ファースト

 

 

 

 
 
 
 
 
ディガルト帝国本部の連中を驚かせ、かくいう自分も驚愕せざるを得なかった前代未聞の出来事。
帝国最強の戦闘マシンは、見るも無様な姿に変わり果てていた。
辛うじてAIとメモリは無事だったようだが、問題のスーパーコンピューターは破損が目立ち、修理が必要との判断が下された。
誰が彼を追い詰めたのかと尋ねれば、兵士達は口を揃えてこう言った。
 
 
カービィが、やったのだと。
 
 
 
 
帝国は兼ねてより、悪の枢軸たる秘密結社BBBを同族として粛清すべく、カービィへの打診を検討していた。
この様子では元老院の連中も気が変わるだろう。
無理も無い、我らが帝国の誇りであるHR-Cをここまで追い詰めたのだ。
頼もしいどころか恐怖すら覚える。
 
 
 
 
「まあ結局、カービィの奴は始末されたんでしょう?」
 
 
お昼時。
帝国本部の3階に位置する大食堂に赴く。
どこも満席で腹立たしい事に、憎たらしいマター中佐と隣席になった。
 
「全然だ。惑星破壊砲を軍部の承諾無しで使用した事についても賛否両論になっている」
 
国産牛肉使用の牛丼に被りつき、ぺろりと平らげる。
そのままお代わりのためにカウンターまで赴き、2杯目を頂戴。
 
「当たり前でしょう、軍規に背いたんですから」
頭の兜を外し、コーンスープを少しずつ味わう。
 
現在、ディガルト帝国には冬が訪れていた。
元々惑星全体で見て温暖な気候では無かった為、この季節になると極めて寒い。
地獄の訓練を経て鍛えられた軍人と言えども、暖は欠かせなかった。
 
 
「貴様は決まりごとに拘りすぎだ、エリート気取り!」
「何ですって、エセ石頭!!」
「少しはその嫌味な性格をどうにかしろ!!」
「そういう中佐殿こそ、武人との評価を得ていながら、戦場以外では全く以っていい加減な性格なんだから本当困りますよ!!」
「喧しい!!俺の感覚で外交やろうとして悪いか!!」
「悪いです!いつも無礼な態度ばかりで、相手方を怒らせた挙句に逆ギレして!!このポンコツ!!」
「何をぉ!!」
「やりますかぁ!?」
 
 
 
「いい加減にしろ、少佐、中佐」
 
 
喧嘩で熱の上がる二人を抑えたのは、彼らの上司ダークマター大佐だった。
 
「た、大佐殿!!」
「兄者!!」
「下らぬ事で喧嘩する時ではない。己を弁えろ」
「・・・済まない・・・・・・・・・」
「フン」
 
そう言って、唐揚げ定食を乗せたトレーを二人の間に置く。
 
 
「今は、食事を取る時間だ」
 
 
 
 
______
 
 
 
3人が黙々と食べ続ける中、先に話を持ち出したのは大佐だった。
 
「・・・そろそろ食堂も空いて来たな。二人とも、重要な話がある」
「どうした、兄者?」
「カービィの戦闘データ収集が成功したのは知っての通りだ」
「はい。それが何か?」
 
スープを飲み干し、テーブルの上に置く。
少佐なりに真面目に話を聞こうとしていた。
 
「戦闘結果より、とうとう恐れていた事が起きた」
「「??」」
 
 
 
 
 
「カービィはSSS級の危険レベルと判断された」
 
 
 
 
以前より危惧されていた、カービィという人物の危険性。
今回、HR-C自身によってそれが実証されてしまった以上、彼らに予断は許されない。
 
「す、SSS(スリーエス)・・・・・・そんな馬鹿な!!!」
 
思わず丼を叩きつける中佐。
衝撃の事実を受け入れられないといった表情だった。
 
 
ナイトメアを除き、過去に帝国がSSS級と認定した人物は数えるほどしか居なかった。
 
特に有名な一人は、かの星にて「6」の名を冠する世紀の大悪党をリスペクトし、宇宙史稀に見る残虐な犯罪者として世間を震撼させた男。
“犯罪王”アーカイブス。
前科数は666666犯にも及び、内訳は婦女暴行、通り魔、殺人、強盗、詐欺、果てはテロ活動と、その悪事は止まる所を知らない。
言葉だけで人の精神を惑わし、陵辱し、狂わせ、そして死に至らしめる、悪魔のような男。
 
時は、銀河大戦の真っ只中。
戦争に怯える市民を嘲笑うかのように、陰湿かつ残虐な手口で凶悪事件を次々起こしては人々の命を奪う。
その一方では単独で薬物組織を壊滅させ、丁寧にも汚職政治家のみを残忍な方法で殺し、公衆の面前にその屍を晒してみせた。
「自分以外の悪は全て滅する」という一貫したポリシーは宇宙中の悪党達を虜にし、瞬く間に「絶対悪のカリスマ」に登りつめる。
 
 
当時の警察らは国境・惑星間を越え、利害も超え、悪の権化を“逮捕”すべく、警察の総力を結集するという形で結託。
ディガルト帝国もこの時ばかりは彼らの名誉を重んじて、非公表でバックアップに回った。
平和と誇りを賭けた一大捜査。
全惑星の警察機構と、アーカイブスと彼に陶酔する信者達との抗争が始まった。
 
警察の長きに渡る執念の調査の末、彼らは遂にアーカイブスを追い詰めた。
言われ無き犠牲となった人々、そして同胞の無念を晴らすべく。
これまで幾多もの罪を犯した犯罪王。
相当な激戦が予想されるものと誰もが思い込んでいた。
 
 
 
しかし、アーカイブスは呆気無く捕まった。
 
 
 
拍子抜けする警官、帝国兵達。
彼は決して弱くはなかった。
暴力で全てを捻じ伏せられる程度の豪腕、追っ手から逃げ切れるだけの脚力は確かに持っていた。
だが、この時既に、彼が頭角を現してから逮捕されるまで途方も無い年月が流れていた。
その間にアーカイブスの邪悪かつ極悪なイメージだけが先行し、重厚な悪意を孕んだ口先も拍車を掛けた。
何時しか彼は、最強魔獣並のパワーを持った化物だと思われ、周囲から必要以上に恐怖され、崇められる様になった。
 
 
終身刑を言い渡され、プリミティブ・プリズンの門を潜る前、彼は最後にこう言い残した。
 
 
 
 
 
「俺は化物じゃない。最後まで人として悪を貫き通した。それだけだ」
 
 
 
 
それが、アーカイブスという史上最悪の犯罪者を象徴する言葉だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・アーカイブスだけだと思っていたのに・・・・・・」
 
呆然とする少佐。
今までSSS級=アーカイブスという印象が根強く残っていただけあって、ショックは計り知れない。
 
「・・・カービィのSSS級認定は、まだ全体には公表していない。下手に明かせば宇宙中がパニックになる」
「それはそうでしょう。かのホーリーナイトメア社を壊滅させたヒーローが一転、超の付く危険物扱いですから」
「・・・我々は彼を希望の一つと見ていた訳だが、これで事情が大きく変わった」
「・・・・・・どうするんだ、兄者?」
 
 
 
 
 
 
「プププランドをディガルト帝国の支配下に置く。カービィを我々の管理下で監視する」
 
 
 
 
 
「・・・やはり、そうなるか・・・・・・・・・!」
「・・・・・・具体的には、どうなされるおつもりで」
「直々に行くまで。トップでなければ説得力は皆無」
「元老院は」
「まだあんな老いぼれ共に拘るか、少佐!実権は最早我々が握っている、役立たずなど要るか!!」
「しかしですねぇ!体裁上は国の最高権力機関なのですから・・・」
 
 
 
「時間が無い。今から行くぞ」
 
 
 
「「え!!?」」
 
席を外し、食堂を出る大佐。
ズンズンと先を行く彼を慌てて二人が後を追う。
 
「い、今からですか!?アポは・・・・・・」
「行く途中で取れば問題あるまい」
「いやいやいやいや!!物事には順序というものがあるでしょうに・・・」
「相手はSSS級を抱えた国だ。早い内に策を講じなければ手遅れになる」
「同伴はどうするんだ?フォース・ジェネラルスは2人ほど論外だし・・・」
「エミジも未だ帰って来ていませんが?謹慎命令出したのに、勝手に抜け出したまま音沙汰一切ナシ!!!」
「良い。HR-Cは既に修復を終えたので、そっちを連れて行く」
「「ゲェーッ!!一度やられたのに!?」」
「カービィは完全なる脅威と決まった訳ではない」
「・・・・・・?」
「済まないが兄者、言っている意味がよく・・・」
 
 
 
「確かめるのだ。“力”を制御できなかったカービィが、今は完全にコントロールできるかどうか」
 
 
 
「・・・それでもう一度、同じ相手、同じ条件で・・・」
「・・・・・・成程。私はてっきり、圧力でもお掛けになられるのかと・・・」
「失礼な奴だな、貴様は!!」
「貴方に言われたくありませんよ!この厚顔無恥!!」
「何をぉ!!」
 
 
 
 
 
「とにかく行くぞ。BBBとの決戦は、少しずつ迫ってきている」
 
 
 
 
_________________
 
 
 
 
 
ポップスター唯一の常冬気候地帯、アイスバーグ共和国。
降り積もった雪は決して溶けることが無く、国民にとっては悩みの種。
 
特に、年中氷河の海岸線沿いの地域では尚更深刻である。
人口密度の低さゆえ、都市部ほど生活排熱が非常に少ない事も拍車を掛け、気温は到って肌寒い。
雪かきも滅多に行われないため、其処かしこに数十cm程の雪の層が出来上がってしまう。
地方住まいの人々は毎年、冬の厳しい季節が来ると不便な生活を強いられる事となる。
 
 
「相変わらず、綺麗・・・・・・」
「そう?俺はもう見飽きちゃったけど・・・」
 
そんな所にも、リーロとシックら双子姉妹のような物好きがやって来るのは何故か。
それはこの国における氷河が、他に比べて格段に美しいからである。
一切の起伏が存在せず、海が一面全て凍りついた銀色の光景が広がる。
清々しいほど何も無い氷河は、かえって素晴らしいとの事で国外では評判だった。
最も、現地の国民以外が訪れるには結構な準備が必要であるが。
 
 
「何を言っているのよ。この屈託の無い氷の大地!アイスバーグが誇りに持てる3大景色の一つといっても過言ではないわ」
「そりゃあ確かにそうだろうけどさ・・・・・・あれ・・・?」
 
大きな揺れ。
長く揺れない事から地震ではないようだが、断続的に大きな振動が発生する。
 
「何だろう、この揺れ・・・・・・?」
 
振動は徐々に大きくなり、氷を打ち砕く様な音が聞こえてきた。
明らかに、何かが迫って来ている。
 
「危ないよ、姉さま!早く家に帰ろうよ!!」
 
リーロを手を引き、早く逃げようとするシック。
だが、彼女らが走るよりも早く、音の主が分厚い氷の層を打ち破った。
そして、謎の絶叫。
 
 
 
 
 
今に見てろぉぉぉぉぉぉ!!!ナ・ッ・ク・ル・ジョーーーーーーー!!!!
 
 
 
 
 
氷河より飛び出したのは、背中に蝙蝠の翼が生えた金髪の男。
顔は彼女らの目には到ってハンサムに見えた。
何故か白衣を着用しており、全身はびしょ濡れ。
鋭い歯をぎらつかせながら、怒りの咆哮を上げていた。
 
 
「お前が勝っても、俺はシリカを諦めないからなぁ!?ヒャハハハハハ!!!!」
 
 
怒っていたかと思えば、突然狂ったように笑い出す。
明らかに異常。
感情の不安定な危険人物だとすぐに察知した双子、持ち前の逃げ足の速さで逃げ出そうとする。
 
だが、相手はすぐさまこちらの存在に気づいた。
 
 
「どこへ行くのかなぁ、子猫ちゃーーーーーん!!!!
 
 
気持ち悪い笑みを浮かべ、翼を羽ばたかせ飛来する。
思った以上に飛ぶスピードが早く、姉よりも逃げ足の襲いシックは追いつかれてしまった。
 
 
「うわあっ!!?」
後ろから抱きつかれた拍子に転び、力強く締め付けるので身動きが取れない。
 
 
 
「ハァハァ・・・・・・君可愛いよねぇ、ちっちゃいよねぇ。ねぇ、俺の体暖めてよぉ、俺の、俺の、オレの!!イーヒヒヒヒヒ!!!」
 
 
 
息を荒げ、耳元で畳み掛けるように次々囁く。
髪の匂いを嗅ぐ鼻息が耳にかかり、青ざめる。
狂気に満ちた喋り方も相まって、恐怖が一層引き立てられた。
 
「は・・・放せよぉ!怖いよぉ・・・・・・!!!」
「怖い、、こわい、コワイ!?いいなぁ、もっとその顔見せてよ、可愛いよ、怖がれよ、ほら、ホラァ!!」
 
益々調子に乗り、シックを怖がらせていく。
涙で目が潤む彼女に言葉攻めを続け、遂に恐怖は最高潮に達した。
 
「嫌だ、誰か助けてぇ!!!」
「誰も助けてくれねぇよ、お兄さんともっと遊ぼうよぉ、ね?ね!?ね!!?ね!!!?」
 
男の興奮も最高潮に達し、口から鋭い牙を覗かせる。
吸血鬼だ。
ここまで理性を失っている様子を見る限りだと、一滴残らず吸い尽くされるかも知れない。
男はそのまま大口を開け、幼い少女の首元に噛み付こうと試みる。
 
が、寸での所で行動を中断。
何者かが、自分に雪球を投げた。
 
 
 
「だーれーかーなー?おーれーのー、食事を邪魔する奴はぁ!!!!
 
 
 
ここでも気性のブレが目立つ。
再び激高し、悪意に満ちた笑い顔を作る。
相手は一旦、彼女を置いて逃げ出したはずの片割れだった。
手にはもう一個の雪球が握られている。
 
「ぼ・・・・・・ボクのシックから、離れて・・・・・・!!!」
 
一握りの勇気を武器に、精一杯声を絞り出す。
対する金髪の男、醒めていた興奮が再び湧き上がる。
 
 
 
「ボク?ボク!?可愛いいいっぃいぃっぃいぃぃぃぃぃ!!!!」
 
 
 
獲物そっちのけで地面の上に悶え転がる。
その隙にシックが上手く脱出し、姉の下に舞い戻る。
 
 
「臆病なのもまた良いよおぉぉおぉぉっぉぉぉ!!いじめたいよぉぉぉっぉっぉぉぉぉおおおぉぉ!!!!」
 
 
狂乱の叫び声を上げ、むくりと起き上がり、舌を出しながら息を更に荒げる。
彼の一声、一挙動が聴覚・視覚的恐怖を煽り立てるといっても過言ではない。
 
「・・・・・・スカートめくりたぁい・・・髪の匂い嗅ぎたぁい・・・血ぃ喰いたぁい!!!・・・ジュルリ!!」
 
怪しい淫らな手つき、欲望丸出しの下品な笑みを見せつけ、双子へにじり寄って行く。
逃げられない訳では無いが、相手方の相当なスピードを考えれば振り切るのは非常に難しい。
当の金髪は勿論、彼女らを大人しく見逃す気は無かった。
 
 
「・・・こうなったら、お父様から貰った”アレ”を試すしか・・・!」
「”アレ”を・・・・・・?うん、それしか他に方法は無いよ!!」
 
 
リーロが懐から取り出したのは、一見玩具の光線銃にしか見えない小型の機械。
父親のバーム曰く「護身用」として新たに作り出した発明品らしいが、効果の程は未知数。
それでも、この絶体絶命の状況を切り抜ける選択肢は他に在り得なかった。
 
 
「イっくぉオぉぉおォおぉッぉぉぉぉぉぉぉん!!!!」
 
 
不気味な笑いを保ったまま、一直線に突進。
リーロ、咄嗟に光線銃を構える。
 
「一か八か!姉さま!!」
「当たってぇ!!!」
 
叫び声と同時に、引き金を引く。
銃口は光らず、何も発射されない。
不発。
 
 
「・・・・・・あれ」
「・・・・・・うそ」
 
 
欠陥品を娘に託した父親を恨んだが、今はそのような場合ではない。
 
 
 
 
「「逃げろぉぉぉぉ!!!!」」
 
吸血鬼の魔の手から逃れるべく、全力で逃げようとした時だった。
 
 
 
 
 
シィギィィィィィィィィィィィィ!!!
 
 
 
 
 
直後、双子の目の前で雪層が爆発。
内部より現れたのは、巨大なムカデのような生物。
口のハサミを打ち鳴らし、威嚇態勢。
 
「うわあっ、な、なんだぁ!?」
「気持ち悪い・・・・・・!!」
 
吸血鬼は巨大生物の襲来にも動じず、冷静な対応。
淡々と敵の説明を始めた。
 
「甲虫魔獣”エ・ダクム“・・・チィ!俺の食事を邪魔するんじゃねーよ!!!」
「ま・・・魔獣・・・・・・!?」
「何でだよ!!平和なアイスバーグに、どうして・・・!?」
 
アイスバーグでは今まで、魔獣が出没したという報道は一切無い。
もっと言えば、ポップスターに元から住んでいる魔獣など一匹も居ない。
 
 
「・・・また、来たな
 
今度は吸血鬼の後方で雪層が爆散。
 
 
 
グォオオオオオオオオオオン!!!!
 
 
 
敵は一体だけでは無かった。
言わば「一角獣」のように、額に一本の角を生やした海豹だかセイウチだか分からない生き物。
ムカデ魔獣と共に咆哮を上げ、双子を睨み付ける。
 
 
「海洋魔獣”セイウチデス”・・・・・・?」
 
 
独り言を呟いた時、吸血鬼には気づいた事があった。
双子が、居ない。
 
 
 
 
「ハァ、ハァ・・・・・・うまく気が逸れて助かったぁ!!」
「お、お家に帰りたい・・・・・・!!」
 
 
それもそのはず、彼女らは既に逃げ遂せていたのだ。
 
 
「もっと早くしないと追いつかれちゃうよ、シック!!」
「どっちに?」
「えっと・・・・・・魔獣?」
「どっちもだろ?見るからにヤバそうな奴らばっかりだぜ・・・!!」
「ええ。この事を早くお父様に知らせないと・・・!!」
 
 
 
 
 
_____________
 
 
 
 
 
「てめぇららら、ただじゃじじゅ済まざない“ぃ~~ヒッヒヒィヤアア!!」
 
空腹が極限にまで達し、ますます壊れていく吸血鬼。
ギラギラした目を輝かせ、舌を出して挑発。
今の彼に明確な意識は無い。
殆ど本能のみで行動しており、当然ながら理性など既に吹き飛んでいる。
 
獲物を逃がされ、怒り狂う捕食者達。
鋭く睨み付け、殺意を顕わにする。
 
血に飢えた吸血鬼の叫びが、戦いの号砲となった。
 
 
 
来いよぉ!!戦うだけの単細胞ども!!!
 
 
 
 
 
『ギィッ!』
 
先手を切ったのはエ・ダクムだった。
 
『シギィッッ!!!』
 
ハサミの間に火花を散らせると、波のように揺れるビームを発射。
指向性が無い事を確認し、翼を羽ばたかせて空中に退避。
その矢先、今度は大き目の一本角が飛来。
セイウチデスによる対空攻撃。
吸血鬼は右足に光を纏い、甲虫魔獣めがけて急速落下。
ハイスカイキック。
真っ向から角を打ち砕いたそれはエ・ダクムの脳天に命中し、敵を仰向けに転ばせる。
 
 
「ヒャハハハハハハハァッ!!!」
 
 
跳ね返った吸血鬼はすかさず腹の上に着地。
無邪気と狂気を内包した笑い声と共に、怒涛の勢いで蹴りを叩き込む。
ざんぎゃくストンピング。
更にアッパーを一旦空振りさせ、腹の肉を抉るように一撃。
ヘル・スパイクパンチ。
 
シギィィィィィィィィィ!!!?
 
堪らず悲鳴を上げ、苦痛に無数の足をばたつかせるエ・ダクム。
お構いなしに顔のハサミを掴み、トドメに大洪水ラリアット。
強烈なダメ押しを喰らわされ、大した活躍を見せられないまま力尽き、爆発。
 
 
「うひっ、うひィィィィィィ!!!♪」
 
肉片と共に飛び散った返り血を浴び、狂喜乱舞。
付着した緑色の血液を舐め尽くし、吸血鬼の食欲を満たしていく。
 
「美味しい、美味しい、イヒャ、ヒャヒヒヒ・・・・・・」
 
 
 
 
 
グォオオオオオオオオオオオオ!!!!
 
 
これまで手が出せなかったセイウチデスだが、相手の油断を狙って角を連射。
しかし相手が背中の翼で優雅に宙を舞うため、悉く当たらない。
更に先程とは比べ物にならないほど、動きが機敏。
 
 
「無駄だ、諦めろ」
 
 
冷静、しかし強大な殺意の篭った囁きを聞かされ、背筋が凍る魔獣。
理性を取り戻した吸血鬼は何時の間にか、敵の眼前まで急接近。
顔に自分の頭を思い切り打ち付けた。
ただの頭突き。
技でもないに関わらず、凄まじい攻撃力を誇る一撃。
脳震盪を起こし、意識が朦朧とするセイウチデス。
 
 
 
 
「本来のメインディッシュを邪魔したのが運の尽きだ。消えろ」
 
 
 
冷酷な台詞を発し、右の拳に赤・緑・黄3色の光が収束。
セイウチデスに突撃し、顎をも砕かんばかりの強力なアッパーカットを喰らわせる。
トリプルブレイク。
灼熱の炎が敵の肉体を焼き尽くし、鋭い切れ味のかまいたちが全身を切り刻み、最後に高圧電流。
忽ち分子レベルまで分解され、存在していた痕跡すら残らなかった。
 
吸血鬼、完全勝利。
 
 
 
 
「・・・もう、敵の気配は無いな」
 
辺りを見回し、危険が無い事を確認。
空腹による頭痛に頭を抱えながらも、背中の翼で大空へ飛翔。
 
「・・・此の星に原生魔獣は一匹も存在しない。そんな土地で何所からか魔獣を呼び出せるのは、知る限り二人しか居ない」
 
吸血鬼には心当たりが在った。
ナイトメアの脅威が去り、平和が戻ったポップスターに魔獣を呼び出す事が可能な者達の存在を。
どちらも彼の所属する軍隊が最も憎む地下組織の、強力な幹部。
 
 
「・・・さすがの星の戦士も、奴には勝てないだろうな。しかし、哀れな男だ」
 
正義を礎とする組織に属しながらも、静観を決め込む吸血鬼。
自在に狂気を魅せられる瞳は、静かに訪れるであろう大きな戦いを見据える。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「かのオボロヅキを携え、復讐に燃える暗黒戦士、ダークマター」
 
 
 
 
 
 
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