第9幕

 

 

 

 
 
 
 
かつてガルクシアが一騒動起こした小学校。
今日は6年生の卒業式。
シリカも今年で13歳を迎え、色々な思い出の詰まったこの学校を去ろうとしていた。
 
しかし、卒業式に母の姿は無かった。
 
 
 
「・・・・・・悪いな。母さんはどうしても外せない急用で来れなくなった」
どうにか自分なりに慰めようと、ガルクシアは娘に釈明していた。
 
「良いよ、気にしてないから。・・・・・・宇宙の平和を守る為に戦っているんでしょ?」
「ああ」
「だったら私、文句言わない。それが母さんの為だもの」
 
 
 
 
 
「・・・・・・強い、な」
 
彼女の心の強さに、ただ感心する事しか出来なかった。
 
 
 
 
 
 
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銀河戦士団本拠地、プラチナインフェルノ級「ギャラクティカベース」。
実力者ら「銀卓の騎士」は、一角の会議室にて話し合いを行っていた。
この面子の中に含まれるのは、メタナイト卿、ガールード、ジェクラ、ヤミカゲらの四人。
取り分けガールードは、本来銀卓の騎士ではない自分が呼び出された理由について明白に理解していた。
 
 
 
議題は、今後の作戦展開。
 
 
 
「今回、3つの作戦を同時に立案、発動させたいと思う」
 
オーサー卿が一声掛けると、作戦資料が一同の手元に配られた。
各々、一枚ずつ捲りしっかりと目を通す。
書類には段落番号でこう書かれていた。
 
 
 
1:「メックアイ秘密工場襲撃」
2:「闇の洞窟潜入」
3:「ナイトメア要塞総力決戦」
 
 
 
「オーサー卿、2番目の「闇の洞窟」というのは・・・・・・?」
 
挙手、質問をぶつけるガールード。
オーサー卿は冷静に答え、話を進める。
 
「ギャラクシアの件に深く関係するが、それは今から説明するので各自よく聞いてくれ」
 
 
 
 
第一作戦、メックアイ秘密工場襲撃。
空間上に投影されたホログラムは、工場らしき建物の内部と、その周囲に置かれた砲台をピックアップする。
 
 
 
以前より猛威を振るう敵の「デスディスク」。
ナイトメア軍はかの悪名高き武器輸送会社「ドロッチェカンパニー」と結託し、デスディスクをベースとした更なる大型飛行兵器を共同開発。
今回、メックアイにて完成が間近に迫ろうとしている。
 
本件の目的は、ターゲットとなる飛行円盤「デスタライヤー」の一号機完成を阻止する事。
兵器工場区域の周辺は、強固な防衛システムによって護られているため、艦隊での襲撃は不可能。
内部もメタルガーディアンやヘビーロブスター系統のメカ魔獣が至る所に配備され、常に侵入者を警戒している。
敵のセキュリティシステムを上手く掻い潜り、工場中枢およびデスタライヤーの機能を破壊せよ。
目的の達成方法には拘らず、例え質量兵器を伴ったいかなる破壊工作も許可する。
これに失敗すれば、宇宙に恐怖を齎す悪夢の兵器の覚醒を許す事となる。
 
 
 
「この作戦の中心はジェクラが妥当と我々は見ている。異存は無いな?」
「勿論です」
「パラガード卿も異議は無いな?」
「当たり前でしょう、彼は我々とも肩を並べる実力者。これでギャラクシア奪還に振り分けられなかったのが不思議な・・・」
 
 
「パラガード君」
 
 
ノイスラート卿より突如発せられる、言い得ぬ重圧感。
 
「あまり余計なことを言うものではないよ。気持ちは分かるけど」
そう言うと、何故かガールードの方をちらりと見やる。
彼女は無反応だった。
 
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・では、オーサー卿。次を」
「ああ」
 
 
 
 
 
第二作戦、闇の洞窟潜入。
かなり深い階層を持った、迷路のような構造が映し出される。
 
 
兼ねてより捜索を続けてきた「宝剣ギャラクシア」および「キリサキン」の行方が遂に判明。
洞穴の星「ケビオス」辺境に位置する「闇の洞窟」にて反応を確認。
現地の住民であるワムバム一族の王はナイトメア軍と協力関係にあったが、現在は本件ともども不関与を貫いている。
従って彼らの協力を仰ぐ事は不可。
調査の結果、ギャラクシアは洞窟最深部にて安置されている様子。
なお、調査隊はキリサキンと岩石魔獣ガレブの群れから同時に奇襲を受け、一人を残して全滅。
念入りの準備が求められる。
 
本件の目的は、少数部隊を率いてのギャラクシア奪還。
洞窟内は非常に複雑かつ狭い構造をしており、大人数での突撃はかえって不利と見ている。
敵対する魔獣は、一個体ではキリサキンの方が圧倒的に強いが、ガレブも群れを成せば見過ごせない脅威と化す。
これらを退け、キリサキンと雌雄を決し、宝剣を我らが手中に取り戻せ。
 
 
 
「・・・・・・本件に関しては、ノイスラート卿。独断でガールードの夫に情報漏えいしたとの疑いが・・・・・・」
「・・・いいえ、私は存じませんが。ねぇ?」
「・・・・・・そうか。私は知らなかった事にしておく。ガールード、そなたには改めてギャラクシア奪還の方へ赴いて欲しい」
「・・・了解しました」
「それと、だが。メタナイト卿」
「?何でしょうか。私は確か、ナイトメア要塞の・・・」
 
 
 
 
 
「事情が変わった。先日、ギャラクシア奪還隊のメンバーの一人が不慮の事故で亡くなった。従って穴埋めとして、急遽そなたに同行を願いたい」
 
 
 
 
「!!・・・・・補充員は?」
「全て、正式メンバーとなった・・・・・・頼む、戦火が激しさを増す中、これ以上人員を割くことは出来ない」
「・・・・・・」
「従ってこの件は、メタナイト卿とガールードの二人を中心とするが、宜しいかな?」
「「異存は有りません」」
 
 
 
 
 
そして、第三作戦。
敵地「ナイトメア要塞」への総力戦。
ホログラムに映されるは巨大な本拠地の立体図のみ。
 
「・・・・・・我々はギャラクシアの件に並んで、この作戦に全てを賭けようとしているのだ」
「どちらかと言えば、優秀な人員はギャラクシア寄り、有力な艦船はこっち寄りなのだけどね」
 
後に言葉を添えるノイスラート卿。
やや砕けたような物腰だが、目は笑っていない。
 
 
 
ナイトメア軍は無尽蔵に生み出される魔獣を以って、飽くなき破壊活動を繰り返した。
その結果、終わりの無い戦争が銀河戦士団を少しずつではあるが、疲弊させていく。
これ以上の戦いは無駄な犠牲を生むだけである。
最早、早期決戦しか道は無い。
 
残存艦隊の大部分を動員し、本拠地「ナイトメア要塞」に総力戦を挑むという、起死回生の一大作戦をここに発動。
宇宙戦艦の大部隊を率いて要塞へ直行せよ。
なお、ナイトメア要塞付近の惑星には凶暴な魔獣が蔓延っている。
火炎魔獣チリドッグ、最強魔獣デンジャー、最強魔獣クラッコ、いずれも実力共にトップクラスの魔獣たち。
中には最強魔獣きってのエースであるマッシャーの姿も目撃されている。
万が一の事態に備え、何としても生き延びよ。
 
 
要塞付近に到着次第、直ちに総力戦を展開せよ。
現時点でデスディスクの装甲を傷つけられる兵器を持つのは、ジェノサイド級ら攻撃特化の戦艦。
元より、真っ向から戦いを挑む気は無い。
周辺の敵は追い討ちを許さない程度に片付け、全軍突撃。
要塞全体のエネルギー供給など全ての管理機能が集約された司令室さえ破壊すれば、ナイトメア要塞はたちどころに宇宙の藻屑となる。
なお、試験的では有るが、ナイトメア要塞外部に大型の惑星破壊砲を設置したとの情報も入っている。
周辺の飛行兵器以外にも警戒が必要と思われる。
 
後は敵の首領、ナイトメアとの最終決戦へ。
未だ彼の手の内を見た者は存在しないが、限りなく創造する魔獣と未知の魔術にだけは絶対に警戒せねばならない。
空中戦が予想される。
艦隊、エアライドマシン乗り共に総力を上げ、忌まわしき悪夢との戦争に終止符を打て。
 
 
 
「・・・・・・ナイトメア要塞は宇宙の遥か彼方に、その体躯を構える。長い道のりとなるだろう」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「我々は出来る事なら、全ての戦士、戦艦を召集、総動員したい。他2件の作戦が終了した者には速やかな合流を求める」
 
「ヤミカゲ君」
 
ノイスラート卿が声を掛ける。
 
「・・・・・・何だ」
「君には三つ目の作戦に、パルシパル卿と共に参加してもらいたい。君直属の忍者軍団と一緒にね」
「・・・ふふふ、久々に己の血が騒ぎそうだ・・・・・・」
「・・・・・・喜ばしい事で何より」
 
 
 
「質問は?」
 
作戦内容に疑問を抱いた者、オーサー卿が質問を促す。
 
「はい」
「では、ジェクラ」
「ナイトメア要塞の件ですが、具体的にはギャラクティカベース外の戦艦を含め、全体の何隻が作戦に加わるのでしょうか?」
「まだ纏まってはいないが、8割方発つ事になる。各級別に最低2隻以上はここを護らせる」
「・・・分かりました。それと、工場潜入に関してですが、セキュリティシステムを突破するための工作員の同行は?」
「勿論、許可している。メカニック経験のあるガールードが外れたのは惜しまれるべき事だが」
「分かりました」
 
 
 
「他は?」
「俺だ。何故、要塞攻撃はハルバードが完成するまで待てなかった?」
「・・・残念だが、敵の本格的な攻撃まで間に合いそうに無い。これでも苦渋の決断だ」
「・・・・・・ふん・・・」
 
 
 
「他に質問は?・・・では、ガールード」
「先程、要塞攻略戦に向かわせる艦隊の数は8割と仰いましたが、万が一その間にギャラクティカベースが襲撃に遭うとしたら、果たして護りきれるので?」
「・・・今回は特例として、ジェノサイド級以外の艦にも惑星破壊砲を搭載する。暴発しない程度に出力制限は加えるが、デスディスク相手には十分だ」
 
「・・・・・・分かりました。更に、ガレブ及びキリサキンの情報を」
「・・・・・・少し長くなるが?」
「構いません」
 
「では、この際だから他の作戦に関わってくる魔獣の説明もする。各自、しっかり覚えておいてくれ」
 
投影装置が、今度はそれぞれの魔獣の姿と詳細なデータを表示する。
 
 
 
 
 
 
メカ魔獣メタルガーディアン。
球状の変形可能ボディが大きな特徴。
厳密には、メカ魔獣と言うより警備マシンと言った方が相応しいだろう。
置物の如く侵入者を待ち伏せるタイプで、感知次第すぐさま起動、戦闘開始。
爆発性を持ったレーザーと、3方向同時に発射する2種類のレーザーで侵入者を焼き払う。
弱点は電撃系統の攻撃。
ただし、不利になると他のメタルガーディアンを起動させるようプログラムされているので、深追いは禁物。
なるべく接触は避けたい。
 
 
 
 
岩石魔獣ガレブ。
元々はケビオスの遺跡を守護する、メタルガーディアンのようなものだった。
一部はそれに改良を加えられ、つまり魔獣化させた上で闇の洞窟に配備。
調査隊が壊滅に追い込まれた最大の原因。
 
メタルガーディアンのように普段は石像に擬態して眠っており、ピクリとも動かない。
だが、侵入者を感知すると目を覚まし、石の体を以って排除しようと襲い掛かる。
最も使用頻度の高い行動は、体当たり、飛び上がっての急降下、アッパーカットの3種類。
色ごとに得意とする攻撃もそれぞれ異なるが、闇の洞窟に生息するタイプはそれら3種の攻撃を満遍なく使い分ける習性がある。
水の攻撃にはからきし弱く、一体ごとの戦闘能力もそれ程ではない。
が、今回のガレブは集団で徒党を組む恐れが十分にあり、油断は出来ない。
 
 
 
 
 
キリサキン。
際立った特徴を持たずして最高の実力を誇りながら、最強魔獣の座を逃したとも言われる悲劇の魔獣。
 
専ら肉弾戦を主軸とし、強い凶暴性を持つ。
両手の鎌は再生能力によって何枚でも再生される。
無論、その肉体も容易く傷つく事は無く、強靭な生命力がたちどころに傷を癒してしまう。
唯一の弱点は遠距離攻撃を持たぬ事。
だが、見かけによらず高い敏捷性を有しており、生半可な火器兵器ではあっという間に詰め寄られ、己の首が飛ぶ。
隙が無い。
 
 
 
 
最強魔獣マッシャー。
全ての最強魔獣の頂点に立ち、ナイトメアが最高傑作のひとつに数える魔獣。
 
怪力と超重量級の体、そして巨大な鎖付き鉄球を最大の武器とする。
ただそれだけにも関わらず、戦闘能力はトップクラス。
たった一体で銀河戦士団の戦士1000人を相手にしながら、殆ど致命傷を負わされる事無く生還した。
まさに一騎当千。
如何なる者も寄せ付けぬ圧倒的攻撃力。
白兵戦を得意とする戦士団には脅威以外の何者でもない。
この魔獣と戦った者は一人残らず命を落とした為、全貌は未だ明らかとされていない。
 
 
 
 
 
 
「要注意となる魔獣は以上だ。勿論、ヘビーロブスター系統の魔獣にも十分気をつけて欲しい。他には?」
「・・・・・・・・・・・・特には無いようですね、オーサー卿」
 
一同の顔を見回し、ノイスラート卿が言う。
 
 
 
 
 
「では、これにて会議は終了とする。準備を整え、万全の体勢で望め」
 
 
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「・・・・・・と、言う訳」
 
夕食、家族の団欒を過ごした後、ガールードは2人を集め、全てを話した。
 
 
「・・・・・・・・・行くの、か」
 
彼女に課せられた宿命を理解し、受け入れるガルクシア。
一方のシリカは、突然訪れた別れに動揺を隠せない。
 
 
「・・・ええ。こちらの時刻では、明日の朝ここを発たなければならない」
「もう準備は出来たのか?」
「既にね。・・・ケビオスまでは遠く、長い旅になる。敵戦力を考えると、生還は絶望的」
「・・・・・・今度こそ、これが最後の時間か。仕方ない、これもまた星の戦士の宿命」
 
 
 
 
 
「やだ!!!」
 
 
 
 
シリカが叫ぶ。
 
「どうして?どうして母さんが行かなくちゃいけないの?何時までもここで一緒に暮らそうよ!!」
「・・・・・・シリカ。これは宇宙の命運を決める・・・・・・」
「父さんは黙っていて!!・・・酷いよ、こんなの・・・・・・!」
 
突然の別れ。
現実を受け止められず、泣きじゃくった。
 
 
「・・・・・・我が儘言わないで、シリカ」
 
 
 
ガールードはそんなシリカの頭に手の平を乗せ、優しく撫でる。
 
「・・・一度戦いに身を投じた者は、一生その宿命を背負って生きていかなければならない。貴女には、私と同じようになって欲しくないの」
「・・・・・・ガールード・・・・・・・・・」
 
 
「ごめんね、シリカ。でも貴女の事はずっと愛してる」
「・・・・・・本当に?」
「私の可愛い、大事な一人娘ですもの」
「・・・・・・・・・母さん!」
 
母親の胸に顔を埋め、それを優しく抱きしめる。
水を差しては悪いと、ガルクシアは終始無言だった。
 
 
「・・・・・・今日は一緒に寝て。母さんと二人きりになりたい」
「良いわ。最後までずっとお話しましょう」
「・・・・・・俺は邪魔者だな」
「!・・・・・・そんな事無いわ、貴方」
「いや、良い。俺は少し外を散歩してくる」
 
そう言うとガルクシアは、一人部屋を退出。
普段使わなかったウィリースクーターで夜のドライブに出かける。
 
 
「・・・・・・多分、あいつの事だ。別れはきっと・・・・・・・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
二人きりになった母と娘。
ベッドの上で寝転がり、思い出深い昔の話に花を咲かせ、会話は弾む。
父親の前では話せなかった思わぬ本音も飛び出し、時にはどっと笑いが起きた。
 
ハクション!!・・・・・・今日はやけに冷え込むな・・・」
 
 
 
話題は小学校の頃に起きた、あの出来事に変わる。
シリカはあの時、行動を起こした父親を初めて尊敬したと言う。
ガールードは彼の行動をあまり宜しく思わなかったが、彼女の意外な感想に驚いた。
 
 
 
話は止め処なく続き、やがて無意識のうちに眠り始めたシリカ。
深い眠りに落ちた事を確認すると、静かにベッドから降り、毛布を掛けてあげる。
そのまま、静かに部屋を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
明かりの消えた屋敷の中、激戦の痕が生々しく残った廊下を通り、玄関口へ。
あらかじめ隠しておいた荷物を背負い込み、屋敷を出て正門に向かった。
そこに立つのは一人の男と、端に駐輪されたウィリースクーター。
 
 
「あら、もうドライブは済んだの?」
「まあな・・・・・・趣味が悪い。眠った隙に逃げ出すなんて」
「仕方ないわ。泣きながら見送られるより心が軽いもの」
「・・・・・・俺はシリカにどう言い訳すれば?」
「知らない」
 
 
 
「・・・最後にしては結構冷たいんだな、って、むぐぅっ!?」
 
 
 
 
いきなり顔を引き寄せられ、互いの唇が触れ合う。
今度はガールードの番だった。
 
 
 
「・・・・・・あの時のお返しよ。私が受けに回るなんて、屈辱だわ」
「・・・こっちこそ、な」
 
 
 
されるがままに押し倒され、口付けを交わされたガルクシア。
永遠かも分からぬ別れを前にして、二人は熱く燃え上がる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・・・・これが最後だ。愛してる、永遠に」
 
 
 
 
 
「私も、貴方の事をずっと忘れない。愛してる」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
翌朝、目を覚ましたシリカは異変に気づく。
母が居ない。
屋敷中のどこを探しても、姿は無かった。
父に行方を尋ねても、丁度起きたばかりだから知らないと言われた。
 
 
 
 
 
 
今日の朝に旅立つと言っていたのに、どうして。
 
 
最後の最後で、少しだけ裏切られたような気持ちが頭の中を駆け巡る。
 
 
 
 
 
 
 
 
数週間、シリカの心に空いた穴は埋まらなかった。
 
 
 
 
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話は一旦、銀卓の騎士会議終了後まで遡る。
 
 
「・・・・・・来てしまったな、この時が」
 
 
 
会議室から少し離れた広場で、メタナイト卿とガールードの二人はベンチに座り話し合う。
 
 
 
「・・・ええ。私が思っていたよりも、早く」
「・・・覚悟は、出来ているのか?」
「正直に言えば、まだ出来ていない」
「やはりな。・・・・・・・・・まだ引き摺っているのか?自分だけが「位」を持たない事に」
 
 
 
銀河戦士団におけるガールードの立場は、少々特殊なものだった。
数少ない女性団員としては非常に優秀で、輝かしい功績の数々にはオーサー卿らも一目置いているほど。
 
 
 
「そんな事は無い。うだうだと悩んでいたのも昔の事よ」
 
 
 
しかし、彼女だけは「位」が無い。
メタナイト「卿」のように、敬称を付けて呼ばれない。
だが、これは不当な仕打ちでも無く、彼女の苦い過去がそうさせているのだ。
 
 
とあるフォトロンの公国で上流階級に生まれ、王宮近衛兵隊の隊長として王女に忠誠を誓った日々。
初めて知る事となった、公国の裏側。
上流階級の下で、理不尽に搾取され続ける貧民の存在。
それをさも当たり前かのように保持する保守派。
部下の巧みな情報操作で、何も知らされない王女。
 
弱者を下敷きに裕福な暮らしを得る事、そして無知で無力な指導者に、ガールードは嫌気が差した。
そして、彼女は反逆した。
自分を慕う、たった数十人の同胞と共に。
 
だが、それは裏切りによって潰えた。
王女の首を狙わんとした危険分子と見なされ、彼女は国外へ追放。
フォトロン族の異端者として同族から蔑まれ、疎まれた。
 
 
 
 
行く当ても無く彷徨う中、ある旅団に出会う。
銀河戦士団より派遣された、小規模の一個小隊。
ガールードは彼らの掲げる理想と信念に酷く心を打たれ、銀河戦士団への入団を決意した。
 
 
当時、男ばかりの銀河戦士団に女が加入する事は異例中の異例。
多くの戦士は、彼女が足手纏いになるのでは無いかと不安を拭えなかった。
取り分けこの傾向が最も強かったのは当時のヤミカゲで、彼女の存在自体を快く思わなかった。
それほど女性は、戦死として力の無い生き物だと思われていたのだ。
 
そういった逆境を切り抜け、戦場では獅子奮迅の活躍を見せるガールード。
彼女は戦士団内で瞬く間に名声を得、ヤミカゲの彼女に対する印象をも変化させた。
長い年月をかけ、ようやく己の居場所を得たのである。
 
 
 
一時は女卿の位まで与えられる程だったが、あろう事かそれを放棄した彼女。
過去の出来事から、最早ガールードは位そのものに嫌悪感を持っていた。
両親の急死で自分が家の当主を引き継ぐ事になっても、その考えは改めなかった。
結果、銀卓の騎士内における彼女の地位は実質的に最も低い。
オーサー卿ら上層部は成る丈ジェクラ、メタナイト卿らと同列に扱おうとするが、ガールードにとっては余計なお世話以外の何者でもない。
 
 
 
それは位を持たないから。
あくまで下位に甘んじようとしている。
だが、本当にそれだけだろうか?
ギャラクシア奪還チームの一員として選定された時より、ずっと複雑な表情を浮かべていた。
もし彼女の抱える悩みが、自分の地位や家庭の問題では無いとしたら、恐らくそれは彼女の――――――
 
 
 
「・・・・・・・・・・・・・・」
「どうしたの?」
 
 
 
メタナイト卿は一瞬、先を言いよどんだ。
パラガード卿の言葉をノイスラート卿が遮ったのも分かる気がする。
こればかりは彼女にとって非常にデリケートな問題だろう、下手に傷口を広げるような事はしたくない。
ぶつけようとした問いを胸のうちに仕舞い込み、平静を装う。
 
 
 
「いや、何でもない。・・・・・・・・・私はこれで先に失礼する」
「ええ」
「準備と体調管理を怠るなよ」
 
 
 
 
その後に返された別れの言葉を、何も聞かなかった事にするメタナイト卿。
単なる思い違いかもしれないが、一見何気なく発せられたように見えるその言葉は、とても深い意味があるように思えた。
 
 
 
だから、彼は決して認めたくなかった。
しかし、彼女は“それ”を自ら認めた。
 
 
 
他に聞こえの良い別れの言葉など、幾らでも有った筈だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
だのに、彼女は“その言葉”を選んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「さようなら」
 
 
 
 
 
 
 
それが何を意味するのか、彼は後に明確な形で知る事となる。
決して受け入れ難い、残酷な現実として。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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