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カラフルな球の上で弾む道化師の哀れむような表情は、同時に勝ち誇った笑みを浮かべているのが察せた。
どう考えても、この男以外に黒幕は在り得ない。
正しいのは自分だけであり、やはり王女は騙されている。
 
 
「!・・・そっちこそ白々しいわ・・・!!!」
「キミがとんだ国賊だったようで、王女サマもガッカリなのサ。民の命を敵国に売るような真似しちゃったんだからね!」
「違う!!それは貴方が着せた濡れ衣よ!」
「は~て、なんの事やら?ねぇ、王女サマ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「いつの時代も革命家は末恐ろしいものサ。目的の為なら他人の血を流す事も厭わない。あー怖い、怖い」
「黙れ!!」
「おっほっほ、本性現したね?ササ、王女サマは早く安全な所へ!」
「王女様!」
「マルク、貴方は?」
「ボクは此処で奴を倒してみせます。彼女を生かしておけばいずれ、この星に戦乱が訪れるでしょう」
「聞いてください、王女様!」
「でもボクにお任せあれ!必ずやガールードの首を差し出して見せますサ・・・」
「・・・お気をつけて。では・・・」
 
 
「王女様、どうか私めの声を!!」
 
 
ガールードの懇願を遮るように立ちはだかる道化師は、付近で待機していた兵士らに合図を送り、王女を連れて避難するよう命令。
気配が消え、自分達2人だけになった事を確認すると、早速邪悪な笑みと本音を漏らした。
 
 
「・・・・・・邪魔者は居なくなった。後はボクが君の首を献上すれば、王女に取り入れられる。そしてボクがローナ公国、いやピピ惑星の影の王となるのサ!!」
「最初からそういう魂胆だったのね」
「イエ~~~ス!!ま、君もある意味清々したよね。だって考えてみなよ。君の周りにいるのって、間抜けで、愚かで、騙されやすい馬鹿ばっかじゃなあい?」
「・・・・・・・・・」
「少なからずそう考えた事、あるデショ?だからクーデターの動機を後付けし易くて助かるんだ。愚かな民と女王にはもうウンザリだ、私が全てを変えてやる!とかね♪」
 
 
小馬鹿にするような態度で挑発をかける道化師と、それに動じない風に装うガールード。
皮肉にも彼の指摘は、強(あなが)ち間違っている訳でも無かった。
無知の王女に多少でも愛想を尽かしそうになった事や、道化師の動向に警戒していたと言いつつ、結局は王女の一存に従った親衛隊の事など。
心当たりが在るだけに、否定は出来ない。
 
「あ、支配してやる!の方がしっくりくるかなァ~ん?」
 
だが、それで彼らの命を奪っても良いという理由には当てはまる筈も無い。
道化師さえ、この異端者さえ訪れなければ、自らの愛する平和は壊されなかったのに。
ようやく公国の新たな道が開こうとしていたのに。
未来が、全部粉々にされた。l
許さない、こいつだけは絶対に許すものか。
例え刺し違えてでも、この悪魔の物語に終止符を打つ。
 
 
「・・・あらゆるものを奪った代償は高くつくわよ、覚悟なさい」
「はぁ?何サ、かっこつけちゃって!!」
 
強がっているだけの台詞と受け止めた道化師は、一段高く飛び跳ねると空中で静止。
光の球体に包まれたと思った直後、戦慄すら覚える狂気の笑顔が一瞬だけ覗かせる。
 
そして異形の翼が殻を突き破り、ガールードを見下して言い放った。
 
 
『そういうのは歴戦の猛者になってから言う台詞だぜ、ガールードちゃん!!!』
 
 
一回り大きくなった体が、自身の乗っていたボールを踏み潰して着地。
重量も変身前より増えているのが目に見えて分かり、只の変身ではない事を示す。
手の部分と思しき爪と一体化した、虹色に光る翼を広げて不敵な笑みを浮かべる。
 
『このマルク様の実力を甘く見られちゃ困るんだよね。一辺、この恐怖を脳髄にまで刻みつけてやろうかぁ!!』
 
言い知れぬ強大な殺気を常に放ち、一歩ずつ距離を詰めていく道化師改め、マルク。
視線を逸らさず、対照的に距離を取ろうと後ずさるガールード。
 
 
『どうした?ビビってるじゃないか。よくまぁそれで公国イチの女戦士が務まるもんだぜ、ペッ!』
 
 
相手の気迫に押されているのか、気がつくと自分の足が震えていた。
隠し切れない恐怖。
副隊長の一件以上に、死が直ぐ近くにあるような錯覚を感じる。
 
『来いよ、来いよ、来いよ!!ホラかかってきなよ、臆病者!!どうした?どうした?どうした!?』
 
此処は逃げるべきか?
いや、それは出来ない。
敵前逃亡は己の信念が許さなかったし、マルクの謀略に巻き込まれて死んだ人々の無念を晴らしたいという気持ちも有った。
それに応えるべく、マルクに斬りかかる。
 
「馬鹿にしないで!!!!」
 
渾身の一突き。
しかし、片方の爪にあっさりと受け止められてしまう。
マルクが呆れたような溜め息をついた次の瞬間、その圧倒的実力差を思い知る事になった。
 
『その程度・・・・・・?あーあ、つまんないなぁお前は!!』
 
不意に翼を振り回し、ガールードの顔に一撃。
凄まじい腕力で身体は宙を一回転し、無様に段差を転げ落ちていく。
顔を押さえ、激しく悶絶。
立ち上がる事すら出来ず、最後に辛うじて聞き取れたマルクの叫び。
 
 
『消えてなくなれぇ!!!!』
 
 
身体が急に軽くなったと感じた途端、意識は暗闇に閉ざされた。
 
『おっほっほっほっほ、ほほほほほほ―――――――――』
 
 
 
__________
 
 
『ざまぁ見ろ!!身の程知らずのクセに、このマルク様に盾突くのが悪いんだよ!』
 
(何てパワーだ。あんなのと正面から殺り合ったら命が持たない)
 
『・・・姿は見えないけど、そこで見ているんだろ?ノースディガルト兵』
 
(!!)
 
『お前達も騙されやすい性質で助かるよ。あの時死んだヤツ、ホントは全然違う種族のガキなんだけどな!!』
 
(な・・・・・・んだと・・・・・・!?)
 
『けどお前達も口実が欲しかったんだろう?結果オーライで良かったな!おほほっ!!』
 
「お待たせしました、師匠!ぼくちんグリル只今戻りました!」
 
(!?)
 
『おお、御苦労サマ』
 
「ところでヤツの首は?」
 
『・・・・・・あ、忘れた。あまりにも弱っちいからつい・・・』
 
「しっかりして下さい、師匠!!」
 
『うるさい!早く魔方陣を!!』
 
「はいはい~・・・・・・よし、これで完了!転送開始ぃっ!!」
 
 
 
「(・・・消えた?・・・しかし気配は無い・・・・・・・・・)大将、大将!!」
 
≪・・・・・・ぜぇーんぶ聞いていたぜ。勝手な事しやがって≫
 
「も、申し訳ありません・・・・・・しかしどうしても気になってしまい・・・・・・」
 
≪分からなくは無い。俺達、ハメられたみたいだが問題は無いな。王女の首は貰い損ねたが、火種としては十分だ。引き上げろ≫
 
「了解・・・直ちに帰還します」
______
「OK。船に戻るまでが作戦だからな」
 
 
 
≪してやられてしまったな≫
 
「これはゼロ元帥。もしや盗み聞きを盗み聞きしておられたので?」
 
≪・・・奴の名は耳にした事が有る。ナイトメア軍の誇る精鋭の一体・・・・・・だが、裏では良からぬ謀略を練っているとも・・・≫
 
「早い話が策士、か。けど今回は助かりましたね。奴が仕組まなきゃ、こうして攻め込む為の口実は作れなかったし」
 
≪しかし癪なものだ。結局はマルクのいいように、敵も味方も利用されただけに過ぎぬ≫
 
「構いはしませんよ。宇宙にその力を知らしめるのは我等ノースディガルト。隣国のサウスに負ける訳には」
 
{{大将!!この母艦に侵入者が!}}
 
≪何?≫
 
「何だと?そいつは今どこに居る?」
 
{{甲板です!ただ、今はどうやら気絶しているようですが・・・}}
 
「甲板か。監視カメラ映せるか?どれ・・・・・・・・・ん、コイツは・・・・・・女・・・?」
 
{{ですね・・・}}
 
≪貴様らの実力なら捻り潰す事も容易い筈だ。好きにさせよう≫
 
「了解。ひとまず敵の生き残りという事で・・・・・・・・・・・・殺っときます」
_____
「それで良い。では」
 
 
 
≪・・・・・・随分と派手にやってくれたようだな、ゼロ≫
 
「その声は、ゼロツーか。残念だが何れ来る戦争は我々が主役だ。貴様らは引っ込んでいろ」
 
≪それはどうかな。何もかも我の思い通りに運ぶ≫
 
「・・・何だと?」
 
≪お前達はいずれ陰となり、我等が光となる。絶対的力による正義の光≫
 
「正義だと?実に笑わせてくれる。我々日陰者のような一族が正義だと?夢物語に過ぎぬ」
 
≪夢ではない、我が現実のものとしてくれる。最も、貴様らには犠牲を払ってもらうがな≫
 
「・・・何を企んでいる!」
______
「企んではいないさ。全ては、我の練り上げたシナリオ通りなだけ―――」
 
『虐げられし闇の一族が“正義”などと大層な言葉を吐くようになるとは、時代も変わったな』
 
「クックック、まだ変わってはいない。これから変革を起こすのだ」
 
『その為に、この私と密約を結んだのであろう。愚民共に一切話さず事を進め―――』
 
 
「実体を持たないのは知っている。だが目障りな面だけでも刎ねる事は出来るぞ?」
 
 
『・・・・・・威勢も力も有る奴だ。その刀を下ろせ』
 
「・・・“カクダントウ”と言ったか?我等の技術なら製造も容易いが、その為の施設を建てれば国民に怪しまれる」
 
『そこで我々に、制圧した星からの輸出を頼んだ訳だ』
 
「そう。勿論見返りはくれてやる。我等の科学技術だ。ただし提供は一回きり、それに我々も更に発展・向上させていくがな」
 
『構わん。貴様らが後悔しなければ良いだけの話。泣き喚いても遅いぞ』
 
 
 
 
「では、よろしく頼む――――――いずれ宇宙の帝王となる男、聖なる悪夢よ」
 
 
 
__________________
 
 
 
 
 
 
 
あの後、自分の身に何が起きたのか今も理解できないが、一つだけ分かる事が有った。
 
 
 
目覚めた時、自分は甲板に居た。
足場の縁から乗り出して視認出来た、何隻もの鉄の船。
そして炎上する王都の姿。
間違いない。
今の自分では到底敵わない、超越した力によって此処まで吹き飛ばされたのだと、そう把握した。
 
敵の所有物である以上、同じ所に留まっている訳にもいかない。
直ぐに行動を起こし、船内の倉庫に逃げ込んだ時だった。
 
 
≪緊急事態 緊急事態 セントラル級ノース母艦に侵入者。繰り返す―――≫
 
 
閉めた鉄の扉越しに伝わる、無機質な声の警告。
既に自分の存在が発覚していたようである。
 
倉庫の奥で縮こまっている間、床上に置かれた紙の箱が横滑りするのを目撃。
船が動き出した。
何所へ?
恐らく、彼らの故郷に向かって帰路を取っているのだろう。
 
 
退路は無きに等しい。
不本意でも此処に来た以上、ガールードにはやらねばならぬ事が残されていた。
王都で繰り広げられた、無慈悲な殺戮行為に対する責任要求。
 
立ち上がり、鉄扉の傍で待機。
通りかかる敵の足音に反応し、故意に物音を出す。
 
「?まさか、侵入者・・・・・・」
 
取っ手が回った瞬間、目一杯の力を込めて蹴飛ばした。
壁と鉄扉の間に挟まれ、気絶する敵兵。
鼻を強打したのか血を垂れ流す、彼の顔を見て若干申し訳ない気持ちに陥る。
気を取り直し、目的を果たす為に走り出す。
 
鳴り響く警報の中、周囲の見慣れないものに一瞥しながら駆け抜けるガールード。
通路の天井を這うように延びる鋼鉄の管や、声だけが放たれる無数の穴が開いた箱。
所々で聞いた事の無い異音が聞こえ、常々不気味な印象を受けた。
 
 
「敵は一人だ、迎え撃て!!」
 
上官らしき男の号令と共に、通路前方より迫る敵兵ら。
しかし、一人ひとり相手をしている暇は無い。
姿勢を屈め、すり抜け様に足の脛へ一太刀浴びせて先を急ぐ。
 
「奴が公国きっての剣使い、ガールードだ!油断するな!!」
 
次から次へと襲い来る敵に対し、無駄に戦うことなく華麗に避けて行く。
目覚めた時に聞いた警告から察するに、此処がノースディガルト軍の司令塔としての役目を果たしているようだ。
とすれば、何処かに敵のリーダーが身を隠しているはず。
その者の首を討ち取れば、士気を下げる事にも繋がるだろう。
 
最も、この体力がもう少しだけでも長く続けば、の話だ。
流石に全速力で走り過ぎたか、段々とスピードが落ちてきた。
更に運の悪い事に、船が突如旋回した事によってバランスが崩れてしまい、壁に倒れてしまう。
目の前には殺気で漲る敵兵らの姿。
チャンスとばかりに槍で切り掛かろうとするが、突然船内に響いた声が彼らの行動を無意識のうちに食い止めた。
 
 
「覚悟し――――――」
≪そのぐらいにしておけ≫
「た、大将!?」
≪わざわざお前らの手を煩わせるまでも無い。俺が直々に相手してやる≫
「しかし!」
≪心配無用、とにかく手を出すな。操舵室にご案内だ≫
 
それだけ言い終わると、大将と呼ばれる声の主は沈黙。
併せて敵兵らも身を退き、黙ってガールードを見届けるだけになった。
 
 
「大将の居られる操舵室は、この先の角を右に曲がって行けば良い。その先の路で別の同僚が教えてくれる」
「此処を左だ。畜生、名を上げようと思っていたのに」
「とにかく真っ直ぐ。突き当たりの分岐まで一切寄り道するな」
「既に言われたと思うが直進だ。お前、敵の癖に大将が気に入るなんてよっぽどの事あったんだな」
「操舵室は近いぞ。其処を左、右と曲がっていけば直ぐだ」
 
 
行く先々で進むべき路を教える、ノースディガルト軍の兵士達。
大将という男は相当な影響力を持っているのだろう。
それにしても、あの声は何処かで聞いたような気もする。
特別親しい者では無いが、幾度か助けられた記憶は忘れていない。
 
まさか?
そんな馬鹿な事あるまい、ノースディガルト軍と同じように彼もまた道化師に利用されているだけだ。
間違っても彼のような者が、この土壇場で敵に寝返るなど考えられない。
 
単なる偶然だと自己解決し、覚悟を決めて操舵室に繋がる扉の前に立つ。
未知の技術で自動的に開閉する鉄板の奥では、憶測に過ぎなかった筈の人物が、彼女の御到着を待ち侘びていた。
 
 
「よぉ、マーレ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
操舵室の奥にて、窓越し遥か遠くに見える紅き王都を背に立つ彼は、何所をどう見ても幻覚ではない。
ストルトスだ。
だが何故、こんな所に?
 
 
「ストルトス!!」
「あの砲撃の中、よく無事だった・・・・・・訳ないよな。ちなみにさっき船の向き変えたのは俺な。カッコつけたかったし」
「これはどういう事?話し合いは?元帥の居場所は?そもそも私を指名した大将は何所に?」
「ま、落ち着きなって。事情を話さずとも、コレが全てを物語っているんだぜ」
「え?」
 
ストルトスは懐から取り出した小型の黒い箱を手に、丸い突起物を指で押した。
すると驚いた事に、少々雑音交じりだが人の言葉が箱の中より発せられてくる。
 
≪・・・ザーー・・・ザ・・・・・・俺達にとって尊敬できる・・・≫
「何があったか知らないけど、王宮で囲まれている所をステルス調査部隊の一人が遭遇したみたいでよ。俺に黙って盗聴し始めたようで・・・」
 
 
記録されていた内容は、庭で親衛隊に包囲された所からマルクと対峙するまでの間。
その間に起きた会話全てが、片手に乗るサイズの小さな箱の中に収められていた。
 
≪・・・だからクーデターの動機を後付けし易くて助かるんだ。愚かな民と女王にはもうウンザリだ、私が全てを変えてやる!とかね・・・≫
「・・・・・・・・・!」
「ご都合主義上等。今ドキの宇宙じゃ、こんなモン常套手段だぜ。みんなやっている」
 
再び突起を押し、声の再生を止める。
暫しの沈黙の後、先に口を開いたのはストルトスだった。
 
「・・・マーレだけじゃねえさ。ノースディガルト軍も結果的にあのお坊ちゃんに利用されたみたいだしな、正直どっこいどっこい、だ」
「・・・・・・・・・」
 
未だに扉の前で立ち尽くすガールード。
いい加減待っても仕方ない、自分から動かんとばかりにストルトスは徐に立ち上がり、彼女に近づいて行く。
 
「残りの質問、後で詳しく説明するからパパッと話すぜ。話し合いなんて端からする気ナシ、元帥は此処に来ていない」
「!!」
「んで、最後の質問だが・・・・・・大将、何所に居るか分かる?」
「え・・・私と貴方以外に誰が・・・?」
「とぼけんなよ」
 
言い放つと同時に、大ジャンプで目の前に着地。
ガールードに詰め寄り、更に追い詰める。
 
「おたくの目は節穴か?分かんないフリするな、俺と現実を見てイルシオン(幻想)から脱却しな」
「何を言って――――――!そんな!!」
「もう隠す必要ないよな?そう―――――――――」
 
 
 
背中に収めている緑刃のナギナタ、その柄に触れたのはガントレットを装着した右手。
次の瞬間、片手だけを使い目にも止まらぬ速さで振り回すと、最後は切っ先を彼女の喉元に突きつけた。
そして普通の左手で後ろ髪をかき上げ、名乗る。
 
 
 
 
「俺がノースディガルト軍大将、ストルトス・イディオータ。それが本当の姿、さ。・・・・・・・・・全部、話すぜ」
 
 
 
 
得意げに名乗りを済ませると、切っ先を下ろさずにそのまま語り始めた。
 
 
「軍に嫌気が差して逃げたと言うのは、もちろん嘘。ただこれには深い理由がある。作戦立案にあたり、俺には一つだけ引っかかる事があった。
ピピ惑星の実態だ。厳しい格差社会という噂はかねがね聞いていたが、事の発端となったローナ公国は正直どれほどのものか分からない。
同族でこっちに引っ越した移民の数もたかが知れている。だから元帥に頼み、俺は単身で公国にやって来た。そのおかげで色々と知る事が出来た。
・・・反吐が出るぐらい酷いもんだった。貧富の差が激しいどころか、不公平と不条理のまかり通る世界。レジスタンス的なものが結成されて当たり前だっての。
まあ、俺としてはかえって助かった。クーデター成功して王政崩れちまえば、元老院消滅が意味するものは一つ。政治機能の麻痺さ」
「それで、元老院を打倒するために彼らに協力していたと?」
「そういう事。結局おたくのせいで思惑から大分脱線して、最終的に力ずくだったけどな。こんな風に。
何だかんだで元老院の導入は、王女の仕事を助ける役割も一応あった訳だ。それがいきなり無くなってみろ、王女一人に何ができる?
過激派の話もしたと思うけどな、要は公国の世論を戦争に向かわせる為には一定の歯止めを外さなきゃならない。そうすれば王女は斟酌せざるを得なくなる」
「・・・まさか、貴方の真の狙いは!!」
 
 
ガールードに戦慄が走る。
ノース軍大将が胸の内に秘めていた、狂気を孕む野望。
 
 
「そう、フォトロン族とダークマター族の全面戦争。それがゼロ元帥の願いだ」
 
 
 
 
「・・・・・・・・・!!」
「つっても、お偉いさんの首取れりゃそれで結構。要は力を示して敗北を認めさせさえすれば、何だって良いんだと」
「最初から、これが狙いで!」
「・・・・・・マーレ。俺は差別をしない主義だ。平民も貴族も、下の奴らの苦しみに見て見ぬフリをしてきたという意味で、平等に生きる価値は存在しない」
「!」
「・・・今はどうでもいいな。ダークマター族は積年の怒りと憎しみを募らせてきた。今こそサウスに代わって、愚かなフォトロン族に鉄槌を下す!!」
 
情熱的な、しかし殺意に満ち溢れる語り口。
尚も喉にナギナタを突きつけ、兜に隠れて見えない瞳をぎらつかせる。
 
「・・・・・・前回みたいに、胸を揉むとかそういう“おふざけ”は一切無いぜ。始めようか、死のフラメンコを!!
 
 
 
 
切っ先を一瞬横に逸らしたかと思うと、そのまま遠心力をつけて一回転。
咄嗟にしゃがむガールードと、その頭上をほぼ同時に掠めた刃。
僅かな気の遅れが、もしかしたら己の首が飛ぶ結果となっていたかもしれない。
 
「オゥレイ!!」
 
背を向けながら武器を左の手で持ち替え、振り向き様に右のガントレットを使った裏拳。
ガールードも鞘から剣を引き抜き、相殺しようとする。
だが、圧倒的重量のガントレットに只の剣が敵うわけも無く、あっさり弾き飛ばされた。
速攻で武器を失い、防戦一方と化す。
 
「くっ!!」
「ミラ・ミラ(見ろ、見ろ)!!ミラ・エスト(それ見てみろ)!!」
 
回転を続け、ナギナタとガントレット、二つの凶器が交互に入れ替わる。
華麗に靡く真紅の長髪。
空振りした鉄拳は、周りに設置された鉄の箱を容易く破壊。
電気を帯びたような紐や鉄屑が四方八方に飛散。
頬を掠めながらも剣に向かって走り、武器を奪還。
特に大きな塊を視認と同時に薙ぎ払、上手く弾き返す。
 
「フエルサ(力強さ)!フエルサが足りねぇっ!!」
 
僅かな休息を与えることも無く、熱い怒号と共に飛び掛るストルトス。
軽快な左手でナギナタを紙のように軽々振り回し、高速の斬撃を叩き込む。
 
「ウノ・ドォス・トレェス・クアットロゥ・シンコォ!!セイス!!シエテッ!!」
 
右手の爪を鳴らした分だけ、矢継ぎ早に突き出される刃。
挑発の類か、隙だらけの大振りな攻撃を乱発。
 
「レントなレントな、パハロカルピンテーロォ(キツツキ)!!うらぁっ!!」
 
しかしガールードは致命傷を免れようと守りに回るのが精一杯で、反撃に出る事もままならない。
相手はこちらの固めた防御を掻い潜って攻撃するために、自分の受ける傷だけが増えていく。
 
「前よりは持つようになったんじゃねえか!?っと、俺の言葉に気を取られんなよっ!!」
 
ストルトスは警告と同時に、柄と刃の位置を手首の捻りで入れ替え、其処から棒の先端を用いて鳩尾に一撃。
腹部にめり込む柄。
堪らず呻き声を上げたガールード、力なく膝をついてしまう。
 
「ぐうっ・・・うう・・・・・・!!」
「僅かな油断が!!命取りになるって!パドレ(パパ)とマドレ(ママ)に教わらなかったかぁッ!?」
 
握り拳に固めたガントレットの一撃が、下から抉り込むように殴り上げる。
体が宙を舞い、受身を取ることも出来ずうつ伏せに叩きつけられた。
体力が尽きたのか、動く事も出来ない。
それはストルトスも同じようで、此方が戦いを続けられないと分かった途端息が荒くなった。
 
「ゼェ・・・ハァ・・・ゼェ・・・・・・まあ、悪くなかったぜ・・・・・・」
「・・・うう・・・・・・」
「ゼェ・・・相手の台詞を聞きながら戦うってのは、よほど手馴れた戦士でもなきゃ無理・・・ハァ・・・この俺を満足させるまでには、至らねぇか」
 
手頃な鉄塊を拾い上げると、窓に向かって投擲。
大きな音と共にガラスは地上へと割れ落ち、操舵室に高所ならではの強烈な風が吹き込む。
気流を物ともせずに歩み寄り、立ち上がれないガールードの頭をガントレットで掴み上げると、わざと顔を近づけて言った。
 
「気が変わった。おたくが生きるか死ぬか、未来を女神に委ねてみたくなってきた」
 
無抵抗の彼女を引き摺り、窓のあった場所に立つ。
眼下に広がる光景。
普通なら落ちれば一溜まりも無いが、ストルトスはある種の賭けに出た様子だった。
 
「運が良ければ湖に落ちるかもな。まあ多分、真っ赤な潰れたトマトになっちまう事だろうけど」
「・・・・・・・・・!!」
 
 
 
「ま、これで死ぬとしたら最期に言っといてやるよ。貧民方は俺が逃がしてやった。だから安心して逝きな」
 
 
 
それだけ言い終わると、小石を放り投げるのと何ら変わらぬ動作で投げ飛ばす。
綺麗な放物線を描き、宙を舞う身体。
 
運よく船の外装に激突こそしなかったが、意識は途中で再び闇の中へと沈んでいった。
 
 
 
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