第11幕

 

 

 

 

 

 
 
無残に崩れ落ちた建造物。
そこら中に広がる血飛沫の痕。
禍々しさを含む、赤みのかかった空。
 
 
荒廃した居住区の中心に、俺は立っていた。
 
 
 
何故俺はここに居る?
さっきまで屋敷の屋上に居たはずでは?
だが、この景色は見覚えがあった。
結婚してからずっと住んでいた街は、既に廃墟化。
文明が滅び、夥しい殺戮の痕が刻まれていた。
 
 
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『・・・・・・・・・まだ息はあるか?』
『そうみたいなのサ。閣下が直接手を加えるまでも無いのサ』
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ところで俺は何をしていた?
思い出せない。
そうだ、あの手紙だ。
 
 
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『哀れな奴サ。今まで愛した子供を恨み、その挙句に右眼を失わされた』
『何とも不憫なるダークマターよ』
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激高した俺は娘を殺そうと手に掛けた。
どうして?
それはあいつが裏切ったから。
よく出来た一人娘の皮を被り、俺とガールードを騙した。
偽りの姿を演じ続け、遺産を全て我が物にせんとした最低のメスブタ。
 
 
__
息がある、と言ってもこの様子じゃそのうちオダブツだね
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そんな奴は死んで当然だ。
だから殺そうとした。
しかし、それは失敗に終わった。
返り討ちを喰らい、代償に俺の右眼は切り裂かれた。
 
 
激痛にのた打ち回り、俺は娘を呪った。
 
 
お前なんか生まれてこなければ良かった。
お前の存在が何もかもぶち壊した。
 
くたばれ、朽ち果てろ、血肉と内臓をぶちまけろ、死んでしまえ。
 
 
 
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『利用価値があると思っていたが、とんだ見込み違いだった』
__
 
 
 
そう思った時、目の前に幻影が浮かぶ。
人の形を取ったそれは、俺が今もっとも憎むべき相手に酷似していた。
シリカ。
俺はサーベルを構え、切り捨てようと近づく。
 
 
だが、全身を見て愕然とした。
血塗れの体に捥げた片腕、生命が感じられない無機質な瞳。
足をズルズルと引き摺り、俺の方へ近づいて来る。
 
 
 
 
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瀕死のようでは使い物にならん。ここにある駒へ変えてしまえ
__
 
 
 
 
 
その姿は、西洋において有名な怪物以外に例える他無かった。
ゾンビ。
皮の剥げた腕をこちらに伸ばし、掴みかからんとする。
俺は怒るどころか、恐怖に怯えた。
いつ死んだかは知らないが、奴は父親が殺意を向けた事を明らかに憎んでいる。
 
復讐を果たそうとしているのか?
冗談じゃない。
全部お前が悪い癖に、逆恨みなど笑止千万。
この剣で切り捨ててくれる。
 
 
刃を横に薙ぎ払い、一閃。
上半身と下半身、見事真っ二つに裂け、吹っ飛んだ。
今度こそ、終わった。
 
その気持ちは油断の元だった。
斬られても直、シリカらしき化物は近づく事を止めなかった。
切断面から突如、無数の不気味な触手が飛び出す。
触手に叩かれた拍子にサーベルを弾き飛ばされ、奪われた。
腕のようなものを何本も形成し、俺に掴みかかる。
 
俺は命乞いをした。
相手は化物だが、シリカでは無いだけ屈辱の度合いは薄かった。
 
 
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ちぇっ、了解なのサ・・・・・・
__
 
 
無論、聞く耳を持たぬ化物は俺の体を引き寄せ、サーベルで、右眼を―――――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!
 
 
 
 
 
「うひゃあっ!?・・・め、目を覚ましたのサ!!」
 
死に体の男が発した思わぬ絶叫をぶつけられ、大いに驚き飛び跳ねた。
 
『・・・フン、しぶとさだけは天下一品か』
 
半ば失望していたような目で見下ろすナイトメア。
 
 
しかし、求める人材は手に入った。
 
 
 
 
 
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戦士団員の大半が決戦と任務に向かい、人影の疎らなギャラクティカベース。
ナイトメア軍の奇襲に備えるべく、船外には残りの各級戦艦が巡回。
どの艦船も種類に関わらず、特例により本来ジェノサイド級のみ発砲を許される「惑星破壊光線砲」を装備。
出来得る限りの防衛線を敷き、敵対者の侵入を許さない。
 
 
 
 
 
 
「ふぅ・・・・・・・・・心が安らぐね・・・・・・・・・」
 
 
 
コースターにカップを置き、一人たそがれる甲冑の騎士。
 
銀卓の騎士で唯一、いわゆる「留守番」を任されたノイスラート。
船内に設けられたカフェテリアで暫しの休息を嗜んでいた。
此処も客の人数は少なく、居ても外部の訪問者ぐらいだった。
 
 
「全く、船内の巡回など懲り懲りだ。いい加減自動巡回警備システムを導入すべきだな、我が銀河戦士団は」
 
 
一人席から窓ガラス越しに見える吹き抜けの広場。
辺り一面に配置された観葉植物を眺め、デスクワークの時間まで暇を潰そうとしていた。
 
「定時連絡まで話し相手も居ないから退屈だ。これだから戦争は嫌いだよ」
 
 
 
 
他の厳格な騎士と違い、ノイスラートは掴みどころの無い、やや軽い男だった。
部下とは親しく接し、時にはジョークも交える、皮肉を交える。
その若干型破りなスタイルは、ある意味戦士団の中ではガールード、ジェクラに並んで高評価を得た。
保守的思考の頭角であるパラガード卿は快く思わないが、ノイスラートにしてみれば然したる問題では無かった。
戦士たるもの、ユーモアを忘れてはいけないというのが持論。
堅苦しいものが嫌いなノイスラートの性格が顕著に現われた物だった。
 
 
何よりも高い支持を得る理由の一つとして、彼が相当な実力者である事が挙げられる。
基本的に自分よりも位が下の者を「君」付けする癖があった。
しかし、最強の戦士パルシパル卿と、銀河戦士団最高司令官オーサー卿に対してだけは必ず、「卿」と敬称付けで呼ぶ。
それは彼ら二人への敬意であり、実力への賞賛でもあった。
彼らもまたノイスラートとは掛け替えの無い友人であり、戦友の関係にある。
 
 
 
「・・・・・・しかし、ガールード君には悪い事をしてしまったな」
カウンターの店員が奥へ行ったのを見計らい、独り言を漏らした。
 
 
彼はギャラクシアの全てを知っていた。
それは、ガールードにとって「死」を意味する真実。
ギャラクシアを手の内に取り戻すべく、決して欠かせなかった事。
 
敢えて自分からは、彼女に事実を告げなかった。
精神に不安を来し、戦闘に支障が出て足を引っ張って貰っては困る。
そもそも、教える必要性は途中から完全に失せた。
 
 
彼女は既に悟っていたのだから
ギャラクシアの秘密、そして自分の――――――
 
 
 
 
「ノイスラート卿!!!」
 
 
 
兵士が突然店内に飛び込む。
かなり慌しい様子だが、何が起きたのであろうか。
 
「どうしたんだね、そんなに慌てて?急いでは事を仕損じると昔の諺で・・・・・・」
 
カップを手に取り、余裕の態度を見せるノイスラート。
しかし、その余裕の表情は直ぐに顔から消え失せた。
 
 
「それどころじゃ有りません!!ガ、ガールードの娘が!!!」
 
 
「・・・・・・・・・何だって?」
 
席を立ち上がり、兵士と共に店を出る。
彼女の娘に一体何が起きたのか、気掛かりで仕方が無かった。
罪悪感に後押しされ、何時に無く早い駆け足で現場に直行した。
 
 
 
「な・・・・・・・・・・・・!!?」
 
 
現場は騒然としていた。
周りの兵士らに保護された一人の少女。
泣きじゃくる顔は痣と血だらけで、見ていて惨いものだった。
衣服は切り裂かれ、傷ついた肌が露出。
白い髪の毛もグシャグシャに掻き回された痕が目立つ。
 
ノイスラートは絶句せざるを得ない。
辛うじて、その少女の顔に見覚えがあった。
 
「・・・・・・・・・君」
少女を見つめたまま、その隣の兵士に問いかける。
 
「彼女の名前は、何て言うんだね?」
「え?ええっと・・・・・・確か」
「シリカ」
 
 
兵士が答えるまでも無く、少女が先に発した。
 
 
 
「私はシリカ。もうこの世に居ないガールード母さんの娘」
 
 
 
「!!!」
 
シリカの言葉を聞き、驚愕するノイスラート。
 
 
そんな馬鹿な。
公表すらしていない“あの”事実を、何故彼女は知っている?
いや、戦火の広がり次第では掲示すらままならぬ線も否定できない。
まだ全体集会で、彼女の3階級特進も告知していない。
 
ともかく、これは即ち何者かによる情報漏えい。
人員の大半が出払った所を狙い、忍び込み、書類か何らかの形で情報を入手した可能性が高い。
 
 
しかし、一体何の得がある?
彼女と父の悲しむ顔を見たいが為にこんな事をしたのだとすれば、性格的に相当性質が悪い。
この危険な状況下で、自分に利益の無い事をする愚か者など存在しない。
それとも単なる悪戯か?
もし悪戯では無いとすれば、何か恐ろしい策略が張り巡らされていそうな悪寒がする。
 
まさか。
人の死に際して、遺族は遺産の相続で大揉めする事も決して少なくない。
何者かの狙いが、それに伴う互いの不信だとすれば。
 
 
 
「・・・・・・“彼”か?」
 
 
 
ノイスラートの問い掛けに、黙って頷いた。
 
彼女に両親以外の親族は居ない、皆死に絶えた。
母親も、戦場で名誉ある犠牲を遂げた。
従って、彼女をこうまで残虐に痛めつける事の出来る者は、あの人物以外に決して有り得ない。
 
 
 
 
 
ガルクシアが、ダクマール・L・ガルクシアがやったんだな!?
 
 
 
柄にも無く、声を大にして怒りを顕わにするノイスラート。
シリカは再び頷くだけだった。
 
 
頭痛が起き、ノイスラートは頭を抱えた。
 
 
何という事だ。
彼は残された財産の為に、己の愛娘を虐待し、殺そうとしたのか。
愚かな。
遺産を巡る争いほど醜いものは無いと言うに。
そして哀れな。
愛情を注いできたはずの我が子へ、憎しみを向けるなんて。
 
 
亡きガールードは、決して喜ばない。
 
 
 
失望の念に駆られ、無意識にこう漏らした。
 
 
 
 
 
「・・・・・・私の見込み違いだったようだね、ガルクシア」
 
 
 
 
痛々しい姿の彼女から、視線を逸らす。
 
 
 
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激しく体力を消耗した事で、深い眠りについていたガルクシア。
目を覚ますと、そこは巨大なチェス盤のマス目上だった。
 
 
「・・・・・・夢、だったか。それにしても、此処は・・・・・・・・・?」
 
足元には無くしたとばかり思っていた、2本のサーベルが転がっている。
片方は、刃の先端が血に塗れていた。
 
 
『悪夢の生まれる場所、だ』
 
 
「!・・・・・・お前は!!」
 
二本の角を生やし、マントに身を包んだ男。
彼こそが、銀河戦士団の最も憎むべき最大の敵。
 
『そう。私こそが全人類の宿敵、ナイトメアだ。魔獣調教師として価値のあるお前を死なせる訳にはいかなかった』
「ボクがキミをここまで連れて来てやったんだ、感謝しろよな?」
 
その隣には道化師のような格好をした一頭身の生き物。
体よりも少し大きなボールの上で跳ね続けている。
 
 
「これから俺をどうするつもりなんだ?」
『勿論、我が魔獣どもを使役、統率する権利を与える。その力で銀河戦士団ら反逆者を苦しめるのだ』
「給料は弾んでやるのサ。それに、出来る限りの自由な権限をキミに与えてやる」
『そうとも、今なら破格の待遇で貴様を迎え入れてやろう・・・・・・どうする?』
「丁度良かった・・・・・・」
『ん・・・?』
 
 
 
「俺は丁度、向こう側に殺したい奴が一人居るんだ。共に戦おうじゃないか」
 
 
 
復讐に身を落とした瞬間だった。
 
 
『・・・フフフハハハハハ!!!賢明な判断だ・・・・・・我が手足となり、存分に働くが良い』
「改めて歓迎するのサ☆」
「では早速行動に移らせて欲しい」
「ヘイ、ヘイ、ヘーイ!!まだ右眼の処置が決まってないんだから、今は大人しくしときな!」
 
鬱陶しい道化師を振り払い、右半分の顔を片手で押さえる。
 
「分かっている。右眼をどうにかしたら、だ」
 
 
 
 
「後で、ギャラクティカベース襲撃の作戦を提案したい。時間を空けといてくれ」
 
 
 
それだけ言うと、道化師に連れられ『悪夢の生まれる場所』を去った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『・・・・・・なかなか有望そうな男だ。私の目に狂いは無かった!!』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
悪夢の高笑いが、果て無き空間に響き渡った。
 
 
 
 
 
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