不味い事になってしまった。
何が?
決まっている、皇帝の一件がこうもあっさり部外者に知られてしまった事だ。
しかも頭に来る事に、その連中の一人である妖精はあの後、クリスタルがどうのこうのと言って勝手に穴へ潜ってしまった。
緑のガキも後に続いた事で、口封じのための脅しをかけ損ねてしまう。
大佐は此方に、自分以外の部外者が居るものと思わず喋った可能性が高い。
幾らなんでも、それは無責任過ぎやしないか?
すぐ真横に週刊記者のたたずむ自分の身にもなって欲しい。
「・・・今のは、聞かなかった事にして貰えないでしょうか?」
「断ります」
「捕まえるまで公表するなと大佐からキツく言われているんですよ!!」
「知りません」
「駄目?」
「駄目です」
硬い愛想笑いを浮かべる少佐に対し、冷たくあしらい続けるサーチマター。
酷な返答にとうとう言葉を荒げてしまう。
「カーーーッ!!あぁもう、話の分からない奴め!!」
「真実を報道せずしてこの職業やってられませんよ。悪く思わないで下さい」
「そ、そんな・・・ひどい・・・・・・・・・こうなったら―――」
後を追おうとした瞬間、後ろからカメラ付きアームで鷲掴みにされた。
合金製の兜が僅かに軋む音。
年上に対して随分と容赦ない力をかけてくるのがよく理解できる。
「あだだだだだ!!放せ、放しなさい!!」
「止めない方が良いですよ」
「何で!!」
「・・・その方が、良い結果が期待できそうですから」
「何の!?」
「・・・私にも分かりません。ただ、これから大きな何かが動き出しそうな・・・・・・そんな気を感じます」
帝国一の週刊誌の編集長らしからぬ、随分曖昧な言い分。
しかし仮に連中が、帝国を差し置き勝手にラージクリスタルを集め出したとしても、いつか奪い返せば良いだけの話。
BBBに太刀打ちできるかも危うい戦力に託す気は、更々無い。
「・・・・・・はん、別に良いですよ。もしもし!」
再び通信を開始し、上方の兵士に短い命令を伝える。
「・・・・・・そうです。今すぐ・・・・・・・・・」
「何のつもりです?」
「別件ですよ。我々にだって考えがあります。帝国らしいやり方を奴らに見せてあげましょう」
そうだ、見せつけてやるのだ。
奴らに、あの忌々しい2匹のドブネズミ共に、帝国にいつまでも抵抗する事が。如何に不毛であるかを叩き込んでやろう。
そして体の芯まで嫌というほど刻むのだ。
帝国こそ、絶対に逆らってはならない存在だと。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「でも、暗殺の件だけはどうにか・・・・・・」
「駄目です」
「っ・・・・・・・・・・・・!!!」
そして自分の首も、危うい。
________________
長いようで短い死闘が終わり、疲れ果てた帝国軍の兵士達。
休息を終え、ようやく腰を上げた中佐は魔刀オボロヅキを回収しようと近づく。
「あー、疲れた!!・・・・・・しかし、随分とあっけないヤツだったなぁ?」
岩の上に突き刺さった魔刀を眺め、主を失ってもなお放つ禍々しさに思わず身を引いた。
「ええ。百年以上かけても倒せなかったダークマターが、こうもあっさりと倒されるとは・・・・・・てっきり逃げられるものだと思いましたよ」
「やっぱ日光のど真ん中にいたのが大きかったんでしょうね。得意の潜行能力も無敵も使えなかったし」
「こんなに上手く行くと、逆に怖くなりそうです」
「ああ、化けて出てくるとか?そんな非科学的な・・・」
「けどオボロヅキなら在り得るかもな。いろんな負の要素で満たされているって言うし」
「此処最近は長いことダークマターが持っていましたから、さしずめフォトロンの怨念で一杯じゃないですか?」
「中佐殿、ナイスアシストでしたよ!・・・・・・あー、腹減った・・・・・・」
「カワサキとやらの店は勘弁してくださいよ?劇的に不味い店で有名だそうじゃないですか」
兵士達は地べたに座り込んでおり、それぞれ好き勝手に喋っている。
背中を地面に打った程度のダメージで済んでいた一人の兵は、オボロヅキを早く手に入れるべきだとせかした。
「それよりも中佐殿、やるんだったら早く回収してください!また札付きのワルの手に渡ったら大変ですよ?」
「分かってる、分かってる!!」
「あっ!!迂闊に手で持っちゃ・・・・・・」
「バッキャロウ!!機械の、しかも氷の手だから大丈夫だっての、ホラ!!」
右手にあたる方のバーブレスから突き出た、青白い擬似的な5本の指。
躊躇なく柄を握り締め、至って平気であることを強くアピール。
思わず驚きと歓喜の声を上げる兵士達。
「おお~~~!!!」
「凄いです、さすがは“暴君”と呼ばれた歴戦の軍人!!」
「昔のあだ名で呼ぶな!それとせめて、“冷血の”を頭につけろ!!」
「本当に異常ないんですか!?」
「俺を見くびるなよ?ほーれ、ほーれぇい!!!」
自慢げに刀を振り回し、自我は健在であることを知らしめる。
中佐の階級も伊達では無い。
どうやら、心配するだけ杞憂だったようだ。
「イェーイ!!」
「はっはっは、凄いだろう!?はっはっはっは・・・は・・・・・・・・・・・」
高笑いが徐々に収まると、刀の先端を地面に置いた。
合わせて歓声を抑える一同は妙な違和感を禁じえない。
何か落ち着いた、というよりも不気味な雰囲気を放っている。
「・・・あー、疲れた」
戦慄に凍りつく背筋。
中佐のものとは思えない、抑揚の無い言葉。
「さっきも言いましたよ、大丈夫ですか?顔色が少し悪いような・・・・・・」
「・・・そうだな、ちょっとこの村の診療所で診てもらう。お前らは先に城で待機していろ」
「は、はあ・・・・・・・・・」
力ない様子で魔刀を引き摺り、ふらふらと去っていく中佐。
既に、自分以外の同僚も何人か薄々感づいていた。
明らかに様子がおかしい。
オボロヅキを手にして最初のうちは正常だったが、途中から突然様子が変わった。
嫌な予感がする。
「・・・お、お前行けよ」
「何言っているんだ。万が一斬られたらどうする」
「しかし、あれはどう見ても・・・・・・」
モノがモノだけに、誰も買って出ようとしない。
確認に向かう役の押付け合いを繰り広げていると、一旦姿を消していたメタナイトが戻ってきた。
「どうした?一難さってまた一難という事か?」
何故かマントは大部分が破れて消失しているが、何が起きたのか。
今度は新たに二人引き連れている。
青いマント一枚を身に包んだ少女と、ピンク色の球体の生き物。
「・・・おい、見ろよ!!もしかして、あの雲を消したのはアイツか!?」
「すげぇな・・・HR-Cを潰したって言うから、相当な暴れん坊だと思ってたが違うんだな・・・・・・」
「そうよ、偏った情報だけで知った口を利かないで!いーだ!!」
「・・・フーム、むやみに挑発するな」
「え、えーと、貴公は確か・・・・・・」
「メタナイト卿で結構だ」
「で、ではメタナイト卿!お疲れのところ大変申し訳ありませんが、実は・・・・・・」
中佐の身に起きた一連の出来事を話し、様子を見に行ってくれないかと懇願。
話の内容を聞き終えた時、メタナイトの目が紅く光る。
「・・・何だと?なぜ止めなかった!」
「そ、そんなこと言われたって・・・・・・なぁ・・・・・・」
「中佐殿は一度やるって言ったら聞かないタイプだし・・・止めようにも皆この有り様・・・」
「まさに満身創痍ってヤツです」
一瞬フームの口が動くものの、結局一言も発さなかった。
大方だらしないとでも罵ろうとしたが、疲弊ぶりを目の当りにして言う気が失せたのだろう。
「・・・このままでは彼が危ない!何所へ向かったのか、分かる者はいるか?」
「ええと・・・診療所に向かうなどと・・・・・・」
「行くぞ、カービィ、フーム!!」
「え?!え、ええ!!」
「ぽよ!!」
「あっ、カービィ!後でサインしてくれー!ウチの女房と子供に頼まれたんだよー!!」
「そんなの後にして!!」
中佐の足取りを追って、急ぐ3人。
足の重い兵士らは、彼らと上司の無事を祈るばかりであった。
___________________
机に肘を付き、無意識にぼやくヤブイ。
「さっきは何だったんじゃか。快晴だというのに雷が落ちとったぞ」
それは雷では無い気がする、と言おうとしたシリカだったが、心の中で止めておいた。
イチから説明したところで半分も理解できるか心配だからである。
「それよりも、傷の具合はどうじゃ?」
「さっきよりは良くなった気がするけど、油断は禁物ね」
「・・・わしが言おうとしたのに・・・・・・」
「あっ、ごめんなさい」
「ふん、別にええわい。傷の治りの早い体質でよかったのう」
機嫌を損ねて不貞寝するヤブイ。
なんと大人らしからぬリアクション。
そう思いながらベッドの上で壁に背をもたれ、くつろいでいた時だった。
「!!何じゃ!?」
ガラスの割れる音。
「・・・・・・これは!」
ベッドを降り、改造銃を手に取る。
あの魔刀が放つ独特の殺気は感じるが、何かが違った。
気配が違う。
持ち主の発する気が同じ人物のものではない。
「来る!!」
一瞬で扉が切り刻まれ、崩壊。
今の主が誰なのか、煙が晴れると直ぐに明らかとなった。
「・・・・・・ダークマターじゃ、ない・・・・・・・!?」
ディガルト帝国軍、マター中佐。
大佐の命令で捜索に来たのか。
だが、目は普通と思えないほど強い殺意と憎悪に満ちている。
「何じゃ、あの刀は?」
氷の手が握り締めているのは紛れも無い、魔刀オボロヅキ。
そんな馬鹿な、ダークマターはどうなったんだ。
再び自分の顔を拝むことなく、無念にもその命を散らしたというのか。
「・・・フォトロン族に、死を」
ぼそりと呟いた、背筋も凍る恐ろしき言葉。
ゆらり、ゆらりと左右に大きく揺れながら近づいてくる。
彼は消えてなどいなかった。
死して尚、魔刀にその強固な自我を残していたのだ。
或いはとても考えられない事だが、ダークマターが逆に魔刀を喰らったと捉えて良いのか。
現に今の言葉はどうだ?
BBBと対極の主張を唱える立場に置く者の台詞とは到底思えない。
人の血肉を啜って生きるオボロヅキに、ある特定の意思が存在する可能性など皆無。
「不滅。暗黒戦士は不滅」
やはり、奴は。
「どんな経緯で死んだのかは知らないけど・・・・・・しぶといぞ!!」
「全てのフォトロンを、復讐の刃で貫け」
ミサイルで撃退する前に音もなく瞬時に接近、壁に叩きつけられた。
「死して尚、暗黒戦士が憎しみは永遠の輪廻なり!」
「っ―――――!!」
死んだ魚のような目をしたまま、魔刀を振りかぶる。
怪我が完治しておらず、颯爽と逃げたくても思うように動けない。
脳天をかち割られるだろうと、目を瞑り覚悟した時。
「失せろ、ダークマター!!」
突然、窓を突き破りギャラクシアそのものが飛来。
「がっ!!?」
「ひぃぃぃ、今度はなんじゃあ!?」
空気を切り裂く音と共に魔刀へ直撃し、弾き飛ばした。
手から離れるや否や、中佐の瞳に輝きが取り戻される。
「・・・・・・・・・あん?何所だ此処は?兵士どもは?」
様子を見るに、やはり魔刀を所持している間の意識は無かったらしい。
自分の置かれた状況が理解できず、混乱気味の中佐。
とりあえず目の前に居るメタナイトに、彼が事情を聞こうとした時だった。
「おい、俺は何をしていたんだ――――え!?」
床に転がる魔刀が暗黒の煙を発し、場を騒然とさせる。
後ずさる一同。
煙はやがて人のような形を作り始め、その場の殆どの者達にとって見覚えのある姿となった。
「な、何なのコレ・・・・・・!」
逆立った髪。
不気味に光る単眼。
そして全身から滲み出る殺意。
面影は僅かにしか残されていなかったが、それは紛れも無く、ダークマターその人だった。
『マダだ。今はココで死ぬワケにはいかナイ』
「まだ生き残ってやがったか!しぶとい奴だ!」
背中の兵装から氷柱を生やし、戦闘態勢を取る中佐。
メタナイトもギャラクシアを突きつけて逸らさない。
自分も攻撃意思を示そうと、改造銃の砲口を敵に向けた。
『俺はモハヤだーくまたーの半身ではナイ。魔刀オボロヅキそのものダ』
たどたどしい口調で意味の分からない言葉をつぶやき、僅かな隙間から逃走を図ろうとするダークマター。
しかし中佐は既に、複数の氷柱を的確な位置に撃ち込んで隙間を埋めていた。
メタナイトが距離を詰め、更に逃げ場を失う。
「これでっ、どうだああああああ!!!!」
全兵装の砲口を魔刀と一体化したダークマターに突きつけ、最大出力の冷気を噴射。
あまりの強烈さに霧が巻き起こり、視界を遮られる。
しばらくして霧が晴れると、その場に居た一同は勝利を確信。
目の前に鎮座する巨大な氷塊の中に、魔刀の姿をハッキリと捉える事が出来たからだ。
「メタナイト卿!!」
遅れてフーム、カービィが駆けつける。
どういう訳か今の彼女は、マントのような布一枚を体に巻いただけのあられもない姿だった。
「ちょっと、その格好は何なの!?」
「そっちこそ、何時の間にそんな大怪我・・・!」
「大丈夫よ、こんなの平気」
「・・・メタナイト卿、今度こそやったのかしら?」
「恐らくな。ダークマターの姿を出せる空間を確保できないことには、奴も動きようがあるまい」
氷塊を眺め、確かに魔刀の姿があることを確認する二人。
フームが思わず安堵の溜め息を漏らす。
「ふぅ・・・・・・とりあえず、これで一段落したわね」
「しかし助かった、メタナイト!二度も借りを作ったのは癪だが、背に腹は変えられんな!」
「そなたこそ良くやってくれた。今の働きが無ければ再びオボロヅキを逃がす所であった」
「かっかっか!!」
(・・・あの男、結構アホそうじゃな。今の内にはよう逃げろ!)
(うん・・・!)
中佐がメタナイトとの話に気が向いている隙に、シリカはその場を離脱。
突然の出来事に整理がついていなかったが、よくよく考えればあの男も帝国軍だ。
普段は真面目に見えていい加減な性格のクセに、戦場ではナンバー2の実力者。
正面から戦っても勝ち目は薄い。
特に、手負いの状況では尚更の事。
自分の存在を思い出される前に、早く逃げ出してジョーと合流しなければ。
「!」
ふと、自分の頬を一瞬何かが掠めた。
僅かに滴る血。
飛来した物体の正体を確かめるより先に、後ろを振り返る。
嫌な予感が、的中。
中佐だ。
氷柱の突き出た兵装を構え、冷静な眼で自分の姿を見据えている。
獲物に狙いを定めた時の眼。
先の戦いで大分疲弊しているだろうと甘く見ていたが、あの様子では見逃すつもりは無いか。
「逃げて、シリカ!!」
フームの力一杯の叫びと同時に、中佐が迫る。
身体の痛みを堪え、精一杯走り出すシリカ。
「あれだけトンデモ無い事やらかして、ただで済むと思うなよ!!」
怒りをぶちまけると同時に高く飛び上がり、自分の目の前に回り込んで来た。
やられた。
あれだけ距離を離しておいたのに、これでは。
やはり帝国相手では、分が悪い。
「そこどけぇッッ!!!!」
「どぅふっ!!」
突然後ろからサッカーボールの如く蹴り飛ばされ、頭を下に向けて落下する中佐。
蹴った張本人は誰でもない、ナックルジョーだった。
「人が必死こいて逃げている時に―――って、シリカ!?」
「ジョー―――!!」
再会を喜ぶ暇も無く、ジョーの背後に赤き戦車が迫り来る。
大佐の駆る戦闘兵器、クリメイシェナー。
既に各パーツが煙を噴出し、両腕に至っては完全に損失。
しかし多大なダメージを受けていながら、辛うじて移動能力は残されているようだった。
「信じられない・・・・・・ここまで大破しておいてまだ動くとか!!」
「それより、どうして来ちまったんだ!?」
「好きで来た訳じゃない!中佐が!!」
「はぁ!?こっちはさっきから大佐に追われっぱなしだ!この戦車、タフすぎて何度叩いてもキリがねぇ!!」
機械のゾンビと言っても差し支えない様子のクリメイシェナーを見上げ、舌打ち。
すると、遠くで中佐が起き上がったのと同時に突如後退。
次にどんな行動を起こすのかは、中佐に向けて発せられたスピーカーの声が全て物語っていた。
≪中佐、どけ≫
助走をつけた後、キャタピラが一気に回転。
再び自分らを踏み潰すつもりだ。
「げっ、来やがった!!」
ジョーに手を引かれ、もたつきそうになりながらも再び駆け出すシリカ。
痛みを気にする余裕も無い。
ふと脳裏に、過去の戦いの記憶が浮かんでくる。
あれは何時の事だったか。
そうだ、あれは事実上の敗北を味わった日。
悪魔の騎士と大地の竜を相手に、大した戦果を上げる事すら出来なかった、あの時の事。
自分が無力だったばかりにジョーの足を引っ張り、敵にすら呆れられた屈辱の一戦。
悔しい。
あの時味わった感情が、また繰り返されようとしている。
自分がミサイルの爆撃に巻き込まれていなければ、クリメイシェナーなど完全な鉄屑に出来た筈だ。
ジョーが一人で頑張った結果が、あのポンコツ寸前の様子なのだから在り得ない事ではない。
なのに、どうして。
ヤミカゲに再び襲われた時は上手くいったのに、こんな肝心な時に限って失敗する。
これは自分の力不足なのか、或いは運が悪いだけなのか。
私は役立たず?
違う、役立たずなんかじゃない。
じゃあどうして、今度もまた負傷したのか?
何で、ジョーの気持ちに応えられないのか?
「くそっ!!」
またも自己嫌悪の連鎖に陥ったシリカの意識が、現実に引き戻される。
見れば巨大な一枚の氷壁が、進路前方を堂々と塞いでいた。
それは中佐の仕業だった。
彼は大佐に言われるがまま進路上から退いたのではない、むしろその逆。
逆に彼の行動に対するアシストへ、強かに立ち回っていたのである。
それも二人にとって、最悪の形で。
≪流石だ≫
大佐のスピーカー越しの声が、背後から徐々に接近しているのが感じ取れた。
登って乗り越えようにも、不気味なぐらい表面が平らで突起のつかみようが無い。
かと言って壁を回りこんで脱しようにも、間に合わない。
「今度こそ万事休す、かよ・・・!!」
「ジョー・・・!」
迫る戦車。
敵の漲る殺意。
塞がれた逃げ道。
絶たれた希望。
もう、生きる望みは失われたのか?
せめて現実から目を逸らさまいとばかりに、互いの手を握り合いながら戦車と向き合った。
覚悟なら出来ている、殺れるものなら殺るがいい。
死後に自分達の身の潔白が証明されるならば、後悔は無い。
互いに手を更に強く握る二人。
最後に聞く言葉となる、大佐の冷酷な言葉が響き渡る。
≪それでいい。では永遠にごきげん――――――!??≫
二人の知る限りにおいて、此の場で大佐が平静を保っていられたのはこれが最後だった。
そして紡いだ言葉を最後まで言い切ることも無かった。
突然大地が激しく揺れた事で、その行為を邪魔されたのである。
それだけでなく、立て続けにクリメイシェナー、ジョーとシリカの眼前で急激に土が盛り上がりを見せた。
クリメイシェナー、堪らず急ブレーキ。
だが急に止まり切れるはずもなく、土塊より飛び出した光の塊に激突。
≪うおおおおおおおおっ!?≫
『モギャアアアアア!!!』
なぜか全身が光り輝き、半分機械の体を持つ土竜型の魔獣と、赤き人型の重戦車。
双方の体躯が悲鳴を上げながら吹き飛び、倒れる。
≪こん・・・な・・・・・・馬鹿な・・・っ!!≫
「兄者!!」
クリメイシェナーはキャタピラ部分から火を噴いており、数秒と経たず完全に機能を停止。
魔獣も体当たりを喰らわされた衝撃で、菱形の宝石を手放し倒れ込んだ。
宝石は転々と跳ね転がり、二人の目の前で停止。
それを見たジョーは目を丸くして言った。
「これは・・・・・・クリスタル?!」
「えっ!?」
「しかもリップルスターの砕かれた方じゃねえ!列記としたラージクリスタルだ!!」
「どうしてあの魔獣が・・・・・・?」
疑問を浮かべる暇は無い。
突如として魔獣の身体を複数の氷柱が貫き、悲鳴すら上げさせることなく爆散。
再び中佐の行動によるものだった。
「動くな!!そいつは俺達帝国軍が回収する!!」
自分で作った氷壁を乗り越え、颯爽とクリスタルを真上から捉える中佐。
だが大佐はクリスタルに起きた僅かな兆候を見逃さず、即座に警告を促した。
≪待て、触るな!!何が起きるか分からん!!≫
「お?!」
突然眩い光を放ち、ゆっくりと宙に浮かび上がる宝石。
中佐は慌てて兵装から冷凍ガスを噴射し、宝石から軸をずらして着地。
やがて光が収束すると、今度は空間に亀裂が走り、大きな裂け目が現れた。
同時に強い引力のようなものが、周辺の草木や炎を根こそぎ吸引していく。
「うわわっ!!何だよ、こりゃ・・・・・・!」
まだ立ち踏ん張れる程度の吸引力は徐々に強さを増し、クリメイシェナーですら引き摺りこまれそうになる。
二人や中佐は遂に転倒し、クリスタルに尻を向けて地面にしがみ付く格好を余儀なくされてしまった。
「だぁぁぁあぁぁぁぁっっ!!!兄者~~~~~!!!」
「あれは・・・惑星?」
ジョーが少しだけ振り返って見た、裂け目の向こう側。
その奥には宇宙のような不思議な空間が広がっていた。
中心に佇む星は明らかに、普通とは違う鉛色の鉄臭い印象。
何となく見覚えがあった。
メックアイだ。
「・・・なぁ、シリカ」
「何?」
「どうするべきか、もう分かるよな?」
その言葉を聞き、今の状況を少しでも整理しようと努めた。
現在、クリスタルは周囲の全てを吸い込まんとしている最中。
中佐は地面に兵装を穿って食いしばるのに精一杯だ。
大佐も動く気配が全く見られない。
そして彼の顔を見て、ようやく何を言わんとしているか理解できた。
「・・・分かったわ」
「・・・・・・それじゃ、準備はいいな?」
「・・・・・・うん」
この場合、残された選択肢は二つに一つ。
大雑把に言えば、ほぼ確実に約束された死を受け入れるか、未知のリスクを承知した上で賭けに出るか。
正確には、帝国軍に捕まるか(殺される線の方がずっと濃いが)、この得体の知れない裂け目に飛び込むか。
自分ならばどちらを選ぶか等、口に出して答えるまでも無い。
恐らくジョーも同じ考えだろう、いや、最早この時点で確定と言ってもいい。
≪!!!!≫
「!!!!」
僅かな掛け合いから次の行動に移るまで、時間は数秒と掛からなかった。
「あばよ、帝国軍ども!!」
生への可能性を賭け、未知の裂け目へ突入する事を、自分達は選択した。
_________
モギーが逃走のために掘り進んだトンネル。
いつ見えるかも分からぬ地上の光を求め、未だブン達はその中を疾走していた。
「くっそぉ・・・あいつ、一体どこまで行ったんだよ・・・ぜぇ・・・」
「多分、そんな遠くまでは逃げていないはずです!」
羽のあるリボンも流石に飛び疲れたのか、ブンの頭にしがみ付いて休息を取る。
ブンはそれを鬱陶しいとは思わず、ひたすら走り続けた。
何故かトンネル内に強い風が吹いているのも併せて、意外と見た目より更に軽く感じたからだ。
「ごめんなさい・・・わたし、さっきからあまり役に立てなくて・・・」
「いーんだよ、別に無理しなくたってさ」
「・・・それにしても、あなたのお友達は大変なことになっちゃったようですね」
「ああ・・・・・・俺は信じねぇ!あの二人は悪い奴なんかじゃない!きっと誰かの陰謀だ!」
「でも、その誰かって・・・・・・」
「・・・誰なんだろうな?まあいいや、今は急ごうぜ!」
何故ナックルジョーとシリカの二人に、皇帝暗殺という突拍子も無い疑いが掛けられてしまったのか。
誰かの依頼という形で騙されたのか、それとも別の人物によって仕組まれていたのか、今はそれ以上詮索するのを止めた。
第一、何分も走り続けたせいで、深く考えられるほどの余裕は残っていない。
「・・・・・・あ!出口だ!」
それから数分後、風が止んだのと同じタイミングで行き止まりに到着。
上方から眩しい光が差し込んでいるのを確認できた。
どうやらモギーは此処から垂直に掘り進んだようで、登らぬ事には地上へ帰れそうに無い。
「待ってください!」
早く地上に出ようと壁に手を掛けたブンを、突然リボンが引き止める。
「何だよ、いきなり」
「帝国軍が外にいたら、いろいろまずいことになりそうです・・・」
「あ、そっか!」
確かに迂闊だった、と自身を戒めるブン。
城で聞いた話だと、村の方ではダークマターと帝国軍の争いが続いているとの事だった。
もし未だに続いているとしたら?
いや、それは無いだろう。
ダークマターが現れた時点で、空はお供の魔獣が生み出す暗雲に包まれていた。
今こうして陽の光が差し込んでいるという事は、やはりカービィが成し遂げてくれたのだろう。
「ここはゆっくり登りましょう・・・」
「ああ。でもさ、少佐の奴が後ろから追っかけてきたらシャレなんねぇよな・・・」
ぶつくさ言いつつ縦穴を慎重に登るブン。
リボンが一足先に地上へ向かい、周囲の様子を確認して戻ってきた。
「どうだった?」
「すごく・・・・・・キレイです・・・・・・何もありません」
「何もぉ?ホントかよ、それ」
「ホントです!軍人さんもだれもいません!」
「じゃあ這い出ても大丈夫だな」
やっとの思いで穴の縁まで登りつめ、周囲を見回す。
一体何が起きていたのか、辺り一帯の草木が悉く消滅していた。
リボンの証言通りだ。
その中心に、キラリと光る菱形の宝石が一つ。
「あ!」
思わず声を上げ、ぱっと口を塞ぐブン。
無理も無い、目の前に落ちていたのはモギーが持ち逃げしたはずのラージクリスタル。
辺りに気配が無い事を確認し、自分達の手に取り戻した。
_______
ブン達がクリスタルを手に入れる少し前。
「まずい、兄者のクリメイシェナーが!!」
まんまと逃走を許してしまった中佐は、今は大佐の救助が最優先だと考えた。
意を決してクリメイシェナーの胴体に兵装の一部を穿つよう飛ばし、チェーンを縮めフックショットの要領で一気に近づく。
「無事か、兄者!!」
「済まない・・・!」
ハッチをこじ開け、大佐の体を引き摺り出す。
しかし既に、クリメイシェナーはクリスタルの近くまで引き寄せられていた。
このままでは得体の知れない場所に放り込まれる。
「げっ!!!!」
諦めかけた時、頭上に迫るモノを見上げて仰天した。
何故かソルジャーズ・バーストが、思い切りクリスタルの干渉を受ける形で傾きながら、自分達の頭上を通り過ぎようとしていたのである。
理由を気にしている暇など無かった。
今はアレを利用してでも窮地を脱しなければ、最悪命の保障など無い
「兵装をディスチャージで噴射しろ、中佐!!」
「しかし、そんな事をすれば壊れてしまう!!」
「こんなもの、後でいくらでも作れる!!飛べ、中佐!!!」
躊躇など、していられない。
兵装のバーブレス1基で大佐を掴むと、残りの5基で即噴射。
全エネルギーを使い果たす形で、凄まじいスピードを生み出す。
「だぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「今だ、中佐ぁぁぁぁッッ!!!!」
空気抵抗の影響で、まるでギャグ漫画のような在り得ない顔に変形しながら叫ぶ二人。
前方には、飛行艇の剥がれた装甲の下からはみ出す何本もの太いケーブルを確認。
大佐の言う「今」という意味が、一瞬で理解できた。
鉄の巨体の内側へ突っ込み、エネルギー切れのバーブレスを咄嗟にケーブルへ絡み付かせて捕まる。
「っとぉ!!」
ディスチャージ時の勢いでケーブルを次々と引き千切り、危うく外まで飛び出しかけたが、気合で踏ん張り間一髪のところで着地。
クリスタルの引力圏を脱する事に、どうにか成功した。
ディスチャージ。
つまり余剰エネルギーを蓄えず、フルパワーで稼動させる手段。
無論リスクは非常に大きく、こういった小型の兵器で試みれば使用後の自壊は免れない。
故に使いどころを慎重に選ぶ必要があり、この場合は正しい選択とも言うべきだった。
しかし。
「あん?」
突如、激震と共に起きた爆発音。
船が徐々に高度を下げていくのが、自分達にもよく伝わってくる。
まさか、と中佐の顔が青褪めた。
握り締めたケーブルの文字を読み、確信。
触るなキケン!損傷するとエンジンの電力が送り出せない
「あ」
その次に大佐が放った、冷静とも冷徹とも取れる一言。
「・・・墜ちるな」
___
上付けされた砲台と千切れた無数のケーブルが散乱する砂浜。
余計なものが一切取り除かれた本来の姿で、機体下部を海水に沈めたソルジャーズ・バースト。
その上で、二人は何時の間にか訪れた夕焼けをただただ見つめていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・やっちゃったな・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「吸い込まれまいと兄者を連れて逃げるのに精一杯だったが、まさか墜落させちまうなんて。シィット!!」
「・・・・・・・・・仕方が無い。オボロヅキを封じる事が出来ただけでも良しとすべきだ」
「ああ・・・」
「ところで、少佐の奴がソルジャーズ・バースト呼んだのは結局無駄だったよな。見てくれ、最後は俺のせいとは言えこの有り様!!」
「・・・・・・非常用具が塩水に浸かっていなければ、今夜はテントだな」
「・・・あ、ダークトリオ来た。遅いな、呼んでからもう何時間経ったと思ってやがるんだ」
「全くだ」
「どうしやしたぁ、中佐殿?」
「どうしやしたぁ、じゃない!!貴様ら、道中に落ちていたクリスタルは知らんか!?」
「知りませんねぇ。俺達が来た時には既に」
「ホントかぁ!?カービィの連中に情が移ったとか、そんなんじゃないだろうな!?」
「ホントですよぉ」
「頼みますから血の気抑えて」
「俺とキャラ被るから落ち着け石頭」
「今 言 っ た の は 誰 だ ! ! ! ?」
「「リムラです」」
「ちょっ・・・」
「いい。クリスタルは放っておこう」
「え?」
「ダークトリオに聞かずとも、誰が持ち去ったのかなど見当がつく」
「じゃあ、何故だ兄者!!」
「泳がせておくのだ。エサがあちこちに点在すると知れば、無視するはずあるまい」
「なるほど・・・」
「後は頃合を見計らい、素直に引き渡してもらう。もし拒めば―――」
「・・・遠慮なく叩き潰すって事ッスか」
「その通りだ、リムラ。お互い自分の行動を正しいと思うがゆえ、時にはぶつかり合う。同じ正義に立つ者の宿命だろうな」
「あの~、大変シリアスな空気の中で申し訳ないんですけど・・・・・・俺達、いつ本星に帰れますか?」
「・・・我々も帰還準備が出来るまでは滞在するが、お前達には当分残ってもらおう」
「え」
「ウソ」
「マジで?」
「マジだ。という訳で、よろしく」
「「「・・・・・・えええええええええ~~~~~~・・・・・・・・・」」」