~『歴史は繰り返す』~
「・・・・・・・・・あれから早2年か」
今はもう居ないガールードの部屋を眺め、ガルクシアは呟いた。
シリカは既に14歳を迎え、中学2年生に進級。
特に何の問題も無く生活しているように見えたが、2年前はほとほと手を焼かされた。
当初のシリカの状態は酷い物であった。
母親と別れたショックで自分と口も利いてくれない。
丁度この頃は一般で言う思春期の始まる時期と重なっていただけに、重症だった。
どうにか自分なりの努力を重ね、彼女の心を開かせようと試み続けた。
元から精神がそれなりに強い事もあってか、数ヵ月後になんとか立ち直らせる事に成功。
母親が居ない事を除けば、今までと変わらぬ暮らしが戻ってきたのだ。
それにしても、空が赤い。
夕方でも無いのに、まるで世界が滅び、荒廃したかのようだ。
物思いに耽っていると、玄関のベルの音が鳴り響く。
慌てて廊下を駆け抜け、応対に出るガルクシア。
「何の用・・・・・・おや、シリカじゃないか。授業はもう終わったのか?」
「・・・父さん、それが・・・・・・・・・」
ホームルームの時間に配布されたプリントをカバンから取り出し、ガルクシアに手渡す。
書かれた文章の内容に一字一句目を通し、驚愕。
「・・・・・・『戦争激化につき、戒厳令を発令。戦火が収まるまでは各生徒、自宅学習とします』?」
「・・・うん。それだけじゃなく、なるべく家の中でじっとしてろって校長先生が・・・・・・」
「・・・・・・これは学校全体に配られたのか?」
こくりと頷く娘を前に、信じ難いという反応が顔に出る。
まだ戦争は終わっていない。
いや、元より千年単位で続いてきたのだから、たった2年経過した程度で簡単には収まらなくて当然か。
仕方がない。
「・・・・・・分かった。万が一外に出る時は、俺の傍から離れるなよ」
「・・・うん」
戒厳令は生徒だけに出されたものではない。
この国だけでなく、既に世界レベルの非常事態が各首脳により宣言された。
街中の至る所に防衛軍兵士や戦車が配備され、重苦しい雰囲気が人々を包み込む。
全ての国民は自宅待機を余儀なくされ、一部の地域では政府主導により、兼ねてより建造を進めてきた大型核シェルターへの移動が行われている。
ナイトメア軍が戦術核を使うなど想像も出来ないが、万全な備えをしておくに越した事はない。
『各住民の皆さんは、特別な指示があるまで自宅から一歩も出ないようお願い致します!』
毎日引っ切り無しに防衛軍の放送が入る。
街から離れた所で暮らす自分たちには関係の無い話だったが。
『食料・飲料水は定時ごとにこちらが配給に回りますので、無理な外出は決して・・・』
飲み物では特に問題ない。
あの時、無理を言って牛を買ってきた甲斐があった。
毎日の牛乳に困る事だけは絶対に有り得ない。
いざという時は非常食として喰らうのも選択肢に考え得る。
急激な変化を迫られた、普段の生活。
シリカは満足に友達と遊ぶ事も出来ず、かと言って家に呼び込む訳にも行かない。
ただ屋敷の中で日長一日無駄な事をして過ごすだけ。
様々な趣味に興じて退屈さを紛らわそうとするが、すぐに暇となる。
ガールードの安否が気掛かりだ。
帰って来れるかも分からない戦いだとは承知の上だが、やはり心配であった。
以前メタナイト卿の話では、ギャラクシアは敵の内に有る事で正義と悪のバランスが崩れる、という旨の発言があった。
あの言葉通りだとすれば、まだ奪還には成功していないという事になる。
しかし、ナイトメアはそんな事もお構いなしに暴虐の限りを尽くす。
例えギャラクシアが銀河戦士団の手に戻ったとしても、そのまま勝利に繋がるものとは思えない。
後は総力戦を仕掛けた艦隊らの活躍を期待するしか有るまい。
ふと、ガルクシアの脳裏にある疑問が浮かんだ。
妻が亡くなったとしたら、遺産はどうなる?
昔の自分なら上手く言い寄って、根こそぎ頂いて蒸発する事だろう。
だが、それは過去の自分を苦しめたあの女と同じだ。
今は間違ってもそんな事などしたくない。
増してや、遺産の配分をめぐっての骨肉を分けた争いなど、自分もシリカも望むはずが無い。
そう言えば、ガールードに親族は居るのか?
かれこれ長い間行動を共にしてきたが、一度も語られた事が無い。
唯一分かるのは、両親とは既に死別している事。
かく言う自分も親族など存在しない。
正確には「勘当」されたのだ。
あの女に逃げられ、身も心も堕落した父親の姿に失望して。
そういう意味では、自分もガールードも天涯孤独の身なのだろう。
間違っても、シリカに同じ目は遭わせたくない。
身寄りが誰も居ないのは自分たちで十分だ。
娘の成長を見届けるまで、死ねるものか。
遺産と言えば、ガールードは遺言状を遺したのだろうか?
家中を探して見たが、それらしきものは一切見当たらない。
これでは配分の仕方に困る。
一般には親より子供の取り分が少ないとされるが、出来れば個人としてでは無く「親子」として相続したい。
それが法律で可能かどうかは知らないが。
『郵便でーす』
突然、玄関のベルが鳴り響く。
この厳戒態勢下で御苦労なものだ。
すぐに正門まで急ぎ、配達員から封筒を受け取った。
「銀河戦士団のガールード様から、こちらのガルクシア様宛に届いております」
「うちの妻が?」
戦争で色々と大変だろうに、よく手紙を出す余裕があったと思いながら自室に戻る。
一体どんな内容なのだろうか。
緊張に包まれ、封を開ける手が小刻みに震える。
中身を見ると、紙が3枚収められていた。
両方取り出し、まずは1枚目を読み上げる。
『ガルクシア。シリカは元気にしているかしら?
なかなか手紙を出す暇が無くてごめんなさい』
『今、私は目的地の闇の洞窟がある、ケビオスという星に居ます。
既にナイトメアの手に掛かっており、地表や洞穴には凶暴な魔獣が数多く潜んでいました。
けれども私とメタナイト卿の率いる部隊は、とても優秀な人材に恵まれています。
特に現地で警戒すべき魔獣、ガレブの弱点を付ける戦士の存在がとても大きく、戦いは私たちにとって非常に有利なものです。
唯一、現地民族のワムバム一族が私たちに寝床や食料を提供してくれなかったのが痛い点ですが。
それでも手紙を送る事だけは許しを得たので、こうして送る事が出来ました』
『この手紙がケビオスを出る頃には、私たちの部隊は闇の洞窟前に到着するものと思われます。
そして、貴方がこの手紙を読む頃には洞窟での死闘を終え、私の生死がハッキリしている事でしょう。
手紙は一旦ギャラクティカベースに届いてから貴方の手元へ届けられますが、同時に任務の結果も添えられるかも知れません。
もしも私がこの世から去っていれば、シリカの事を全て頼みます。
母親として何も満足に出来なかった私に代わって、精一杯の愛情を注いでください。
これは、私の最後の願いです』
『最後に。
星の戦士は死して直、宇宙に浮かぶ星空の一部となって世界と人々の行く末を見守り、時には行くべき道を指し示します。
万が一、貴方が今一度己の道を踏み外した時。
そして、自分の過ちを再び認める事が出来た時。
私は何らかの形を以って貴方を正し、真実を伝えます。
真実とは、今はまだ明かす事は出来ませんが、私にしてみればほんの些細な事です。
気にしないでください』
『では、願わくばまた何所かでお会いしましょう。
何時までも、シリカと共に元気でいて下さい。
貴方が唯一愛した女 銀河戦士ガールード』
全文を読み終えると、ガルクシアは少し狂ったように笑い出した。
「はは・・・ははははは・・・・・・何だこれは、まるでお前の死が、最初から決まっているみたいじゃないか」
何もこの任務で、絶対に死ぬという保障がある訳ではない。
少なくとも中心に立つガールード、メタナイト卿は、戦士団において手馴れの実力者。
余程の事が無い限りは戦死するはずが無く、そうでなくても死亡率は低い方の筈だ。
つまり、生還には僅かながら希望が見出せる。
だのに。
この手紙の文章は、明らかに「本当の死」を予測しているかのようだ。
ネガティブな予想から来る物ではなく、あらかじめ決まっていたかの如く確定的な死。
あまりにも悲しすぎる。
どうして、こんな事を?
疑問が尽きる事無いまま、2枚目の紙を手に取る。
ざっと目を通した瞬間、思考が一瞬停止。
絶大なショックのあまり壁に倒れ込み、手から紙を離した。
2枚目は1枚目に在ったとおり、本件の任務結果を詳細に示した書類だった。
全身の力が抜けつつ、鮮明に焼き付いた内容を思い出しながら紙を取り直す。
今度は声に出して読み上げる気になれない。
___
ギャラクシア奪還作戦、成功。
だが、部隊は20人中19人が全て死亡。
一人だけ生き残った者がいるだけでも奇跡である。
ここに尊い犠牲となった、勇敢なる戦士たちの名を記す。
遺体は損傷の激しいもの以外全て回収し、銀河戦士団指定の墓地にて安らかに眠らせる方針である。
五十音順(敬称略)
アク・ツ・バ
アレックス
イアイドー
イライジャ
ウー・ツェ
ウリック
ギグラー
クワトゥル
ゴスモグ
ザイターズ
スタム
ゼッド
ソンヤ
ビホルダー
フォーミシア
マンチャー
モーファ
ヤー・ブロデイン
__
犠牲者の数は18名しか記されていない。
「うあ・・・・・あ・・・・・・・・・!!」
残りの一名は誰か、この時点でガルクシアは見当が付いていた。
生き残っている事は絶対に有り得ない。
「あ・・・・・・あ・・・・・・・・・!!!」
何故なら、何故ならば――――――
___
最後に別枠で、命を投げ打ってでも本件に多大な貢献を遺した戦士をここに称え、特例中の特例である3階級特進とノヴァ勲章をここに与える。
ややも彼女の意向に反故する形となるが、偉大なる功績はきっと後世まで語り継がれる事だろう。
我ら銀河戦士団は、彼女の立派な信念と精神に敬意を表明する。
己を犠牲にギャラクシアを解放した偉大なる“銀河戦士団長” ガールード
___________
「嘘だああああああああああああああああああ!!!!!!」
彼女は、もうこの世にいないのだから。
「嘘だ、嘘だ・・・こんなの・・・うそ・・・・・・・こんな・・・の・・・・・!」
絶望に叩き落された音がする。
悲しみに支配された心。
最愛の女性との、訪れるべきではなかった永遠の別れ。
嗚呼、何故自分は彼女を止めなかったのか。
どうして引き止めなかったのか。
違う、違う。
もっと根本的な問題が有る。
これで分かった事がある。
神など、存在しない。
「信じれば救われるなどとほざいた馬鹿は何所のどいつだ!!俺の妻は救われなかったぞ!!」
悲しみを怒りに変え、宛ての無い憎しみを発散した。
「妻だけじゃない、この戦いに従事した戦士たち全員だ!!
神は悪しき者を許さないんじゃないのか!!正義を愛するんだろ!?
銀河戦士団は宇宙の平和と正義を守る為に身を削って戦っているぞ!!!
ナイトメアは宇宙の平和と正義を踏み躙る悪の枢軸だぞ!!!
あいつらは生きて帰りたいと願って散ったんだ!!!
なのに、どうして貴様は何もしなかった!!?
弱きを助け、強きを挫くんだろ!!!
これが世の理か!!!そうか戦士は必ず死ななければならないのか!!!!」
「恨むぞ!!俺は!!!救いを齎さなかった神を、不条理なこの世界を、恨むぞぉぉぉっっ!!!!・・・・・・・・」
最大の声量で叫びつくし、再び悲しみに沈むガルクシア。
そのショックはあまりにも大きすぎ、彼の心を押し潰した。
体中の力という力が抜け、口から唾液を垂れ流す。
最早、3枚目を読む気力など無い。
今の絶望を更に上回る何かが待っているとしか考えられなかった。
力無き足取りでテーブルに戻り、最後の紙を手に取る。
虚ろな目で、文面の頭に「遺言状」と書かれた文字群を読み通していく。
その顔に感情は宿っておらず、直も垂れ流される唾液が服を濡らす。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
最後まで読み終えた時、僅かにガルクシアの瞳が動いた。
もう一度最初から読み直し、文章の全てを一文ずつ解釈する。
それでも疑いを捨てられず、更にもう一度読み直す。
そんな行程を数回、数十回と繰り返した末に、ガルクシアは全てを理解した。
穿たれた心の穴から噴出す悲しみは、再び憎しみへと変わった。
_____________________
「どうしたの、父さん!?」
父の絶叫を聞きつけ、シリカは部屋に駆けつけた。
見ればガルクシアは背中を向け、椅子に腰掛けている。
だが、その姿は異常だった。
いつもは装備しない筈の2本のサーベルが、背中の鞘に収められている。
まるでこれから戦いに行くかのような。
シリカが来た事を知るや否や、ゆらりと力の無い様子で立ち上がる。
顔は、無表情だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
テーブル上の3枚の手紙を、無言で指差す。
まずは読め、という意味らしい。
「これがどうかしたの?父さん・・・・・・」
上に重ねてあったものから順に、文章を目で追った。
一枚目は母親からの手紙、二枚目は―――
「・・・・・・・・・・・・どうして・・・・・・!!!!」
再び受け入れざるを得ない、残酷な現実。
もう二度と訪れる筈もないと思っていた、残酷な悲劇。
シリカもまた、この時は世界そのものに怒りをぶつけた。
母は必ず帰ってくると信じていたのに、この結末。
どうしてこんな仕打ちを受けなければならないのか。
最後の紙を読めと、ガルクシアは指で指し示す。
紙には「遺言状」と書かれており、小難しい表現を用いた文章の羅列が続く。
一つずつ意味を噛み砕き、全て理解した。
「・・・・・・何で?」
彼女はさぞ疑問に思った事だろう。
遺言状の内容を。
「どうして私が?」
だが、彼女だけではない。
ガルクシアもまた、同じだった。
「・・・どうして・・・・・・・・・?だって、これ・・・・・・・・・」
最も、既に疑問を通り越し、ある感情が沸々と湧き上がっていた。
シリカはそれを、まだ知らない。
一つの疑問がどうしても拭えなかったから。
「母さんの遺産、全部私が相続する事になってるよ・・・・・・・・・?」
死後、遺産は全て愛娘のシリカに相続させるものとする。
そう、遺言状に書かれていた。
「・・・・・・・・・そうだ。その紙にある通り、遺産は全部お前が貰う事になっている」
「こんなのおかしいよ!きっと何かの間違いだって、二人で仲良く分けて・・・・・・」
「仲良く?」
重圧を感じさせる低い声。
帽子を深々と被り、ゆらりゆらりとシリカの前に移動する。
「・・・なあ、シリカ」
「何?父さん・・・・・・」
「・・・俺は昔な、女が大嫌いだったんだ。子供の頃、親父がもう一度結婚した相手が酷い悪女だった所為で」
「・・・・・・・・・?」
「そいつは平気で人を騙し、言葉巧みに親父へ言い寄った。・・・・・・醜悪な裏の顔を隠しつつ」
「・・・前に母さんから聞いたよ。それが原因で・・・・・・」
「そう。それが女嫌いの最大の原因だった。以来、ガールードに出会うまで俺の心は荒み、人の道を踏み外していた。
今思えば母さんは俺の事を裏切らなかったよ。それは俺の母も、お前の母も」
「・・・・・・どういう事?」
「俺みたいな男が信じられるのは、母親のように溢れる母性を持った女だけなんだ。それ以外の女など、カスだ!カス以下だ!以下の以下だ!」
声を荒げるガルクシアを前に、ビクっと身体を引き攣らせるシリカ。
「・・・・・・父さん、どうしたの?さっきからおかしいよ?」
「・・・俺はおかしくなんか無い。おかしいのはこの世全てだ、お前だ」
「・・・・・・え?ねえ、一体何のこと・・・・・・」
「何のこと、だと!?」
最後まで言い切る前に、彼女は見てしまった。
帽子の下から覗かせる、かつてない憎悪に満ちた瞳を。
そして、爆発した憎悪の矛先は彼女に向けられた。
「ふ ざ け る な!!!!!!」
突然シリカを床に押し倒し、馬乗りになって首元を両手で締め上げた。
「がはっ・・・・・・苦しい、やめて・・・・・・・!!」
逃れようと必死にもがく。
しかし、ガルクシアの重い体重が重しとなって、体が抜け出そうにも抜け出せない。
「どうやった!?」
「なに、が・・・・・・・?」
「お前はどんな手を使って、ガールードを騙したんだ!!!!」
「え・・・・・・・・・!?」
遺言状の全てを理解した時、ガルクシアの憎しみは自然とシリカに向かっていた。
彼はガールードに一点の疑いようも持たなかった。
「白を切っても無駄だぞ!!自分の為だけにガールードの全てを奪う気なんだろ!!!」
彼女は騙されているのだ。
子供ながらに邪悪な本性を隠した我が子によって。
遺産を自分の私利私欲の為だけに独り占めを企んだ、最悪の愛娘。
歴史は繰り返されるのか。
いや、決して繰り返させはしない。
例え自分の娘であろうと、因果の鎖はここで断ち切る。
誰にも妻の財産は渡さない。
誰にも妻は奪わせない。
もう、幸せを壊されたくない。
それが、彼の出した結論だった。
___________
「そんなの知らないよぉ・・・・・・放して・・・お願い・・・・・・」
「いつまでも誤魔化せると思うな!!我ながらとんだ悪女を育てていたものだ!!!」
締め上げる手が解かれた。
ようやく開放され、咳き込むシリカ。
だが、「制裁」は終わらない。
「このぉっ!!!」
両手で椅子を持ち上げ、起き上がりかけのシリカ目掛けて全力で投げつけた。
辛うじて避けるも脚の部分がこめかみを掠り、血が滲み出る。
「お前なんか俺の娘じゃない!!ただの穢れたメスブタだ!!!!」
身体を蹴っ飛ばし、長い髪を乱暴に引っ張り上げる。
そのまま硬い握り拳で顔を思い切り殴りつけ、次に平手打ち。
「嫌だ、痛い!!止めて!止めて、父さん!!」
泣き叫ぶ娘の言葉にも聞く耳持たず、何度も顔を引っ叩き続けた。
最後に強烈な頭突きをかまし、更に蹴り飛ばす。
「どの口がほざくか、メスブタぁっ!!!」
逃げようとする所を掴み、地に伏せさせ、抵抗する度に拳骨で鼻を殴りつける。
執拗に暴力を加える事数十分、シリカの顔は既に痣だらけ、血塗れとなっていた。
「・・・クックックックッ・・・・・・フハハハハ、ハーッハッハッハッハ!!!!」
彼は最早、シリカを自分の娘として認識していない。
それ故に箍を外し、憎悪の対象に振るい上げた徹底的暴力。
その快感に浸り、笑い狂う。
「下心しか持たない奴は絶対に裁かれるんだ!!お前も、俺を苦しめたあの女のように、殺してやる!!!!」
未だかつて味わった事のない無い最大級の殺意を向けられ、恐怖に震えるシリカ。
命の危険を感じ、精一杯の力を振り絞る。
「ぐあっ!!?」
思い切り突き飛ばし、部屋から逃げ出す。
更に逆上したガルクシアがその跡を追う。
「俺から逃げられると思うな、メスブタ!!!」
娘への殺意と狂気に駆られ、変わり果てた父の姿。
母との永遠の別れに並んで強いショックを受けていた。
「どうして!・・・・・・どうして私が殺されなきゃいけないの!?」
なぜ父が豹変したのか。
考える余地は無い。
ガルクシアの怒号が直ぐ其処まで聞こえて来た。
「何処だ!!何処に逃げたメスブタぁっ!!!!」
サーベル同士の触れ合う金属音を響かせ、屋敷中を舞台に追い掛け回すガルクシア。
何処へ逃げても直ぐに居場所を掴み、容赦ない暴力を浴びせようと殺意を持って襲い掛かる。
そのうち衣服を半分剥がされ、あられもない姿を曝け出された。
体力も気力も、シリカは限界に達しかけていた。
一方のガルクシアは強大な憎しみに駆られているのか、疲れなど全く感じないかのように全力疾走。
異常な体力を発揮し、追い詰める。
やがて逃げ込んだ先は、屋敷の屋上。
向こうも気づいていないらしく、シリカを探すガルクシアの怒号はまだ響き渡っている。
これからどうすれば良いのか。
麓の街まで逃げ出し、助けを求めるか?
恐らく住民ともどもサーベルの餌食と成り果て、血を流すのが落ちだろう。
いずれにせよ、ここから脱走しなければ命は無い。
父は完全なる憎しみに心を奪われ、敵対者となった。
最早話し合いは通用しない。
早く逃げなければ。
シリカはようやく、彼の気持ちが少しだけ理解できたような気がした。
一度裏切られたショックは相当大きなものだったのだろう。
それが二度目になって更に怒りと憎しみが芽生え、殺意へと変わった。
「ここに居たか・・・・・・・・・!!!」
その殺意は今、シリカを亡き者にせんと増幅を続ける。
「ひっ・・・・・・・・・!!」
「追いかけっこはお仕舞いだ!消え失せろぉ!!!」
2本のサーベルを振るい、襲い掛かる。
闇雲に振り払い、とにかく切り刻もうと刃が舞った。
「・・・・・・・・・・・・!!!」
必死に避け続けた時、怒りに身を任せてサーベルが一本投げつけられた。
それを見た時、彼女の頭に「反撃」の二文字が浮かぶ。
戦わねば、殺られる。
その判断が正しかったかどうか、彼女自身にも分からない。
しかし確かに、彼女はサーベルを手に取り、グリップの部分を強く握り締めた。
「・・・・・・面白い、俺と殺る気か!!!」
片方だけでも十分だ、と言わんばかりの猛攻で攻め立てるガルクシア。
太刀筋は滅茶苦茶だが、同じく剣の稽古をあまりした事の無いシリカには厳しいものだった。
「無抵抗のメスブタを甚振ってもつまらん!!ヒィヒィ足掻いて楽しませてみろ!!!」
狂気が成せる言動。
防戦一方のシリカ、なかなか攻めの一手に踏み込めない。
「うわあっ!!!」
剣で攻撃していた筈が、突然拳で殴り飛ばす。
不意に繰り出されたダーティーな攻撃に怯み、派手に尻餅をついてしまった。
「頭からかち割ってやるぅあ!!!死ねぇっっっ!!!!!」
サーベルを振りかぶり、今まさに振り下ろさんとしている。
死を覚悟するシリカ。
だが、死の恐怖から逃れる事は出来ず、恐ろしさのあまり思わずサーベルを垂直に振り上げた。
一瞬、何が起きたのかは分からなかった。
見れば自分の顔に赤い液体が付着していた。
返り血。
まさか、自分がした事は。
正面を見据え、自分が取った行動の結果を目に焼き付ける。
「うぎゃああああああああああああああ!!!!」
右目を斬られ、手で押さえてもなお出血しながらのた打ち回るガルクシアの姿。
「っ!?いやああああああっっ!!!!」
あれだけ怒りに煮えたぎっていた顔は苦痛に歪み、苦しんでいた。
「くそぉ・・・・・・・・・畜生ぉ・・・・・・・・・・・・・!!!」
呻き声を漏らし、尚も憎しみを、憎悪を発する。
ただ、起き上がっても立ち上がる事が出来ない。
逃げるなら今だ。
ガルクシアに脇目も振らず、一目散に逃走しようと横を通り過ぎた時。
戦慄の囁きが彼女の耳に残る。
彼女を呪うように悲しく言い放った、最後の言葉。
「お前なんか、生まれてこなければ良かった」
愛情を注いでくれた親の、それらを全て否定した発言。
シリカの胸の内に、深く突き刺さった。
彼女が逃げ出した後、ガルクシアの意識は遠ざかっていった。
『あーあ、酷い有様。右目がエグイ事になってるのサ』
『でも、キミに死なれたらちょっとだけ都合が悪いんだよ』
『だから、もっと生きていて貰うのサ』
犠牲となった戦士の名前の元ネタ
アレックス、イアイドー、イライジャ、ウー・ツェ、ゴスモグ、スタム、ゼッド、ソンヤ
・・・無印『ダンジョンマスター』に登場する勇者たちの名前。ソンヤ可愛いよソンヤ
そしてゼッドは愛すべきオッサン
ギグラー、クワトゥル、ビホルダー
・・・同作品に登場するモンスター。ギグラーは腹立たしいほど憎い敵
ザイターズ、マンチャー
・・・同作の続編『カオスの逆襲』に登場するモンスター。マンチャーのうざさは異常
アク・ツ・バ、フォーミシア、ヤー・ブロデイン
・・・同作の番外編『セロンズ・クエスト』に登場する地名。
言っとくけどシリーズ通じて大体「セロン=プレイヤー」だからな
ウリック
・・・漫画『刻の大地』の登場人物、イリアの偽名の一つ。未完が惜しまれる
モーファ
・・・『ゼルダの伝説 時のオカリナ』に登場するボス。ぶっちゃけダークリンクの方が印象に残っているんだが
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