「・・・・・・大変ご苦労だったよ、ジェクラ。ヒューマナイト。そしてダコーニョ」
第1作戦隊の帰還船が停泊する9番ブリッジ。
死ぬような思いで命辛々帰還を果たした3人に、ノイスラートは労いの言葉を掛ける。
通信が途切れた後、第1作戦は失敗という手痛い形で終わりを迎えた。
起動を開始したデスタライヤーに単独で乗り込んだジェクラは、決死の覚悟で弾薬庫の爆破を試みた。
次々と大量のエネルギー弾が誘爆し、円盤は内側より爆発。
大ダメージを与える事は成功したが、機能停止までには至らなかった。
ジェクラは既に満身創痍の状態。
逃走を図るデスタライヤーから脱出する事だけで精一杯の体力だった。
犠牲は大きすぎた。
参加した8名(うち4人は外部の者)のうち、ジェクラとダコーニョ、ヒューマナイトを除いた5人が亡くなった。
「そんな事は有りません。メックアイ上空より降下する過程の時点で、失敗していたも同然でした」
メックアイ降下の際にも、ナイトメア軍の放った魔獣の奇襲に遭っていた。
退けた時点で最終的に残った8人を除いた、192名全てが非業なる最期を遂げた。
彼らの人命を奪った憎き主犯は、“火薬貯蔵庫”の異名を持つ最強魔獣「デンジャー」。
高火力の爆弾を無尽蔵に生成する能力を持ち、敵味方無差別に攻撃を加える。
性格も破綻しており、破壊衝動のみが働く危険な魔獣。
奇襲時も所構わず大量の爆弾を放り投げ、最後にエンジンルームが大破。
第1作戦隊の乗り付けてきた艦船ごと沈めたのだ。
その時、殆どのクルーは脱出すら儘(まま)ならなかった。
脱出ポッドやエアライドマシンまでもデンジャーの手によって破壊されていたからだ。
退路を断たれ、クルーたちは更に追い詰められていく。
人工の火炎魔獣「ファイアーゼリー」の襲撃。
炎を吸収する事で巨大化するその魔獣は、地上付近の溶鉱炉に身を潜めていた。
彼らの前に姿を現した頃には艦船に匹敵するほどの大きさと化していた。
残酷にも、甲板に飛び出した彼らは次々と灼熱の炎で狙い撃ちにされた。
地獄の業火で焼かれる様な苦しみと絶望の中でもがき、次々と息絶えるクルーたち。
死の恐怖と狂気に支配され自ら飛び降りる者も居たが、彼らもまた数秒後には炭の塊と化した。
結果、敵の逃走時には8名を残し、第1作戦隊の殆どが死滅。
類を見ない、史上最悪の事態。
「・・・・・・あれは正に、銀河大戦史における、地獄絵図の、一つでした」
ポツリ、ポツリと一言ずつ語るヒューマナイト。
既にあの時点で、負けは決まっていたのかもしれない。
「そう言えば、第2作戦の結果はもう聞いたかな?」
突然、ノイスラートが話題を変えた。
「そ、そういえば!」
急にダコーニョが何かを思い出す。
「ガールードは!?メタナイト卿は!?一体どうなったのですか!!」
「・・・・・・・・・・・・・聞きたいか?無理をしなくても良い」
「いえ、報告をお願いします!!奴らは我が大切な教え子、安否を気遣うのは当然の事!!」
「・・・・・・そうか。では全てを聞いて欲しい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」
衝撃的な結末を聞き、立ち尽くす3人。
取り分け、ジェクラとダコーニョのショックは大きいものだった。
「・・・残された家族はどうするつもりだったんだ、ガールード!」
「・・・生き急ぎおったか、馬鹿者・・・!!」
ノイスラートは件の真実を彼らに話していない。
本来意図的に隠されたギャラクシアの詳細な情報を、図らずもメタナイト卿が知った事はイレギュラーであった。
従ってノイスラートは、彼らにまで本当の事を話す気は無い。
メタナイト卿にもギャラクシアの件の詳細を口外せぬよう、厳重に言い渡していた。
「・・・・・・・・・・・・メタナイト君も、相当な精神的ショックを受けている。第3作戦隊との合流を放棄し、毎日のように鍛錬に打ち込んでいる」
地上で言う朝から夜まで、一日中仮想訓練施設に引きこもり続けていた。
戦いで悲しみを忘れ、発散させるかのように。
「ノイスラート卿」
ジェクラが重い口を開く。
「・・・・・・我々は、何の為に戦っているのでしょうか・・・・・・?」
彼らしからぬ事に、声が震えていた。
それは出来れば、決して吐きたくは無かった弱音。
「・・・・・・私も同じさ。一時は不信に陥った時期も有った」
最早彼だけではない。
銀河戦士団に従事する戦士たちの大半が思ったであろう疑問。
果てしなく続くような、終わり無き戦争。
「確かに戦士たちの間では、銀卓の騎士らへの不満を漏らす者も少なくありませんでした」
ダコーニョの証言は間違っていなかった。
終結の兆しが全く見えてこない事から、戦士団の間では上層部への疑念、不信感を募らせる者も出始めていた。
指揮系統や人員の振り分けは適切か、作戦内容は全員生還を前提とした場合に破綻していないか。
本気で、ナイトメア軍を打倒する気があるのか。
「そう。私も正直に言えば今回、我々は焦ってしまった感がある。ハルバードと、重力波干渉砲の完成を待たずして決戦を急いだ」
突然の前倒し。
今までの不振を払拭すべく、銀卓の騎士らが始動した今回の3大作戦。
うち2つは甚大な被害と引き換えに成功を果たし、残る1つは敵本拠地へ向けて現在も進行中。
「後はオーサー卿たちの活躍に期待するしか無い。アレだけの艦隊や人員を動員したのだ、もう銀河戦士団に敗北は許されない」
全ての希望は、彼ら第3作戦隊に託されていた。
数分後、ノイスラートの案内を受ける一同は聖堂に連れて来られた。
出征前の戦士たちが祈りを捧げ、あるいは単に一時の安らぎを得るための施設は今、損傷の少ない遺体の安置所と成り果てていた。
「ここを選んだ時、パラガード君が豪い剣幕で怒っていたよ。神聖な場所を汚すなって」
祭壇上の器に入れられた清めの粉を体に塗し、施設の奥へと入る。
内部は追悼の意を込めた花々で彩られたカプセル型棺桶が、通路の柵を隔てた両端に列を成して整列。
夥しい数が並んだその様子は正に、異様・圧巻の言葉に尽きるものだった。
「衛生上の問題だと彼は言うのだけどね、私は言い返してやったんだよ」
通路を右へ左へと曲がり、更に奥へと歩みを進める。
「最期まで勇敢に戦った者たちの亡骸に、汚いも何も無い。汚いのはそういう価値観を持ったお前の心だ、と」
両手を握り締め、力む。
「そうしたら彼、非常にショックを受けたようでね。私の意見を割と素直に聞き入れたんだよ。頭のお堅いパラガード君にしては驚きだった」
ノイスラートの口は止まらない。
喋りは軽快だが、話の中身は重かった。
「そうそう、聖堂絡みでは宗教の問題もあった」
通路を抜けていくと、広いスペースの空間に出た。
花の装飾は一層煌びやかと切なさを引き出し、一番奥にはたった一つだけ棺桶が置かれていた。
「人種の坩堝という言葉はご存知かね?銀河戦士団も例外ではなく、ある日異なる宗派の戦士たちが・・・・・・」
目的の場所に着いたと分かった途端、喋りの口を止めるノイスラート。
「・・・・・・・・・ガールード。君の親友らと、君が別れの挨拶をし損ねた鬼軍曹殿のお出ましだぞ」
段差を上り、棺桶へと歩み寄り、傍のスイッチを押す。
蓋は自動で開き、安置されていた亡き戦士の正体が明らかとなる。
「・・・・・・・・・・・・・・・!」
柵の前に掛けられた、ダイヤモンド製のネームプレートに刻まれた階級と名前。
徐々に顕わとなる遺体の顔とプレートを交互に見やり、ジェクラに衝撃が走った。
{銀河戦士団長 ガールード}
「・・・・・・不思議だ。苦痛な最期だった筈なのに、俺には、死に顔が凄く綺麗に見えるぞ」
思わず見惚れるヒューマナイト。
彼の言うとおり、彼女の死に顔は安らかで美しい。
死して直、戦士団の女性戦士が嫉妬した美貌は健在だった。
「嘘みたいだろう?これでも死んでいるのだよ、彼女は・・・・・・」
ノイスラートは一つ気掛かりな事が有った。
遺体の損傷はキリサキンに背中を切られた際の傷ぐらいで、他に目立った外傷は無い。
更なる死闘を演じる前に、ギャラクシアを開放すべく力尽きたのだ。
さすがにこれだけ損傷が少ないと、死因は敵と戦い果てた事によるものだけなのか、と怪しまれそうな気がしてならない。
現に彼らは曲がった事が大嫌いで、血の気も多い(ジェクラはそこまで多くはなかったが)。
ギャラクシアの事は隠しつつ「この件は彼女自身の意志によるものだ」と、釈明しても聞く耳を持たないだろう。
(彼らにも話さねばなるまいか・・・?)
ノイスラートは一瞬身構えたが、この日は結局、最後まで疑われる事は無かった。
「それにしても皮肉なものだね、ダコーニョ君。教え子に先を越されるとは」
現在は死後の3階級特進により、オーサー卿と並ぶ最高司令官クラスまで上り詰めた。
言わばもう、彼らの上司。
「報告、しておけば?」
ノイスラートは軽く促したつもりだったが、彼らの顔は真剣だった。
3人は亡きガールードの前へ一列に並ぶ。
涙を堪え、一歩前へ踏み出すダコーニョ。
精一杯、声を張り上げた。
「ガールード団長!我ら第1作戦隊3名!恥ずかしながら、帰って参りました!!」
敬礼。
報告を終え、ダコーニョは一歩下がった。
ノイスラートも段差を降りる際、彼女の方へと振り返り敬礼した。
「・・・・・・ダコーニョ君。彼女は確か、君の熱心な訓練生だったね?」
安らかな永遠の眠りにつく彼女を眺め、ノイスラートが言った。
「・・・はい。あやつ・・・いえ、昔の団長に課した厳しい訓練の日々は、今でも昨日の事のように覚えています」
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一方、ナイトメア要塞では――――――
『随分とボロボロの姿だな、デスタライヤーは。奴らにしてやられたのか』
司令室のモニターに投影された映像。
遂に発進し、ナイトメア要塞へ到着したデスタライヤーの衝撃的な姿。
内側から強大な圧力を掛けられたのか、機体一部が破損。
装甲も半分以上が剥ぎ散らされていた。
船内も相当酷いもので、弾薬庫全体の80%が跡形もなく消滅。
恐らく、何者かによる故意の誘爆と見られる。
『速やかに修理するのだ』
「いくらなんでも被害がでか過ぎるサ。戦士団の大艦隊襲撃にまで間に合うかどうか・・・・・・」
「無能め」
「この程度なら問題は無い。最悪、装甲さえ頑丈にすれば良いだろ。どうせ駆逐艦なのだから、内部の居住性を考慮する必要は皆無。自動操作でも良かろう」
「ちょ、ちょっと!!」
突然口を挟んだガルクシアに、戸惑いを隠せないマルク。
何よりも「無能」と吐き捨てられた事に怒りを覚えていた。
「新入りが出しゃばるんじゃないのサ!!そういうのはボクが決める事で・・・・・・」
『良い。こいつの助言は間違った事を言っていない』
「ッ・・・・・・!!」
ガルクシアの意見を尊重するナイトメア。
マルクは自分よりも格下と思われていた彼が注目される事に、苛立ちを募らせるばかりだった。
『マルク、貴様は下がっていろ。・・・・・・邪魔だ』
「!!!」
下がれ。
それは事実上「役立たず」のレッテルを貼られた事を意味する。
「・・・件の日まであと5日か?ああは言ったが、突貫で果たして間に合うか・・・」
『心配は要らぬ。デスディスク用の整備基地を応用すれば容易い』
「ゴルドライトは足りるか?」
『最悪、何機か潰せば事足りる』
「そうか」
自分を差し置いて話が勝手に進んでいく。
呆れて物も言えないマルクは、独断で場を後にした。
「フン!!あのケツアゴ野郎、人を見る目が無いのサ!」
コンテナを積んだカーゴを動かし、広大な通路を一人疾走するマルク。
愚痴を零しつつハンドルを切り、十字路を右へ曲がる。
「おかげでボクへの信用丸つぶれ!これじゃコツコツ積み上げた長期計画がパーなのサ!!」
マルクは元々、ナイトメア配下の魔獣などでは無い。
魔獣王の消失により現在は、事実上の解散となった機関『十三魔獣騎士』の一人。
しかし、それもまた偽りの姿。
真の正体は、宇宙征服を狙う狡猾な悪の道化師。
他人を言葉巧みに騙して思い通りに利用し、宇宙の星々を手中に収めんと目論んでいた。
利用できるようであれば、その相手が魔獣王だろうとナイトメアだろうと一向に構わない。
目的さえ果たせば「用済み」なのだから。
「あいつを生き延びさせたのは誤算だった!」
ここへ来て、マルクの計画は頓挫しかけていた。
有能な策士ぶりを発揮する事でナイトメアの信用を得れば、自由に出来る行動の範囲が広がる。
彼に隠れて反逆の準備を企てやすくもあるのだ。
だが、その信用はガルクシアの到来により崩れ落ちた。
自分よりも的確なアドバイスは好評価を呼び、忽ちナイトメアに気に入られてしまった。
そのおかげで露呈された、己の無能ぶり。
いや、無能などではない。
ガルクシアが有能すぎるだけの話。
TEAM H-TYPEの研究員も2者を度々比較し、相対的にマルクは彼よりも格下、という結論が出された。
あのヘビーロブスターオタク共め。
これは由々しき事態である。
自分の評価は徐々に落下傾向へと変化している。
ナイトメアの支配計画が完了間際のところを自分が全て横取りするという、完璧な計画が台無しになりかねない。
元々は自分の奴隷としてこき使うはずだったのが、関係はあっという間に逆転。
そのガルクシアからも無能とレッテルを貼られる始末であった。
「・・・・・・思った以上の化物め。これ以上都合が悪くならないうちに始末したい・・・・・・」
ふと、マルクは冷静に考えて見た。
待てよ、あの男に迎合するのも悪くは無い。
働くだけ働いて貰い、頃合を見計らってその手柄を自分のものにしてしまえば良い。
結局のところ、まだ利用価値は有った。
とは言え、焦りは禁物である。
今までそうして来たように、とても長いスパンを経て計画を進行させる方針は変わらない。
慎重に、かつ確実に手をつけていかねば。
「ま、とりあえずはコイツらに有人機の利点をもっとアピールしてもらわないと!おっほっほっほっほっ・・・・・・」
いずれ成就されるであろう望みを皮算用し、高笑いを上げるマルク。
彼が最後の期待を寄せるコンテナのネームタグには、中身の詳細が記述されていた。
{H-9W “MAGI”}
{PILOTNAME “ASPALERD”}
{H-9DH3 “RECYTAL MASTER”}
{PILOTNAME “ZARD”}
{H-9A2 “TRY”}
{PILOTNAME “MELLERD”}
ある者にしか分からない、その名前。
ある者にだけ聞き覚えのある、その名前。
ある者には、一番親しかった友人たち。
「タダよ~り、安いも~のは、無ーい~・・・・・・・・・♪」
後にマルクは知る事となる。
過去の行いが、最悪の形で自分自身へと跳ね返ってくる事に。
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次回予告
銀河戦士団自慢の大艦隊が、たった一機のタライに軒並み落される有様をお届けいたします
あまり当てにならない補足
デンジャー
・・・本家の第51話だったかな?ごめんよく覚えてない。
バースデイケーキの中に仕込まれていた魔獣。これで最強魔獣ってのが何とも疑わしい
ファイアーゼリー
・・・本家の・・・・・・何話だったっけ。46~50話の間に出てきたのは覚えてる。
アイスカービィに弱らされる姿がなんか笑える。
銀河戦士団長
・・・最高司令官という言い方が似合わなかったので。
実際の階級名調べろとか勘弁してください。
「恥ずかしながら・・・・・・」
・・・これは本家でもそんな感じの台詞言ってたよね。ダコーニョが。
「嘘みたい~」
・・・言わずもがな知れた国民的漫画「タッチ」における、ある有名なシーンの台詞。後はググッて。
原文は「嘘みたいだろ?死んでるんだぜ、こいつ・・・」だったっけ?
マルクの扱い
・・・ガルクシア話での彼は管理人の扱いが悪いように見えますが、いずれ・・・・・・ね。