現在、厳戒態勢が敷かれているプププランド。
デデデ城に事実上の軟禁となったフーム達は、サーチマターから“オボロヅキ”に関する話を聞かされていた。
「無敵・・・・・・ですって・・・!?」
「そうです」
パーム、メーム、フーム、ブンの一家4人が揃った、彼らのリビング。
サーチマターはテーブル上の棒菓子を口にくわえて椅子にもたれかかる。
あのいかつい軍人達とは違い、どこか柔らかな印象があった。
「まあ、すでに私どもの調べで秘密は分かっています。彼は日の当たる場所では能力を発揮出来ないんですよ」
「能力って・・・?」
メームが訊ねる。
「影の中に居る間、実体が現実世界に存在しないんです。これではいくら爆弾を打ち込まれようと剣で斬られようと、絶対に傷一つ付けられない」
身振り手振りを交えながら説明するサーチマター。
6本もの疑似アームが見せる表現も実に多彩であり、人を飽きさせない工夫を常日頃から心がけているであろう事が伺えた。
「じゃあ、どうやって実体化させるんだよ!」
「簡単です。あの雲を取っ払ってしまえば良いんですよ」
窓の外を指差す。
空は相変わらずドス黒い暗雲に覆われた状態が続いている。
薄々感づいてはいたが、ダークマターの襲来と深い繋がりがあるのだろうか。
「雲を?」
「ああそれと、“オボロヅキ”の能力は影に関するものだけではありません」
口周りをハンカチで拭い、一呼吸置く。
「驚くべき事に彼、魔獣を召喚出来てしまうんですね」
魔獣を召喚。
その言葉を聞き、仰天するフーム。
「召喚・・・!?」
「ええ。どういう原理かは知りませんが、影の中から呼び出すんです。それも無尽蔵に」
「・・・まるでナイトメアじゃん」
かの悪夢の帝王を髣髴とさせる、恐るべき召喚能力。
誰もが一番敵に回したくないと思うことだろう。
「だから厄介なんですよ。帝国軍も過去に彼を何度か追い詰めていますが、その度に魔獣を召喚され、前述した能力で逃走された」
「やーねぇ、物騒にも程があるわ」
「全くだよ。そんな輩が今この国に潜伏しているのかと思うと、夜も眠れないさ」
パームとメームの意見は尤(もっと)もであった。
平気で人の命を奪えるほどのチカラを持て余す、凶悪極まりない悪党がのさばる様な世の中では安心して外も出歩けない。
だからこそ、更なる犠牲者が増えないうちにここで断ち切る必要があった。
「ダークマターの力を全て封じるには、どんな光でも良いの?」
「そうです。しかし、サーチライト等では壊された時点でもうアウト。恒久的に途切れる事の無い太陽光以外では、不可能です」
「・・・カービィなら出来るわ!彼の吸い込みにかかれば、雲ぐらい!」
「どうでしょうねえ」
ある一体の魔獣の映像が、6基のカメラの映し出すホログラムとして現れた。
その姿はかつて、カービィとの死闘の末に倒されたクラッコと瓜二つ。
「これは、クラッコ・・・・・・?」
「でも何か変だぜ・・・」
だが、決定的に違う点が幾つかあった。
雲状の体から突き出る、トゲの縞模様。
赤く染まった一つ目の細い瞳。
そして、毒々しい紫色の体色。
外見だけでも、明らかに元のクラッコとは全てにおいて異質だった。
「これはクラッコがBBBの改造手術を受け、変異した、“復讐魔獣”クラッコリベンジです」
「クラッコ・・・リベンジ・・・・・・・・・?」
「文字通りですよ。“復讐魔獣”とは、戦闘能力・生命力ともにオリジナルを上回る上位種」
復讐魔獣。
魔獣の生態についてはメタナイト卿から何度も話を聞いたので、下手な学者よりも知識はある方だと自負していた。
しかし、復讐魔獣という区分など聞いたことも無い。
恐らくはメタナイト卿でも知らない、未知の領域なのだろうか。
「こいつの雲が太陽を遮り、ダークマターの力を最大限まで引き出している」
「・・・・・・ということは、クラッコよりも強いって事か・・・ちくしょう、BBBの奴ら!!」
「帝国軍も馬鹿ではありませんからねえ。放っておいてもクラッコリベンジの撃破を狙ってくれる事でしょうが・・・貴女は納得しないのでしょう?」
フームの方に向き直り、サーチマターが言う。
当人も当たり前だと言わんばかりに語気を強めた。
「勿論!!帝国に借りを作るなんて、真っ平御免だわ!!!」
「・・・よほど出し抜きたいのですね。では、私に考えがあります」
体の中にアームを突っ込むと、黄色の畳まれた何かを取り出して見せた。
バッグ等の荷物を持っているのかと思えば、意外な所から。
ダークマター族の体とはさぞかし便利なのだろう。
「これは?」
見てくれからして、材質はゴムのようである。
どんな物なのかを質問しようとサーチマターの顔を見るが、何やら深刻そうな面持ちだった。
重い口を開けると、いきなり突拍子も無い事を訊き始めた。
「・・・・・・最初に確認したい事があります。あなたは、どんな辱めにも耐え抜ける覚悟がありますか?」
「え・・・・・・いきなり何なの?」
「・・・ハッキリ言って、“コレ”は着用するだけでも大きな勇気が要ります。しかも、ヒューマノイド規格で製造された一品ゆえ私には着られない」
着用するだけでも勇気が必要?
一体、何故。
「・・・どうして私に?」
「理由は後で話します。イエスかノーか、この場でハッキリとお答えください」
再び体の中をアームで探り、ストップウォッチを取り出す。
時間にまめそうなのは職業柄か、性格か。
「向こうが酷い状況にでもならない限り、時間はいくらでも―――」
だが、サーチマターの些細な気配りは杞憂に終わる。
彼女の答えは一つだけであり、迷う要素は無きに等しいものだった。
「イエスよ。例え裸にされようが、私は仲間を売るようなマネはしない」
サーチマターの憂慮に満ちた目が、希望に取って代わられた。
「・・・・・・逞しいですね。では、“コレ”が何なのか、全貌をお見せしましょう――――――」
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フォトロン殺しの“オボロヅキ”ことダークマターから逃げ回る、ナックルジョーとシリカ。
視界の悪い森の中を抜け出したい一心で、ただひたすらに駆け抜けていた。
「!!・・・あれは、カービィ!?」
その道中、ワープスターを駆るカービィが自分達の頭上を通過していくのを目撃。
「けど、一緒に誰か乗っていたような・・・・・・」
「どうだって良いさ。あの先にオボロヅキの野郎がいるとしたら、進路を変えるぞ!!」
「ええ!!」
カービィの向かう先は明らかにデデデ城であったが、気にしている場合ではない。
オボロヅキは光なき世界において比類なき行動範囲を誇る。
いつ一瞬で追いつかれてもおかしくは無かった。
更に休まず走り続けること数十分。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・ここまでアイツが何もして来ないのが不気味だぜ・・・・・・」
「うん・・・・・・あっ!!ジョー、あれ!!!」
やっとの事で草原に躍り出た矢先、信じられないものを見たといった表情で遠くを指差す。
その先には、確かに信じられないものがそこに有った。
「無駄だ、無駄だ!所詮貴様ら帝国の犬など、その程度よ!!」
ダークマターだ。
槍と鎧で身を固めた兵隊を相手取り、体当たりで次々と蹴散らしていく。
地面に剣を突き立てると、影の中から3体の魔獣が出現。
ダストン、モギー、モロコシーと、いずれも弱小クラスの魔獣達。
「おのれぇっっ!!!」
動きの鈍い魔獣の群れを掻い潜り、兵士の一人が背中から一突き。
だが、ダークマターは体が槍を貫通したにも関わらず平然としている。
柄を掴み、兵士ごと軽々と放り投げるダークマター。
「なんてこった・・・・・・!!」
今の二人にとって一番の問題は、ダークマターが此処まで追いかけて来た事ではない。
彼が戦っている相手。
「くそっ、ダメだ兄者!!こうなったらHR-Cを!!!」
「落ち着け。まだ装甲が不完全、迂闊な出撃は避けるべきだ」
それは間違いなく、ディガルト帝国軍であった。
今の自分達にとって、接触は絶対に避けなくてはならない相手。
「どうする、ジョー!?」
「決まってるだろ、逃げるんだよ!!!」
向こうに気づかれる前に、遠く離れなければ。
帝国とBBB。
この二つから追われる現在の板ばさみ状態は最悪としか言いようがなかった。
「絶対、絶対に捕まるわけにはいかねえんだ!!」
「・・・・・・・・・!!」
_____
“オボロヅキ”ことダークマターが無敵でいられる秘訣は、彼自身の持つ能力にあった。
今、此処にいるのは実体のように見えて実は影でしかない。
実体は足元、影の中。
帝国軍はこの摩訶不思議な能力に度々泣かされ、苦渋を舐めてきた。
「閃光弾、用意!!」
もう好き放題させる訳には行かない。
対抗すべく編み出された苦肉の策、閃光弾。
僅かな間だけ強力な光で照らし、能力を一時的に解除するというもの。
もちろん、持続性でなければ効果が無い。
「撃てぇっっ!!!」
「ふん、舐めた小細工を!!」
一斉に発射される閃光弾。
剣先から暗黒のビームを連射し、弾を片端から打ち消していく。
それでも中佐は命令を止めない。
次々と閃光弾が飛び交い、その間に兵士達が突撃。
所詮は猿の浅知恵と嘲笑うダークマターだが、全力で弾き飛ばす姿からは若干の焦りが読み取れた。
「・・・これじゃ倒すのに何年もかかるぞ!しかし、クラッコリベンジの反撃は強力だからな・・・HR-Cは良いとして、我々も巻き添えを喰う恐れが・・・」
「困ったものだ」
冷静に言い放つ大佐。
中佐は頭を抱えてウンウン唸っている。
「・・・・・・・・・」
一方の大佐は目の前の戦況に目を光らせつつ、別の事を考えていた。
先程、丘の上に見えた人影は何だ?
頭の形からして、“あの二人”である事は確定と言ってもいい。
“例の件”の犯人がこんな所に居ようとは。
帝国も運が良いのか悪いのか。
大方、二人は我々が気づいていないとでも思っていたのだろう。
考えが甘い。
中佐はともかくとして、この自分の鋭い観察力から逃れられると思ったら大間違いだ。
何よりも例の件において、彼らは大罪を犯した。
帝国としては断じて、二人を許しておくわけにいかない。
「・・・・・こんな時に聞いてすまないが、中佐。例の件―――」
「分かっている。ナックルジョーとシリカだろう?」
「・・・・・・何だ、あの時聞いていないものとばかり思っていた」
「兄者ぁ、俺とてそこまで馬鹿じゃないぞ。あ、二人目は憶測で付け足しちまったが、違うよな?」
「・・・・・・多分、な。尤も、常にコンビで行動している事を考えると否定しきれない」
「え?じゃあ合っていたのか!」
「・・・あの二人は私に任せてくれ。此処の指揮はお前に委ねる、全部好きにしてくれ」
「分かった、任せろ!!」
ダークマターと魔獣の群れに苦戦する部隊を気遣いながらも、場を離脱。
_______
総ての指揮権を託された中佐。
表情からして、先程までの調子と比べると俄然やる気になっていた。
「覚悟しろよ!!貴様の復讐劇もここで終わりにしてくれるわぁ!!!」
「ぬかせ、所詮ナンバー2が!!来い!その無能なポンコツロボットに代わって、俺を楽しませてみせろ!!!」
全バーブレスから氷の刃を生成し、一斉に振りかざしてダークマターに飛び掛った。
無論、閃光弾の炸裂と同時のタイミングで。
悠長に構えていたダークマターもオボロヅキを振り回し、中佐のアイスブレードとぶつかり合う。
「光は絶やすな!俺に続け!!」
片や閃光弾を発射し続け、方や魔獣の掃討。
一時的と言えども、狙い通りのタイミングで能力を発揮できないことはダークマターにとって致命傷であった。
「帝国の犬どもめぇッッッ!!!!」
響き渡る怒号。
帝国兵達は怯まない。
地獄の訓練が鍛え上げた不屈の闘志が、彼らを駆り立てていた。
剣先より放たれるビーム。
同時に号令を叫ぶ中佐。
それと共に帝国兵の数人がレーザーガンを撃ち、相殺。
HR-Cも兵装のファンネルを展開し、援護にあたる。
悉く邪魔され、怒りに震えるダークマター。
剣先を天に向け、暗黒の球を作り出す。
ガストボマー。
一発だけでも凄まじき破壊力を誇る、ダークマター最強の技。
放たれたガストボマーは中佐に向かって飛来。
直撃すれば即死は免れない。
「こなくそぉッッッ!!!」
しかし、ガストボマーには弱点があった。
物理的に力を加えるだけで何個にも分裂し、逆方向に跳ね返っていく。
さすがに能力を発揮されたままでは効果的ではないが、今のダークマターに対してこのチャンスを狙わない手はなかった。
ギリギリまで引き付けると、全てのアイスブレードを振りかざし一閃。
打ち返され、無数に分裂するガストボマー。
中佐は反動で後ろに大きく仰け反らされた。
ダークマターも避け切れないと悟ったのか、あえて動かずにガストボマーを受け止める。
下手な回避行動は、余計に命中率を上げるのみ。
「・・・ふん、お前の他にもガストボマーを直接跳ね返す奴がいた。命知らずだな」
「ハッハァ、死ぬのが怖くて戦場行けるか!!!」
誇らしげに起き上がる中佐。
だが、バーブレスの1、2基は強い衝撃を受けて損傷。
加えてガストボマーの散乱が災いし、殆どの閃光が潰されていた。
ファンネルも大半が損傷、使い物にならず。
戦闘に明らかな支障を来す事は避けられない。
「減らず口を。すぐに黙らせてやる」
遠景のデデデ城を背に宙を浮き、帝国軍を見下すダークマター。
「それはこっちの台詞・・・・・・あん?」
警戒を保つ中佐。
相手の姿を見据えるのに、視線を上に向けねばならないのは必然だった。
しかし中佐の視界は、ダークマターに加えて別のものが映し出されている。
星型の、空飛ぶ乗り物。
搭乗者はピンクの球体に、もう一人は黄色の全身タイツを纏った何者か。
前者は例のカービィだろうが、後者は見覚えがあるかどうかハッキリとしない。
妙な事だが、顔だけは記憶の片隅に引っかかるものがあった。
やや遠く離れた所を飛ぶそれらの存在に、何故かダークマターは気づく素振りも見せることなく突進を始める。
彼にとってカービィなど眼中に無いのか、或いは。
「はぁッッ!!」
気を逸らされること無く、突進を食い止めようとアイスブレードを撃ち出す。
豪快にも体当たりで相殺するダークマター。
その勢いに乗って、中佐を突き飛ばした。
「がぁッ!やりやがったな畜生!!あと貴様はカービィに気づかなかったのか!?」
兵士に受け止められ、どうにか態勢を整え直す。
カービィを無視した理由を問い質すと、意外な答えが返ってきた。
「・・・なんだと?何時の間に、奴が?」
「・・・・・・!?」
おかしい、そんなはずは無い。
まさか、奴は本当に知らなかったのか?
驚異的な索敵範囲を誇る者にとって、把握することなど造作も無い距離であったにも関わらず?
全く、気づきもしなかった?
これはどういう事だ。
奴の能力が不完全なものであることが明らかとなった訳だが、あまりにも不可解すぎる。
何故、気配を察知できなかったのか。
「・・・・・・まあ、どうでも良い。貴様ら目障りな虫けらを排除してから、いずれ始末する。モギー!!」
命令を受けた魔獣の鼻先のドリルが回転、地中へと潜っていく。
帝国兵らが襲い掛かるも、ダークマターの放つビームに妨害されて阻止はならなかった。
「何を企んでいる、この野郎!!」
「予定が大幅に滞っている。フォトロンの少女を殺してから奪うはずだったのに、邪魔が入りすぎた」
「!!ラージクリスタルか!!」
モギーの開けた穴から追跡を試みようとする中佐。
そこへダークマターが音も無く先回り、立ち塞がった。
「そこをどきやがれ!!」
「おや、どうした?俺の復讐劇を終わらせたいんじゃなかったのか?」
「クッ、この野郎・・・・・・!」
閃光弾は底を尽きたも同然。
だが、皮肉にも敵の言う通り、この場を放棄する訳にはいかなかった。
兵の指揮だけでなく彼らの命を預かる者として、己の責務を全うせねばならない。
「・・・ラージクリスタルは諦めるしかないな・・・その分、貴様との戦いに専念できそうだ!!」
「まだ減らず口を叩くか。一辺、地獄を見なければ分からぬようだな!!」
「地獄ぅ?もう数百年前に見飽きたっきりだ!!」
「では、久々の地獄へと導いてやろう!!」
剣先に再びエネルギーが集中する。
ガストボマー、発射態勢。
弾き返す事など造作も無いが、あの反動を再び受ければ全てのバーブレスが再起不能となりかねない。
果たして、今の自分に出来るかどうか。
賭けに出ようと飛び立った、その時。
「上官ともあろう者が、無闇に命を曝すものではないぞ」
再度分裂、逆流するガストボマー。
しかし、自分の力ではない。
それならとっくにバーブレスは全壊している。
では、ガストボマーを弾き返したのは誰か?
答えは、目の前にいる者が全てを体現している。
「・・・銀河戦士団に借りを作っちまうたぁ・・・・・・俺もヤキが回ったな」
黄金の宝剣を携える、仮面の騎士。
元銀河戦士団員、メタナイト。
「・・・しつこいぞ、老いぼれ。自重を知るがいい」
ダークマターの瞳が、静かな殺気を発した。