欲しくは無いわ。どっちにしろ、考えるのは後でも大丈夫よ」
「そうか・・・・・・」
シリカ誕生から数ヶ月後。
ガールードの退院以来、愛娘のシリカを含めた3人の新たな生活が始まった。
「・・・・・・俺の前で母乳を飲ませるのは止めてくれ」
背中を向け、両手で目を覆うガルクシア。
「別に良いじゃない。私は恥ずかしいと思わないけど?」
「・・・少しは恥じらいというものを持ってくれ。考えがズレてる」
「貴方に言われたく無いわ。あのウィリースクーター、私が買い取ったのに一度も使わず麓へ歩いて行くんだから」
「普段ロクに外に出ないから、そうやって鍛えないと足腰が弱る」
やはり、父親になっても変人ぶりは変わらない。
「これから働こうっていう時に?」
「そうだ」
「もう・・・・・・」
夫婦の可笑しなやり取りは続く。
「悪いけど、おむつの取替えしてくれないかしら?」
「お、俺が!?・・・・・・上手く出来るんだろうか」
「私が新しいのを用意するから、早く!」
「ああ、分かった分かった!・・・・・・うわあ、色々とぐちゃぐちゃ・・・・・・」
「ほら、汚れたところをティッシュで拭いてあげて!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!このおむつの処分をどうすれば・・・あっ!!」
「・・・・・・2000万ピースしたカーペットが・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・!!」
「おい、シリカが泣き止まないぞ!どうすれば良いんだ!?」
「あやせば良いのよ!」
「あやすって、どうやって?」
「そうね・・・・・・ちょっと顔貸して」
「?・・・痛っ!!待て、頬を引っ張るな、痛い痛い!!」
「きゃっ、きゃっ・・・・・・」
「・・・・・・こんなんでよく笑えるな」
「小さいうちは、ね」
「見ろ!シリカが立ったぞ!」
「本当だわ!凄い、凄い!ほらこっちよ、おいで!」
「いやいや、まずは俺の方だろう!」
「あら、私の方がよほど好かれていると思うけど?」
「ふん、負けるもんか!」
「聞いて!シリカが私の事をママって呼んだわ!!」
「何だと!?くそっ、先を越されたぁ・・・・・・!!」
「ぱーぱ、ぱーぱ」
「・・・・・・今更言われても、嬉しいんだか嬉しくないんだか・・・・・・」
「まあまあ・・・」
夫婦と子供の間で流れる、仲睦まじく平和な時間。
この家族から笑顔が消える事は無かった。
年月は流れ、シリカ5歳。
ちなみにガールードは既に現職復帰を果たした。
「かあさん、みてみて!ようちえんでみんなとえをかいたの!」
「あらあら、とっても上手じゃない!よく描けたわねえー」
「え?これってただの落書きゴフッ!?」
(子供のうちは何でも褒めてあげないと!何でそういう辛辣な目でしか見れないの?)
(・・・済まない・・・・・・だからって、肘打ちはさすがに・・・・・・いたたたた・・・・・)
「ねえねえ、とうさんにもみてほしいの!ほら!!」
「あ、ああ・・・・・・大変素晴らしいな・・・・・・」
「・・・もうちょっと分かりやすく言って頂戴!」
「うぐっ!!・・・・・・いたたた・・・・・・」
「明日はシリカの幼稚園の合唱コンクールよ!その格好で行く気!?」
「仕方ないだろ、俺の服はこれ一着しか無いんだから」
「全くもう!父上のお古が有るから、それ着て行って!!」
「あの古臭いタキシードを!?冗談じゃない、格好悪い事この上ないぞ!!」
「つべこべ言わずに、早く!!」
「あらぁ、シリカちゃんのお母様ザマスか?なんて素敵な旦那ですこと!」
「す、素敵って・・・・・・・・・」
「そう言って頂けて嬉しいです。こう見えても変な所ばかりで・・・・・・」
「おい、人前で自分の夫を変人扱いするな!・・・・・・確かに変人だが・・・・・・」
「あら、自分でも認めてたんだ」
「・・・・・・まあ、な・・・・・・・・・・」
シリカ9歳、小学3年生の時。
事件は起きた。
「な、何ですかあなたは?いきなり教室に怒鳴り込んで!!」
「黙れ!!俺はここで世話になっているシリカの父親だ!ほら、あそこの席に座っていたのに不登校になった!」
「シリカちゃんのお父様ですか?一体何の用で・・・・・・」
「用件はただ一つ!!俺の娘を苛めたクソガキ共をぶっ飛ばしに来ただけだ!!!」
「い、苛め!?」
「・・・ほう、貴様は教師でありながら自分の生徒の本性も見抜けないか」
「ひぃっ・・・・・・!」
「娘が何よりの証言者、そして被害者!!この中に苛めを企てた、あるいは加わった奴は俺の前に並べ!!!」
凄まじい剣幕に教室は静まり返る。
誰も席を立つ様子は無い。
「そうか、白を切るつもりだな!?上等だ!!シリカの母親は銀河戦士団の一員、その気になればお前らの親をしょっ引く事も出来るんだぞ・・・・・・?」
銀河戦士団の威光を借り、脅しをかけるガルクシア。
重圧に耐えかねたのか、とうとう一人の少年が席を立った。
「ほう、貴様か。他には?」
「・・・・・・このクラスの女子」
「何?」
「ちょっと!!男子のクセに言いがかりつけんじゃないわよ!」
「そうよそうよ!いつもイタズラばっかりしてくるクセに!!」
「黙れ!!!!!!」
ガルクシアの怒号が教室を超え、廊下の遠くまで響き渡る。
あまりにも強烈過ぎた所為か、苛めに加わっていたと思しき女子が次第に泣き出した。
「庇う方も庇う方だな、全く!女子で俺の娘を苛めた奴は立て!!お前らの親がどうなっても良いのか・・・?」
「・・・・・・だって、気に入らないんだもん」
「いつもいい子ぶってるから・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
理由を聞き、呆れた表情。
「・・・・・・フン、それはテストの成績でか?それとも普段の生活態度で僻んでいるだけなのか?」
「・・・テスト」
「阿呆。だったら自分も頑張って見返せば良いじゃないか。たったそれだけの事苛めに走るなんて、情けないぞ」
以外にもガルクシアは冷静に、苛めていた女子を諭した。
「・・・・・・うええええええん・・・・・・・・・・・」
その後、ガルクシアを不審者と勘違いしたガードマンらと揉み合いになり、乱闘へ発展。
校長先生が寛容な人物だった事もあり、事は何とか穏便に済まされた。
苛めっ子もシリカにきちんと謝った。
「・・・ごめんなさい、今まで無視したり、からかったりして・・・・・・」
「ううん。私がいけなかったんだから、仕方ないよ」
「違うよ!私がテストで良い点取れなくて、お母さんに叱られてばっかりで、それで八つ当たりして・・・・・・」
「・・・じゃあ、いっしょに勉強がんばろうよ!私も手伝うから!」
「!・・・・・・ありがとう・・・・・・ぐすっ」
「貴方って人は本当に無茶ばかりするのね。危うく他の保護者から白い目で見られるところだったのよ?」
「俺は当然の事をしたまでだ。それに、校長も許してくれたんだから終わり良ければすべて良しじゃないか」
「・・・・・・確かに、間違った事はしてないけど・・・・・・少しは大人らしい対応、してよね」
「・・・・・・精進する」
ガルクシアはここ数年で、シリカとの接し方が大きく異なり始めた。
おおよそ以前の様子からは想像もできない、いわゆる“親バカ”ぶりを如何なく発揮。
傍から見ていて思わず笑ってしまうものだったが、苛めの一件ように、やや行き過ぎの面もあった。
「ガルクシア、何もそこまで懸命に草むしりしなくても・・・」
屋敷の周辺に生えていた雑草は跡形も無く毟られ、あちこちに掘り返された後がある。
文字通り、根こそぎ毟り尽くすつもりらしい。
「駄目だ、シリカが虫に噛まれたらどうする!それが毒持ちなら尚更だ!!」
「後、裏庭の先に積まれた大量の石ころは何?」
「転で怪我したら大変じゃないか。不安要素は全部取り除く!」
「はあ・・・・・・貴方、ちょっと神経質過ぎない?」
「そんな事は無い、親として当たり前の事だ!」
身の回りの危険なものに関して神経を尖らせるようになってしまった。
常備していたサーベルや鞭も、自分の部屋で厳重に保管。
甲冑の像も「崩れたら危ない」という理由で全て地下室行き。
あれだけ煌びやかだった内装は数日も経たないうちに寂しくなった。
ここまで来ると最早病期だ。
余計な気配りが良からぬ結果を招かない内に、何か手を打たねば。
更に月日は流れ、シリカ10歳の時。
「おやすみ、母さん、父さん!」
シリカが自室で眠りについた後、彼女は夫との話し合いの場を設けた。
「・・・・・・そろそろ止めにしない?」
間にテーブルを挟み、向かい合い座る二人。
真剣な面持ちで話す彼女を前に、ガルクシアはやや戸惑い気味。
「な、何を?」
「・・・あんまり過保護になるの」
そっちの事か、とため息をつく。
差し詰め、向こうは離婚話を切り出されるものだと思って冷や冷やしていたのだろう。
「まだ言うか。俺はあいつの事を思って・・・・・・」
「・・・・・・一つ、聞きたい事が有るの」
「?」
「貴方は、この戦争に私たちが勝てる見込みは有ると思う?」
「勝てるか・・・・・・って、そう言われると・・・・・・」
「気遣わなくて良い、正直に答えて」
「・・・・・・・分かった」
「・・・・・・銀河戦士団が勝てるとは、到底思えない」
「・・・・・・・・・・・・」
一言も口を挟まず、解き放たれる心の内を黙って聞き受け止める。
「白兵戦で質量兵器に一切頼らず、個人の力を結集して戦い抜こうとする奴らだぞ?
大量の敵を相手取るには余りにも非現実的だ。馬鹿げている。
剣一本とバズーカ一基では戦力が全然違うんだからな。
それと、ナイトメア軍は魔獣だけでなく、デスディスク、ヘビーロブスターシリーズのように強力無比な兵器を存分に駆使している。
特にヘビーロブスターの恐ろしさは以前、俺が身を以って思い知った。
あれは文字通りの「悪夢」だ。生身で果敢に挑んで良いような相手ではない!」
感情が熱くなり、口が止まらないガルクシア。
銀河戦士団の矛盾に対する怒りが彼の心の奥底から込み上げてくる。
「銀河戦士団が今の体質を改めぬようでは話にならん。勝機など薄くて当然だ・・・・・・」
はっと気づいた。
彼は溢れ出る言葉を塞き止めると、申し訳無さそうに口を噤む。
曲がりなりにも、銀河戦士団は宇宙の平和を願い、戦いを続けている。
そんな彼らの気持ちを傷つけるような失言を、あろうことか現役たる妻の前でぺらぺら喋ってしまった。
許されざる事をした気がする。
「・・・よく言ってくれたわ、ありがとう」
しかし、ガールードは怒らない。
むしろ彼の答えを待ち望んでいたかのように微笑む。
「確かに貴方の言う通り、今の状況は決して芳しくない。だからこそ・・・・・・」
「だからこそ?」
「貴方には本当にしっかりして欲しいの。例え私が居なくなっても」
「・・・・・・・・・?まるでこれから死地にでも行くかのような口ぶりだな」
「え、ええ・・・・・・職業上、常に死と隣り合わせな訳だし・・・・・・」
確かにガールードの言う通り、現在の銀河戦士団はいつ戦場で死ぬかも分からない状況に置かれている。
魔獣の襲撃、戦艦もろとも爆死、死因は色々あれど危険である事に変わりは無い。
「そうだよな、そうだった」
当たり前の事だったと、笑い飛ばすガルクシア。
場の空気が一瞬和む。
が、その笑いは直ぐに収まった。
「ガールード」
テーブルから直接身を乗り出し、彼女に顔を近づける。
「ちょっと・・・・・・」
「いい加減話してもらおうか、本当の事を」
「本当の・・・・・・?」
「とぼけたって無駄だぞ」
「ついに選ばれたんだろう?ギャラクシア奪還部隊のエースとして」
「!!」
彼の口から出た、意外な言葉。
まだ一言も話していないのに、何故その事を知っているのか、ガールードは不思議でならなかった。
「どうして、それを・・・・・・」
「ノイスラート卿が教えてくれた。案外口が緩かった」
ノイスラート卿は良かれと思ってガルクシアに真実を伝えていた。
本来ならばメンバーの選定は戦士団の機密情報だったが、彼は口の緩い男だった。
「あの人ったら・・・・・・!」
「だからお前はこんな話を持ちかけたんだろうな。・・・きちんと話してくれ。“それ”は事実なんだな?」
「・・・・・・・・・・・・!」
更に身を乗り出し、人差し指で彼女の顎を軽く上げる。
視線を逸らそうとするが、強く見据えた瞳が掴んで離さない。
「ガールード・・・・・・・・・」
威圧感の有る、しかし物悲しげな目。
もう誤魔化せまい、そう思ったのか重い口を開いた。
「・・・・・・・・・そうよ。チームの何人かは既に戦死。補充員だった私は埋め合わせとして急遽、正式メンバーに格上げされた」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・恐らく、私は戦士として十分に安息の時を過ごした」
「・・・行くんだな。戦場へ」
ガールードはただ黙り、こくりと小さく頷いた。
「それは何時になるんだ?」
「何時かは分からない。ただ、ギャラクシアの場所は少しずつ割り出されてきている。そう遠くないうちに・・・・・・!?」
突然、強引に顔を引き寄せられ、互いの唇が重なる。
キス。
彼女の長く美しい髪を弄り、抱擁を交わす。
「むぐ・・・・・・ちょっと・・・何を・・・・・・!」
「遠くないうちに死地へ赴くというのなら、今この一瞬の時も大事にすべきだ」
そう言うと、椅子から床へ押し倒した。
純粋な瞳は、ガールードを真っ直ぐに捉えている。
「・・・・・・柄に無く強引ね」
「いつもエスコートされっぱなしだったからな」
「・・・エスコートの使い方違うけど」
「うるさい」
「ちょっと・・・むぐ・・・・・・!」
「・・・今夜はずっと一緒に居てくれ。これは、俺たち二人に許された最期の時間かもしれないから・・・・・・・・・」