幻想とも走馬灯ともつかぬ感覚の中で、ガールードは思った。
己のなんと男運の無さよ、と。
思えば幼少の頃からロクな目に遭っていない。
物心のつく前、女児ばかりを狙う異常性愛殺人者に誘拐されかけた経験が1,2度ある。
この頃は伯母が「剣術はまだ早い」と言って護身術すら身につけさせず、以降も男に関しては恵まれた方では無かった。
14歳の時、公国の教育機関であるシュトルツ学園に通っていた自身に受難が降りかかる。
公国初となる男女共学クラスの誕生。
進級の際に其処へ振り分けられた所までは良かった。
ところが男子学生のうち何人かは、潰れた非公認の学校から引き取った問題児ばかりだったのである。
自身を含める女子らに行われた、スカート捲りなどの幼稚な悪戯。
単身でやるのであればまだ良いが、卑劣にも複数人で取り押さえて実行するのだ。
当然ながら年頃の女子にとって、此れ程まで匹敵する羞恥は無い。
クラスの女子らは戦々恐々であった。
常に集団で移動を共にし、教師が授業に駆けつけるギリギリの時間まで教室には戻らない。
授業のある毎日が戦いの日々と言っても過言ではなかった。
学園を出、王宮戦士団長として何不自由ない地位を手に入れた現在も、更に不運は続いた。
まず親衛隊の隊長補佐、もとい死後の階級昇進で副隊長。
彼の女漁りとも言うべき悪癖の度合いは、自身の倫理観での許容範囲を大きく超えていた。
当然ながら、此方からの接触等は考える気にはなれない。
早い話が生理的に受け付けないのである。
しかし当人の貪欲さは止まる事を知らず、今回あまつさえ自身をも毒牙をかけようとしていた。
埋められぬ実力差を、全く考慮せず。
最も、あの時ばかりは自身も体力の消耗が激しく、完全な実力を発揮し切れなかった。
チャンスとばかりに狙ってきたのも当然かも知れない。
次にストルトス。
船内での戦いは気持ちの整理がつかず、ただ剣を振り回すだけに終わってしまったが、今ようやく理解した。
自分は裏切られたのだ、と。
おちゃらけた態度と甘いマスクの下に隠れた本心を、最後まで探り出す事が出来なかった。
彼の言動は何所までが本当で嘘だったのか、理解に苦しむ。
何も分からない。
味方では無いと認識した途端に、彼の全てが見えなくなった。
レジスタンスを弔った気持ちは、元老院相手に見せた正義感は、同情を惹いた身の上話は、真実か、虚構か。
だが確定した情報もある。
前日の昼間の様子、地下水路で発見した痕跡、そして意識の消える間際に彼が放った言葉が裏付けした事から、貧民達を助けたのは彼と見て間違いないだろう。
しかし最悪の形で裏切られた今は、それが彼の残された良心による計らいだと信じる事も出来なくなった。
実際は別の思惑があって救済に見せかけたのではないか、と詮索は尽きない。
だが今、それ以上に最も後悔している事が有った。
彼に易々と大役を与え、事実上の自由の身とさせるべきでは無かった事。
あくまで余所者として監禁等の処遇を与えておけば、結果的に相手の文字通りの大将を人質に出来たかも知れない。
しかも国の最高指導者と親密な人物というだけで、公国側に有利な交渉が働けた可能性も大いに有り得る。
だが実際はどうだ。
敵国を揺さぶる決定的カードを自ら手放し、交渉権を放棄してしまった。
今振り返ってみれば、自分は惜しい事をしてくれたようである。
いや、最早惜しいどころでは済まされないか。
そもそも彼の圧倒的実力の前では、どっちにせよ拘束した所で力ずくの脱出を図られた可能性も有り得る。
王宮戦士団に所属して以来、向かうところ敵無しだった自分を軽く往なし上げた程だ。
初戦では躾の悪い闘牛に例えられては散々弄ばれ、挙句精神的・肉体的に屈辱を受けた。
再戦では逆にストルトスが闘牛の如き暴れ様を見せつけ、反撃のチャンスすら与えることなく自身を捻じ伏せた。
この2戦で彼が取ったのは、それぞれ防衛的・攻撃的という全く非対称な戦法。
初戦は殆ど遊び感覚によるものだろうが、再戦の彼はそんなものを微塵も感じさせぬ情熱的かつ残酷な態度。
あれこそが、ストルトスの真の実力とみて違いない。
現に初戦と再戦とを改めて比較しても、感じられる本気ぶりの度合いが明確なまでに違う。
情熱的、しかし殺意に満ち溢れたあの姿勢そのものが何よりの証拠だった。
自分に言わせてみれば、ストルトスは「異質」だ。
戦いの中で己の内面的個性を強く反映させるなど、其れこそ真剣勝負においては不要以外の何物でも無いはず。
むしろ見栄ばかりを重視し、他を疎かにしてしまっては本末転倒。
最後にモノを言うのは、自身の培った技量と鍛え上げた身体能力ではないか。
身を滅ぼすは不必要な自己顕示、それが“元”王宮戦士団長ガールードの持論であった。
しかしストルトスは実際問題、己の実力と個性を破綻させる事なく両立させている。
所々に異国の言語を挟み、攻撃前に異国の数字を読み上げるという大胆な予告行動は衝撃ですらあった。
それらの行動に裏打ちするのが、彼自身の総合的に優れた実力。
戦闘中に見せられる余裕や故意的な隙も、戦い慣れた強者である彼だから可能な事なのだと思い知った。
悔しい。
此処まで完全な敗北を喫したのも、此処まで惨めな気持ちに陥ったのも、生まれて初めてだ。
勝ちたい。
いや、復讐を果たしたい。
憎むべきは味方を奪った道化師マルクだが、直接的に民の命を奪ったという意味ではストルトスに刃を向けるべきであろう。
しかし、今の自分で勝てるのだろうか。
2度挑んで散々な結果に終わったのだから、駄目に決まっている。
3度目の正直に望むなら、今のままでは絶対に勝てない。
己を更に鍛え精進せねば、互角の戦いも望めないだろう。
或いは、どんな手段を使ってでも。
『憎しみに引き摺られてはいけない。オボロヅキに呑まれる』
脳内に響く謎の声に思考の海から引き戻されると、視界に広がるのは見たことも無い世界だった。
闇が果てしなく広がり、無数の星が煌く謎の空間。
幼少の頃に学問で齧った程度だが、これが「宇宙」だと聞いた事がある。
だが、少なくともこれは本物ではない。
流石にこればかりは、鉄の船より落下した事と宇宙に放り出された事との因果関係が成り立つ筈も無かった。
恐らく夢だ。
何故なら宇宙には空気が無く、とても人が生きていける環境ではない。
こんな所に放り出されれば、自分はとうに息絶えている。
いや、意識を失うまでの絶望的状況を鑑みれば、此処は死後の世界か。
遂に己は若くして、現世を去ってしまったようだ。
『それは違う、ガールード』
目覚めた時と同じ声が自身の名前を呼んだ為、辺りを見回す。
声の主らしき姿は何所にも無い。
有るのは、黄金色の光を湛える一本の剣のみ。
『私は此処に居る。お前の目と鼻の先に』
声の通りであれば、この得体の知れない剣が自分に語りかけているらしい。
何故剣が喋るのだろうか?
『私はギャラクシア。知性を持つ宝剣にして、お前達ガールード家の宿命そのもの』
ギャラクシア。
勿論ガールード家の当主を名乗る者として、知らぬ訳が無い。
遥か昔、フォトロン族の名匠が生み出した宝剣には厳重な封印が施されていた。
力の有る戦士でなければ目覚めさせる事は出来ない、というのが代々の言い伝えだ。
名匠には古くからの友であり、この星では名の知れた賢者がいた。
彼は名匠の死後、ギャラクシアを人知れず“聖地”と呼ばれる所に隠す。
聖地はこの星の何所にも存在しない、謎に満ちた場所。
賢者が宝剣を持ち去った最大の動機は、邪なる心の持ち主に悪用されないようにする為。
彼は聖地と宝剣の在り処を秘匿としたが、挑戦者が訪れた場合はその限りでない。
宝剣に挑む者達を聖地へと導く役目を買って出、今もピピ惑星の何処かで新たな戦士の訪問を待ち焦がれている。
ガールード家の“しきたり”はこうだ。
子宝を授かる度、占星術師に秘めたる力を見通してもらう。
封印を解く可能性に満ちていると判明して初めて、子に“ガールード”の名を授ける事が出来る。
生まれながらにして、やがて当主の座に収まる権利が与えられるのだ。
また、親族全員に認められさえすれば年齢・性別問わず名を受け継ぐ事も可能だが、今までその特例が実行された事は一度も無い。
今まで何人もの当主が賢者の厳しい試練に立ち向かい、力を示した。
聖地に旅立ち、そして二度と戻らなかった。
皆全てギャラクシアに「力無き者」と見做され、命を喰われたのである。
故に聖地が如何なる場所か、それを知る者は居ない。
『流石はガールードの名を受け継ぎし者。そう、これまで幾多の血族に私は落胆してきた。誰も目覚めさせる事は出来ないのか』
「・・・それ以前に、此処は何所なの?私はどうなったと言うの?」
『此処はお前の心の中だ。お前達一族の者を吸収した結果、ほんの一部の“力”を行使しただけで血族の精神に語りかける事が可能となった』
「・・・・・・じゃあ、私の今の状態も知っていると?」
『そう。お前はまだ死んではいない。しかし肉体は危機に曝されている、これを見ろ』
宝剣に埋め込まれた一つの紅い宝石、それが一瞬光ると空間に亀裂が走った。
裂け目は徐々に拡大し、ある光景が映し出される。
「なっ・・・・・・・・・!!?」
山の中と思われる、何処かの洞窟。
自身の肉体は壁の拘束具で自由を奪われていた。
{{はぁ・・・はぁ・・・久々に上玉が巡り合わせて来たゼ・・・にっひひひひ!!}}
それを緑髪の男が品の無い手つきで太股周りを愛撫し、服を引き裂き捨てると腹部を這いずるように舌で舐め回す。
途端に込み上げる生理的嫌悪。
その後も口には出し難い、おぞましき行為が自身の体で行われる。
やはり自身には、男運が無い。
昏睡状態の女戦士に陵辱を働くこの男は何者か、と憤慨の表情で宝剣に問い詰めた。
{{んんっんううううううう!!女体最高ぉぉぉぉ!!!}}
「この男は誰!?私の体を好き勝手に弄んで!!!」
『ああ見えて奴は人形師だ。それも、お前と浅からぬ因縁を持つ山賊共の首領。そう、お前の知る少女を貪り尽くした張本人』
「!!・・・・・・こいつが・・・!!」
『しかし、人とは解せぬ生き物だ。己を理性で縛り付ける者も居れば、欲望のまま動く者も居る。全く理解しかねる』
返答に怒りが収まるどころか、更なる憎しみが込み上げてきたガールード。
空間の裂け目に入れば、もしや肉体は息を吹き返すかも知れないと考え、内側めがけて特攻。
しかし触れた瞬間、水の波紋のように揺らめいただけで何も起こらない。
何故だ、と再び宝剣に詰め寄る。
「どうして戻れないの!?」
『奴の妖術が妨害しているのだ。これから、殺戮だけを繰り返す人形に変えるための準備として』
「人形・・・・・・!?・・・」
気が済んだのか、男は一旦外に消えると妙な色の管と、それに付属して大から小までの手械のような物を纏めて持ち出した。
新たな拘束具に見えるが、今の話からして別物だろう。
それぞれ首・両手首・両足首・腰、更に頭の額にも嵌めていく男。
すると裂け目の視点が移動し、管の根元を映し出す。
全ての管は驚くべき事に、身長の高い奇抜な服の女性型人形の右手から伸びていた。
{{準備は良いな、ヴァース!}}
何を動力源としているのかも不明な人形は静かに頷き、左手を男に差し出す。
『奴は禁忌とも言える術を偶然会得してしまい、その道の者達より破門された。今行おうとしているのは、奴がその禁術を更に発展させたもの』
「ちょっと、さっきから傍観しているようだけど・・・人事だと思って!」
『私には関係の無い事。ガールード家の血族もまた、私にしてみれば「ギャラクシアを解放できる素質のある者達の一部」に過ぎない』
「っ・・・・・・!!」
『此処でお前が肉体を完全に奪われても、私は次なる挑戦者を待つだけの事。それが自然』
終始一貫、冷静な口調を崩さぬ宝剣。
これ以前にストルトスは、自分の生死を運命に委ねてみようと言っていた。
結果は、最高についてない。
まだ人生の初動期に差し掛かったばかりだと言うのに、この残酷な仕打ちは何だと言うのだ。
故郷と国の信頼を失った女戦士の末路は、下劣な低俗人形師の傀儡に終わるのか。
『・・・・・・ほう、運が良いな。ガールード家当主よ』
「・・・何なの?」
『お前の運命が変わろうとしている。正義を愛する組織の干渉が、お前に救いを与えた』
「え?待って頂戴!それは一体どういう―――」
望む答えを聞ける事無く、ガールードの姿は閉じ行く裂け目と同時に消えた。
______
『・・・・・・奇遇なものだ。これだから人という生き物は何が起こるか、分からぬ』
【遂に耄碌したか、忌々しき宝剣め】
『・・・その声はオボロヅキか。相変わらず愚者を木偶人形の如く操り、罪無き者を屠っているようだが』
【聞け、ギャラクシア。ヒトなど単純な生き物に他ならない。理性など飾りに過ぎぬ、真に忠実は己の欲望よ】
『私には只の思い違いにしか聞こえない』
【それこそ貴様が耄碌した証拠。俺はヒトの本性に触れたからこそ全てを知っている】
『全ての人が絶大な力を欲する訳ではない。それ自体が何よりの証拠』
【・・・・・・・・・・・・今回我が宿主となりし男は、実に悲劇的な過去を背負っていて大変よろしい。たかが訓練で足を失い、戦場に戻れなかった軍人】
『封を解くために殺戮を繰り返し、宿主の負をも喰らい続けるか』
【悪いが俺は、一足先に己が封印を解かせて貰う。その時こそ世界に、宇宙に災禍と戦乱が訪れる】
『・・・宇宙は、我等2本の剣によって均衡が保たれてきた。片方だけ封が解ければ、それこそ“悪夢”』
【貴様など知った事か。何時までも適合者が現れぬ事を誤魔化すだけの言い訳にしか聞こえん】
『・・・・・・・・・・・・』
【ギャラクシア、貴様は只傍観していれば良い。俺の力が解き放たれし時、それは悪夢の逆鱗という形で現れるだろう・・・・・・・・・】
『・・・・・・それもまた、自然か』
____________________________
「そなたは此処で待機していろ。万が一の時に備えて」
「御意。では、行ってらっしゃいませ」
「死体の掃除もよろしくダス」
「言われなくても承知している」
「ちぇっ、ワシにだけ感じ悪いダスね」
洞穴を前に一人待機を命じられた、三日月の装飾を施した甲冑の騎士。
残る二人の部下を従える仮面の騎士は、周囲に横たわる血塗れ山賊達の死体を避けながら奥へと進む。
坑道を進む仮面の騎士は途中、ギャラクティカベースでのブリーフィングを思い出していた。
____
「今回のターゲットは“外道人形師”ドゥーラス。フォトロニス山に巣食う山賊団のリーダー・・・と言うよりはデク人形共の主だね」
銀河戦士団のリーダー格集団“銀卓の騎士”、そのうち一人であるノイスラート卿進行の下、本作戦のブリーフィングは行われた。
同メンバー内でも屈指の堅物と言われるパラガード卿とは対照的に、柔軟な発想を持つ親しみやすい性格で戦士達の支持を得る「陰の実力者」。
最も、任務に真面目な姿勢を持つ自身としては、幾分か接しづらい人物であるが。
「彼の略歴について。エルフノイド族のドゥーラス君は何を血迷ったか、一旗上げようとピピ惑星に上陸。有名な人形師の一族に弟子入りするも破門。
理由は、人の肉体を自在に操作・命令できる禁忌の術の会得。逆上したドゥーラスはその術で一族を皆殺し。フォトロニス山に身を移す。
その際、例の山賊共に襲われたそうだけども、逆に術で洗脳してしまう手腕のまあ上手い事、上手い事。あっという間に山賊団のボスさ。
以降、自分を認めない社会への復讐だとか大仰な野望を掲げ、自身の実験のために付近の街を襲ってはモルモットを補充しているようだね。
挙句、上玉と判断した女は心行くまで弄んでから捨てる始末。この女癖の悪さときたら、男の風上にも置けないものだね、これは」
「聞いているだけでも下種な輩だと分かりますな、ノイスラート卿」
「だろうね。それでもって最近掴んだ情報では、ナイトメア軍が彼を引き入れるかどうか検討中らしい。
銀河戦士団としては、統率手段・洗脳術の優れたドゥーラス君を我々の敵に回すと些か困るのだよ。だから・・・・・・」
「今の内に始末しろ、と」
「うん。彼みたいな奴が今以上の力を手にしたら、もっと悲惨な事が起きるかも知れない。その危険性を摘み取るべく、キツイお灸を据えてやって欲しい」
「お灸どころでは済まされないでしょうに」
「ははは。ともかく君達は彼を倒すんだ。紳士の私としては女性に仇なすドゥーラス君を、是非ツブして欲しい。以上」
______
「下種が、其処までにしておけ」
木の扉を蹴破り、部下らと共に乗り込む仮面の騎士。
怪しげな器具の散らかった部屋の奥に、目的のドゥーラスは居た。
あられもない姿の女性を壁に張り付け、枷付きの得体の知れないチューブを接続している。
ブリーフィングで得た前情報通り、最強の殺戮人形を作り上げる実験の最中のようだ。
「え?ゲッ!!・・・・・・てめぇ、こないだ見た夢で、俺を斬った騎士と瓜二つジャねえか!!」
「ほう?それは奇遇だな。では・・・・・・よい正夢となれば良いな」
仮面の騎士は一振りの剣を持ち出し、周囲の様相に目もくれず歩み寄る。
一瞬怯えるドゥーラスだが、邪魔者を排除しようと号令を発する。
「くそ!!お前ら、やっちまえ!!」
声に呼応して部屋の四方から現れたのは、短剣や斧を携えた厳つい山賊達。
数えればその数は8,9、10・・・と、軽く2桁を超えた。
抑揚の無い雄叫びを上げ、騎士に襲い掛かる。
援護しようと駆け寄る部下達に静止をかけ、同時に目にも止まらぬ速さで剣を振るった。
「お前達が出る幕ではない。私に任せろ」
喋り終えた頃には山賊達の武器が柄から折れ落ち、中には足に刺さって悲鳴を上げる者すら居た。
ドゥーラスは眼前の只ならぬ殺気に足が竦み、距離を詰める仮面の騎士に対して震えることしか出来ない。
「・・・嘘だろ?大人数相手に、こんな・・・・・・」
「私への足止めにもならんな。こんな場所にアジトを構えた己の浅はかさを呪うがいい」
「くそっ、ヴァース!!」
机上の奇妙な器具を掻き集め、ヴァースと呼ばれた人形の傍へ。
見たところ女性型であるその人形は足の部分が見えず、重力に逆らい浮遊する事を可能としているようだった。
準備を終えると腕部に片手でしがみ付き、勝ち誇った笑みを浮かべる。
_
「そうそう、気をつけて欲しいのがドゥーラス君の最高傑作である、機械人形“ヴァース”についてだ」
「ヴァース?」
「うん。君は知っているかな?この世の何処かを彷徨う、旧時代のロボットの噂を・・・・・・」
「いえ、知りません」
「誰彼によっては“古代人形”だの“アサシンドール”だのと呼ばれているが・・・・・・ドゥーラス君の最終目標は其処にあるんだ」
「最終目標?」
「彼は絶対無比の戦闘人形を作り上げ、それで世界征服を目指そうとも考えているのさ。馬鹿だよねぇ、達成しても単なる自己満足でしか過ぎないのに。
ヴァースはそのロボットの判明している僅かな特徴だけを頼りに、ほぼ見よう見真似の要領で作り上げられた。でも戦闘能力は結構なものさ。
そもそもヴァースをドゥーラス君がどのような用途で利用しているか定かじゃない、対峙する際は気をつけるんだね」
_
ヴァースとやらに高度な戦闘プログラムが積まれていれば、我々を蹴散らすなど容易い筈。
しかしドゥーラスは一瞬で山賊共を斬り捨てた自分を目の当りにし、ひどく恐怖に駆られている様子だった。
成程、正面では敵わないので強引に突破しようという魂胆か。
生憎だが、下種の逃走を簡単に許せるほど自分は寛大な方ではない。
一つ、彼のふざけた人生に相応の報いを受けさせるとしよう。
「その女は捨てて、さっさと此処から脱出だ!ほら急げ――――――」
猛スピードで仮面の騎士の横をすれ違い、部下達を蹴散らすヴァースとドゥーラス。
辺りに散乱する謎の器具群。
部下達は起き上がり、逃げた方と上司の交互を見やって疑問をぶつけた。
「あ・・・あの・・・・・・追わなくても良いんダスか・・・・・・?」
「・・・今出て行った奴の事か?心配要らん。何故なら―――」
________
「畜生!畜生!畜生!!」
公国の犬共でもなく、見た事も無い格好の格好つけた連中に居場所を暴かれるとは。
しかも度重なる実験の成果で、高度な術を施した下っ端達があっさり敗れた事も衝撃だった。
一体どこの出身だ、あの仮面の騎士は?
「まぁ良いゼ。禁術や器具の設計図も俺の頭の中だ!幾らでもやり直せる、にっひひひひ!!」
アジト設立の際に使いまわした坑道、その長い通路を駆け抜けるヴァース。
遠方に光が見える。
自分の勝ちは既に決まったも同然だ。
突然の襲来は流石に驚いたが、追って来ない辺り諦めがついたのだろう。
「もう少しで出口だ!外は直ぐ崖、俺のしょ・う――り――――――」
背中に違和感を覚え、手で正体を探る。
何かの液体で指を濡らしているような感覚。
ぱっと自分の手を見た瞬間、己の思考が一瞬停止した。
「え・・・・・・?」
手が真っ赤に塗れている。
血だ。
それも噴き出たばかりの新鮮な。
自分の体の方にも見やると、斜めにクロスした血の線が見えた。
「ゲホッ」
直後、吐血。
線に見えたものも実は斬られた跡。
そんな馬鹿な。
攻撃される前に高速で通り過ぎた筈。
だが現に自分は、傷を負っている。
「なゼ・・・・・・何でだよ、おい・・・・・・」
それ以前に最も恐ろしいのは、あの瞬間から今の今まで“斬られた”事に気付かなかった自分自身。
「う・・・・・・あ・・・畜生ぉ・・・・・・・・!!」
いや、気付けなくて当然か。
普通なら通り過ぎただけで速攻、致命傷を負っている。
それを時間差で、しかも剣を振るっているように見えなかった「あの」一瞬で、仮面の騎士はそれを実行したのだ。
実力的に相当な手馴れである事は間違いなかった。
「早く・・・・・・急げ・・・ヴァース・・・・・・・・・?」
激しい痛みに呻き、命からがらで坑道を脱出した途端、突き刺さるような鋭い音と共にヴァースの体が揺れた。
同時に自分の視界を何かが見切れる。
振り返れば、出入り口には三日月の装飾が施された兜の騎士。
意識が若干薄れかけた状態で再度ヴァースを見やれば、その頭部は三又の槍が貫通していた。
込み上げる絶望的感情。
随分と用意周到だった。
万が一仮面の騎士が仕留め損ねた場合、或いは後始末の為に、奴は外で一人待ち伏せていたと言うのか。
「あ」
崖を飛び出した所へ更に槍が飛来、己の腹部を貫いた。
2度目の吐血。
それを引き金に体中の力が抜けていくのを感じ、ヴァースに絡みついたまま頭より落下。
完全に意識が閉ざされる前、あくまで強気を崩したくない自分は野望と憎しみの走馬灯に沈んだ。
まだだ。
まだ死にたくない。
旧時代の産物と言われる伝説の人形を見つけ出し、未知の技術をモノにし、自分を見下した世界への復讐を果たすまで死ねるものか。
覚えていろ、余所者ども。
「夢でも見たから、てめぇらの顔は一生忘れねぇゾ・・・・・・!!」
まだ生きていたら、次の人形はお前だ、仮面の騎士。
________
「―――すれ違い様に、斬っておいた」
あのいけ好かない男も随分と悪趣味なものだ。
人形化の実験を行っている噂は本当のようだが、牢に入れられた“モルモット”と思しき人々は目が虚ろで、呼びかけても反応の無い者が殆ど。
中には何と言うべきか、涎を垂らし続けるぐらい自我の崩壊した廃人まで居た程である。
あの男が如何に人道を無視した実験を行っていたか、想像に難くない。
「流石ダス、メタナイト様!!このメイスナイト感激の嵐ダスよ!」
「一瞬見損ないかけたこのアックスナイトをお許し下さい~!!」
「大丈夫だ、気にしていない。それにトライデントナイトを外で待機させた、奴の命は長く無いだろう」
しかし実に恐ろしきは、銀河戦士団の実力者であるメタナイト卿の技量。
長く連れ添ってきた部下の自分達ですら視認出来なかった太刀筋が、敵を確実に捉えていたのである。
人はそれを「居合い」と呼ぶらしいが、今回メタナイト卿の放ったそれは独自のアレンジを施しているようにも伺えた。
「んで、問題はその人ダスね・・・・・・」
「うむ・・・・・・意識はあるか?」
あの男が実験動物(モルモット)にしようとしていた女性は、今もまだ目を覚まさない。
捕まる直前に何かあったのか、或いは男に痛めつけられたのか定かではないが、肉体は傷だらけだ。
メタナイト卿は体中に嵌められた拘束具を丁寧に取り外し、女性の体を両手で抱きかかえる。
「お姫様抱っこ・・・」
そう零したメイスナイトの足を踏ん付け、睨まれても知らん振りを貫くアックスナイト。
これまで卿の出自を訊ねた事は一度も無いが、こういう時は何故か非常に気品溢れており、その振る舞いはまるで紳士のようだった。
恐らく状況的に当然の配慮ある対応なのかも知れないが、どうもよく分からない。
「ん・・・・・・んう・・・・・・」
突然、女性の口から漏れた声。
やっと意識を取り戻したらしく、メタナイト卿もそれに直ぐ気付いた。
「此処は・・・・・・?」
「そなたは卑劣な男に酷い仕打ちを受けていた。・・・・・・一人でも立てるか?」
「馬鹿にしないで。これでも戦士よ」
「!!」
女性は突如、抱えられた体勢でメタナイト卿の頭を横から蹴り、強引に降り立った。
思わず気が動転し、いきり立って襲い掛かるメイスナイトら。
当の卿は怒るどころか部下達に静止をかける。
痛がる素振りも見せず、不意打ちにも全く動じていない。
「・・・戦士でも、己の身だしなみには気を遣うものだ。恥ずかしくは無いのか?」
ほぼ全裸に近い自分の姿を指摘され、局部を手で隠して赤面する女性。
威嚇するための武器が手元に無いと分かると、悪足掻き気味にキッと卿を睨みつける。
するとメタナイト卿、今度は何を思ったか自身のマントを根元から強引に引き千切り始めた。
突拍子も無い行動に慌てふためく部下達。
「ななな、何を!!」
「そんな事したらメタナイト様がカッコ悪くなっちゃうダスぅ!!」
「構わん。女性に恥らわせるのは私の趣味でないのでな」
そう言うと千切ったマントを放り投げ、背を向ける。
受け取った女性は礼も言わずに直ぐそれを引っ掴み、頭から下までを隠すように羽織った。
メタナイト卿も特にかける言葉はそれ以上無い様で、振り返り女性を手招きすると坑道の出口に向かって歩き出す。
「他の人々は?」
「後で増援を求める。この様子を見る限りでは、自力で動けそうにもない」
「はぁ」
「麗しき戦士よ、来るのだ。何時までも此処に居ては風邪を引きかねない」
「・・・・・・・・・」
女性は一切笑わず、黙って後をついて来る。
非常に空気が重い。
険悪な状況を少しでも和らげるべく、メイスナイトが何とか言葉を捻り出す。
「さ、さて、どうするダスかメタナイト様?」
「一旦ギャラクティカベースへ戻ろう。いずれこの星も、ディガルトスターとの全面戦争は避けられまい」
「ですね」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・(ああ、会話が途切れちゃったダスよ・・・!)」
歩きながらふと足元を見下ろすと、出入り口に向かい点々と血痕が残されている事が判明。
やはりメタナイト卿の一撃は効果あったようだ。
血痕が長く続いている所を見るに、親玉も長くは生きられまい。
アジトの外ではとっくに死体を片付け、ジオラ式の惑星間通信機をスタンバイさせているトライデントナイトが座って待機していた。
メタナイト卿の姿を確認すると立ち上がり、敬礼。
「卿。敵らしき者二人は拙者が仕留めておきました」
「ああ、御苦労であった」
「ちぇ、いいとこ取りしおってダスに・・・」
女性は地面に置かれた通信機に目をやると、一体何の物体かと見つめ続けている。
「・・・・・・これは?」
「え?コレはジオラ工業の技術で設計された、ジオラ式惑星間通信機・ダイヤルタイプダス。遠く離れた一つ先の星とも交信できる優れもんダス」
「・・・・・・・・・?」
「ちなみにジオラ工業は発売元では無いダス。売っているのは有限会社ゲイターという宇宙的に有名な企業ダス」
「有限・・・?企業・・・・・・?」
「お前なぁ、星の外に出た事ない奴に薄っぺらな知識ひけらかして楽しいか?」
「バッ、ワシはただ説明してあげただけで・・・・・・!!」
アックスナイトに嫌味を言われる自身をよそに、女性は何故か若干興味を持った様子だった。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・何か気になるのか?」
「別に」
「・・・メタシップとは何時でも通信できます。どうぞ腰掛けて下さるよう」
「分かった。ダイヤル・・・1・・・8・・・4・・・1・・・8・・・4・・・」
________
「―――こちらメタナイト卿よりドルコン艦長へ、応答願う。ドルコン艦長」
≪こちらドルコン艦長よりメタナイト卿へ。如何でしたか、任務は?≫
「上々とまでは言えぬが、親玉は逃げる間際に深手の傷を負わせた。じき野垂れ死ぬだろう」
≪メタナイト様の腕に狂いはありませんからな、放置しても問題ないでしょう。ところで、きゃつらに捕われた者達で生き残りは?≫
「戦士と思われる女性を一人発見。傷だらけだが命に別状無し」
≪それは何よりです≫
「他の生存者も連れて帰るために増援を遣して欲しい・・・・・・精神的に立ち直れるかどうか絶望的だ。ともかく、我々は直ちに帰還する」
≪了解しましたメタナイト様。ジャベリンナイト!直ちに迎えの船を出せいっ!≫
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「・・・・・・そういえば、同じ戦士としてそなたの名を聞いてなかったな。何と言うのだ?」
通信を終えたメタナイト卿は、女性にそう訊ねた。
「・・・ガールード」
「・・・・・・ほう、良い名前だな」
「馬鹿にしないで頂戴」
「いや、決してそのようなつもりは・・・・・・」
「こう見えて私は、由緒ある名家ガールード一族の・・・・・・・・・・・・孤独な当主」
ギャラクシアの宿命を抱き、様々な思惑に翻弄され続けた女戦士ガールード。
これが銀河戦士団との初めての出会いであり、彼女の人生で最も大きな転機の始まりでもあった。
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補足:封印された真実
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今回のガールード話はタイトル通り、亡き銀河戦士ガールードの若き頃を中心に描いた物語である。
歴史上の大きな事変についても一部のみだが、今回その真実が明るみに出る事となった。
しかし、此処で誰もが引っ掛かる筈である。
今回、時系列としては光闇戦争が起きる前の時期にあたる。
かの文章はネームが半生を費やしてまで執筆を続け、後の大部分を助手達が引き継いだ歴史書『宇宙史大事典』の一部を抜き取ったものである。
彼女は生前、何があろうと己の信念を絶対に曲げぬ、誇り高き歴史学者との評判が高かった。
だがその評判も、問題の歴史書によって地に墜ちた。
一体、何があったのか。
注意深き者なら、後に記された文章を探す事は容易だろう。
ネームは以前より、ダークマター族とフォトロン族の因縁の歴史に興味を抱いていた。
特に光闇戦争は関係者達の話を聞いた結果、戦後ゼロツー皇帝が和平協定演説で述べた事実と、あまりに食い違っていたのである。
何より彼は、今無きノースディガルトとの間で内紛が起きた事実についても一切触れなかった。
あの戦争とディガルトスターの内乱には、絶対隠された何かがある。
そう考えたネームは、決死の取材で得られた全ての真実を一冊の本に綴り続けた。
嘘で塗り固められた真実を暴き、正しき事実を後世まで語り継ぐために。
しかし、ネームは志半ばで一本の凶刃に倒れた。
助手達が聞いた彼女の遺言は、自分を斬ったのはゼロツー以外の何者でもないというショッキングなものだった。
当然ながら助手達は彼を非難。
一方のゼロツーは、「国の指導者が何故そんな姑息な真似をしなければならない」と否定。
帝国内外で絶大なカリスマを発揮していた彼の言葉を、誰も疑いはしなかった。
ネームの死後、彼女の遺志そのものである聖ネーム考古学園にて、彼女の助手だった者達が編集作業を継続。
銀河大戦の戦火にも怖気づく事無く、順調に製本を進めていた。
ところが大戦終結後、いざ出版という時に突如として帝国軍の横槍が入った。
助手達の中に、情報をリークした内通者が潜んでいたのである。
結局、聖ネーム考古学園は「重要書物の保存活動強化」という名目で帝国の管理下に置かれた。
そして悲願であった歴史書は、ゼロツー皇帝直々の検閲を通じてようやく発行。
その中身は当然ながら、助手達の知る真実とは大きくかけ離れたものだった。
口には出せずとも、彼らは知っている。
吐き気のするような綺麗事の下に隠された、ゼロツーの恐ろしいシナリオを。