無残に崩れ落ちた建造物。
そこら中に広がる血飛沫の痕。
禍々しさを含む、赤みのかかった空。
荒廃した居住区の中心に、俺は立っていた。
何故俺はここに居る?
さっきまで屋敷の屋上に居たはずでは?
だが、この景色は見覚えがあった。
結婚してからずっと住んでいた街は、既に廃墟化。
文明が滅び、夥しい殺戮の痕が刻まれていた。
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『・・・・・・・・・まだ息はあるか?』
『そうみたいなのサ。閣下が直接手を加えるまでも無いのサ』
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ところで俺は何をしていた?
思い出せない。
そうだ、あの手紙だ。
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『哀れな奴サ。今まで愛した子供を恨み、その挙句に右眼を失わされた』
『何とも不憫なるダークマターよ』
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激高した俺は娘を殺そうと手に掛けた。
どうして?
それはあいつが裏切ったから。
よく出来た一人娘の皮を被り、俺とガールードを騙した。
偽りの姿を演じ続け、遺産を全て我が物にせんとした最低のメスブタ。
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『息がある、と言ってもこの様子じゃそのうちオダブツだね』
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そんな奴は死んで当然だ。
だから殺そうとした。
しかし、それは失敗に終わった。
返り討ちを喰らい、代償に俺の右眼は切り裂かれた。
激痛にのた打ち回り、俺は娘を呪った。
お前なんか生まれてこなければ良かった。
お前の存在が何もかもぶち壊した。
くたばれ、朽ち果てろ、血肉と内臓をぶちまけろ、死んでしまえ。
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『利用価値があると思っていたが、とんだ見込み違いだった』
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そう思った時、目の前に幻影が浮かぶ。
人の形を取ったそれは、俺が今もっとも憎むべき相手に酷似していた。
シリカ。
俺はサーベルを構え、切り捨てようと近づく。
だが、全身を見て愕然とした。
血塗れの体に捥げた片腕、生命が感じられない無機質な瞳。
足をズルズルと引き摺り、俺の方へ近づいて来る。
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『瀕死のようでは使い物にならん。ここにある駒へ変えてしまえ』
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その姿は、西洋において有名な怪物以外に例える他無かった。
ゾンビ。
皮の剥げた腕をこちらに伸ばし、掴みかからんとする。
俺は怒るどころか、恐怖に怯えた。
いつ死んだかは知らないが、奴は父親が殺意を向けた事を明らかに憎んでいる。
復讐を果たそうとしているのか?
冗談じゃない。
全部お前が悪い癖に、逆恨みなど笑止千万。
この剣で切り捨ててくれる。
刃を横に薙ぎ払い、一閃。
上半身と下半身、見事真っ二つに裂け、吹っ飛んだ。
今度こそ、終わった。
その気持ちは油断の元だった。
斬られても直、シリカらしき化物は近づく事を止めなかった。
切断面から突如、無数の不気味な触手が飛び出す。
触手に叩かれた拍子にサーベルを弾き飛ばされ、奪われた。
腕のようなものを何本も形成し、俺に掴みかかる。
俺は命乞いをした。
相手は化物だが、シリカでは無いだけ屈辱の度合いは薄かった。
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『ちぇっ、了解なのサ・・・・・・』
__
無論、聞く耳を持たぬ化物は俺の体を引き寄せ、サーベルで、右眼を―――――――――
『やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』
「うひゃあっ!?・・・め、目を覚ましたのサ!!」
死に体の男が発した思わぬ絶叫をぶつけられ、大いに驚き飛び跳ねた。
『・・・フン、しぶとさだけは天下一品か』
半ば失望していたような目で見下ろすナイトメア。
しかし、求める人材は手に入った。
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戦士団員の大半が決戦と任務に向かい、人影の疎らなギャラクティカベース。
ナイトメア軍の奇襲に備えるべく、船外には残りの各級戦艦が巡回。
どの艦船も種類に関わらず、特例により本来ジェノサイド級のみ発砲を許される「惑星破壊光線砲」を装備。
出来得る限りの防衛線を敷き、敵対者の侵入を許さない。
「ふぅ・・・・・・・・・心が安らぐね・・・・・・・・・」
コースターにカップを置き、一人たそがれる甲冑の騎士。
銀卓の騎士で唯一、いわゆる「留守番」を任されたノイスラート。
船内に設けられたカフェテリアで暫しの休息を嗜んでいた。
此処も客の人数は少なく、居ても外部の訪問者ぐらいだった。
「全く、船内の巡回など懲り懲りだ。いい加減自動巡回警備システムを導入すべきだな、我が銀河戦士団は」
一人席から窓ガラス越しに見える吹き抜けの広場。
辺り一面に配置された観葉植物を眺め、デスクワークの時間まで暇を潰そうとしていた。
「定時連絡まで話し相手も居ないから退屈だ。これだから戦争は嫌いだよ」
他の厳格な騎士と違い、ノイスラートは掴みどころの無い、やや軽い男だった。
部下とは親しく接し、時にはジョークも交える、皮肉を交える。
その若干型破りなスタイルは、ある意味戦士団の中ではガールード、ジェクラに並んで高評価を得た。
保守的思考の頭角であるパラガード卿は快く思わないが、ノイスラートにしてみれば然したる問題では無かった。
戦士たるもの、ユーモアを忘れてはいけないというのが持論。
堅苦しいものが嫌いなノイスラートの性格が顕著に現われた物だった。
何よりも高い支持を得る理由の一つとして、彼が相当な実力者である事が挙げられる。
基本的に自分よりも位が下の者を「君」付けする癖があった。
しかし、最強の戦士パルシパル卿と、銀河戦士団最高司令官オーサー卿に対してだけは必ず、「卿」と敬称付けで呼ぶ。
それは彼ら二人への敬意であり、実力への賞賛でもあった。
彼らもまたノイスラートとは掛け替えの無い友人であり、戦友の関係にある。
「・・・・・・しかし、ガールード君には悪い事をしてしまったな」
カウンターの店員が奥へ行ったのを見計らい、独り言を漏らした。
彼はギャラクシアの全てを知っていた。
それは、ガールードにとって「死」を意味する真実。
ギャラクシアを手の内に取り戻すべく、決して欠かせなかった事。
敢えて自分からは、彼女に事実を告げなかった。
精神に不安を来し、戦闘に支障が出て足を引っ張って貰っては困る。
そもそも、教える必要性は途中から完全に失せた。
彼女は既に悟っていたのだから。
ギャラクシアの秘密、そして自分の――――――
「ノイスラート卿!!!」
兵士が突然店内に飛び込む。
かなり慌しい様子だが、何が起きたのであろうか。
「どうしたんだね、そんなに慌てて?急いでは事を仕損じると昔の諺で・・・・・・」
カップを手に取り、余裕の態度を見せるノイスラート。
しかし、その余裕の表情は直ぐに顔から消え失せた。
「それどころじゃ有りません!!ガ、ガールードの娘が!!!」
「・・・・・・・・・何だって?」
席を立ち上がり、兵士と共に店を出る。
彼女の娘に一体何が起きたのか、気掛かりで仕方が無かった。
罪悪感に後押しされ、何時に無く早い駆け足で現場に直行した。
「な・・・・・・・・・・・・!!?」
現場は騒然としていた。
周りの兵士らに保護された一人の少女。
泣きじゃくる顔は痣と血だらけで、見ていて惨いものだった。
衣服は切り裂かれ、傷ついた肌が露出。
白い髪の毛もグシャグシャに掻き回された痕が目立つ。
ノイスラートは絶句せざるを得ない。
辛うじて、その少女の顔に見覚えがあった。
「・・・・・・・・・君」
少女を見つめたまま、その隣の兵士に問いかける。
「彼女の名前は、何て言うんだね?」
「え?ええっと・・・・・・確か」
「シリカ」
兵士が答えるまでも無く、少女が先に発した。
「私はシリカ。もうこの世に居ないガールード母さんの娘」
「!!!」
シリカの言葉を聞き、驚愕するノイスラート。
そんな馬鹿な。
公表すらしていない“あの”事実を、何故彼女は知っている?
いや、戦火の広がり次第では掲示すらままならぬ線も否定できない。
まだ全体集会で、彼女の3階級特進も告知していない。
ともかく、これは即ち何者かによる情報漏えい。
人員の大半が出払った所を狙い、忍び込み、書類か何らかの形で情報を入手した可能性が高い。
しかし、一体何の得がある?
彼女と父の悲しむ顔を見たいが為にこんな事をしたのだとすれば、性格的に相当性質が悪い。
この危険な状況下で、自分に利益の無い事をする愚か者など存在しない。
それとも単なる悪戯か?
もし悪戯では無いとすれば、何か恐ろしい策略が張り巡らされていそうな悪寒がする。
まさか。
人の死に際して、遺族は遺産の相続で大揉めする事も決して少なくない。
何者かの狙いが、それに伴う互いの不信だとすれば。
「・・・・・・“彼”か?」
ノイスラートの問い掛けに、黙って頷いた。
彼女に両親以外の親族は居ない、皆死に絶えた。
母親も、戦場で名誉ある犠牲を遂げた。
従って、彼女をこうまで残虐に痛めつける事の出来る者は、あの人物以外に決して有り得ない。
「ガルクシアが、ダクマール・L・ガルクシアがやったんだな!?」
柄にも無く、声を大にして怒りを顕わにするノイスラート。
シリカは再び頷くだけだった。
頭痛が起き、ノイスラートは頭を抱えた。
何という事だ。
彼は残された財産の為に、己の愛娘を虐待し、殺そうとしたのか。
愚かな。
遺産を巡る争いほど醜いものは無いと言うに。
そして哀れな。
愛情を注いできたはずの我が子へ、憎しみを向けるなんて。
亡きガールードは、決して喜ばない。
失望の念に駆られ、無意識にこう漏らした。
「・・・・・・私の見込み違いだったようだね、ガルクシア」
痛々しい姿の彼女から、視線を逸らす。
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激しく体力を消耗した事で、深い眠りについていたガルクシア。
目を覚ますと、そこは巨大なチェス盤のマス目上だった。
「・・・・・・夢、だったか。それにしても、此処は・・・・・・・・・?」
足元には無くしたとばかり思っていた、2本のサーベルが転がっている。
片方は、刃の先端が血に塗れていた。
『悪夢の生まれる場所、だ』
「!・・・・・・お前は!!」
二本の角を生やし、マントに身を包んだ男。
彼こそが、銀河戦士団の最も憎むべき最大の敵。
『そう。私こそが全人類の宿敵、ナイトメアだ。魔獣調教師として価値のあるお前を死なせる訳にはいかなかった』
「ボクがキミをここまで連れて来てやったんだ、感謝しろよな?」
その隣には道化師のような格好をした一頭身の生き物。
体よりも少し大きなボールの上で跳ね続けている。
「これから俺をどうするつもりなんだ?」
『勿論、我が魔獣どもを使役、統率する権利を与える。その力で銀河戦士団ら反逆者を苦しめるのだ』
「給料は弾んでやるのサ。それに、出来る限りの自由な権限をキミに与えてやる」
『そうとも、今なら破格の待遇で貴様を迎え入れてやろう・・・・・・どうする?』
「丁度良かった・・・・・・」
『ん・・・?』
「俺は丁度、向こう側に殺したい奴が一人居るんだ。共に戦おうじゃないか」
復讐に身を落とした瞬間だった。
『・・・フフフハハハハハ!!!賢明な判断だ・・・・・・我が手足となり、存分に働くが良い』
「改めて歓迎するのサ☆」
「では早速行動に移らせて欲しい」
「ヘイ、ヘイ、ヘーイ!!まだ右眼の処置が決まってないんだから、今は大人しくしときな!」
鬱陶しい道化師を振り払い、右半分の顔を片手で押さえる。
「分かっている。右眼をどうにかしたら、だ」
「後で、ギャラクティカベース襲撃の作戦を提案したい。時間を空けといてくれ」
それだけ言うと、道化師に連れられ『悪夢の生まれる場所』を去った。
『・・・・・・なかなか有望そうな男だ。私の目に狂いは無かった!!』
悪夢の高笑いが、果て無き空間に響き渡った。