テロリスト、もといレジスタンスらの無念が晴らされてから数日後。
元老院の強制排除、隊長補佐の処刑に伴い、王宮内の自浄運動は活発化。
ストルトスの供述で、元老院を利用しようとしていた過激派の存在が明るみに出た為である。
早速捜査を開始した矢先、家臣の何人かは突如として行方不明になった。
これを偶然だと片付ける者は何所にもいない。
王女はこれを過激派に属する国賊と断定、全土に渡って指名手配犯の掲示を指示。
彼らは未だ捕まっていない。
ローナ公国、王宮の地下。
牢屋より一つ下の階には、非常事態が起きた時に備えての避難トンネルが設けられていた。
此処に潜むのは、失踪したはずの数人もの家臣達。
元老院と違い、しぶとく生き残り続けていたのである。
「聞いたか?王女はダークマターの軍をガールードに説得させる気らしいぞ」
「何という事だ」
「正気か」
「和平を申し出るか否かの議論も、元老院の消滅以来活発化している。我等の理想と正反対の現実だ」
「そう言えば思い出したのだが、元老院の議員どもは先日下層街にて死体が発見されたな」
「酷い事に原型も留めてないそうだ。結局はただの老いぼれに過ぎなかったか」
「ところで我々はどうする?ダークマター族を根絶やしにする我等の野望は頓挫しかねないし、王女の考えを改めない事には戦火は免れまい」
「そうだ。話し合いだけで解決できるほど事態は甘くないと言うのに!」
ざわつく家臣達。
ただでさえ表を堂々と歩けない状況に、苛立ちも募りつつあった。
「・・・・・・おい」
「何だ!!」
「・・・・・・こいつ、最初から居たか?」
家臣の一人が指差した先を見て、一同は驚愕。
「ヘイ、ヘイ、ヘーイ!」
いつ現れたのか、気づけば一頭身の小柄な道化師が壁際に立っていたのだ。
「おおっ、何だ一体?」
室内にも関わらず、カラフルな球の上で陽気に跳ねて踊っている。
一人が顔をジロジロと眺め、思い出した。
「ん?お前は確か・・・王女に謁見した道化師ではないか」
「どんな奇術を使ったのかは知らんが、部外者は早々に立ち去れ!」
「まあまあ、固いこと言わずに・・・」
道化師は跳ねることを止めない。
家臣達の殆どは、得体の知れない彼をいぶかり続けていた。
「話は聞かせてもらったけど、ここは元老院の方々と近かったボクに任せてくれる?」
「何?下の身分に手助けされる言われは無い!!」
「へぇ、でもそろそろ目を覚ましたら?」
球の上で突然ピタッと止まり、冷めた目で見下す。
そして蔑むような笑みで、恐ろしい事を言ってのける。
「君達の見ている現実はほんの一握りだよ。ボクの言う通りにしないと、王家どころか君達も十分危ういぜ」
得体こそ知れないが、此処は信じなければ非常にまずい気がしてきた。
大人しく彼の言葉を聞くことにした家臣達。
「・・・ぐう・・・・・・分かった。それで、我々はどうしろと?」
「キミ達の仕事は無いよ。大部分はボクが仕込んでおく、それから何をすれば良いか自ずと分かるはずサ」
「ぐ、具体的には?」
「・・・お前ら、王女サマと親しいガールードが憎いんだろ?だからボクのプランとしては、こうするのサ」
「・・・・・・・・・何だと!?それでは・・・・・・」
全貌を聞かされた家臣達の顔が青褪める。
「良いじゃない。逆に国民感情を焚きつけるには結果として絶好の材料になるのサ。キミ達だってその方がやり易いだろう?」
「まあ、そうだが・・・・・・」
「だったら文句は無いはずサ。というワケで決行は4日後、身支度しっかりしときな」
驚くべき事に道化師は、それだけ言うと壁の中に姿を消してしまった。
何がどうなっているのか分からず、混乱する家臣達。
中には夢を見ていたのかと我が目を疑う者すら居た。
「・・・・・・信じて良かったのだろうか?」
「信じるしか有るまい・・・他にどうしろと言うんだ・・・・・・」
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とうとう明日に控えるところとなった、ノースディガルト軍の襲撃。
その2日前、ガールードの身にショッキングな出来事が訪れた。
自分を愛してくれた母の死。
真夜中に危篤を知らされ、直ぐに駆けつけたので最期を看取ることは出来たが、彼女の心に大きな穴が空いた事は間違いない。
母は遺言状と最後の言葉で、ガールードを次期当主として遺産を継がせる事を告白。
すんなり受け入れた兄に対して、金に執着する伯母は毅然として納得が行かず抵抗を示すばかり。
そこでガールードは兄と話し合った末、当主の権力を利用して思い切った行動に出る。
自分以外を屋敷から追い出す事だ。
「ガールード!?これは一体どういう事なんだい!!」
全ての家財道具の運び出しを業者に命じていた所、血相を変えた伯母が慌てて帰ってきた。
次々と箱積みされていく様子を目の当りにして仰天、ガールードを睨み付ける。
「あら、伯母様」
「あら、じゃないよ!!あたし達に黙って何のマネだい!?」
「見ての通りです。私以外の者には出て行って貰う事にしました。兄上やメイド達はもうゲート前に乗り付けた馬車で待機―――」
「馬鹿な事を言うんじゃないよ!!」
物凄い声量で怒鳴り上げ、仕事中の業者達が思わず驚いて荷物を落とす。
「あたし達の暮らしはね、王女様を支える元老院が提供してくれていたんだ。あんただってね、あたし達が由緒ある名家だったからこそ、元老院に口利きして戦士団に入れさせる事ができた。
なのに、その元老院を追放したって!?何て娘さ!恩を仇で返すようなマネして、恥ずかしくないのかい!!」
「・・・・・・・・・・・・」
どうやら例の一件が相当な怒りとなっていたらしい。
確かに今の自分があるのは伯母のお陰であるが、そもそも自分から頼んだ覚えは無い。
「・・・何が「ギャラクシアに最も近い一族」よ。今まで持つ事すら恐れていた癖に」
「あんだって!?面汚しが一緒前に知った口利くんじゃないよ!!!」
一枚の紙をガールードの眼前に見せ付ける。
「元老院の一件を聞いた時から直ぐにでも言おうと思っていたよ、あんたとはもう絶縁さ!!二度と顔を見せるんじゃないよ!!」
「そうですか。むしろこちらの台詞ですが、身が軽くなってとても助かりますわ、伯母様。今までどうもありがとうございました」
「~~~~~~~!!!!」
何も言い返せず大いに悔しがる伯母は、振り返ることなく走り去って行く。
彼女と一緒に追い出された兄は、特にこれといって悪い人ではなくむしろ良識人なのだが、伯母とて立派な年寄りだ。
話し合いの時、さすがに独り身は可哀想ではないかという事になり、兄が自ら申し出たのである。
自分は当主として、異論を唱えるつもりは無い。
それに兄は、自由に生きて暮らしたい自分の気持ちを一番良く分かっていてくれたのだから。
屋敷も売り払い、家財道具は遠い地に新しく建てる屋敷に移す事とした。
長い間、王宮住まいが身についてしまった自分には必要が無いためだ。
勿論、当主である自分が決めた事。
明日になれば、しばらく王都に戻って来られない事も在り得る。
気休めでは在るが、王宮へ帰る前に街へ散歩に繰り出す。
上層街は元老院の一件以来、一部の貴族や商人はガールードを目の敵にしており、どうも居心地が悪い。
逆に中層街以下では半ば有名人扱いで、平民達は皆歓迎してくれた。
どうせ引っ越すならこちらの方が良かったか。
「よう、マーレ」
そんな事を考えていた時、偶然ストルトスに出会った。
「まだそんなガントレット装着したままなのね。周りの目は気にならない?」
「なんないね」
「・・・ところで、話があるわ。路地裏に」
「おっ、もしかしてその気にぃ~?」
「・・・よく聞いて」
__
「和平を?」
始まりは3日前。
王女に呼び出されたガールードは、彼女の愚策を聞いて呆れていた。
ノースディガルトと和平を結びたいと言うのだ。
「はい」
「お言葉ですが、彼らの感情からして我々の呼びかけに応じるものとは、おおよそ考えにくいと・・・・・・」
こんな時に一体何を考えているのか。
言っては失礼だが、やはり平和ボケが抜けていなかった。
同族を殺されて殺気立っている連中が、平和的交渉を望んでいるとは全く想像できない。
だが、確かに不必要な犠牲を出したくないのも事実である。
相手はこちらの戦力を数倍上回る、プロの戦闘集団。
真っ向勝負を挑んで勝てる見込みが薄いからこそ、王女は武力的手段を用いたくないのだろう。
「では、どうすれば・・・・・・」
「・・・我々にはストルトスが居ます。彼に説得させるか、或いは捕虜として否が応でも交渉に応じてもらうか」
「・・・・・・」
「・・・・・・彼はこの国の光と影を、誰よりも知っています。私個人としては彼に任せてみたいと思うのですが、如何でしょうか?」
「・・・分かりました」
こうなれば、ノースディガルト軍所属のストルトスに望みを託すしかなかった。
貧困、元老院、そして過激派等、ローナ公国の実態を知った彼ならば、きっと成すべき事を理解しているはずだろう。
無益な争いを起こしてはならないと。
__
「・・・・・・ふーん・・・俺がそんな大役を、ねぇ」
「メギロポリスで彼らを上手く説得し、王宮での話し合いに応じさせて欲しいの。共に元老院へ立ち向かってくれた、貴方にだからこそ頼みたい」
暫く口を閉ざし、沈黙。
自分の頼み方が下手なのだろうかと心配でならなかったが、杞憂に終わった。
「・・・まぁ、俺もゼロ元帥とは親しい仲だしな。マーレの気持ちも痛いほど分かるからさ、やってやるよ」
「!・・・ありがとう!」
「無償のアモール(愛)、さ」
気持ち悪いぐらい格好つけるストルトス。
あらぬ関係を疑われぬよう、人通りが少なくなった頃を見計らい路地裏を出た。
ストルトスの活躍もある程度認知されているようで、好奇の眼差しを送るような人は見かけない。
むしろ進んで右手に触る人もいる程だ。
「ああ眠ぃ・・・」
一体何をしていたのか、歩く途中でも首が前に傾きかけるほど、眠気が蓄積しているらしい。
まさか終始女遊びに没頭しているのでは無かろうか。
だとすれば同情の余地は無いだろうと、内心思った。
「そんなに疲れた?」
「ああ、ちょっとな。・・・色々あるのさ、色々」
「そうだわ。あの話の続きでも聞かせて貰おうかしら」
「・・・?ああ、俺が訓練プログラムに参加したところで終わったんだっけ?」
「そうよ。・・・・・・最近まで忘れていたけど」
「へいへい・・・分かったよ。そこの噴水の淵にでも座って語りますか」
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『良いか、ウジムシ共!!これより訓練プログラムは最終段階に突入する!!』
訓練プログラムに参加して11ヶ月が経過すると、世にも恐ろしい運命の時が訓練生を待ち受ける。
軍に相応しい屈強な兵士を篩(ふるい)にかけるべく、女教官プリズナーより与えられる最終試験“サバイバルミッション”。
生半可の者には決して合格できぬ程、極めて難度が高いとの呼び声が以前から絶えなかった。
『自分の食料を持ち込もうなんて奴は居ないだろうな!?居れば挙手しろ!さもなくば肥溜めにブチ落とすぞ!!』
内容は、一切の荷物を持たず最終日まで30日間山篭りする、非常にシンプルなもの。
それが最も恐ろしいのだ。
テントを持ち込めない為、自然にあるもの等で寝床を作るといったサバイバル知識が必要不可欠となる。
食料、飲料水も自力で調達しなければならない上、例え少量でも他人に分け与えてはならない。
当然ながら武器の持ち込みも許可されていないので、自然物で武器を作る事が最も重要だった。
『私は馴れ合いが一番嫌いだ。目の届くうちはな!!』
共に行動する事は本来望ましくないが、自給自足を守れば数人での野営も認められる。
ただし、ルールを破った時点で失格。
もちろん途中で死んでしまっても失格。
あまりの過酷さに軍部では「魔の一ヶ月」と称された。
『貴様らはこのサバイバルミッションを経て、一人前の兵隊となるのだ!!』
ディガルトスターの軍隊が他とは違う点は、大きく分けて2つある。
一つは兵士の一人ひとりが高い身体能力を持っている事。
歴史の中で、彼らは未曾有の鉱脈危機に陥り、兵器の製造が不可能な時代もあった。
そんな時にある軍人が提言したのだ。
目には目で対抗せずとも、同等のパワーを有していれば代役は何でも良いだろう、と。
『クリア出来ない奴は一生ウジムシと呼んでやろう!!それが嫌なら、生き延びてみせろ!!』
適当とも取れる彼の言葉をきっかけとして、ノース、サウス双方の軍は閃いた。
個々の能力を定められた水準以上に高めれば、単身で戦車を潰すことも可能ではないか?
如何せん非現実的な理論ではあったが、彼らは馬鹿げた妄想と切り捨てず本気で取り組んだ。
その結果、兵一人が自動車一台をスクラップに出来るまで成長を遂げ、宇宙の近隣惑星を恐怖に震え上がらせた。
以来、「水準は超えるためにある」を合言葉に、兵士達の強化は欠かせないものとなっている。
『戦場で貴様らウジムシが馴れ合う暇など有ると思うな!生きるか死ぬかの戦い?そんなものは当たり前だ、学校の授業で習うまでも無い!!
軍はチームワークがどうだと抜かすようだがな、オツムの残念な貴様らはチームワークというものを吐き違えている!!
弱者を強者気取りがカバーするのは馴れ合いたがるウジムシ共がやる事だ!安い正義感に満ち溢れた奴に限って足を引っ張る!』
もう一つは、白兵戦におけるチームプレーも疎かにしないという事。
軍部が毎年出版する「連携全集シリーズ」は、人数ごとに用意された豊富な連携方法をただ載せているだけではない。
同じ技でも人数・状況によって、しっかりと応用が利くような説明も成されている。
軍はチームプレーに徹底的な拘りようを見せており、事実これまでの実戦で挙げた戦果は喜ばしいものがあった。
特にノースディガルト軍は金属の手に入りにくい土地柄もあって、熱心に取り組む姿勢がサウス軍よりも強い。
これらを知ってか知らずか、プリズナーは彼らが一年で培った実力とチームワークを試すべく、毎年“意図的に”かつ“独断で”アクシデントを投入していた。
衝撃的な事実を知る者はごく僅かで、彼女の方針に口を出す者は誰もいない。
結果的に、更なる上質の兵士を生み出す事にも繋がっているためだ。
それほどプリズナーは、軍部から絶大な信用を置かれていたのである。
『生き残って貴様らは初めて、兄弟となるのだ!!』
ところがストルトスの参加した年、思いがけぬ“本当の”アクシデントが彼らを襲う。
その年の実地場所である樹海は運悪く、かのナイトメア軍が戦線基地の建設を計画していた。
邪魔者の存在を知った彼らは勿論、障害を排除すべく大量の魔獣を投入。
サバイバルミッション発動から僅か5日目の事だった。
流石のプリズナーも直ぐに知る術は持たなかったが、むしろ大いに歓迎。
“天然モノ”と思わせるために、面倒な小細工や費用を掛けずに済むと。
そして、この状況はもう一つの意味を含んでいる。
ストルトス達にとって、初めての実戦。
一番最初に味わう、真の地獄。