4:クアトロ

 

 

 

 

 
 
 
 
 
 
テロリスト、もといレジスタンスの隠れ家で遭遇した謎の男、ストルトス。
軽い性格と裏腹に恐ろしい実力を秘めながら、油断も隙も無いキザな色魔。
追及を逃れようとして王都中を駆け回り、王宮戦士団らを煙に巻いた。
 
ところが今はどうだ。
何を思ったのか彼は自ら拿捕され、王宮へ連れて行くように命じたのである。
あまりにも考えが読めず、ガールードらは困惑するしか無かった。
 
 
 
「あー、疲れましたね・・・・・・」
 
夜の王宮内。
戦士団は熾烈な追いかけっこの所為で、全員疲れきった顔。
当のストルトスはそんな顔も全く見せない。
着込んでいる鎧、特に大きなガントレットはそれなりの重さが有ろうはずなのに、あれだけ跳んで走って疲弊無しとは異常極まりない。
この男、どれほどの運動能力を備えているのだろうか。
 
 
「じゃあ、貴方達はここで待っていてね」
 
 
 
ガールード、扉を開け一礼。
後方で待機している親衛隊長が手に持った綱の先には、簀巻きに縛られた例の男、ストルトス。
万が一に備え、ナギナタは他の兵士によって取り上げられている。
 
 
「・・・王女は?」
「御公務で疲れたのだろう、私室にいる。作戦はどうなったか報告しろ」
 
ふと見回すと、議員が一人足りない。
別段どうでも良い事なのだが、一体どこへ消えたのだろう。
 
 
「いえ、その前にレ・・・テロリスト達の協力者と思しき者を一人捕らえたのですが、王女に謁見させろと妙な要求を・・・・・・」
「王女に、だと!?何を馬鹿な!!」
「取り調べなどそっちで行えば良いものを・・・・・・一体どういうつもりだ?」
「・・・・・・それが、警告だけでも伝えたいなどと・・・」
「喧しい!とにかく牢屋に放り込んでおけ!!」
「っ・・・・・・・・・!」
 
元老院の議員らはそれ以上、まともに話を取り合う気は無かった。
一人が彼女の顔を怪訝そうに見つめ、口を開く。
 
 
「・・・・・・貴様、王女の命令に何か不満でもあるのか?」
「・・・いえ、何も」
 
本件に対する自分の態度まで疑われる状況では、馬鹿真面目に説得するだけ無駄と言うもの。
適当に言葉を返し、扉の外へ出ようとした。
 
 
「フン。誤魔化していられるのも今のうちだぞ」
「王女の手前大っぴらには言えなかったがな、この国の実権は我等が握ったも同然なのだ」
「その気になれば貴様など、何時でも戦死団長の座から引き摺り下ろせる!覚えておくがいい・・・」
 
 
脅し同然の言葉を背中に受けつつ、玉座の間から退室。
 
これが老いぼれ達の本性。
表向きは王女に忠誠を誓っているよう見せかけ、実質的に殆どの権限や職務を取り上げている。
そして貧民達の声は彼女に届かない。
私腹を肥やすことしか頭に無い老いぼれ達にとって、実に不都合な意見だからと切り捨てられていた。
 
 
ガールードは早い段階でその真実を知っただけに、胸の内は彼らへの怒りで渦巻いていた。
家も無い、働く場所も無い、財産も無い。
そんな貧民達から非情にも搾取し続ける事の何が良いと言うのだ。
狂っている。
彼らの苦労も知らないで、老いぼれ共や貴族が優雅に振舞っている今の国が。
弱き者を下敷きにして暮らす、この世界が。
 
 
今に分からせてやる。
椅子から引き摺り下ろされるのは、果たしてどちらなのか。
真に裁かれるべきは、誰なのか。
 
 
 
「どうだったん?どうだったん、マーレ?」
ガールードを思考から引き戻す、ストルトスの間抜けな声。
 
 
「・・・・・・全然駄目よ。悪いけど、諦めた方が良くてよ?」
「・・・いやはや、参ったね」
 
結果に落胆して溜め息をついている。
しかし、兜越しでもその表情は作り物のような気がしてならない。
言葉に沈んだ感情が一切表れていないのだ。
 
 
「俺、結構耳イイから聞こえちゃったんだぜ。扉の向こうの話」
「・・・・・・・・・」
「やっぱり思った通りだ。おたく正義感強いからさ、下手に歯向かって奴等に追い出されるんじゃないかと思っていたけど。それは嫌だなぁ」
 
 
この時ガールードは心の内で、とある一つの確信を得た。
何故、彼は自分から捕まることを望んだのか?
何故、赤の他人に等しい自分が辞めさせられる可能性を言及し、それを嫌がったのか?
 
予想できる答えは実に単純明快なものだった。
ガールードという一人の女を好きになってしまったのだ。
初対面から現在までの言動の数々を察するに、ストルトスが自分に好意を持っている事は確実である。
理由を本人に聞いても、多分「おたくの悲しい顔なんて見たくないんだぜ、マーレ」などとのたまう事だろう。
 
 
「・・・で、どうする?おたくとしては、テロリスト扱いされた貧民さん達の無念を晴らしたい訳だろ?」
「ええ」
「・・・結局、百聞は一見にしかず、さ。証拠が無きゃ、証拠が」
 
 
問題はその証拠が何所に存在するか。
生き証人は最早ストルトスだけで、しかも元老院は話を聞くことすら拒否した。
となれば、後は物的証拠だけ。
 
 
「でも、どうやって・・・・・・」
「メンバーの誰かが、下層街の悲惨な状況を手紙にしたためていた」
「・・・それだわ!一体どこに・・・」
「俺が持ってた」
「早く出しなさい!」
 
鬼気迫る表情で胸倉を掴み、揺さぶるガールード。
ストルトスは首を横に振り続けるが、それには重大な理由があった。
 
 
 
「それが、無い。おたくらとの追いかけっこに付き合っている最中、落とした可能性が高い」
 
 
 
何とも呆れた理由を聞き、手が離れた。
壁に寄りかかると、頭を抱えて溜め息をつく。
 
「心当たりは?」
「全部。ただ中層街に登る前で気づいたからそれ以前だと思うぜ、マーレ」
 
中層街よりも前、という事は下層街。
この広大な王都を再び駆け回らなければならないのかと不安だったが、大分見当がついて安心した。
 
 
「ご苦労様です、戦士団長殿!」
 
 
そこへ親衛隊の兵士がやって来た。
ストルトスに一瞬だけ目をやるとガールードの前で立ち止まり、敬礼。
 
 
「どうしたの?」
「実は先程、元老院がこの男を罪人として、明日の朝にでも刑に処すと決めたそうです」
「・・・おいおい・・・・・・」
「本格的に隠滅する気ね。呆れた」
 
思わず胸の内の怒りを漏らすガールード。
一方のストルトスは彼女の様子を見て、もう一つ別の想いを感じ取っていた事を誰も知らない。
 
「頼むよぉ、マーレぇ。俺の人生最大のクリシス(危機)だぜ?」
簀巻きのまま右へ左へとくねって助けを請うが、非常に情けない姿だった。
 
 
今すぐ下層街まで走って行っても良いのだが、今日はさすがに疲れた。
先ずは十分に休息を取り、明日の朝までに証拠を手中に収める必要がある。
元老院側の者に奪われる事態だけは避けたいので、なるべく早めに。
 
 
 
「気がつけばもう夜中ね」
「はい。ですが、それが何か?」
「・・・奴等が何か言ってきたら、具合が悪くて仮眠を取っていると誤魔化して。深夜に行ってくるわ」
「戦士団長一人で、ですか!?」
 
 
驚く兵士達。
本当なら共について来て欲しい所だったが、自分には新米兵士を早々に死なせてしまった事への負い目がある。
一人で回収に向かうというのは、これ以上無駄な犠牲を増やしたくないが故の判断だった。
 
 
「ええ。今回はこれ以上貴女達に苦労はかけられないわ。後は私に任せて」
「は、はい・・・・・・」
「あの・・・コイツは?」
「牢に繋いでおいて。・・・・・・それじゃ、一旦おやすみ」
「はい・・・」
 
 
盗み聞きされていないか辺りを見回し、ガールードはその場を去った。
 
 
_____
 
 
 
ぽつんと残された兵士達。
 
「・・・・・・行っちゃった」
「・・・どうしようか」
 
彼女らが次の行動を考えていた時、ストルトスは隙ありとばかりに背後へ忍び寄る。
 
 
「うーん、おたくらの上司は大変部下思いだこと」
「きゃっ!?」
「ロ・シエント♪良い匂いの髪だったからつい・・・」
「このっ!」
 
 
頬をつねられ痛がるストルトス。
 
「いひゃい、いひゃい」
「・・・・・・良い匂いとか、酷い皮肉ね」
「ふぇい?」
 
 
 
「戦士団長だけじゃない。私達だって・・・・・・血に、汚れているのに」
 
 
 
「昔から戦士団長は、いつも困った事があると何でも一人で背負い込もうとして・・・・・・」
「ああ見えて繊細だもの。割と傷つきやすい人よ」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・元老院の奴等、カンだけは良いから気づいてしまうかもしれない。戦士団長が危ないかも・・・」
「だけど、戦士団長の命令に逆らうわけにもいかないし・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
 
 
頭の固い娘達だ。
沈黙のストルトスは内心で軽めの悪態を突き、思った。
 
 
 
 
(あの時俺が血生臭いとかよく言えたよな、マーレ?おたくだってそうだぜ。その手はコイツらよりも、誰よりも汚れちまっているのに、よ)
 
 
 
 
 
________
 
 
 
 
 
 
一方、元老院の議員らは―――
 
 
 
「奴め、あの様子だと斟酌(しんしゃく)しおったか」
「体よく反逆分子を始末させたつもりだったが・・・・・・如何致そうか、皆さん?」
 
全員椅子に腰掛けウンウン唸る。
ガールードの不審な態度を見逃してはいなかったのだ。
 
 
「話によれば、あの女は下層街の連中と親密だそうな」
「もとより貧民共の肩を持たれては困る。ならば・・・」
「・・・ガールードも、秘密裏に始末するのですな?」
 
怪しい笑みを浮かべる議員に対し、そうだと他の者達も頷く。
 
「勿論。隊長補佐!」
扉の傍に直立不動で待機していた格上の兵士を手招き。
 
 
「・・・何でしょうか?」
 
 
親衛隊の隊長補佐は、金色の長髪が一際目立つ美男子としても有名だった。
もちろん剣の腕も同等に名が立っており、公国では3番目の実力者でもある。
 
下々の男や上司の隊長までもが羨む容姿に惹きつけられる女性は後を絶たない。
しかし彼は己の美貌を利用し、毎晩女を連れ込んでは秘め事に耽るといった淫らな一面を持ち合わせている。
「暴れ種馬」などの悪評も実しやかに噂されており、以前下層街で起きた少女集団暴行の件に直接参加していたとも。
 
 
「分かるだろう。ガールードが不審な行動に出るようであればその実態を突きとめ、中身次第では“消す”のだ」
「・・・戦士団長の後進は如何なされるおつもりで?」
「それを貴様が案ずる必要は無い!あの一件をもみ消してやっただけでも有り難く思え、この種馬めが!!」
「っ・・・・・・!」
 
 
元老院は事実上黙認の形を取ったが、この一件にはある人物が深く関わっていた。
フォトロニス山に巣食い、地元の山賊達を一人で従わせたと言われる謎の人形師。
 
日頃から「実験体が欲しい」とのたまっている彼の話を聞き、隊長補佐は考えた。
彼らとは別の派閥に属する山賊を売りつければ良いのでは無いかと。
後の件で一人の少女を、非情で残酷な目に遭わせたのがその山賊達であった。
 
隊長補佐は普段、彼らの略奪行為を見逃す代わりに多少の見返りを要求。
それで己の私腹を肥やしていた。
だが人形師と出会い、気づいてしまう。
彼ら自身を「売った」方がずっと金になると。
 
連中を言葉巧みに騙して主導し、略奪の後に少女の心を完膚なきまで殺した惨い蛮行を働いた。
始めに処女を奪い孕ませたのは、誰でもない隊長補佐自身。
「暴れ種馬」の人生の中で、正に鬼畜の所業であった。
 
 
事を済ませた後、全員をフォトロニス山まで連れて行って献上した。
ただの操り人形と化した山賊達は後に、人形師と共に王都を襲撃。
証拠隠滅のつもりでも引き渡した筈なのに、思惑が外れた。
ところが運の良いことに、彼らは義憤にかられたガールードによって一人残らず切り捨てられたのである。
人形師の方は無事に逃げ遂せたというが。
 
 
 
「・・・良いか、我々が貴様の味方と思ったら大間違いだぞ。ガールードと同じように、理由は違えど貴様の首も保障されていないのだからな」
「分かりました・・・では、失礼します」
 
 
退室を見送る元老院。
入れ替わりに先程まで不在だった議員が戻ってきた。
何に巻き込まれたらそうなるのか、服は随分と汚れている。
 
 
「貴様、一体どこに行っていたのだ?」
「や、野暮用のつもりだったんだが・・・酷い目に遭った・・・・・・」
 
よろめきながら自分の椅子の所まで歩き、腰を下ろした。
 
 
 
 
「うむむ。邪魔者と言えど奴は戦士団長、そう簡単に消して良いものか・・・」
「何を言うか。一人ぐらい居なくなったところで我が国は傾きなどせん!」
「しかし、なかなか良いアイディア。外で奴が殺されたとしても・・・」
 
 
「貧民の仕業として丁稚上げる、という寸法ですな?」
 
 
「そう。始末へ向かわせる親衛隊の兵士に第1発見者を装わせれば、もう言う事なしだ」
「これでおしまいだな。がはははははははっ!」
「わははははははっ!」
「がははははがははははっ!がはははがははっ!・・・・・・ふぅ」
 
 
 
 
__________________
 
 
 
 
 
深夜、静寂の王都。
王宮の一角に設けられた仮眠所で一人、目を覚ましたガールード。
日頃の鍛錬の成果か、筋肉痛など一切感じない。
 
既に日を跨いており、予定通りならストルトスが朝方にでも処刑される。
それまでに間に合わなければ、彼の命と自分の未来は無いだろう。
剣を鞘に収め、誰にも気づかれぬよう扉の外へと出て行く。
 
「!」
 
王宮を抜け出して下層街に向かう途中、何者かの尾行に気づいた。
元老院の差し金か。
しかし構っている暇は無い。
ストルトスにも決して劣らぬ自信のあるフットワークで追跡を振り切り、颯爽と王都を駆け抜ける。
 
 
ようやく下層街に到着。
じきに彼らが追いつく事を考えれば、一刻の猶予も無駄には出来ない。
ストルトスを追跡したルートを逆から辿り、手紙を探す。
住民に迷惑をかけぬよう、彼が立ち入ったと思しき民家に入れなかったのが痛い。
 
探し始めてかれこれ2時間が経過。
追っ手は来なかったが一向に手紙が見つかる当ても無く、ガールードは途方に暮れかけていた。
これ程まで時間をかけるなら、無理を押してでも昨日の内に済ませるべきだったか。
 
 
「・・・・・・・・・?」
 
 
気がつくと、自分の目の前には例の少女が立っていた。
新米兵士より託された遺言を思い出し、彼女に尋ねる。
 
「・・・・・・また夜中に歩いてる。怖くないの?」
「・・・・・・これ。どこかに落ちていた」
 
すると少女は一枚の手紙をガールードに差し出した。
手に取り、文面にじっくり目を通す。
その内容は貧民達の悲惨な現状を自分宛に書き連ねたもので、執筆者の名は記されていなかったが文面でおおよそ検討がついた。
最後まで読み終え、彼女は確信を抱く。
これがストルトスの言っていた手紙だと。
 
 
「・・・お父さんは昨日、兵士達に殺された。でも、信じてる。元老院の奴等が仕組んだ陰謀だって」
「・・・・・・ごめんなさい。駄目な大人の女で」
「謝らないで。・・・・・・“コレ”も、私が責任持って育てる。どんな経緯であれ、生まれてくる命を殺すなんて私には出来ない」
 
悲しげな目でお腹をさする少女。
ガールードはつくづく、自分の力が思いのほか無力であった事を思い知らされた。
 
「・・・・・・」
「・・・・・・そうだわ。ある人から貴女への言伝(ことづて)を頼まれていたの」
「え・・・・・・?」
 
 
 
「・・・・・・「自分も貧民だったクセに、あなたの事を苛めてばかりでごめんなさい」と」
 
 
 
「!!」
 
驚いた様子の少女。
その言伝の主が誰なのか、今の言葉で分かってしまったのだろう。
そして主の辿った末路も、自ずと悟ったのかもしれない。
しばらく沈黙が続いた後、少女は何も言わず走り去って行った。
ガールードは引き止めることなく後姿を見届け、一言。
 
 
「・・・・・・ごめんね」
 
 
一人呟き、もと来た道を戻って行く。
空を見上げると、王宮の向こう側が薄らと明るくなり始めていた。
朝陽が近い。
一刻も早く王宮に戻ろうと走っていくが、ゲートの前に人影を発見し立ち止まった。
 
 
 
「・・・これは、これは。ガールード戦士団長ではありませんか」
 
 
 
 
そこには親衛隊の隊長補佐と、彼が引き連れる数人の部下が待ち伏せていた。
自分と違い、親衛隊が好き好んで下層街まで来るはずは無い。
王宮を出た時に尾行していたのも彼らだろう。
 
 
「あら、これは「暴れ種馬」サン。どうして此処に?」
さり気なく汚名で呼び、皮肉をぶつけた。
 
 
「何故か?それは戦士団長殿が一番良く分かっているのでは?」
 
案の定。
やはり自分と今の行動は連中にとって不都合なものらしい。
 
「予想はしていたけど・・・元老院側ね!!」
「如何にも。お求めのものが見つかってしまったようで、残念です。手紙もろとも切り刻まれるしかありませんよ」
「・・・隊長が知ったら、只じゃ済まないわよ?」
「ご心配なく。全ては元老院の筋書き通りに事が進む予定なので」
「・・・・・・・・・!」
「では、消えて貰いましょう!かかれっ!!!
 
 
隊長補佐の命令と共に、部下達が剣を抜いて襲い掛かる。
相手の数は7、8人。
どう見ても彼女の方が圧倒的不利に見えるが、当人は至って冷静だった。
 
 
「女だからって甘く見られたものね。不愉快だわ」
 
剣を使わず軽やかな立ち回り。
不意に繰り出す強烈な肘打ちとハイキックで次々と往なし上げていく。
背後からの奇襲にも動じることなく回避し、拳を一発。
無様に倒れる兵士達。
 
「おお・・・・・・」
「なめないで頂戴。格が違いすぎるわ」
 
これで隊長補佐の部下達は全滅した。
残すは彼一人となったが、相手は不敵な笑みを崩すことなく拍手を送った。
 
「・・・お見事ですね、戦士団長。しかし何を躊躇っているのでしょうか?」
「何の事かしら」
 
 
「その気になれば切り殺すなど造作も無かったはず。今更、剣を振る事に恐れを抱いているかのようにも感じられました」
 
 
 
「・・・・・・気持ち悪い洞察力ね」
「お褒め頂き大変ありがとうございます。では、図星という風に捉えても宜しいのですね?」
「・・・・・・・・・」
「果たして剣を使わず、どこまで粘れますかね!!」
 
腰の鞘に収めたサーベルを引き抜くなり、隊長補佐はガールードに切りかかった。
休む間もなく放たれる、鋭い突きと素早い切り払い。
補佐だけあって実力は中々のものである。
 
「それ、それ、そおれぇ!!」
 
何度も響き渡った、空を切る乾いた音。
空振りしたサーベルが地面に叩きつけられると、地面に敷き詰められた石が真っ二つに割れる。
その恐ろしいパワーはガールードを戦慄させるには十分であった。
 
いつまで意地を張るつもりなのか。
我ながら異常な状況であることは分かっていた。
いい加減、剣を抜いて戦うべきだと。
素手でサーベル使いと対等に渡り合おうなどという考えそのものが間違っている。
 
 
「?・・・」
 
必死に避けている最中、塀の上に人影が動いているのが見えた。
そして気が逸れてしまった事で、攻撃への対応が一瞬遅れる。
 
「隙ありぃ!!!」
「ぐっ!」
 
僅かに肩をかすめた、サーベルの斬撃。
傷口を手で押さえる彼女の体は既に息が上がっていた。
 
 
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
「・・・・・・隊長殿も馬鹿なお方ですよ。真面目に努力して王女に近づこうなんて、所詮世の中は金と知恵なんです」
 
たかが切り傷如きで深刻なダメージを受けたのではない。
完全に昼間の足の酷使が響いて来たのだ。
がっくりと膝をつき、跪く。
更に隊長補佐が明かした衝撃の事実が、手負いのガールードを怒りに満ちさせる。
 
 
 
 
「フフフ、貴女の神経を逆撫でするような事を言ってあげましょうか?あの娘を乱暴した首謀者はこの私です」
 
 
 
 
「!!!!」
「予想通りの反応で喜ばしい事です。実にそそられましたよ、必死に助けを求めて抵抗し、泣き叫ぶものの甚振られる様・・・・・・フフ、ウフフフ!」
 
夜空を仰ぎ、恍惚に満ちた表情。
ガールードの握り拳が震える。
 
予想外だった。
自分が元老院と並んで憎むべき敵が身近に存在していたとは。
彼女に鬼畜の所業を働いたのは誰でもない、目の前の隊長補佐。
 
馬鹿だ、自分は馬鹿だ。
どうして今まで見抜く事すら出来なかった。
今の今まで、のうのうと生きていたという事を想像しただけで吐き気がする。
鬼畜にしか分からぬ快感の思い出を何度も噛み締めていたのかと思うと、嗚咽を堪え切れない。
 
 
「このっ・・・!貴方が、よくも彼女を・・・・・・!!!」
「ロクに物も食えずにやせ細っていた肉体もまた良しですねぇ。大の男数人に押さえつけられても抵抗できないのですから!おかげで良い腰の運動にな・り・ま・し・た・よ?」
「・・・最低の、種馬ねっ・・・!!!」
「何とでも仰って下さい。所詮女にとって・・・・・・男は、顔が全てなんでしょう!?」
 
鉄のブーツで蹴り飛ばされ、這い蹲る。
何とか立ち上がろうとするもその気力すら彼女には残されていなかった。
 
「う・・ううっ・・・・!」
 
「私が堕落したのは何時からだと思いますか?両親の決めてくれたフィアンセが、財産目当てで近づいたという真実を知ってからですよ!!」
手ごと肩を踏みつけ、踏み躙った。
 
 
隊長補佐のブーツの裏は、鋭いスパイク。
 
 
 
 
 
いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!
 
 
 
 
 
肌をスパイクが突き刺し、全身を走る激痛。
堪らず叫び声を上げるガールード。
隊長補佐は彼女の痛がる様子をしかと捉え、更に恍惚に満ちた顔を取る。
 
 
「ウフフハハハ!!所詮女は汚い生き物!俺は馬鹿な女どもをお仕置きしているのだ!あのガキだって、俺の親切を無下にしやがって!!!」
次第に醜い本性を顕わにし、足の力を強める事で怒りを見せ付ける隊長補佐。
 
 
「どいつもこいつも身勝手なんだよ!!俺の兄貴は頭も運動神経も良かったから貰い手が見つかったのに対し、俺に近づいてきたのは金目当て!!」
「やぁぁっ・・・!!」
「お前もそうだったよなぁ!?幾らならナマでヤれるかっていう俺の誘いを何度も無視して、フッた気分でいやがって!生意気なんだテメェはよぉっ!!」
「うあっ、あぁぁっ・・・・・・この・・・人でなし・・・悪魔・・・!!」
 
 
「そう、俺は種馬なんかじゃねえ!俺はコウモリ!!一滴残らず貪りつくす貪欲な男だ、イヒヒヒヒヒヒ!!」
 
 
足を肩から退け、サーベルの刃を舌が這い回る。
目は普段のものとは思えない狂気を孕んでいた。
 
 
「お前は昔からイイ肉付きの体しているよなぁ、ムラムラしてきた!俺の槍が責任取れって唸りを上げているぜ!?」
「・・・下品な、種馬・・・・・・!!」
「ケケケケケ!その種馬っぷりをテメェの肉体で直に思い知った方が良いな!!」
 
 
この時、ガールードは強い後悔の念に圧迫されていた。
助けたかった彼女の仇が目の前に立っている。
しかし剣を握る事を恐れたばかりに、首を討ち取るチャンスが逃げてしまった。
更に手は怪我を負い、まともに戦う体力も残されていない。
 
完全に自分のミスだ。
今頃つまらぬ恐れを抱いた事で、己の首を絞めた。
もっと頭の良いやり方があった筈だろうと、心の中で自分自身を叱咤している事など相手には分からない。
 
 
「その足を使い物にならなくしてから、憧れの戦士団長のカラダを精根尽きるまで堪能させてもらうぜぇ!!覚悟ぉっっ!!!
 
 
サーベルを振り上げ、今にもガールードの足に突き立てんと殺気を放つ。
万事休す。
ガールードの脳裏にそんな言葉が浮かんだ時だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
くたばりな下衆野郎!!!ロ・シエント!!!!
 
 
 
 
 
 
 
頭上から響き渡る異国の言葉。
見上げた時には既に、声の主が突き出す鉄の拳は隊長補佐の脳天を直撃していた。
 
 
むぎぃっ!?
情けない声を発し、倒れる隊長補佐。
 
 
 
 
「俺は嫌いなモノが二つあるんだ。一つは女の丁寧な扱いも知らねぇ鬼畜野郎、一つはサカリのついたベスティア(獣、ケダモノ)、さ」
 
 
 
声の主改めストルトスは、そんな彼を踏み台にしてガールードに左手を差し伸べた。
 
 
 
 
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