訂正
第2作戦隊 ×
第1作戦隊 ○
「・・・ハァ・・・・・・・・・・・・・・」
ため息の間に目にも止まらぬスピードで書類に判を押し続ける。
デスクワークに戻ったノイスラートは一人、苦悩していた。
保護して以来、シリカは一言も喋らない。
生気も失せ、満足に食事を取ろうともしない。
原因は言うまでも無い、父親の暴力。
彼は愚考に走ったガルクシアを軽蔑すると同時に、これからをどうするか考えあぐねていた。
彼は許しがたい行為を犯した。
それ相応の裁きを彼に与えなければならない。
速やかに実行しなければ、何かの拍子にナイトメア軍へ引き入れられる恐れがある。
それだけは避けねばならない。
彼は決して無力ではないし、魔獣を使役する力もある。
敵に回した場合、見過ごす事は不可能。
「参ったものだ」
だが、今は人手が非常に足りない。
そこまで人事を動かせるほどの余った人数が此処には居ないのだ。
再びため息をつくと、手続き申請の必要な書類に次々と判を押し、端に積み重ねていく。
「・・・・・・悩んでも仕方ないな。あと100枚終わらせたら、行きつけのカフェテリアにでも・・・」
『こちら第3作戦隊・Rインフェルノ級司令室よりギャラクティカベース。応答願う、ノイスラート卿』
新ジオラ式通信機のスピーカーから声が発せられる。
休息は阻まれた。
ナイトメア要塞に向かっていた大艦隊の指揮官を務める、オーサー卿からの連絡だった。
「・・・これはオーサー卿。今の所、バッチリですかな?」
『今の所は、な。敵の攻撃も段々と激しさを増している、既に5隻が宇宙の藻屑と化した』
「何級でしょうか?」
『パラディン級が2隻、デストロイ級が3隻』
「まだ被害は少ない方ですな。更に用心しないと、もっと船が沈む事になるかと」
『分かっている。我々も必死なのだ』
「・・・・・・ジェクラたち、無事ならば良いのですがね」
『ああ。・・・何しろデスタライヤーの破壊に成功しなければ、デスディスクを凌駕する脅威が宇宙にのさばる事となる』
「!ジェクラの事で思い出した、実は先日・・・・・・・・」
『・・・・・・何・・・・・・だと・・・・・・・・・?』
「・・・全て事実です。狂乱したガルクシアはシリカに手をかけ、惨い暴力を加えたようです」
『・・・何という事だ。彼は実に良き父親だと思っていたのに・・・・・・!』
「同感です。私も今では、彼の事を軽蔑しますよ」
「・・・そう言えばオーサー卿。私は今、悩みを抱えておりましてね」
『・・・何だ、こんな時に』
「・・・ガールードの事について、本当に我々の判断は正しかったのか?今でも頭に」
『ノイスラート卿』
『・・・今更、彼女の遺志を踏み躙るべきでは無い。慎め』
「・・・・・・申し訳ありませんでした。では、お気をつけて」
『分かった。こちらは現状では特に問題は無い。引き続き作戦を続行する。以上』
通信は切断された。
「・・・・・・今更踏み躙るべきでは無い、か・・・・・・しかし・・・・・・・・・」
『こちら第1作戦隊、ダコーニョよりノイスラート卿!!直ちに応答願います!!!』
休息は再び阻まれる。
書類を50枚残し、席を立とうとした時、物凄い剣幕で新たな連絡が入る。
この喧しい声は聞き覚えがある、あの鬼教官だ。
かなり慌しい様子だが、一体何が。
「こ、こちらノイスラートよりダコーニョ。一体何が起きた、ダコーニョ君!?」
『申し訳ありません、あと一歩及ばず!!!』
『我らの不手際で、デスタライヤーの浮上を許してしまいました!!!』
デスタライヤーの浮上。
望ましい形でのターゲット破壊は成らず、任務は失敗したという事か。
「何だと!!?今の状況はどうなっているのか、説明を!!!」
『作戦隊は途中で4人ずつの二班に分かれましたが、片方の班は全滅!!我が班も現在、シルベスターが重傷!!!』
「デスタライヤーは!!!」
『円盤下部の中央より、大量のエネルギー弾を放射!!工場もろとも我々を滅するつもりのようです!!!』
どうやら敵は初めから、デスタライヤーさえ完成すれば工場は用済みだったらしい。
「くっ、仕方が無い!!第2作戦隊、直ちに撤退せよ!!」
『それが出来ません!!!!』
「何故だ!!帰還用にガーディアン級一隻を派遣したのに!!?」
『違います!!!』
『ジェクラの奴が単独で、デスタライヤーに乗り込んだままなのです!!!』
「何だと!!?」
あまりの突拍子も無い行動に、ノイスラートは驚愕する他に無かった。
ジェクラめ、なんて無謀な事を。
「奴もトランシーバーを持たせた筈だ!!直ちに脱出するよう伝えろ!!!」
『駄目です!!一方的に通信の接続が切られます!!!』
「あの、馬鹿ジェクラ!!!!」
奴は本当に馬鹿だ。
並外れた実力を持ちながら、こういう時に限って無茶ばかりをする。
危険を顧みない無謀な行動には、賞賛どころか怒りすら覚えた。
突然、ダコーニョ側からの伝達される音声にノイズが発生。
向こうの通信機も使い物にならなくなっていた。
『ひとまず、我・・・は・・・・・・に此処を撤・・・し・・・!』
「どうした?おい!おい!!」
『申・・・・・・り・・・・・・こ・・・・・・聞・・・い・・・・・・・・・!』
これが、ギャラクティカベースと第2作戦隊の最後の通信だった。
「くそ!!まさかこうなるとは・・・・・・・・・!!!」
ノイスラートは頭を抱えた。
デスタライヤーの浮上はまだ想定できていた事だ。
しかし、事もあろうに単騎でデスタライヤーを止めに残ったままの馬鹿がいるとは本気で思わなかった。
戦争はこれからが本腰なのに、自ら命を捨てるような真似は勘弁して欲しい。
留守番のデスクワーカー如きが悩んでいても仕方が無い。
そう自分に言い聞かせ、全ての書類を片付けたところで改めて席を立とうとした。
「失礼します」
休息は三度阻まれた。
ドアをノックし、メタナイト卿が部屋に入る。
「・・・メタナイト君か。この度は・・・大変ご苦労だったね。君はまだ疲れている。今は休んで、第3作戦隊との合流に・・・・・・」
「・・・・・・ノイスラート卿」
「ん?」
デスクワークの手を休めるノイスラート。
見ればメタナイト卿の拳は、静かに怒りを湛えていた。
「何故、今まで黙っていたのですか!!!!」
瞳の色は怒りの赤に満ちていた。
机に拳を叩きつけ、詰め寄る。
いきなりの事態に困惑するノイスラートだが、同時に覚悟を決めた。
「・・・・・・・・・やはり、知ってしまったんだね。ギャラクシアの真実を」
「・・・・・・貴方がた上層部は、最初から周知だったのですか?」
「・・・そういう事になるな」
「だったら!!!」
再び机を叩きつけ、怒りを募らせた。
本当の事を知りながら、彼女に犠牲を強いた上層部の思惑。
“あの事件”を知るメタナイト卿だからこそ、当然の反応であった。
「何故!ギャラクシアは力無き者を拒絶するという事を!!彼女に教えなかったのですか!!!」
彼の鞘には、そのギャラクシアがしっかりと収められていた。
激高に身を任せ、今にも引き抜かんとする勢いだ。
やはり、な。
心の中でノイスラートは呟いた。
もう誤魔化しは通用しない。
そもそも、どんなに隠された真実もいずれは誰かの知るところなのだ。
皮肉な事に、人の飽くなき探究心と知識欲が忌むべき事実を掘り起こす。
為らばいっその事、全てを話すほか無い。
「・・・・・・適合者として選ばれたのは私でした。最初からこの私に任せれば・・・・・・!!」
「それは無理だ」
「!!!」
あっさり言い放った事に腹を立て、キッと睨みつけた。
「・・・・・・ギャラクシアは、力を解放するための“鍵”が必要なのだよ。それが無ければ、適合者は真の力を引き出す事が出来ない」
「鍵?」
「そう。実はこれまで長らくの間、ギャラクシアは「眠り続けて」いた」
「・・・どういう事でしょうか」
「生きた剣などと言われるがね、実際に意思を宿しているのは剣に埋め込まれた宝石だ」
「かの大彗星ノヴァの廃棄物から生み出されそれは、大宇宙の真理、平和、秩序、有らん限りの全てが凝縮されている」
「・・・ノヴァ・・・・・・・・・!」
「それ故、フォトロンの名匠は力の暴走を恐れた。正しき者に所有されなければ、宇宙は崩壊する、と」
「ナイトメアのような存在を恐れて?」
「如何にも」
「彼はギャラクシアを鍛造する際、宝石の意思を目覚めさせるのに厳重なプロテクトをかけた」
「プロテクト?」
「そう。ある尊い犠牲を齎す事によって初めて、ギャラクシアは覚醒する」
「犠牲・・・・・・ならば何故、この戦況はいつまで経っても・・・・・・」
「そこが問題なのだよ」
「皮肉な事に、己が命を投げ打ってでもギャラクシアを目覚めさせようとする者は現われなかった。我が身可愛さに、な」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「誰も名乗りを挙げぬまま晩年が過ぎ、遂に名匠は永遠の眠りについた」
「だからギャラクシアは、オボロヅキの混沌の力と対等に渡り合えなかった。その歪が、ナイトメアの悪を許した」
「悪夢は歪の口を広げ、宇宙に恐怖と破壊を齎し、長い年月を経るうちにとうとうギャラクシア本来の力を大きく上回ってしまった」
「既に覚醒したギャラクシアを以ってしても、ナイトメアを討つのは無理だと?」
「・・・・・・残念だが、そういう事になる。後は最早、我々の力でどうにかするしか有るまい」
「・・・・・・意味が無いではないか!!覚醒させた所で、現状は何も変わっていない」
「そんな事は無い。ここでギャラクシアが目覚めなければ、想定し得る最悪の事態を更に上回る結末が、宇宙を滅びへ向かわせていた。何もしないよりはマシさ」
「・・・こういってしまっては何だが、彼女の死は必然だった」
「!・・・・・・・・・・・」
「落ち着いて聞いて欲しい。“鍵”の正体は今の話から察せる通り、人の命だ。ただし、普通の人では駄目だ」
「フォトロン族の血が、必要だったのだよ」
「・・・・・・な・・・・・・・・・・!!!」
ノイスラートの口から語られた、衝撃の事実。
尊い人命を失わなければ目覚めない、ギャラクシアの意思。
そして明らかとなった、彼女の死の必要性について。
「正確にはフォトロン以外の者が手にすると、力無き者は生命エネルギーを吸い取られ、死に至る。それはギャラクシアの“力”、あるいは“知識”として蓄えられる」
「・・・・・・・・・!」
「これまた残念な事に、そのフォトロンも今では腐り切っていた。最も“鍵”に近い存在とされたガールードも・・・・・・」
「力が、無かった・・・・・・・・・・・・」
メタナイト卿が先んじて言った。
出発前から薄々感づいてはいたのだ。
彼女が自分を犠牲に、何かを成し遂げようとしていた事を。
「・・・そうだ。ガールードは望むべき力へ、あと一歩の所で届かなかった。彼女の、限界を意味していたのだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「この作戦の立案に当たり、彼女の死は決定的なものとなった。我々も尽力して死を回避する術を探ったが、結局は無駄だったよ。そして」
「信じ難い事に、己の理不尽で不条理な運命を全て・・・・・・ガールードは甘んじて受け入れた」
「・・・・・・ガールードが・・・?」
メタナイト卿の言葉に対して、静かに頷いた。
「そう。彼女は死を受け入れたのだ」
「そんな・・・・・・馬鹿な・・・・・・・・・!!」
「我々がこの話をした時、ガールードは喜んで受け止めた。自分の命と引き換えに、長い時間を掛けようが少しでも良き方向へ向かうのならば、安いものだ、と」
「嘘だ!彼女がそんな事を・・・・・・・・・!!」
「嘘だと?君は彼女の死に立ち会ったのだろう?」
「・・・・・・はい」
「その時、彼女は何と言い残した?」
「・・・・・・「私の死は、決して無駄では無い」・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・やはり、な。君は私の話を聞いて、既に感づいていた筈だ」
「私の話した内容が全て、ギャラクシアに蓄えられた知識の受け売りに過ぎないという事を」
「・・・・・・・・・・・・・・・!!」
「・・・メタナイト君。君はこれ以上、彼女の名誉を傷つけるべきではない」
「ガールードは自ら進んで犠牲となり、使命を果たした。そこに我々が口を挟む余地は、何処にも存在しないのだ」
メタナイト卿の口からは、何も言葉が出なかった。
ただ呆然と立ち尽くし、空しさだけが心に残った。